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第三十三計(前) 反間計《はんかんのけい》… スパイに敵内部を混乱させて、思い通りに操ります。
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ディリアが下手に出たところで、リカルドはちょっといい気になっていたようだった。
「自ら設けられた公の場に、ご寵愛のお相手を伴ってのお出ましとは、いかがなものですかな?」
ちょっと聞くと、まるで愛人をこさえたディリアが公私混同の御乱行を働いているかのように聞こえる。
だが、実際のところは、普段は朝礼に連れてこないフェレットのマイオを胸に抱いていただけのことだった。
ディリアは素っ気なく釈明する。
「大目に見てはくれませんか? 今朝からすっかり怯えていて、放ってはおけなかったのです」
そう言いながらリカルドからそらした目で僕を一瞥すると、ぷいとばかりにそっぽを向く。
それはそれで気になったが、心配なことがひとつあった。
マイオは、遠くにいるエルフのターニアが目や耳として使っている小動物だ。
ターニアは邪悪なものを察知できるから、マイオの怯えは、僕たちに何か危険なことが近づいていることを伝えているのだ。
もっとも、それが何だか分からない限り、わかりきっていることをわざわざまくしたてる、リカルドの演説は遮りようがない。
「ディリア様が未だ、王位を継承される条件を満たしていらっしゃらないことを申し上げておきたい」
この言い方は、僕が召喚される前にいた世界でもギリギリセーフだ、たぶん。
リントス王国の王位を継ぐには配偶者が必要なのだ。
今のうちにディリアには釘を差しておこうというのだろうが、この場で誰もが知っていることをわざわざ口にして事を荒立てることもない。
僕が元いた世界でもこの辺は重要なポイントで、やらかしてしまったら完全にセクハラだ。
因みに、ディリアは次の点で結婚相手がいないので、王位に就けないことになっている。
①東西南北の大貴族…年頃の男子がいない
②外国からの養子 …その親となるべき国王が既に個人である
③伝説の、救国の士…そんなものはいない
ただし、王権の象徴さえ発見できれば、ディリアが最高権力者であることは既成事実化できる。
問題は、それにあたる王笏の真贋を見分けられるのは、リカルドと、その脇に控えている腰巾着のカストだけだということだ。
仕方がない。
僕が名乗り出るしかなかった。
朝礼が開かれている大広間ではその隅っこに、リントス王国の居候として自ら控えることにしている異世界召喚者が。
「では、ダンジョンにて探索してまいります。本物の王笏を」
第30層で苦労して見つけ出したものは、カストによって偽物と判定されている。
僕は、そのカストに用があるのだった。
朝礼が終わって、リカルドが廷臣たちや貴族たちが退出するのに紛れて、僕はカストに囁いた。
「今夜、中庭で」
夜の中庭に、カストはなかなかやってこなかった。
東屋の椅子で待ちくたびれて、いつの間にかウトウトやっていると、目の前には新たなステータスがぼんやりと浮かぶ。
〔カリヤ マコト レベル33 16歳 筋力66 知力96 器用度95 耐久度91 精神力92 魅力75〕
さすがに知力が100に達することはない。
筋力と器用度と精神力に11ずつが割り振られていたのは、第32層で吸血鬼から逃げ切ったからだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていたところで、頭を小突かれて目が覚めた。
「こんな夜中に人を呼び出しておいて居眠りとはな」
月明りの下で、カストの端整な顔が僕を見下ろしている。
ムッとして言い返した。
「お前が遅いんだよ」
「風邪ひくぞ」
僕の隣に座って身体を寄せてくるカストは、いい匂いがした。
妙な緊張感を覚えて思わず立ち上がった僕は、慌てているのを隠そうとして、つい詰問してしまった。
「裏切ったんじゃないのか? リカルドを」
「そこまでは言ってない」
主とそっくりの図々しさで、平然と答えるのがまた憎たらしい。
……どういうつもりなんだ? 手の込んだ「空城計」まで仕掛けて。
僕は本気で抗議した。
「ここまですることはないだろ?」
散々な目に遭わされてはきたが、命に関わるようなことはなかったはずだ。
カストはというと、真顔で僕を見上げて答えた。
「リカルド様への恩は返しておきたい」
そこで語られたのは、カストの生い立ちだった。
カストは自分がいつ、どこで生まれたのか知らない。
気が付いたときには、旅芸人を看板にした、いかがわしい連中と放浪生活を送っていたらしい。
リントス王国にやってきたとき、これを自ら摘発したのがリカルドだった。
一座は男女構わず、ことごとく処刑された。
幼かったカストだけが放免されたが、養う者も身を寄せるところもない。
そこで拾ってくれたのが、リカルドだったというわけだ。
もちろん、それはタダでも善意によるものでもない。
カストはリカルドの配下となるべく、読み書きだけでなく、暗殺や諜報の術までも徹底的に叩きこまれたのだった。
たぶん、こんなことは密偵で暗殺者のアンガでさえも知らない。
「なぜ、それを?」
僕に打ち明けてどうしようというのだろうか。
そこで、カストは困ったように小首をかしげて考え込んだ。
こんな様子を見せるのは、初めてだ。
やがて、戸惑いながらも、答えが返ってきた。
「好きだからかな……お前も」
僕も、というのが気にかかる。
それは、リカルドのことが好きだ、ということを意味する。
蓼食う虫も好き好きというから、そこのところはどうこう言うつもりはない。
だが、それはカストの好みにおいて、リカルドと僕が似ているという意味だ?
……どこが?
全く正反対だ、と思いたかった。
僕はあそこまで傲慢でも傍若無人でも慇懃無礼でもない。
ましてや狡猾でもなければ厚顔無恥でもないし、冷酷非道でもない。
……だが、本当にそうだろうか?
元の世界で教員をやっていた頃、受験組やスポーツ推薦組の生徒たちを見下してはいなかっただろうか。
リカルドほどひどいことをやってはいないというのも、それほど僕の頭が働かないことへの言い訳ではないだろうか。
そんなことを考えているうちに、僕は夜風の冷たさに思わずくしゃみをして、ようやく我に返る。
……じゃあ、そんな僕の、どこが?
それを尋ねようにも、いつの間にかカストの姿は消えている。
僕は城の自室に戻って、暖かいベッドで寝るより他はなかった。
しかし、目を閉じたところで、僕の身体にしがみつく、温かいものがあった。
どきっとして跳ね起きたけど、カストじゃない。
淡い光を放ちながら僕の首にしがみついている、いつも裸のフェアリー……ポーシャだった。
「怖い……怖いよ……カリヤ」
その頭を指先で撫でながら、僕は尋ねた。
「何があった? 大丈夫……大丈夫だから……」
妄想が膨らむことはない。
相手の身体が極端に小さいのに加えて、うるさいのが周りを飛び回っているせいだ。
「怖いもんか、こんなの! 何が起こってるのか知らないけどさ……」
おかげで、ろくに眠ることもできなかったが。
眼をこすりこすり、大広間の朝礼に出ると、廷臣たちや貴族たちの前にアンガが控えていた。
ディリアが現れるなり、この暗殺者にしてリントス王国最速の伝令は、未曽有の危機を告げた。
「王国のあちこちに、ダンジョンからのものと思しきモンスターたちが出現しております」
「その割には落ち着いたものですね」
返答が鷹揚だったのは、アンガの口調によるものだが、それにも理由がある。
「王国の騎士、魔法使いに僧侶、街の悪党ども……その道に通じた者たちが向かっておりますれば」
オズワル率いる騎士団に、レシアスにロレン、ロズにギルが力を貸してくれているのだ。
だが、モンスターたちを沈黙させるには、それらをダンジョンの底で操っているエドマの企みを挫くしかない。
僕が正しい心で臨めば、きっとエルフのターニアはついてきてくれるだろう。
ディリアはディリアで、別のことを考えていたらしい。
「こんなときにいるべき者が、いませんね」
リカルドが来ないのは、いつものことだ。
また、カストを使って、この隙に何かディリアを陥れる策略を巡らしていることだろう。
もしかすると、昨日の夜も、僕はカストの思う通りに操られていただけだったのかもしれない。
頭の中に浮かんだ三十六枚のカードのうち、1枚がくるりと回って、その策の名を告げる。
三十六計、その三十三。
反間計… スパイに敵内部を混乱させ、自らの望む行動を取らせる。
「自ら設けられた公の場に、ご寵愛のお相手を伴ってのお出ましとは、いかがなものですかな?」
ちょっと聞くと、まるで愛人をこさえたディリアが公私混同の御乱行を働いているかのように聞こえる。
だが、実際のところは、普段は朝礼に連れてこないフェレットのマイオを胸に抱いていただけのことだった。
ディリアは素っ気なく釈明する。
「大目に見てはくれませんか? 今朝からすっかり怯えていて、放ってはおけなかったのです」
そう言いながらリカルドからそらした目で僕を一瞥すると、ぷいとばかりにそっぽを向く。
それはそれで気になったが、心配なことがひとつあった。
マイオは、遠くにいるエルフのターニアが目や耳として使っている小動物だ。
ターニアは邪悪なものを察知できるから、マイオの怯えは、僕たちに何か危険なことが近づいていることを伝えているのだ。
もっとも、それが何だか分からない限り、わかりきっていることをわざわざまくしたてる、リカルドの演説は遮りようがない。
「ディリア様が未だ、王位を継承される条件を満たしていらっしゃらないことを申し上げておきたい」
この言い方は、僕が召喚される前にいた世界でもギリギリセーフだ、たぶん。
リントス王国の王位を継ぐには配偶者が必要なのだ。
今のうちにディリアには釘を差しておこうというのだろうが、この場で誰もが知っていることをわざわざ口にして事を荒立てることもない。
僕が元いた世界でもこの辺は重要なポイントで、やらかしてしまったら完全にセクハラだ。
因みに、ディリアは次の点で結婚相手がいないので、王位に就けないことになっている。
①東西南北の大貴族…年頃の男子がいない
②外国からの養子 …その親となるべき国王が既に個人である
③伝説の、救国の士…そんなものはいない
ただし、王権の象徴さえ発見できれば、ディリアが最高権力者であることは既成事実化できる。
問題は、それにあたる王笏の真贋を見分けられるのは、リカルドと、その脇に控えている腰巾着のカストだけだということだ。
仕方がない。
僕が名乗り出るしかなかった。
朝礼が開かれている大広間ではその隅っこに、リントス王国の居候として自ら控えることにしている異世界召喚者が。
「では、ダンジョンにて探索してまいります。本物の王笏を」
第30層で苦労して見つけ出したものは、カストによって偽物と判定されている。
僕は、そのカストに用があるのだった。
朝礼が終わって、リカルドが廷臣たちや貴族たちが退出するのに紛れて、僕はカストに囁いた。
「今夜、中庭で」
夜の中庭に、カストはなかなかやってこなかった。
東屋の椅子で待ちくたびれて、いつの間にかウトウトやっていると、目の前には新たなステータスがぼんやりと浮かぶ。
〔カリヤ マコト レベル33 16歳 筋力66 知力96 器用度95 耐久度91 精神力92 魅力75〕
さすがに知力が100に達することはない。
筋力と器用度と精神力に11ずつが割り振られていたのは、第32層で吸血鬼から逃げ切ったからだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていたところで、頭を小突かれて目が覚めた。
「こんな夜中に人を呼び出しておいて居眠りとはな」
月明りの下で、カストの端整な顔が僕を見下ろしている。
ムッとして言い返した。
「お前が遅いんだよ」
「風邪ひくぞ」
僕の隣に座って身体を寄せてくるカストは、いい匂いがした。
妙な緊張感を覚えて思わず立ち上がった僕は、慌てているのを隠そうとして、つい詰問してしまった。
「裏切ったんじゃないのか? リカルドを」
「そこまでは言ってない」
主とそっくりの図々しさで、平然と答えるのがまた憎たらしい。
……どういうつもりなんだ? 手の込んだ「空城計」まで仕掛けて。
僕は本気で抗議した。
「ここまですることはないだろ?」
散々な目に遭わされてはきたが、命に関わるようなことはなかったはずだ。
カストはというと、真顔で僕を見上げて答えた。
「リカルド様への恩は返しておきたい」
そこで語られたのは、カストの生い立ちだった。
カストは自分がいつ、どこで生まれたのか知らない。
気が付いたときには、旅芸人を看板にした、いかがわしい連中と放浪生活を送っていたらしい。
リントス王国にやってきたとき、これを自ら摘発したのがリカルドだった。
一座は男女構わず、ことごとく処刑された。
幼かったカストだけが放免されたが、養う者も身を寄せるところもない。
そこで拾ってくれたのが、リカルドだったというわけだ。
もちろん、それはタダでも善意によるものでもない。
カストはリカルドの配下となるべく、読み書きだけでなく、暗殺や諜報の術までも徹底的に叩きこまれたのだった。
たぶん、こんなことは密偵で暗殺者のアンガでさえも知らない。
「なぜ、それを?」
僕に打ち明けてどうしようというのだろうか。
そこで、カストは困ったように小首をかしげて考え込んだ。
こんな様子を見せるのは、初めてだ。
やがて、戸惑いながらも、答えが返ってきた。
「好きだからかな……お前も」
僕も、というのが気にかかる。
それは、リカルドのことが好きだ、ということを意味する。
蓼食う虫も好き好きというから、そこのところはどうこう言うつもりはない。
だが、それはカストの好みにおいて、リカルドと僕が似ているという意味だ?
……どこが?
全く正反対だ、と思いたかった。
僕はあそこまで傲慢でも傍若無人でも慇懃無礼でもない。
ましてや狡猾でもなければ厚顔無恥でもないし、冷酷非道でもない。
……だが、本当にそうだろうか?
元の世界で教員をやっていた頃、受験組やスポーツ推薦組の生徒たちを見下してはいなかっただろうか。
リカルドほどひどいことをやってはいないというのも、それほど僕の頭が働かないことへの言い訳ではないだろうか。
そんなことを考えているうちに、僕は夜風の冷たさに思わずくしゃみをして、ようやく我に返る。
……じゃあ、そんな僕の、どこが?
それを尋ねようにも、いつの間にかカストの姿は消えている。
僕は城の自室に戻って、暖かいベッドで寝るより他はなかった。
しかし、目を閉じたところで、僕の身体にしがみつく、温かいものがあった。
どきっとして跳ね起きたけど、カストじゃない。
淡い光を放ちながら僕の首にしがみついている、いつも裸のフェアリー……ポーシャだった。
「怖い……怖いよ……カリヤ」
その頭を指先で撫でながら、僕は尋ねた。
「何があった? 大丈夫……大丈夫だから……」
妄想が膨らむことはない。
相手の身体が極端に小さいのに加えて、うるさいのが周りを飛び回っているせいだ。
「怖いもんか、こんなの! 何が起こってるのか知らないけどさ……」
おかげで、ろくに眠ることもできなかったが。
眼をこすりこすり、大広間の朝礼に出ると、廷臣たちや貴族たちの前にアンガが控えていた。
ディリアが現れるなり、この暗殺者にしてリントス王国最速の伝令は、未曽有の危機を告げた。
「王国のあちこちに、ダンジョンからのものと思しきモンスターたちが出現しております」
「その割には落ち着いたものですね」
返答が鷹揚だったのは、アンガの口調によるものだが、それにも理由がある。
「王国の騎士、魔法使いに僧侶、街の悪党ども……その道に通じた者たちが向かっておりますれば」
オズワル率いる騎士団に、レシアスにロレン、ロズにギルが力を貸してくれているのだ。
だが、モンスターたちを沈黙させるには、それらをダンジョンの底で操っているエドマの企みを挫くしかない。
僕が正しい心で臨めば、きっとエルフのターニアはついてきてくれるだろう。
ディリアはディリアで、別のことを考えていたらしい。
「こんなときにいるべき者が、いませんね」
リカルドが来ないのは、いつものことだ。
また、カストを使って、この隙に何かディリアを陥れる策略を巡らしていることだろう。
もしかすると、昨日の夜も、僕はカストの思う通りに操られていただけだったのかもしれない。
頭の中に浮かんだ三十六枚のカードのうち、1枚がくるりと回って、その策の名を告げる。
三十六計、その三十三。
反間計… スパイに敵内部を混乱させ、自らの望む行動を取らせる。
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