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第二十一計(前)  金蝉脱殻《きんせんだっかく》 …その場に留まっているかのように見せかけて逃げ出します

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 僕の部屋に忍び込んできた、あの娘が再び姿を現すことはなかった。
 人の噂も七十五日とはよく言ったもので、ディリアの朝礼で大広間を埋め尽くす廷臣たちや貴族たちは再び、僕を見ても気にも留めないようになった。
 一応、異世界召喚者なのだが、何かあったときにダンジョンへと潜るよりほかに、することはない。
 彼等にとっては、城の中で誰に従って何をしてどう生き残るかが問題なのだった。
 そんな落ち付いた停滞の日々が続いていたが、ある晩、僕は久々に新たなステータスを瞼の裏に見た。

 〔カリヤ マコト レベル21 16歳 筋力37 知力40 器用度40 耐久度42 精神力48 魅力38〕

 耐久度だけが大幅に上がっていた。
 嫌な予感がする。
 もしかすると、大きなダメージを食うような痛い思いをしなくてはならないということなのだろうか?

 レベルが上がると、ろくでもないことが起こる。
 ディリアの朝礼に出てみると、大広間はもう、大騒ぎになっていた。
 宰相リカルドまでが側近のカストを連れて、ディリアのそばに控えている。
 そのせいか、騎士団長のオズワルはいつにもまして不機嫌そうだった。、
 廷臣たちや貴族たちは、伝え聞いた情報を口々に交換しあう。
「西北の国の使節がやってくる?」
「明日にでもやってくるとは、あまりに急ではないか?」
「確か、ディリア様ご生誕の折の祝いが最後だったから……もう17年になるぞ」
 そこでディリアが正式に、西北の国の使節を迎えることを告げた。
「私の王位継承を周辺の国々に認めさせる、よい機会です。とくに……異世界召喚者カリヤ殿」
 今日は呼び捨てじゃなかった。
 僕は大広間の奥からディリアの前に出る。
 居住まいを正す姫君に、僕はオズワルに目配せされるまでもなくひざまずいた。
 リカルドの口元に嘲笑が浮かぶ。
 大仕事が待っているらしい……嫌な予感が当たらなければいいのだけれど。
 その不安は、半分だけ的中した。
 もったいぶってディリアが僕に言い渡した用件は単純だったが、やはり重大なことだったのだ。
「使節を国境まで出迎えます。供をなさい」
 リカルドは何も言わずに、カストと共に大広間を出ていった。

 
 そういう場にはそれなりの衣装があるようで、朝礼が終わるとすぐ、僕は身支度をさせられた。
 ディリアの前で、いかにもという中世ヨーロッパの礼装が着せられる。
 その周りを、フェアリーのポーシャとレプラホーンのハクウは面白がって飛び回った。
 いつも裸のポーシャは、今日に限って服を騒がしくねだった。
「ねえ、私のは? 私のは?」
 これをからかうのは、一張羅のハクウだ。
「そんなの着たら飛べなくなるぜ」
 ポーシャも負けてはいない。
「羽のとこだけ開けてもらうもん」
 笑顔のディリアは、きっぱりと言い切った。
「衣装の心配はいりません。あなたがたはお留守番です」
 そもそも、この世界では、フェアリーやレプラホーンが人前に姿を現すというのは、世界に危機が迫っていることの証だということになっている。
 おせっかいなポーシャやハクウにその自覚はないが、他国からやってきた使節に見られたら、いらぬ不安や疑念をかきたてることになるだろう。
 そうなれば、友好関係を築くためにわざわざ出迎えようというディリアのパフォーマンスが台無しになる。
 だが、その努力は結局、ムダに終わった。

 護衛の騎士たちに囲まれた馬上のディリアが街へ出ると、あっという間に人だかりができる。
 隣についた騎士の背中にしがみつきながら眺めても、それはどこまで続いているのかもわからないくらいだった。
 選挙演説の後の政治家と同じ理屈で、必ずしも悪いことではない。
 だが、今日の僕たちは国運をかけたパフォーマンスのために、わずかな時間でも惜しまなければならない。
 ここで足止めを食うわけにはいかなかった。
 それは騎士団長のオズワルも分かっていたのか、口下手ながらも野太い声でとぎれとぎれに告げた。
「姫様が…他国の……使節を……お迎えになる」
 もっとも、そのくらいで街の人々の熱狂が収まることはなかった。
 まったく先に進まない馬の背中で、ディリアは僕に向かって苦笑した。
 甚だ迷惑だが、無下に追い散らかすわけにもいかないというのはアイドルのファンも同じことだ。
 事務所やマネージャーの苦労がしのばれる。
 だが、問題はそれだけでは終わらなかった。
 海の波のように押し寄せる群衆の向こうに現れた騎士が、近づこうにも近づけない僕たちに向かって叫んだのだ。
「西北の国のお使いが……!」
 まず、ディリアの顔つきが変わる。
「どうしたのです!」
 騎士は主君直々の下問にうろたえながらも、ようやくのことで答えた。
「ダンジョンのほうへ……さらわれました! バイコーンに乗せられて……」 

 バイコーン。
 額に一本の角が生えた馬、ユニコーンは一角獣と訳されるから、二角獣とでもいうべきか。
 ただ、ユニコーンが清らかな心を持つ聖獣であるのに対して、バイコーンは凶暴で邪悪な心を持つ魔獣であるとされる。
 この世界ではどうなのか知らないが、知らせを持ってきた騎士のうろたえっぷりから見ても、一筋縄ではいかない相手であることには間違いない。
 ディリアは叫んだ。
「通しなさい! 通してください……通して!」
 その発言は当然至極だった。
 他国の使者がさらわれれば、ディリアの信用にも傷がつく。
 放っておいてはいけない。
 だが、ディリアが思っていたことは、もっと単純だったようだ。
「助け出さなければ……早く!」
 そこには損得勘定抜きの、無垢な思いが感じられた。
  相手が誰だろうと関係ない。
 放っておけば、死が待っている。
 僕が共にいなければ誰ひとりとして生きて帰れない、あのダンジョンにさらわれたのだ。
 そこでディリアが考えたことは、多分、僕と同じだっただろう。
「カリヤ!」
 呼び捨てにはされたが、かえって身体が熱くなる。
 それは立場も肩書も関係ない、ただ信頼だけが発した言葉だった。
 ディリアと護衛の騎士たちを取り囲んでひしめき合う、街の人々の群れの中に僕は滑り込む。
 見とがめる者は誰もいないと思っていたが、後ろから肩を叩かれた。
 思わず身体をすくめて振り返ると、そこには悪党のロズと、盗賊のギルが立っていた。
 ロズは忌々しげに眉を寄せる。
「姫様めあてにしてはどうも何かおかしいぞ、、この人だかりは」
 ギルは涼しい声で答えた。
「裏でコレを煽ってるのがいるね、多分」 
 そこで、僕の頭の中に閃くイメージがあった。
 三十六枚のカードのうち、1枚がくるりと回る。

 すかさず、僕はふたりを招き寄せて囁いた。
「頼みたいことがあるんだ……」

 ここでディリアを脱出させる方法はひとつしかない。

 三十六計、「その二十一」。
 金蝉脱殻《きんせんだっかく》 … 現在地に留まっているかのように見せかけた主力を撤退させる。

 その手段を伝えると、悪党と盗賊は再び、続々と集まってくる人の群れとは逆方向へと消えていく。


 群衆の中を抜け出して、僕はダンジョンから駆け付けた騎士のもとへとたどりつく。
 馬に負担をかけないためらしい薄金鎧ラメラー・アーマーの腕が、僕を馬上へと引っ張り上げる。
「参りましょう、異世界転生者殿」
 聞き覚えのある、優しい声だった。
 走りだした馬から振り落とされないように騎士の身体に腕を回すと、柔らかく大きな膨らみが手に触れた。
「くすぐったいから……振り落としちゃうよ! カリヤ」
 凄まじい速さで走る馬が左右に振れると、僕は余計にしがみつかないわけにはいかない。
 男装したターニアの……豊かな胸に。
 くすくす笑いながら、エルフ娘は更に馬を飛ばす。
 ダンジョンの入り口に近づいた辺りで、ターニアは急に馬を止めた。
 道を塞ぐようにして、魔法使いのレシアスと僧侶のロレンがいた。
 レシアスが苛立たしげに文句を垂れる。
「遅いぞカリヤ殿!」
 珍しく声が高いのは、バイコーンとの戦いに血がたぎっているからだろうか。
 それがロレンも同じだった。
「お気をつけて! どこから現れるか……」
 どうやら、この世界のバイコーンは自由に姿を消せるようだ。
 こういう相手は、自分も「狭間潜み」の魔法で姿を消して同じ空間に滑り込めば、見つけ出すことができる。
 レシアスの姿が見えるということは、それでもバイコーンを見つけ出すことができなかったからだ。
 ターニアが僕に囁いた。
「他所の国から来る使者を心配して、こっちへ向かってたの。私は、バイコーンが急に姿を現して襲いかかるのを見かけたから」
 それは見かけたというよりも、むしろ国境を見張っていてくれたからなのだろう。  
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