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第三十二計(後) 空城之計《くうじょうのけい》… 敵を敢えて招き入れ、警戒心を誘います
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ディリアは、微かに身体を震わせながら、苦々しげに深く頭を垂れた。
「リカルド、その知略には感服しました……内通を疑った私を許してください」
リカルドは恭しく膝をつくと、いつも通りの慇懃無礼さで答えた。
「お顔を上げて、私めを見下ろしてくださって結構です。常識で考えれば、疑われて当然の振る舞いでございますれば」
自分の常識では測れないことに目くじら立てる凡人めが、と暗にコキ下ろしたリカルドは、悠々と大広間から出て行く。
だが、なぜかカストは付き従わなかった。
それどころか、僕に身体を寄せると、耳元で囁きさえしたものだ。
「全ては僕の思惑通りさ……戦はもうたくさんなんだよ」
それをディリアは何をどう誤解したのか、ひとりで大広間を出ていった。
アンガの姿がいつの間にか消えていたのは、その護衛に就いたからなのだろう。
残された廷臣たちや貴族たちはというと、まだ大広間の中でガヤガヤやっている。
「困りましたな」
「ディリア様の面目、丸つぶれだ」
「異世界召喚者殿にまで異を唱えられては」
そういうことにされてしまった僕は噂話に紛れて、小声でカストを責める。
「どういうつもりだ?」
答えは、あっさりと返ってきた。
「本当にやりたいことを見つけただけさ」
カストがどういうつもりでいるのか、さっぱり分からない。
はっきりしているのは、おかげで僕がディリアの不興を買ってしまったことだ。
このままでは、暗殺者のアンガにあらぬ疑いをかけられて、命を狙われることにもなりかねない。
すると、今、僕がすべきことは、一つしかない。
……この目でダンジョンを確かめる。
腹を決めて準備を整え、堂々と城門を出る。
こそこそ通用口などを使った日には、自分でアンガを呼び寄せるようなものだ。
ひとりでダンジョンへ向かう僕だったが、エルフのターニアの声が聞こえてこなかったのは、自己保身という不純な動機のせいだろう。
だが、瓢箪から駒ということもある。
その効果は、とんでもないところから、てきめんに表れた。
帰還した騎士団と、ばったり出くわしたのだ。
オズワルが、部下たちに命じた。
「同行しよう」
戦いから帰ったばかりの騎士団長は自ら、僕を自分の馬に乗せてダンジョンへと向かう。
無言で従ったのは、騎士たちばかりではない。
僕とオズワルの隣には、いつの間にか、マントのフードを深々と下ろしたアンガの馬が並走していた。
裏切りの証拠を自分の目で確かめようとしたのだろう。
ダンジョンに着いたときは、もう夕暮れ時だった。
僕たちと共に地下へ向かう騎士たちは、それぞれの層で警備の任務を交代していった。
その間、下の層から上がってくるモンスターはいなかったので、僕はカストから告げられたことが真実だったことに安心した。
だが、左手にカンテラを持つ僕の隣で騎士団を率いるオズワルは、ぼそりとつぶやいた。
「簡単すぎる」
武器を持つために空けてある右手の側を歩くアンガもまた、耳元に顔を寄せて囁いた。
「こんなふうに、リカルドの腰巾着が何を言ったか知らんが……人を疑うことを覚えたほうがよかろう」
確かにその通りかもしれないが、事情が違う。
孫子曰く。
……反間は、厚くせざるべからざるなり。
反間とは、敵方の情報を流してくれるスパイのことだ。
寝返った者を大事にしていれば、次々に情報や味方を引き入れてくれるようになるということだ。
第31層にたどりつくと、ドワーフのドウニが巨大なハンマーを抱えて、いつものように座り込んでいた。
「アレなら、もうないぞ」
そう言うなり、巨大な地獄門を軽々と開けてみせる。
アレというのはもちろん、闇エルフのエドマが開いた、あの鈍い光の扉だが、そこにはどこまでも続くかと思われる無限の闇があるばかりだった。
いかにも拍子抜けしたというように、ドウニはぼやいた。
「待てども待てども、妙な霧が流れてきただけだったわい」
これでカストの報告が証明されたわけだが、僕は何か、ぞくっとするものを肌に感じていた。
その直感は、知力96のおかげでもあったろう。
隣をちらりと眺めると、僕を見つめるアンガの冷たい眼差しがあった。
……疑われている。
第32層を突破しなければ、光の扉を確かめに来たのを自分で白状するようなものだ。
アンガのことだから、僕とカストとのつながりはすぐ勘づくことだろう。
僕は地獄門の向こうへと足を踏み入れた。
何が待っているか分からないが、生きて地上へ戻れれば、今までの経験からして、夜が明けているはずだ。
微妙な傾斜を騎士団と共にどこまでも下りていくと、いつの間にか洞窟の壁はすぐ手の届くところにまで迫っていた。
カンテラの光が照らしだしたものに、ひっ、と声を上げた僕の傍らで、アンガが面白くもなさそうにつぶやいた。
「納骨堂《カタコンベ》か」
壁そのものが、無数の髑髏で埋め尽くされていたのだった。
すると、この層にはアンデッド・モンスターが待ち構えていると思った方がいい。
エルブン・シルバーの武器を準備してくるんだったと後悔しながら、先へ進む。
だが、そんな生温い感情は、納骨堂の奥で目にした光景を前に消し飛んでしまった。
僕は恐怖を抑え込みながら、小声でオズワルを急かした。
「地上へ戻りましょう……夜が明ける前に」
カンテラの光が照らしだしたのは、無数の棺桶だったのだ。
しかも、その蓋はことごとく開いている。
……やられた! 吸血鬼《ヴァンパイア》だ!
知力96によって研ぎ澄まされた感覚が捉えていた、あの肌寒さの正体はこれだったのだ。
ドウニが見たのは、霧状に変身した吸血鬼の姿だったのだろう。
「制圧した階にもモンスターが上がってこられる」と変更されたはずのルールは、修正されていなかったことになる。
つまり、僕はカストの仕掛けた「空城の計」に引っ掛かったのだ。
……すると、交代した騎士たちは?
吸血鬼化されているおそれがある。
だが、それに気づいているのが分かったら、騎士同士の殺し合いをすることになるだろう。
なんとかして、元締めを見つけ出して始末しなければならなかった。
僕は、試しにつぶやいてみる。
「言われたとおりにしたんだがな」
たちまちアンガの手元に閃いた短剣と、オズワルの抜き放った大剣が交差して、十字の銀光を描いた。
オズワルが呻くように尋ねた。
「何のつもりだ」
カストの名前が出なかったことに気付いたのか、僕を裏切り者として殺そうとしたアンガは何も答えない。
僕はというと、それとなく振り向いて、騎士たちの反応を眺めていた。
……身体をすくめた者が、何人かいる。
見たところ、コウモリもいないから、吸血鬼が変身した様子もない。
たぶん、騎士の誰かと入れ替わっているのだ。
犠牲者は、吸血鬼化されて、ダンジョンのどこかをさまよっているのだろう。
僕は第32層をドウニに頼むと、何事もなかったかのように、地下水脈のある第20層を目指した。
水妖フーアに苦しめられたところだが、浅いところは歩いて渡ることができる。
だが、何人かの騎士は、二の足を踏む。
……吸血鬼は、流れる水を渡れない。
部下を叱り飛ばそうとするオズワルを、僕はなだめた。
「早く城へ戻りましょう。急げば、夜更けにはダンジョンを出られますて、ディリア様の朝礼に間に合わせることができます」
オズワルは、地下水路の向こうでの待機を部下に命じて、先を急ぐ。
そして、僕たちが第2層までやってきたときのことだった。
カンテラの光が照らしだした人影を見て、オズワルがつぶやいた。
「お前は……」
騎士のひとりが叫んだ。
「モンスターだ!」
すかさず、僕も叫ぶ。
「今のがヴァンパイア・マスターです!」
たちまち、それを守ろうとして、吸血鬼化した騎士たちが剣を抜く。
応戦しようとするオズワルたちを、僕は止めた。
「地上へ向かいましょう!」
だが、第1層への出口は、人がひとり、ようやく通れるくらいの幅しかない。
剣も兜も投げ捨てた吸血鬼たちは、すぐに追いついてきた。
オズワルが大剣を抜き放つと、僕は剣を抜いて重ねた。
ヴァンパイア・マスターに先導された吸血鬼たちの足が止まる。
僕はアンガを促した。
「みなさんを先に退却させてください」
やがて、十字に組んだ剣の前に立ち止まった吸血鬼と対峙するのは、僕たちだけになった。
剣をダンジョンの地面に突き刺して、オズワルに目配せする。
一瞬の躊躇の後、大剣が僕の剣と交差して、吸血鬼たちのひしめく洞窟を塞いだ。
オズワルは、僕を先に逃がす。
第1層で待っていると、大きな身体が窮屈そうに這い上がってきた。
吸血鬼たちは、剣の十字架に邪魔されない、別の洞窟を回ってくることだろう。
地上へ戻るための時間稼ぎには充分だ。
そして、ダンジョンさえ抜け出してしまえば……。
吸血鬼化された騎士たちを率いて、僕たちを追ってきたヴァンパイア・マスターは、まんまと罠にはまった。
眩しい朝日を浴びて塵となり、爽やかな風に吹き散らされて消えたのだ。
実を言うと、僕は急いでなどいなかった。
むしろ、ダンジョン脱出に時間がかかればかかるほど、日が昇るまでの時間を稼ぐことができたのだ。
もちろん、オズワルを急かしたのは、ヴァンパイア・マスターを油断させるために過ぎない。
三十六計、その三十二。
空城計… 敵を敢えて招き入れ、警戒心を誘う。
もっとも、あのヴァンパイア・マスターは完全に僕たちをナメてかかっていて、警戒するだけの知恵も働かなかったようだが。
僕たちを迎えるために大きく開かれた城門へ帰りついたところで、アンガは深々と僕に頭を下げて詫びた。
「疑って申し訳ない……異世界召喚者殿」
その、今までとは打って変わった丁重さには、僕のほうが恐れ入ってしまったくらいだ。
思わず目をそらすと、中庭で僕のほうを見つめていたらしいカストが、城の中へと姿を消すのが見えた。
たぶん、リカルドがディリアの朝礼に出るのだろう。
「リカルド、その知略には感服しました……内通を疑った私を許してください」
リカルドは恭しく膝をつくと、いつも通りの慇懃無礼さで答えた。
「お顔を上げて、私めを見下ろしてくださって結構です。常識で考えれば、疑われて当然の振る舞いでございますれば」
自分の常識では測れないことに目くじら立てる凡人めが、と暗にコキ下ろしたリカルドは、悠々と大広間から出て行く。
だが、なぜかカストは付き従わなかった。
それどころか、僕に身体を寄せると、耳元で囁きさえしたものだ。
「全ては僕の思惑通りさ……戦はもうたくさんなんだよ」
それをディリアは何をどう誤解したのか、ひとりで大広間を出ていった。
アンガの姿がいつの間にか消えていたのは、その護衛に就いたからなのだろう。
残された廷臣たちや貴族たちはというと、まだ大広間の中でガヤガヤやっている。
「困りましたな」
「ディリア様の面目、丸つぶれだ」
「異世界召喚者殿にまで異を唱えられては」
そういうことにされてしまった僕は噂話に紛れて、小声でカストを責める。
「どういうつもりだ?」
答えは、あっさりと返ってきた。
「本当にやりたいことを見つけただけさ」
カストがどういうつもりでいるのか、さっぱり分からない。
はっきりしているのは、おかげで僕がディリアの不興を買ってしまったことだ。
このままでは、暗殺者のアンガにあらぬ疑いをかけられて、命を狙われることにもなりかねない。
すると、今、僕がすべきことは、一つしかない。
……この目でダンジョンを確かめる。
腹を決めて準備を整え、堂々と城門を出る。
こそこそ通用口などを使った日には、自分でアンガを呼び寄せるようなものだ。
ひとりでダンジョンへ向かう僕だったが、エルフのターニアの声が聞こえてこなかったのは、自己保身という不純な動機のせいだろう。
だが、瓢箪から駒ということもある。
その効果は、とんでもないところから、てきめんに表れた。
帰還した騎士団と、ばったり出くわしたのだ。
オズワルが、部下たちに命じた。
「同行しよう」
戦いから帰ったばかりの騎士団長は自ら、僕を自分の馬に乗せてダンジョンへと向かう。
無言で従ったのは、騎士たちばかりではない。
僕とオズワルの隣には、いつの間にか、マントのフードを深々と下ろしたアンガの馬が並走していた。
裏切りの証拠を自分の目で確かめようとしたのだろう。
ダンジョンに着いたときは、もう夕暮れ時だった。
僕たちと共に地下へ向かう騎士たちは、それぞれの層で警備の任務を交代していった。
その間、下の層から上がってくるモンスターはいなかったので、僕はカストから告げられたことが真実だったことに安心した。
だが、左手にカンテラを持つ僕の隣で騎士団を率いるオズワルは、ぼそりとつぶやいた。
「簡単すぎる」
武器を持つために空けてある右手の側を歩くアンガもまた、耳元に顔を寄せて囁いた。
「こんなふうに、リカルドの腰巾着が何を言ったか知らんが……人を疑うことを覚えたほうがよかろう」
確かにその通りかもしれないが、事情が違う。
孫子曰く。
……反間は、厚くせざるべからざるなり。
反間とは、敵方の情報を流してくれるスパイのことだ。
寝返った者を大事にしていれば、次々に情報や味方を引き入れてくれるようになるということだ。
第31層にたどりつくと、ドワーフのドウニが巨大なハンマーを抱えて、いつものように座り込んでいた。
「アレなら、もうないぞ」
そう言うなり、巨大な地獄門を軽々と開けてみせる。
アレというのはもちろん、闇エルフのエドマが開いた、あの鈍い光の扉だが、そこにはどこまでも続くかと思われる無限の闇があるばかりだった。
いかにも拍子抜けしたというように、ドウニはぼやいた。
「待てども待てども、妙な霧が流れてきただけだったわい」
これでカストの報告が証明されたわけだが、僕は何か、ぞくっとするものを肌に感じていた。
その直感は、知力96のおかげでもあったろう。
隣をちらりと眺めると、僕を見つめるアンガの冷たい眼差しがあった。
……疑われている。
第32層を突破しなければ、光の扉を確かめに来たのを自分で白状するようなものだ。
アンガのことだから、僕とカストとのつながりはすぐ勘づくことだろう。
僕は地獄門の向こうへと足を踏み入れた。
何が待っているか分からないが、生きて地上へ戻れれば、今までの経験からして、夜が明けているはずだ。
微妙な傾斜を騎士団と共にどこまでも下りていくと、いつの間にか洞窟の壁はすぐ手の届くところにまで迫っていた。
カンテラの光が照らしだしたものに、ひっ、と声を上げた僕の傍らで、アンガが面白くもなさそうにつぶやいた。
「納骨堂《カタコンベ》か」
壁そのものが、無数の髑髏で埋め尽くされていたのだった。
すると、この層にはアンデッド・モンスターが待ち構えていると思った方がいい。
エルブン・シルバーの武器を準備してくるんだったと後悔しながら、先へ進む。
だが、そんな生温い感情は、納骨堂の奥で目にした光景を前に消し飛んでしまった。
僕は恐怖を抑え込みながら、小声でオズワルを急かした。
「地上へ戻りましょう……夜が明ける前に」
カンテラの光が照らしだしたのは、無数の棺桶だったのだ。
しかも、その蓋はことごとく開いている。
……やられた! 吸血鬼《ヴァンパイア》だ!
知力96によって研ぎ澄まされた感覚が捉えていた、あの肌寒さの正体はこれだったのだ。
ドウニが見たのは、霧状に変身した吸血鬼の姿だったのだろう。
「制圧した階にもモンスターが上がってこられる」と変更されたはずのルールは、修正されていなかったことになる。
つまり、僕はカストの仕掛けた「空城の計」に引っ掛かったのだ。
……すると、交代した騎士たちは?
吸血鬼化されているおそれがある。
だが、それに気づいているのが分かったら、騎士同士の殺し合いをすることになるだろう。
なんとかして、元締めを見つけ出して始末しなければならなかった。
僕は、試しにつぶやいてみる。
「言われたとおりにしたんだがな」
たちまちアンガの手元に閃いた短剣と、オズワルの抜き放った大剣が交差して、十字の銀光を描いた。
オズワルが呻くように尋ねた。
「何のつもりだ」
カストの名前が出なかったことに気付いたのか、僕を裏切り者として殺そうとしたアンガは何も答えない。
僕はというと、それとなく振り向いて、騎士たちの反応を眺めていた。
……身体をすくめた者が、何人かいる。
見たところ、コウモリもいないから、吸血鬼が変身した様子もない。
たぶん、騎士の誰かと入れ替わっているのだ。
犠牲者は、吸血鬼化されて、ダンジョンのどこかをさまよっているのだろう。
僕は第32層をドウニに頼むと、何事もなかったかのように、地下水脈のある第20層を目指した。
水妖フーアに苦しめられたところだが、浅いところは歩いて渡ることができる。
だが、何人かの騎士は、二の足を踏む。
……吸血鬼は、流れる水を渡れない。
部下を叱り飛ばそうとするオズワルを、僕はなだめた。
「早く城へ戻りましょう。急げば、夜更けにはダンジョンを出られますて、ディリア様の朝礼に間に合わせることができます」
オズワルは、地下水路の向こうでの待機を部下に命じて、先を急ぐ。
そして、僕たちが第2層までやってきたときのことだった。
カンテラの光が照らしだした人影を見て、オズワルがつぶやいた。
「お前は……」
騎士のひとりが叫んだ。
「モンスターだ!」
すかさず、僕も叫ぶ。
「今のがヴァンパイア・マスターです!」
たちまち、それを守ろうとして、吸血鬼化した騎士たちが剣を抜く。
応戦しようとするオズワルたちを、僕は止めた。
「地上へ向かいましょう!」
だが、第1層への出口は、人がひとり、ようやく通れるくらいの幅しかない。
剣も兜も投げ捨てた吸血鬼たちは、すぐに追いついてきた。
オズワルが大剣を抜き放つと、僕は剣を抜いて重ねた。
ヴァンパイア・マスターに先導された吸血鬼たちの足が止まる。
僕はアンガを促した。
「みなさんを先に退却させてください」
やがて、十字に組んだ剣の前に立ち止まった吸血鬼と対峙するのは、僕たちだけになった。
剣をダンジョンの地面に突き刺して、オズワルに目配せする。
一瞬の躊躇の後、大剣が僕の剣と交差して、吸血鬼たちのひしめく洞窟を塞いだ。
オズワルは、僕を先に逃がす。
第1層で待っていると、大きな身体が窮屈そうに這い上がってきた。
吸血鬼たちは、剣の十字架に邪魔されない、別の洞窟を回ってくることだろう。
地上へ戻るための時間稼ぎには充分だ。
そして、ダンジョンさえ抜け出してしまえば……。
吸血鬼化された騎士たちを率いて、僕たちを追ってきたヴァンパイア・マスターは、まんまと罠にはまった。
眩しい朝日を浴びて塵となり、爽やかな風に吹き散らされて消えたのだ。
実を言うと、僕は急いでなどいなかった。
むしろ、ダンジョン脱出に時間がかかればかかるほど、日が昇るまでの時間を稼ぐことができたのだ。
もちろん、オズワルを急かしたのは、ヴァンパイア・マスターを油断させるために過ぎない。
三十六計、その三十二。
空城計… 敵を敢えて招き入れ、警戒心を誘う。
もっとも、あのヴァンパイア・マスターは完全に僕たちをナメてかかっていて、警戒するだけの知恵も働かなかったようだが。
僕たちを迎えるために大きく開かれた城門へ帰りついたところで、アンガは深々と僕に頭を下げて詫びた。
「疑って申し訳ない……異世界召喚者殿」
その、今までとは打って変わった丁重さには、僕のほうが恐れ入ってしまったくらいだ。
思わず目をそらすと、中庭で僕のほうを見つめていたらしいカストが、城の中へと姿を消すのが見えた。
たぶん、リカルドがディリアの朝礼に出るのだろう。
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