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第二十四計(後) 仮道伐虢《かどうばっかく》……相手を分断して、各個撃破します
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こんなときにはいつも助けてくれるエルフ娘のターニアは、現れなかった。
それでも、正午までの時間を有効に使うために、僕はしなければならないことを全てやり抜いた。
城の門が開いたときには、僕はリカルドの忠実な配下になっていた。
もっとも、リカルド本人はいない。
派遣されるのは、近衛隊長率いる大部隊だ。
その護衛の数騎に囲まれた身分不相応に立派な馬車に乗せられて、街中に出るのは結構、居心地が悪かった。
物見高い街の人たちはすぐに集まってきて、さらにその中の何人かは、僕の顔を覚えていた。
たちまちのうちに罵声が飛ぶ。
「ディリア様はどうした!」
「寝返ったのか!」
「裏切者!」
血の気の多い者の中には、近衛隊の護衛を突破して僕に詰め寄ろうと無茶をする者もいる。
元の世界でどこぞの政治家の選挙演説に野次を飛ばすのと同じで、たちまち近衛兵に実力で排除されそうになる。
だが、そこに割って入った者がいたらしい。
「その辺にしとけ、どっちも」
詰め寄ろうとした者も、それを捉えようとした近衛兵も、あたりをきょろきょろ見渡す。
声はすれども姿は見えず、というやつだった。
悪党のロズや盗賊のギル、暗殺者のアンガが、わざわざ捕まるようなことをしでかすはずがない。
僧侶のロレンは、リカルドにディリア呪殺の濡れ衣を着せられて、ディリア自身から「ダンジョン送り」の刑で死んだことになっている。
リカルドの陰謀に加担した魔法使いのレシアスは、それが露見しそうになったところで口封じに殺されかかって、逃げ出した身だ。
いずれも、リカルドに掌握されている近衛兵の前に姿を現せるはずがない。
すると、近衛兵から無茶な街の人をかばったのは……。
「ワシだ」
そこで聞えたのは、ドワーフのドウニの声だった。
ごつい割に背の低い身体が、凄まじい速さで人垣を押しのけていく。
おかげでそこには、近衛兵の隊列が先へ進む隙間ができた。
近衛兵団が街を抜ける頃、僕はわざと、大きな声で馬車の護衛に話しかけた。
「君たち、たとえばここに、味方の生首そっくりのハリボテなんか差し出されたら、敵にやられたと思うかい?」
もちろん、完全に無視されたが、この無駄話の狙いは別のところにある。
夕暮れにダンジョンへ到着するとすぐ、そこがかつて鉱山だったころの入り口から、無数のシンセティックたちがぞろぞろと現れた。
その先頭に立っているのは、他の連中よりは真っすぐに立って直進できる、一回り身体の大きいヤツだった。
そいつが、近衛隊長に向かって、たどたどしいながらも人間の言葉で告げる。
「帰れ、死ぬぞ」
聞き取れたのは、知力59のおかげだろうか。
近衛兵たちは手に手に武器を構えて、馬を突進させる姿勢を取った。
見下している相手から弱いとバカにされたのが、よほど頭に来たらしい。
だが、僕は馬車を前に出してもらうと、近衛隊長に囁いた。
「ひとりで残ります。背中を見せて、全速力で逃げてください」
聞き分けのいい男だった。
意地を張ったり余計な詮索をしたりせずに、馬車を置いてさっさと兵を引いた。
理屈で行けば僕はひとりでもダンジョンが突破できる道理だし、たとえ死んでも言われた通りにしただけだから、近衛隊長の責任ではない。
さすがはリカルドの手下だ。
さっきのデカブツがひと声咆えると、シンセティックたちが雄叫びを挙げて後を追っていった。
だが、多分、尻に帆掛けて逃げる馬には追いつけないだろう。
僕はというと、残ったシンセティックに脅されるままに馬車を降りた。
準備していたカンテラを叩き壊されて、ダンジョンの洞窟を下へ下へと連行されていく。
第8層まで下りたときだった。
壁の向こうから聞き覚えのある歌声が聞こえてきた。
掘れや掘れや
ルビーが出るぞ
掘れや掘れや
サファイヤが出る
まだまだ掘れば、
ダイヤモンドだ!
ドウニの歌声だった。
壁の横穴から飛び出してきたドワーフは、シンセティックの前に何やら大きな塊を突き出したようだった。
「お前らの負けだ」
暗視ができる者の間だけに通じるやりとりだが、僕にはこれから何が起こるか分かっていた。
目いっぱいのハッタリを利かせて、洞窟の中に声を響き渡らせる。
「もうすぐ、お前たちより多くの人間たちが武器を持ってやってくる! お前たちのボスに伝えろ!」
そのとき、横穴からカンテラの光が眩しく差し込んだ。
暗闇に慣れた目を潰されたシンセティックたちが、たちまちのうちに斬り伏せられる。
1ターンでの2回攻撃……騎士団長のオズワルだ。
生き残ったシンセティックが、更に下の層へと逃げていく。
僕はシンセティックのボスのニセ首を手にしたドウニと、騎士団の精鋭を率いたオズワルに告げた。
「後を追いましょう。ダンジョンに残った連中は総崩れのはずです」
このモンスターどもの結束は、悪さをした不良生徒どもの口裏合わせと同じくらい脆い。
僕はそう読んでいた。
オズワルが騎士団の精鋭を率いてダンジョンへ来られたのは、ディリアのおかげだった。
休養中の騎士団がリカルドの私邸を取り囲むようにたむろしているのに、知らん顔を決め込んだのだ。
数少ない後詰の近衛兵団は、その救出もままならない。
オズワルが精鋭の騎士団を率いて出ていっても、リカルドにそれを止める術はなかったのだった。
返事の見当はついていたけど、僕は経緯の確認のために、一応は聞いてみた。
「誰の指図ですか?」
知らんな、とだけ答えたオズワルに、僕は形だけ頼んでおいた。
「部下の勝手な行動、きつく叱っておいてくださいね」
シンセティックのボスのニセ首は、もちろん、僕が街を出る時に大声で言ったことをドウニが聞いていて作ったものだ。
「風が運んできたのさ、お前さんの声を」
それはたぶん、ターニアが風の精霊に頼んでくれたことなのだろう。
二手に分けられた一方の仲間が壊滅したと思い込んだ第24層のシンセティックどもは、完全に戦意を喪失していた。
オズワルの率いる騎士団の精鋭と、大きなハンマーを片手に突進してくるドウニに押されて、さらに下の層へと逃げ込んでいく。
結果として、ダンジョンをこれまでよりも深く制圧できたわけだ。
だが、戦いはこれで終わりではなかった。
僕はオズワルに告げる。
「近衛隊に追いつけなかったモンスターが戻ってくる頃です」
それがどうした、という返事は頼もしかった。
たぶん、全ては正午までに、僕がディリアと謀ったとおりに進んでいる。
そこで僕は、ドウニに頭を下げた。
「このまま、この層の守りをお願いします」
歴戦のドワーフは、にやりと笑っただけだった。
ハンマーを抱えて、その場に座り込む。
第24層からダンジョンの出口まで駆け上がるのは、並大抵のことではなかった。
それでも、筋力39のおかげか、なんとか騎士団についていくことはできた。
もっとも、息が上がっているので、立っているのがやっとだ。
目の前の闇の中では、シンセティックたちが迫っているというのに……。
そのボスの、たどたどしい言葉が聞こえた。
「そいつら、いないはずだ」
いっぺんは追い払った騎士団のことらしい。
やがて、騙されたと気付いたのか、シンセティックたちは怒りの雄叫びを挙げた。
オズワルも部下たちを叱咤する。
「我ら、無勢ならず!」
言葉のたどたどしさは、シンセティックとどっこいどっこいだった。
違うのは、味方の数の少なさだ。
問題は、騎士団の精鋭部隊に、これをカバーするだけの力と技があるかどうかということなのだが、その心配はいらなかった。
騎士団と近衛兵の大部隊が、互いに雄叫びを上げるのが聞こえる。
「高貴さよ! 誇りよ!」
「勇気よ! 歓喜よ!」
あの、「P」で頭韻を踏んだ掛け声が交錯する。
騎士団の精鋭たちとの間で挟み撃ちされたシンセティックたちに、抵抗する術はなかった。
やがて、騎士の掲げる松明に照らされた近衛団長が、オズワルに歩み寄った。
「宰相リカルド様のご命令により、騎士団に加勢いたしました」
慇懃無礼な物言いだったが、本当はこうだ。
ディリアの命令で、待機中の騎士団はリカルドの私邸の包囲を解かせた。
そこでリカルドは、この策を察したのだろう。
三十六計、その二十四だ。
「仮道伐虢《かどうばっかく》」……相手を分断して、各個撃破する。
リカルドは残った近衛兵に、団長救援の命令を下す。
それを見届けたディリアは、騎士団もダンジョンへと向かわせたのだった。
どこからか、風に乗って聞こえてくる声があった。
……やるじゃない、カリヤ。
もっとも、エルフのターニアの囁きは、僕にしか聞こえはしない。
それでも、正午までの時間を有効に使うために、僕はしなければならないことを全てやり抜いた。
城の門が開いたときには、僕はリカルドの忠実な配下になっていた。
もっとも、リカルド本人はいない。
派遣されるのは、近衛隊長率いる大部隊だ。
その護衛の数騎に囲まれた身分不相応に立派な馬車に乗せられて、街中に出るのは結構、居心地が悪かった。
物見高い街の人たちはすぐに集まってきて、さらにその中の何人かは、僕の顔を覚えていた。
たちまちのうちに罵声が飛ぶ。
「ディリア様はどうした!」
「寝返ったのか!」
「裏切者!」
血の気の多い者の中には、近衛隊の護衛を突破して僕に詰め寄ろうと無茶をする者もいる。
元の世界でどこぞの政治家の選挙演説に野次を飛ばすのと同じで、たちまち近衛兵に実力で排除されそうになる。
だが、そこに割って入った者がいたらしい。
「その辺にしとけ、どっちも」
詰め寄ろうとした者も、それを捉えようとした近衛兵も、あたりをきょろきょろ見渡す。
声はすれども姿は見えず、というやつだった。
悪党のロズや盗賊のギル、暗殺者のアンガが、わざわざ捕まるようなことをしでかすはずがない。
僧侶のロレンは、リカルドにディリア呪殺の濡れ衣を着せられて、ディリア自身から「ダンジョン送り」の刑で死んだことになっている。
リカルドの陰謀に加担した魔法使いのレシアスは、それが露見しそうになったところで口封じに殺されかかって、逃げ出した身だ。
いずれも、リカルドに掌握されている近衛兵の前に姿を現せるはずがない。
すると、近衛兵から無茶な街の人をかばったのは……。
「ワシだ」
そこで聞えたのは、ドワーフのドウニの声だった。
ごつい割に背の低い身体が、凄まじい速さで人垣を押しのけていく。
おかげでそこには、近衛兵の隊列が先へ進む隙間ができた。
近衛兵団が街を抜ける頃、僕はわざと、大きな声で馬車の護衛に話しかけた。
「君たち、たとえばここに、味方の生首そっくりのハリボテなんか差し出されたら、敵にやられたと思うかい?」
もちろん、完全に無視されたが、この無駄話の狙いは別のところにある。
夕暮れにダンジョンへ到着するとすぐ、そこがかつて鉱山だったころの入り口から、無数のシンセティックたちがぞろぞろと現れた。
その先頭に立っているのは、他の連中よりは真っすぐに立って直進できる、一回り身体の大きいヤツだった。
そいつが、近衛隊長に向かって、たどたどしいながらも人間の言葉で告げる。
「帰れ、死ぬぞ」
聞き取れたのは、知力59のおかげだろうか。
近衛兵たちは手に手に武器を構えて、馬を突進させる姿勢を取った。
見下している相手から弱いとバカにされたのが、よほど頭に来たらしい。
だが、僕は馬車を前に出してもらうと、近衛隊長に囁いた。
「ひとりで残ります。背中を見せて、全速力で逃げてください」
聞き分けのいい男だった。
意地を張ったり余計な詮索をしたりせずに、馬車を置いてさっさと兵を引いた。
理屈で行けば僕はひとりでもダンジョンが突破できる道理だし、たとえ死んでも言われた通りにしただけだから、近衛隊長の責任ではない。
さすがはリカルドの手下だ。
さっきのデカブツがひと声咆えると、シンセティックたちが雄叫びを挙げて後を追っていった。
だが、多分、尻に帆掛けて逃げる馬には追いつけないだろう。
僕はというと、残ったシンセティックに脅されるままに馬車を降りた。
準備していたカンテラを叩き壊されて、ダンジョンの洞窟を下へ下へと連行されていく。
第8層まで下りたときだった。
壁の向こうから聞き覚えのある歌声が聞こえてきた。
掘れや掘れや
ルビーが出るぞ
掘れや掘れや
サファイヤが出る
まだまだ掘れば、
ダイヤモンドだ!
ドウニの歌声だった。
壁の横穴から飛び出してきたドワーフは、シンセティックの前に何やら大きな塊を突き出したようだった。
「お前らの負けだ」
暗視ができる者の間だけに通じるやりとりだが、僕にはこれから何が起こるか分かっていた。
目いっぱいのハッタリを利かせて、洞窟の中に声を響き渡らせる。
「もうすぐ、お前たちより多くの人間たちが武器を持ってやってくる! お前たちのボスに伝えろ!」
そのとき、横穴からカンテラの光が眩しく差し込んだ。
暗闇に慣れた目を潰されたシンセティックたちが、たちまちのうちに斬り伏せられる。
1ターンでの2回攻撃……騎士団長のオズワルだ。
生き残ったシンセティックが、更に下の層へと逃げていく。
僕はシンセティックのボスのニセ首を手にしたドウニと、騎士団の精鋭を率いたオズワルに告げた。
「後を追いましょう。ダンジョンに残った連中は総崩れのはずです」
このモンスターどもの結束は、悪さをした不良生徒どもの口裏合わせと同じくらい脆い。
僕はそう読んでいた。
オズワルが騎士団の精鋭を率いてダンジョンへ来られたのは、ディリアのおかげだった。
休養中の騎士団がリカルドの私邸を取り囲むようにたむろしているのに、知らん顔を決め込んだのだ。
数少ない後詰の近衛兵団は、その救出もままならない。
オズワルが精鋭の騎士団を率いて出ていっても、リカルドにそれを止める術はなかったのだった。
返事の見当はついていたけど、僕は経緯の確認のために、一応は聞いてみた。
「誰の指図ですか?」
知らんな、とだけ答えたオズワルに、僕は形だけ頼んでおいた。
「部下の勝手な行動、きつく叱っておいてくださいね」
シンセティックのボスのニセ首は、もちろん、僕が街を出る時に大声で言ったことをドウニが聞いていて作ったものだ。
「風が運んできたのさ、お前さんの声を」
それはたぶん、ターニアが風の精霊に頼んでくれたことなのだろう。
二手に分けられた一方の仲間が壊滅したと思い込んだ第24層のシンセティックどもは、完全に戦意を喪失していた。
オズワルの率いる騎士団の精鋭と、大きなハンマーを片手に突進してくるドウニに押されて、さらに下の層へと逃げ込んでいく。
結果として、ダンジョンをこれまでよりも深く制圧できたわけだ。
だが、戦いはこれで終わりではなかった。
僕はオズワルに告げる。
「近衛隊に追いつけなかったモンスターが戻ってくる頃です」
それがどうした、という返事は頼もしかった。
たぶん、全ては正午までに、僕がディリアと謀ったとおりに進んでいる。
そこで僕は、ドウニに頭を下げた。
「このまま、この層の守りをお願いします」
歴戦のドワーフは、にやりと笑っただけだった。
ハンマーを抱えて、その場に座り込む。
第24層からダンジョンの出口まで駆け上がるのは、並大抵のことではなかった。
それでも、筋力39のおかげか、なんとか騎士団についていくことはできた。
もっとも、息が上がっているので、立っているのがやっとだ。
目の前の闇の中では、シンセティックたちが迫っているというのに……。
そのボスの、たどたどしい言葉が聞こえた。
「そいつら、いないはずだ」
いっぺんは追い払った騎士団のことらしい。
やがて、騙されたと気付いたのか、シンセティックたちは怒りの雄叫びを挙げた。
オズワルも部下たちを叱咤する。
「我ら、無勢ならず!」
言葉のたどたどしさは、シンセティックとどっこいどっこいだった。
違うのは、味方の数の少なさだ。
問題は、騎士団の精鋭部隊に、これをカバーするだけの力と技があるかどうかということなのだが、その心配はいらなかった。
騎士団と近衛兵の大部隊が、互いに雄叫びを上げるのが聞こえる。
「高貴さよ! 誇りよ!」
「勇気よ! 歓喜よ!」
あの、「P」で頭韻を踏んだ掛け声が交錯する。
騎士団の精鋭たちとの間で挟み撃ちされたシンセティックたちに、抵抗する術はなかった。
やがて、騎士の掲げる松明に照らされた近衛団長が、オズワルに歩み寄った。
「宰相リカルド様のご命令により、騎士団に加勢いたしました」
慇懃無礼な物言いだったが、本当はこうだ。
ディリアの命令で、待機中の騎士団はリカルドの私邸の包囲を解かせた。
そこでリカルドは、この策を察したのだろう。
三十六計、その二十四だ。
「仮道伐虢《かどうばっかく》」……相手を分断して、各個撃破する。
リカルドは残った近衛兵に、団長救援の命令を下す。
それを見届けたディリアは、騎士団もダンジョンへと向かわせたのだった。
どこからか、風に乗って聞こえてくる声があった。
……やるじゃない、カリヤ。
もっとも、エルフのターニアの囁きは、僕にしか聞こえはしない。
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