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第二十六計(後) 指桑罵槐《しそうばかい》…悪い見本を与えて、人を自分の思い通りに操ります

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 仕方なくダンジョンに連れて行った連中ときたら、規律の乱れはひどいものだった。
 まず、カストが準備しておいた荷馬車に乗るときから文句を言う。
「狭いんスけど」
「ヤバい任務に、コレはないんじゃないですか」
 御者を務める馬番が、露骨に顔をしかめたのも無理はない。
 そもそも、このためだけに駆り出される、馬番への気遣いというものがまるでないのだ。
 僕はすぐさま、馬番に謝った。
「すみません! こんな遠くまで!」
 そこで一斉に聞こえたのは、笑い声だった。
「何? 本当に異世界召喚者様?」
「弱すぎねえ?」
「もっと堂々としてくれませんかね?」
 聞くに堪えない。
 耳をふさぎたくなったが、それをやれば余計にナメられるだけだというのは、学校勤めで経験済みだ。
 こいつらは、兵隊というよりも人間として、根本的にダメな連中なのだった。

 ダンジョンに潜ったところで、それは剥き出しになった。
 それぞれの層を守る騎士たちに、偉そうな態度を取るくらいは、まだいい。
「よ! ご苦労さん」
「もっとヤバいところで手柄立ててくるわ、俺たち」
「こっちのほうが出世しちゃうかもね」
 騎士たちが言い返さなかったのは、それが誇りというものだからだ。
 その点、厄介だったのは最下層を守るドワーフのドウニだった。
 新兵たちは、その姿を見るなり、その場に転がって笑いだしたのだ。
「なに、このオッサン!」
「小っちぇ~!」
「ドワーフだってよ、初めて見た!」
 その騒ぎっぷりだけで、モンスターが上がってきそうだった。
 ドウニが、ハンマーを肩に担いで僕に尋ねた。
「こいつで殴っていいか? 一発ずつ」
 僕は必死でそれをなだめて、殿しんがりを頼んでダンジョンの第26層に下りたのだった。

 こいつらのダメっぷりは、すぐに明らかになった。
 洞窟の中に現れたモンスターの群れを前にして、すぐに腰を抜かしたのだった。
「何だよこいつら!」
 カンテラの灯に照らし出されたのは、剣や槍を持った無数のスケルトンだった。
 僧侶のロレンがいれば、ターン・アンデッド生ける屍の退散で白骨の山にするのは何でもない。
 だが、こっちには、魔法もなにも掛かっていない剣だけしかない。
 そんなところへ、数で押してこられたら最弱のアンデッドとはいえ、たった5人ではひとたまりもない。
 ダメ新兵のひとりが、悲鳴を上げた。
「挟まれた!」
 その足元でドワーフのドウニが、戦いを前にした獣のように低く唸った。
「そうならねえための殿しんがりだろうが」 
 背は低いが、がっしりした身体で振るうハンマーがスケルトンたちを粉々に吹き飛ばす。
 僕は新兵たちを背中から急き立てた。
「走れ!」
 そう言っているうちに、後ろからスケルトンたちが襲いかかってくる。
 迫る刃の気配を感じて、振り向きざまに長剣を抜き放つ。
 剣を取り落としたスケルトンが、その場に崩れ落ちる。
 ちらりと振り向いた新兵がため息を漏らした。
「すげえ……」
 骨格の継ぎ目を長剣の先が正確に薙ぎ払ったのだ。
 器用度59で、ターニアのアミュレットが急所を教えてくれれば、ざっとこんなものだ。
 だが、どれだけいるか分からないスケルトン相手に、筋力39で振るう長剣がどれだけもつことか。
 耐久度54のスタミナを頼りに、僕はドウニに率いられた新兵たちの後を追って、洞窟の中を走り続けた。

 第25層に逃げ戻ると、新兵たちは何事もなかったかのように悪態を浴びせてきた。
「どんなダンジョンでも破れるんじゃなかったのかよ」
「異世界召喚者様が聞いて呆れるぜ」
 あまりの幼稚さと身勝手さにドウニは目を剝いたが、僕は目配せしてなだめた。
 そこで、たったひとりだけ、ぼそりと反論する者がいた。
「でも、あの骸骨、一発で吹っ飛ばしたじゃないか」
 これには、残りの2人も押し黙る。
 こいつらの救いようは、そこにあった。
 僕は、洞窟の床にうずくまった新兵たちに語りかける。
「自分から兵隊になったんだよね? 君たち」
 怒りをこらえた一言には、素っ気ない答えが返ってきた。
「だから何だよ」
 それはこっちのセリフだと腹の中で思ったが、こいつらは命懸けの仕事を選んだのだ。そこは認めてやらなくてはならない。
 やんわりとたしなめてやる。
「そんな自分を、そんな言葉で粗末にすることはないと思う」 
 ここは魅力64にものをいわせるところだ。
 だが、下手に魅力をアピールするのは逆効果らしい。
 たちまちのうちに、こいつらは目を吊り上げて食ってかかってきた。
「はあ? しょうがねえだろ、俺ん家、貧乏なんだからよ! 命張る仕事は稼ぎもいいってだけのことじゃねえか!」
「バカなんだよ、俺! 何やっても務まんねえから、命張るしかねえじゃねえか! 他に出来ることがあるんなら、教えてくれよ!」
 最後のひとりは、さっきと同じように、ぼそりと言った。
「俺……力も弱いし、間抜けだし、何の役にも立たないから、命投げ出したら……って思ったんだけど。やっぱり、ダメだ」
 この異世界でも、僕のいた世界の学校と同じだった。
 不良生徒の中には図々しいだけのヤツもいるが、こういうのもいる。
 妙に自尊感情の低い連中がいるのだ。
 やる気をなくしたからといって城に連れ帰れば、探索は失敗したことになり、リカルドを喜ばせるだけだ。 

 再び頭の中に、三十六枚のカードのイメージが浮かぶ。 
 その中の1枚が、くるりと回った。

 三十六計、その二十六。
 指桑罵槐しそうばかい…悪い見本を与えて、人を自分の思い通りに操る。

 あまり使いたくない方法だが、こいつらを戦わせるは、これしかない。

 僕は有無を言わせず、再び第26層へと潜った。
 新兵たちは、ドウニに背中をどやしつけられながら後についてくる。
 再び、カンテラの灯に照らし出された影があった。
 この層に巣食っているのは、どうせ魂のないアンデッドどもだ。
 僕は新兵たちに振り向いて告げる。
「よく見ろ! あいつらは魂もなく、ただダンジョンをうろつくしかない連中だ。だが、お前たちは人間だ。考えたり悩んだりできる。あんな連中に怯えていていいのか!」
 我ながらいいことを言ったと思ったのだが、根性なしの新兵たちは、いきなり腰を抜かした。
 エルフのターニアがくれたアミュレットを信じて、振り向きざまに長剣を放つ。
 だが、僕はその急所を狙うこともできず、剣を取り落としてうずくまった。
 相手は、ドラウグル古き妖怪……おぞましく腫れ上がった巨体を持つ、腕力にも優れた死骸だったのだ。
 モンスターの「恐ろしさ」は、魅力にマイナスをつけたものと考えればいいだろう。
 だが、新兵たちを震え上がらせた、醜い姿に怯えたからではない。
 そこは、精神力53のおかげだ。
 至近距離から放たれた、毒気を含む吐息が正面から浴びせられたのだ。
 今、いちばん頼りにしている何か大切なものが、身体の中から抜けていく気がする。
 やられた……エナジードレイン活力の吸収だ!
 たぶん、パラメータのどれかが著しく吸収されているだろうが、そんなことを気にしている場合ではない。
 僕は足元の剣を引っ掴んだ。
 武器に魔法が掛かっていない以上、首を斬り落とすしかない。
 そのためには、急所を狙って動きを封じることだ。
 エナジードレインを食らった今、それができるかどうかは分からないが……。
 そのとき、異口同音に叫んで僕の後ろから飛び出した連中がいた。
「異世界召喚者様!」
 新兵どもが、剣を構えて捨て身の突進を試みたのだ。
 3本の剣で串刺しにされたドラウグルは、思うように身動きができなくなる。
 アミュレットが告げる急所を横薙ぎにした僕の剣が、その首を弾き飛ばした。

 ドラウグルを倒した後のこいつらは、それまでとはまるで別人だった。
 次々に現れるスケルトンやゾンビ、グールの大軍を薙ぎ倒し、次の層へと続く洞窟まで発見したのだ。
 その番をするために居残ったドウニは珍しいことに、新兵たちへの見送りの言葉をかけたものだ。
「やるじゃねえか」
 根性なしの不良どもは苦笑いした。 
 ダンジョンから地上に生還すると、夜が明けていた。
 朝日に照らされた新兵どもの顔が、少し頼もしく見える。
 ありがとう、と礼を言うと、こいつらは示し合わせたように、口を揃えて偉そうにこう言った。
「俺らは人間だからな」
 別に期待したわけではないが、尊敬の念は全く感じられなかった。

 その謎は、リカルドがよこした荷馬車で城に帰ってすぐに解けた。
 ディリアの朝礼に間に合うよう、大広間に向かう途中で女官や女中たちとすれ違ったが、もう追いかけ回される心配はなかった。
 それどころか、死に物狂いで闘ってきた僕は、ことごとくそっぽを向かれたのだ。
 どうやら、ドラウグルの毒気を浴びたときに、その臭いで魅力をごそっと持って行かれたらしい。
 一方、それを吸収したモンスターは「恐ろしさ」のマイナスが相殺されたので、新兵たちは勇気を振るって立ち向かうことができたというわけだ。
 こうして、僕のモテ期と教育ドラマは、はかない終わりを告げたのだった。
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