上 下
39 / 60

第二十七計(後)  仮痴不癲《かちふてん》… 愚かなふりをして相手を油断させ、時期を待ちます

しおりを挟む

 ドウニの友人だと言っただけで、「銀の鉱山」のドワーフたちは大歓迎してくれた。
 太陽の下で育った健康なシカやイノシシの炙り肉に、天然麦芽100%のモルトビール……。
 あっという間に始まった大宴会は、地下の洞窟で何日経ったかもわからないくらい続いた。
 僕の身体は16歳だが、心は30過ぎだ。
 飲めと言われれば、いくらでも大酒が飲める。
「もっと持ってこ~い! なんぼでも食ってやる、飲んでやるぞ~!」

 ……もはや、何をしに来たのかさっぱり分からない。

 蜀の劉備もかくやと思うような「髀肉之嘆」だった。 
 僕の後ろからは、怒りに震える囁きが聞こえる。
「……貴様、何をしているか」
 振り向けば、美少年のカストがそこにいた。
 僕は酔った勢いで、その細い腕を引っ掴んで抱き寄せる。
「ドワーフのみなさ~ん! 紹介しま~す! 悪徳宰相リカルドの腰巾着、美少年のカスト君で~す!」
「な、何すんだやめろ!」
 暴れるカストの胸の辺りは、感触がふんわりして、妙にいい匂いがした。
 
 ……あれ?

 何か引っかかるものがあったが、酔って痺れた頭の奥では、それ以上は考えようもなかった。
 カストの華奢な身体は、小柄なドワーフたちによって、わっせわっせと酒樽の前に運ばれていったのだった。
 
「……で、そっちど~よ、カスト君」
 もう何杯目か分からないビールのジョッキをコツンと合わせて、僕は中身を飲み干した。
 カストも意外と酒が強い。
 酔い潰れることもなく、それでいて人が変わったかのようによく喋った。
「どうもこうも、口ばっかりだ、あの野郎」
 その悪態ぶりで察しがついたのは、どうやらリカルドから邪険にされているらしいということだ。
 よほど、あのアルテミドラスとかいう「自称賢者」が信用されているということだろう。
 だが、カストから見れば買いかぶりに映るらしい。
「確かに、悪い手じゃなかったよ、街の者と百姓どもの棲み分けも、仕事の与え方もな。だが、肝心なところが分かっちゃいない」
「そう、ドラゴンはいるんだよ! そいつを退治しなくちゃな」
 俺が力説してみせると、カストは鼻で笑った。
「子どもでも信じやしないぞ、そんなおとぎ話は。百姓どもだよ! 百姓どもは、土いじるしか能がねえんだよ!」
 これがSNSなら炎上ものだが、そこは指摘しない。
 そんなことはないでしょう、と煽るだけにしておく。
 だが、カストはムキになって食ってかかってきた。
「分かってないね、下々の者の気持ちが! だから王位に就けないんだよ、お姫様はよ! だから居候なんだよ、異世界召喚者様は!」
 学校では、僕なりにいろいろと溜め込んできたこともあったので、そこのところはカチンときた。
 ぐっと抑えて、さらに聞き出しにかかったことがある。
「働きたくないの? みんな、そんなに」
 カストの細い目の奥が、ぎらりと光った。
「働いてるよ! 誰も彼も。だが、それは毎日、ただ腹を空かせないでいるためだ……国から金を貰ってな」
「確かに……作った武器の代金や兵への給料は、王国持ちだ」
 わざわざ財政的な損をしてまで、リカルドが何をしようとしているのかは分からない。
 だが、隙を突くなら、ここだった。
 酔った頭の中でも、三十六枚のカードの1枚がくるりと回るイメージは浮かぶ。

 三十六計、その二十七。
 仮痴不癲《かちふてん》… 愚かなふりをして相手を油断させ、時期を待つ。 
 
 その時期とは、まさに今だ。
 チャンスが巡ってきたことだけは確かだった。 
 カストはなおも、ぶつくさぶつくさ管を巻き続ける。
「だいたい、作物できないから、食い物が高いんだよ……」

 
 二日酔いの頭を押さえながら、カストは「銀の鉱山」から城へと帰っていった。
 これで、リカルドの下には「異世界召喚者は腑抜けになった」という情報がもたらされるだろう。
 しばらくは、ノーマークのまま計画が実行できる。
「ごちそうさまでした……ドワーフの皆さんに、お願いしたいことがあります!」
 カストがヒントを与えてくれた。
 大地に鍬を下ろしたら、どれほど苦しいことがあろうと、そこから離れられないのが農民というものなのだ。
 それならば、荒廃した大地で必要とされるものは決まっている。
 どんなに固い土でも耕せる、頑強な農具だ。
 工具や武器しか作ったことのないドワーフたちは、こんなもの初めてだと言いながらも、その腕を振るってくれた。
 そして。
 名工たちの手で鍛えられた、見ただけで溜息が出そうな逸品は街へと運ばれた。
 それらを武器づくりや兵隊勤めで得た給金で手にした農民たちは、荒廃した大地へと帰っていく。
 国の懐を痛めることなく、街への農民の流入は解消されたのだった。
 僕が城へ戻るのは、今だった。
「いかがでしょうか? 賢者アルテミドラス様?」
 ディリアの朝礼でご機嫌伺いをしてみると、ロングヘアのイケメン賢者様は、宰相リカルドに何やら耳打ちする。
 リカルドは、いかにも素人仕事を見下したような口調で答えた。
「体よく、街から農民を追い出しただけではないか?」
「さあ……ダンジョン制圧しか能のない、異世界召喚者には分かりかねます」
 そう答えてみせるのは、勝利の確信があるからだった。

 僕は再び、同じパーティを編成してダンジョンへ向かった。
 今度も、ロズとギル、アンガはいない。
 だが、第27層に巣食うモンスターはもう、いなかった。
 難なくたどり着いた地獄門の前には、闇エルフのエドマが待っていた。
「見つかったか? この門を破る方法は」
 ああ、と僕が答えると、エルフのターニアが言葉を継いだ。
「あなたは、この門を開けざるを得ないわ」
 案の定だった。
 エルフの挑発に、闇エルフのエドマは必ず乗ってくる。
 この場合は、意地でも開けまいとするはずだ。
 そこに、僕たちの付け入る隙がある。
 今度は、魔法使いのレシアスが口を開いた。
「この国の大地を荒廃させるのが目的であるならば、それが農民たちの手に渡った新たな鋤や鍬で新たに耕された今、ドラゴンはその毒気を当てるため、再び飛び立ったのではないか?」
 エドマは言葉に詰まる。
 今度はロレンが告げる。
「だが、農民たちはもう、大地を投げ出しはしない。どれだけ荒らされようと、我らの仲間に励まされ、何度でも畑を開き、水を引いて毒気を和らげるだろう」
 ロズとギル、アンガに頼んだのは、これなのだ。
 再びドラゴンが現れて土地を荒らしていっても、決してあきらめないように農民たちを支えることだ。
 国中を回るのは決して簡単なことではないが、そのためのフットワークと人脈を考えると、これほどの適任者はなかった。
 次のひと言は、ドワーフのドウニだった。
「大地が蘇るたびに荒らしておっては、ドラゴンもこの扉の向こうに戻っては来られんだろうな……ドワーフなら難なく破れる、この扉の」
 ドワーフにまで痛いところを突かれて、エドマは目を怒らせた。
 そこで、とどめをターニアが放つ。
「向こうにドラゴンがいないと分かれば、この門は恐れるに足りないわ」
 エドマは口を閉ざしたまま、僕たちを見据えているばかりだ。
 ターニアは更に。ダメ押しのひと言を告げる。
「さあ、ドラゴンがいるなら、扉を開けて見せてちょうだい」
 ようやく、エドマは不敵な笑いと共に答えた。
「いいだろう……見せてやる!」

 「銀の鉱山」のドワーフたちの読み通りだった。
 地獄門の向こうにドラゴンがいるかもしれないと思い込んだ僕たちは、これを開けてみようともしなかった。
 だが、本当に開かないのかもしれない。
 それなら、ドラゴンがいないうちにダンジョンへ潜って、エドマの自尊心を揺さぶってやればいい。
 ドラゴンが扉の向こうに戻ってきたところで、エドマは地獄門を開けてみせるだろう。
 そして、狙い通りにその向こうから現れたのは……。
 レシアスはつぶやいた。
ワーム蛇龍か」
 手足のない、長い胴体に翼だけの龍が、洞窟の中に這い出てきた。
 エドマが叫ぶ。
「大地をも腐らす毒気に当てられて、朽ち果てるがいい!」
 僕は答えた。
「そんなものが残っていればな」
 宝物と鉱脈を求めて洞窟という洞窟を探ってきたドワーフたちは、そこに潜むドラゴンたちについても知り尽くしていた。
 そこで教えてくれたのだ。
 いくらドラゴンとはいえ、大地を荒らすほどの毒気を、国中を飛び回って無限に吐き続けられはしない、と。
 さらに洞窟の中では、思うように飛ぶこともできない。
 だからあとは、力押しパワープレイだった。
 ターニアがエドマと斬り結ぶ中、ロレンの祈りに守られながら、エルフのアミュレットが告げる弱点を、レシアスの雷撃とドウニのハンマーが撃つ。
 ワームが動きを止めたとき、エドマも姿を消していた。
 ターニアは言った。
「あとひと押しね……あいつも、かなり追い詰められてるから」

 城へ戻ると、自称賢者もいつの間にか姿をくらましていた。
 彼を推挙したリカルドは、悪びれもせずに、こう言い抜けたものだ。
「アルテミドラス殿はこう言い残された。人の手では生み出し得ない農具を得たことで、農民たちはより豊かに暮らせるようになった。人の為すことを見通す者の役割は終わった、と。己を知って身を引く潔さも、賢者にふさわしい振る舞いではありませんか」
 理屈と膏薬はどこにでもつくとは、よく言ったものだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

ドロップキング 〜 平均的な才能の冒険者ですが、ドロップアイテムが異常です。 〜

出汁の素
ファンタジー
 アレックスは、地方の騎士爵家の五男。食い扶持を得る為に13歳で冒険者学校に通い始めた、極々一般的な冒険者。  これと言った特技はなく、冒険者としては平凡な才能しか持たない戦士として、冒険者学校3か月の授業を終え、最低ランクHランクの認定を受け、実地研修としての初ダンジョンアタックを冒険者学校の同級生で組んだパーティーでで挑んだ。  そんなアレックスが、初めてモンスターを倒した時に手に入れたドロップアイテムが異常だった。  のちにドロップキングと呼ばれる冒険者と、仲間達の成長ストーリーここに開幕する。  第一章は、1カ月以内に2人で1000体のモンスターを倒せば一気にEランクに昇格出来る冒険者学校の最終試験ダンジョンアタック研修から、クラン設立までのお話。  第二章は、設立したクラン アクア。その本部となる街アクアを中心としたお話。  第三章は、クラン アクアのオーナーアリアの婚約破棄から始まる、ドタバタなお話。  第四章は、帝都での混乱から派生した戦いのお話(ざまぁ要素を含む)。  1章20話(除く閑話)予定です。 ------------------------------------------------------------- 書いて出し状態で、1話2,000字~3,000字程度予定ですが、大きくぶれがあります。 全部書きあがってから、情景描写、戦闘描写、心理描写等を増やしていく予定です。 下手な文章で申し訳ございませんがよろしくお願いいたします。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

処理中です...