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第二十三計(前) 遠交近攻《えんこうきんこう》…遠くの相手と手を結んで、近くにいる敵を攻めます
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朝になると、交代の騎士たちが馬に乗ってやってくる。
帰る騎士たちはその馬に乗るのだが、刺客たちはその馬に括りつけられることになる。
僕たちが城に帰ったのは朝になってからのことだったが、それまで刺客たちが逃げ出すことはなかった。
確か、ダンジョンで倒れた刺客に歩み寄ったアンガは、そいつらの首筋辺りを指で押していた。
たぶん、それは中国拳法で言う「点穴術」の一種だったのだろう。
いわゆるツボをつくことで、相手の身体の自由を奪うのだ。
そういえば、僧侶のロレンとアンガの代理だった見習いのギルは、その技を盗もうとでもいうかのように目を凝らしていた。
途中でターニアが去り、街でロレンとレシアス、ロズが去る。
アンガと見習いのギルだけが残って、城には昼頃に着いた。
僕たちはすぐ、大広間で待つディリアの前に刺客たちを引き据える。
たくさんいるように見えたが、せいぜい10人かそこらだ。
そこで尋問をすることになったのは、傷の癒えたオズワルだった。
「我を置いてだれが?」
そうは言うが、口下手な騎士団長にはたいへん難しい芸当だ。
ディリアも、愛想笑いをしながら穏やかになだめる。
「人からものを聞き出すというのは、たいへん骨の折れることですので……」
だが、オズワルは無言で、もろ肌脱いで胴体に幾重にも包帯巻いた身体を晒す。
僕たちは、止める気力を失った。
高手小手に縛り上げられた刺客の前に、オズワルは座り込む。
「誰に頼まれた……命は惜しかろう」
言葉は短いが、その怒りの波動は離れたところからでも全身に伝わってくる。
30過ぎての16歳の身体で、未就学児みたいにちびりそうになる。
だが、しゃべれない相手からは何を聞き出すこともできない。
しかたがない、とつぶやいたのはアンガだった。
刺客の首筋辺りを、指先で突く。
ギルが叫んだ。
「ダメだ!」
遅かった。
点穴術が解けた刺客たちは熟練の奇術師のように、固い縄目を難なくすり抜ける。
アンガが気づかなかった縄抜けを一瞬だけ早く見抜いたのは、盗賊ならではの機転だった。
指先を揃えてディリアに飛びかかり、目を抉りにかかる刺客の腕を僕はとっさに捉える。
その気になれば、これが器用度51のスキルだということだ。
オズワルが逞しい身体を晒して、蛮人のような荒々しさで鞘に収まった剣の先を刺客たちの腹にめり込ませる。
その場で2人倒れたが、それでも間に合わない。
徒手空拳、アンガが目にも止まらぬ早業でひとり昏倒させ、ギルも床すれすれの疾走で刺客にタックルをかけた。
これで、半分。
残りの5人はディリア暗殺を諦めたのか、大広間の出口へと殺到する。
だが、その扉を開けて入ってきた者があった。
リカルドだ。
こいつだけは、刺客にやられても構わない。
だが、その背後から高々と跳び上がった、しなやかな美少年がいた。
カストだ。
正面の1人は顔面を蹴りつけて倒し、後から来る2人は、その頭を同時に両手で引っ掴んで床に叩きつける。
残りは2人。
リカルドの背後から左右に分かれて現れた近衛兵が、槌鉾《メイス》で張り倒した。
これで全部…いや、違う。
僕とギルの腕をすり抜けた刺客たちは、大広間の出口を塞いで立ちはだかるリカルドに向かって突進した。
その懐から、禍々しい光がほとばしる。
あれはたしか……「闇の短剣」?
刺客たちは、魂を抜かれたように倒れた。
全ての刺客が取り押さえられたところで、リカルドは重々しい声で言った。
「その10名、引き渡していただこう……オズワル殿」
今度は、僕が叫んだ。
「ダメだ!」
もし、これがリカルドによる自作自演の狂言だったら、刺客は解放され、オズワルへの襲撃はうやむやになる。
だが、リカルドは僕などには目もくれず、乱闘に身をすくめていたディリアを見据えた。
「この前のように、オズワル殿の勝手な拷問などは……」
騎士団長は眼光鋭くリカルドを見据えたが、何も言い返さない。
口下手のせいもあるだろうが、たぶん、図星を突かれたのだ。
リカルドは勝ち誇ったような顔で、背後に控えているらしい近衛兵たちに命じた。
「連行せよ!」
刺客たちが引っ立てられていくと、リカルドはその後に続いた。
そこへやってきたのは、リンドだった。
今朝はもう、寝間着ではない。
小柄な身体にも、使節としての威厳と気品を失わない、それなりの衣装をまとっている。
大広間の様子に、首を傾げる。
「いかがなさいましたか?」
返事をしたのは、すれ違ったリカルドだった。
「ご覧の通りです。昼には全て収まるかと存じますが……お見届けになりますか? 宰相リカルドをお疑いなら」
リンドは、涼しい声で答えてみせる。
「疑ってはおりませんが……やぶさかではございません」
部屋に帰った僕は、ベッドに潜り込んだ。
さっきまで僕が直に捕まえていた人間が、間もなく殺される。
それが現実だなどとは、思いたくなかった。
刺客をリカルドに渡してはダメだとは言ったが、オズワルならどうしただろうか。
やっぱり、殺してしまっただろうか。
考えたくない、と思っていたら、ありがたいことに睡魔……といってもモンスターではないほうに……襲われた。
僕は泥のように眠った。
瞼の裏にステータスが浮かぶ。
〔カリヤ マコト レベル23 16歳 筋力39 知力47 器用度51 耐久度49 精神力48 魅力45〕
筋力が少しついたのは、戦闘に参加した成果だろうか。
他のパラメータがは50に近づいている。
器用度のように、50を超えた能力値は、行動や頭の働きに影響してくるのだろうか。
まどろみの中、それを考えていると、少し気がまぎれた。
ディリアは気の毒にも、リカルドに預けた刺客の処分を大広間で待たされる羽目になっていた。
目が覚めた僕が心配で様子を見に行くと、オズワルが不機嫌な顔で帰ってきた。
騎士団長といえども、目の前で死刑執行を見せられては仕方がない。
だが、その口から聞こえたのは、いつも通りの吐き捨てるような悪態だった。
「馬鹿にしおって」
その後からやってきたのは、涼しい顔をしたリンドだった。
「時間を間違えたなどと、見え透いた嘘を」
聞けば、指定された場所へ正午に行ってみれば、磔刑台は引き倒され、どこかへ運ばれる途中だったという。
なぜリカルドがそんなことをしたのかについては、オズワルもリンドも同じ意見だった。
「いつものやり方だ」
「殺しをしくじったことが知られれば、もう刺客としては信用されない。死んだことにしてやって、一生こき使うつもりであろうな」
リカルドの手駒が、また増えたわけだ。
それはそれで面白くないことだが、僕は内心、ほっとしていた。
たとえ敵とはいえ、生きていてよかったと、心の底から思ったからだ。
そこでリンドは、さらりと言った。
「では、これで帰国するといたしましょう」
出発は次の日の朝ということで、日の高いうちは僕までが送別の晩餐会に駆り出された。
他の使用人たちと一緒に大広間へ椅子やテーブルを運んだり、厨房で食器を洗ったりと働きどおしだった。
オズワルはというと、リンドを国境まで護衛する騎士の選抜と編成に大わらわだったらしい。
時間ぎりぎりで晩餐会に駆け込んできたときは、騎士団長の礼服を着ていたが、慌てていたせいか、それとも慣れないせいか、どことなく板についていない感じがした。
既に席に着いていた宰相リカルドは、呆れ顔で苦笑する。
宴会が始まると、ディリアは無理やり傍に座らせた僕には目もくれず、リンドに囁きかけた。
「見苦しいものをお見せしてしまって」
もちろん、それはオズワルのことではない。
王位継承をめぐる、一連のゴタゴタのことだ。
これが西北の国にに知られれば、攻め込まれるか、こちらから目下の同盟国となるしかない。
だが、リンドは厳粛な口調で答えた。
「リントス王国との関わりは、我が主の決めること。むしろ、宰相にお気をつけあれ……あの者をディリア殿がいかが遇されるかで、我らもリントス王国との関わりを考えましょう」
それは、ディリアがリカルドと本気で闘うというなら、力を貸すということだ。
僕の頭の中で、三十六枚のカードのうち、1枚がくるりと回るイメージが浮かぶ。
三十六計、その「二十三」。
遠交近攻…遠くの相手と手を結んで、近くにいる敵を攻める。
帰る騎士たちはその馬に乗るのだが、刺客たちはその馬に括りつけられることになる。
僕たちが城に帰ったのは朝になってからのことだったが、それまで刺客たちが逃げ出すことはなかった。
確か、ダンジョンで倒れた刺客に歩み寄ったアンガは、そいつらの首筋辺りを指で押していた。
たぶん、それは中国拳法で言う「点穴術」の一種だったのだろう。
いわゆるツボをつくことで、相手の身体の自由を奪うのだ。
そういえば、僧侶のロレンとアンガの代理だった見習いのギルは、その技を盗もうとでもいうかのように目を凝らしていた。
途中でターニアが去り、街でロレンとレシアス、ロズが去る。
アンガと見習いのギルだけが残って、城には昼頃に着いた。
僕たちはすぐ、大広間で待つディリアの前に刺客たちを引き据える。
たくさんいるように見えたが、せいぜい10人かそこらだ。
そこで尋問をすることになったのは、傷の癒えたオズワルだった。
「我を置いてだれが?」
そうは言うが、口下手な騎士団長にはたいへん難しい芸当だ。
ディリアも、愛想笑いをしながら穏やかになだめる。
「人からものを聞き出すというのは、たいへん骨の折れることですので……」
だが、オズワルは無言で、もろ肌脱いで胴体に幾重にも包帯巻いた身体を晒す。
僕たちは、止める気力を失った。
高手小手に縛り上げられた刺客の前に、オズワルは座り込む。
「誰に頼まれた……命は惜しかろう」
言葉は短いが、その怒りの波動は離れたところからでも全身に伝わってくる。
30過ぎての16歳の身体で、未就学児みたいにちびりそうになる。
だが、しゃべれない相手からは何を聞き出すこともできない。
しかたがない、とつぶやいたのはアンガだった。
刺客の首筋辺りを、指先で突く。
ギルが叫んだ。
「ダメだ!」
遅かった。
点穴術が解けた刺客たちは熟練の奇術師のように、固い縄目を難なくすり抜ける。
アンガが気づかなかった縄抜けを一瞬だけ早く見抜いたのは、盗賊ならではの機転だった。
指先を揃えてディリアに飛びかかり、目を抉りにかかる刺客の腕を僕はとっさに捉える。
その気になれば、これが器用度51のスキルだということだ。
オズワルが逞しい身体を晒して、蛮人のような荒々しさで鞘に収まった剣の先を刺客たちの腹にめり込ませる。
その場で2人倒れたが、それでも間に合わない。
徒手空拳、アンガが目にも止まらぬ早業でひとり昏倒させ、ギルも床すれすれの疾走で刺客にタックルをかけた。
これで、半分。
残りの5人はディリア暗殺を諦めたのか、大広間の出口へと殺到する。
だが、その扉を開けて入ってきた者があった。
リカルドだ。
こいつだけは、刺客にやられても構わない。
だが、その背後から高々と跳び上がった、しなやかな美少年がいた。
カストだ。
正面の1人は顔面を蹴りつけて倒し、後から来る2人は、その頭を同時に両手で引っ掴んで床に叩きつける。
残りは2人。
リカルドの背後から左右に分かれて現れた近衛兵が、槌鉾《メイス》で張り倒した。
これで全部…いや、違う。
僕とギルの腕をすり抜けた刺客たちは、大広間の出口を塞いで立ちはだかるリカルドに向かって突進した。
その懐から、禍々しい光がほとばしる。
あれはたしか……「闇の短剣」?
刺客たちは、魂を抜かれたように倒れた。
全ての刺客が取り押さえられたところで、リカルドは重々しい声で言った。
「その10名、引き渡していただこう……オズワル殿」
今度は、僕が叫んだ。
「ダメだ!」
もし、これがリカルドによる自作自演の狂言だったら、刺客は解放され、オズワルへの襲撃はうやむやになる。
だが、リカルドは僕などには目もくれず、乱闘に身をすくめていたディリアを見据えた。
「この前のように、オズワル殿の勝手な拷問などは……」
騎士団長は眼光鋭くリカルドを見据えたが、何も言い返さない。
口下手のせいもあるだろうが、たぶん、図星を突かれたのだ。
リカルドは勝ち誇ったような顔で、背後に控えているらしい近衛兵たちに命じた。
「連行せよ!」
刺客たちが引っ立てられていくと、リカルドはその後に続いた。
そこへやってきたのは、リンドだった。
今朝はもう、寝間着ではない。
小柄な身体にも、使節としての威厳と気品を失わない、それなりの衣装をまとっている。
大広間の様子に、首を傾げる。
「いかがなさいましたか?」
返事をしたのは、すれ違ったリカルドだった。
「ご覧の通りです。昼には全て収まるかと存じますが……お見届けになりますか? 宰相リカルドをお疑いなら」
リンドは、涼しい声で答えてみせる。
「疑ってはおりませんが……やぶさかではございません」
部屋に帰った僕は、ベッドに潜り込んだ。
さっきまで僕が直に捕まえていた人間が、間もなく殺される。
それが現実だなどとは、思いたくなかった。
刺客をリカルドに渡してはダメだとは言ったが、オズワルならどうしただろうか。
やっぱり、殺してしまっただろうか。
考えたくない、と思っていたら、ありがたいことに睡魔……といってもモンスターではないほうに……襲われた。
僕は泥のように眠った。
瞼の裏にステータスが浮かぶ。
〔カリヤ マコト レベル23 16歳 筋力39 知力47 器用度51 耐久度49 精神力48 魅力45〕
筋力が少しついたのは、戦闘に参加した成果だろうか。
他のパラメータがは50に近づいている。
器用度のように、50を超えた能力値は、行動や頭の働きに影響してくるのだろうか。
まどろみの中、それを考えていると、少し気がまぎれた。
ディリアは気の毒にも、リカルドに預けた刺客の処分を大広間で待たされる羽目になっていた。
目が覚めた僕が心配で様子を見に行くと、オズワルが不機嫌な顔で帰ってきた。
騎士団長といえども、目の前で死刑執行を見せられては仕方がない。
だが、その口から聞こえたのは、いつも通りの吐き捨てるような悪態だった。
「馬鹿にしおって」
その後からやってきたのは、涼しい顔をしたリンドだった。
「時間を間違えたなどと、見え透いた嘘を」
聞けば、指定された場所へ正午に行ってみれば、磔刑台は引き倒され、どこかへ運ばれる途中だったという。
なぜリカルドがそんなことをしたのかについては、オズワルもリンドも同じ意見だった。
「いつものやり方だ」
「殺しをしくじったことが知られれば、もう刺客としては信用されない。死んだことにしてやって、一生こき使うつもりであろうな」
リカルドの手駒が、また増えたわけだ。
それはそれで面白くないことだが、僕は内心、ほっとしていた。
たとえ敵とはいえ、生きていてよかったと、心の底から思ったからだ。
そこでリンドは、さらりと言った。
「では、これで帰国するといたしましょう」
出発は次の日の朝ということで、日の高いうちは僕までが送別の晩餐会に駆り出された。
他の使用人たちと一緒に大広間へ椅子やテーブルを運んだり、厨房で食器を洗ったりと働きどおしだった。
オズワルはというと、リンドを国境まで護衛する騎士の選抜と編成に大わらわだったらしい。
時間ぎりぎりで晩餐会に駆け込んできたときは、騎士団長の礼服を着ていたが、慌てていたせいか、それとも慣れないせいか、どことなく板についていない感じがした。
既に席に着いていた宰相リカルドは、呆れ顔で苦笑する。
宴会が始まると、ディリアは無理やり傍に座らせた僕には目もくれず、リンドに囁きかけた。
「見苦しいものをお見せしてしまって」
もちろん、それはオズワルのことではない。
王位継承をめぐる、一連のゴタゴタのことだ。
これが西北の国にに知られれば、攻め込まれるか、こちらから目下の同盟国となるしかない。
だが、リンドは厳粛な口調で答えた。
「リントス王国との関わりは、我が主の決めること。むしろ、宰相にお気をつけあれ……あの者をディリア殿がいかが遇されるかで、我らもリントス王国との関わりを考えましょう」
それは、ディリアがリカルドと本気で闘うというなら、力を貸すということだ。
僕の頭の中で、三十六枚のカードのうち、1枚がくるりと回るイメージが浮かぶ。
三十六計、その「二十三」。
遠交近攻…遠くの相手と手を結んで、近くにいる敵を攻める。
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