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帰り来たる者たち
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そして、太乙玲高校文化祭の日がやってきた。
急に決まった文化祭訪問の、更に急ごしらえな感じのセレモニー会場を、いきなり実行委員にされたために仕事の割り振りもろくにない僕は、慎重に歩き回っていた。
「きっと、何かある」
この文化祭そのものが、公安組織のひとりである政野伽藍の、交流センターを隠れ蓑にした差し金なのだ。
禁呪を手に入れたミオノたちをおびき寄せてトラブルを起こさせ、一網打尽にする計画は既に動き始めているはずだ。
それにしても、会場となった講堂は、急いで準備した割には丁寧に設営されていた。太乙玲高校の文化祭は生徒だけが運営するのが伝統らしく、教師は全員休むことになっているらしい。
「何だ、これ」
会場の真ん中には大きな台座がある。その上に置かれた何だかよく分からない幻獣のオブジェは、本当に大理石か何かを削り出して作ったようにも見えて、魔法使いらしい威厳と入念さが感じられた。
その下には、双方の生徒会執行部の案内で生徒たちが整然と座った観客席があった。太乙玲高校の席には、どこを見ても、肩章のついた半袖の夏服姿しかない。
その一方で、ステージ業者の仕事は素人目にも雑に見えた。
音響のケーブルはすっきりとまとめられてはおらず、会場の一番後ろに立てられた、三脚型をした丈の高い照明機材は今にも倒れそうである。
政野伽藍の動きとは別の意味で、僕は不安を抑えることができなかった。
「大丈夫かな……」
やがて、セレモニー開式の時間が来て、講堂の扉が締め切られた。段取りとしては、太乙玲高校と神奈原高校の代表がそれぞれ壇上で挨拶することになっている。
まず、歓迎の挨拶をしたのは太乙玲高校の生徒会長だった。長い黒髪の美男子が、この暑いのに臙脂色のガウンをまとって現れる。神奈原高校の女子生徒たちは、一斉にため息をついた。
その挨拶に答えるのは、我らが和歌浦会長のはずだ。
「なんか、イケメン勝負みたいな……」
これで太乙玲高校の女子たちが感嘆の声を漏らしてくれれば、代表のイケメン度で気おくれしないで済むのだけど。
そんなことを考えながら待っていたが、いつまで経っても神奈原高校の代表は壇上に姿を現さない。
嫌な予感がした。こういうときも、僕の勘はよく当たるのだ。
そういえば、遠くから、バイクか何かの爆音が聞こえてくる。
この辺に、暴走族なんかいただろうか。引っ越してきたばかりだから、よく分からないけど……いや、こっちに近づいてくる!
やがて、講堂の扉が凄まじい音と共にぶち破られた。
鉄パイプや釘を打った棒きれを手に乱入してきたのは、どこかで見た連中だ。
「助けに来たぜ、生徒会長!」
太乙玲高校では、悲鳴を上げて席を立つ女子たちを、男子生徒たちが背中にかばう。それに引き換え、神奈原高校の男子たちは女子たちと一緒に縮み上がっていたのだから、みっともない限りだ。
そういう僕はというと、講堂の隅で小さくなっていた。これはもう、長年の習慣というより他はない。
ヤンキーどもはセレモニー会場をひととおり見渡すと、ある早合点をしたようだった。
「……おい、会長をどこへやった!」
「生徒会長は私ですが」
破壊された扉の前へ静かに歩み出たのは、ガウン姿の美男子だった。
たちまち、ヤンキーたちに取り囲まれる。
そのひとりが、野良犬の唸るような声で凄んだ。
「そうか、お前が仕組んだことかよ」
どうも話が噛み合っていない。どうやら、神奈原高校の生徒会長がいなくなったのは太乙玲高校の生徒たちの仕業だと思い込んでいるらしい。
異変が起こったのは、まさにその頭上だった。
「危ない!」
会場スタッフが叫んだときには、もう遅かった。もともと倒れそうだった三脚型の照明機材が、太乙玲高校の生徒会長とヤンキーどもを押しつぶしにかかる。
だが、その惨劇が起こることはなかった。
セレモニー会場となった講堂の中に、高らかな呪文の詠唱が響き渡る。直下に落ちかかるはずだった照明機材は不自然なまでに大きく逸れ、空中を滑るように転げ落ちていく。逃げもしないで事の成り行きを見守っていた、太乙玲高校の生徒たちが魔法を使ったのだ。
巨大な三脚が倒れる軌道の逸れた先には、それを受け止めるに足る大きさと頑丈さを持った、幻獣のオブジェがある。
黙って見ているしかなかった神奈原高校の生徒からは、安堵の溜息と共に歓声が上がった。
僕も講堂の隅っこでへたり込みそうになったが、そうもいかなかった。
幻獣のオブジェには遠目にも分かる亀裂が走っている。このままでは、太乙玲側と神奈原側に割れて落ちかかってくるだろう。
でも、そのどちらも危機に気づいてはいない。
「いけない!」
割れたオブジェの一方へと、僕の足は勝手に飛び出す。台座に駆け上がったとき、巨石はどちらも、生徒席へと転げ落ちようとしていた。
どっちかを選んでいる余裕なんかなかった。目についたほうへと取りつくしかない。
「みんな、逃げて!」
重い。めちゃくちゃ重い。僕の力なんかじゃ、とても支えきれない。
でも、割れたオブジェの巨大な塊が台座から落ちるのを、少しばかり遅らせることはできた。
それを抱えて横倒しになる僕の下には、空になったパイプ椅子の座席がある。とりあえず、大事故の半分を止めることはできるわけだ。
身体が、ふわりと宙に浮く。このままの体勢なら、潰れたパイプ椅子の上でしこたま身体を打つ程度で済むだろう。
ところが、オブジェの破片は体重がかかったせいか、くるりと90°回転する。僕は大きな石の塊を抱えたまま、背中から落ちる羽目になった。これは、危険だ。背骨をやられたら、下手すると命に関わる。
「あれ?」
覚悟して固く目を閉じていた分、衝撃の割には痛みもショックもないのが意外だった。目を開けると、僕はパイプ椅子の列に挟まれた床の上で仰向けに転がっていた。
起き上がってみると、台座の下には石の塊がなく、椅子が整然と並んでいる。
辺りを見渡してみると、僕は神奈原高校の生徒に取り囲まれていた。
「みんな……大丈夫?」
そう尋ねても、誰もがぽかんとして僕を見つめている。
やがて、その中のひとりが呆れたように聞き返してきた。
「お前こそ、何? いきなり走ってきたかと思ったら、こんなところにダイブして」
「いや、だってさっき、見てなかったの?」
ひとり残らず、首を横に振る。
オブジェの破壊を見ていなかったのなら、それはそれで好都合だ。だが、納得がいかない。
「じゃあ、向こうは?」
聞いてみると、他の誰かが事も無げに答えた。
「見たよ」
僕が言ったのは、台座の向こうに落ちたはずの、オブジェの断片だ。
ところが返事を聞いてみると、どうもそんな事故が起こった様子ではない。
また、別の誰かが答えた。
「凄いイリュージョンだったよ、空中からいきなり、太乙玲高校の生徒が現れてさ」
そういえば、台座の向こうからは歓声が聞こえてくる。
大勢で、誰かの名前を呼んでいるようだった。
ヒノエ、ヒノエ、ヒノエ、ヒノエ……。
「まさか!」
立ち上がって台座をぐるりと回ってみると、そこには肩章付きのジャケットを着た生徒たちが、賞賛の声に答えている。
その中心にいるのは、目つきの悪い長身の男子生徒だ。
狛屋ヒノエ。
禁呪『狭間潜み』を復活させたグループの、中心にいた生徒だ。
「ミオノ!」
もう忘れようと思っていた名前が、自然に口を突いて出る。
でも、答える声はなかった。額縁眼鏡をかけた、小柄な姿もない。
ただ、狛屋ヒノエがじろりと僕を睨んだだけだった。
もっとも、そこでいざこざが起こることはなかった。
太乙玲高校の生徒会長が、両手を高々と上げて叫んだのだ。
「歓迎セレモニーは、このアトラクションにて終了いたします。神奈原高校のみなさん、それから……飛び入りのお客様、どうぞ本校の文化祭をお楽しみください」
そこで講堂の残された扉が一斉に開いて、僕の周りにいた生徒たちたちは雪崩を打って出ていった。ヤンキーたちはというと、お互いに顔を見合わると、講堂のそとへと姿を消した。
遠ざかっていくバイクの爆音が消えた後に残されたのは、僕と狛屋ヒノエたちだけだった。
いや、その他に、機材を雑に設営した会場スタッフたちもいる。
その中から歩み出た何人かの、ラフなTシャツとジーンズ姿の男たちがヒノエたちを取り囲んだ。
いちばん恰幅のいい、禿げ頭の男がおもむろに口を開いた。
「お話を伺いましょうか、魔法高校の生徒諸君」
穏やかだが重い声には、聞き覚えがある。政野伽藍は、最初からここにいたのだ。
狛屋ヒノエは、逆らう様子もなく冷ややかに答えた。
「お望みなら、存分に」
急に決まった文化祭訪問の、更に急ごしらえな感じのセレモニー会場を、いきなり実行委員にされたために仕事の割り振りもろくにない僕は、慎重に歩き回っていた。
「きっと、何かある」
この文化祭そのものが、公安組織のひとりである政野伽藍の、交流センターを隠れ蓑にした差し金なのだ。
禁呪を手に入れたミオノたちをおびき寄せてトラブルを起こさせ、一網打尽にする計画は既に動き始めているはずだ。
それにしても、会場となった講堂は、急いで準備した割には丁寧に設営されていた。太乙玲高校の文化祭は生徒だけが運営するのが伝統らしく、教師は全員休むことになっているらしい。
「何だ、これ」
会場の真ん中には大きな台座がある。その上に置かれた何だかよく分からない幻獣のオブジェは、本当に大理石か何かを削り出して作ったようにも見えて、魔法使いらしい威厳と入念さが感じられた。
その下には、双方の生徒会執行部の案内で生徒たちが整然と座った観客席があった。太乙玲高校の席には、どこを見ても、肩章のついた半袖の夏服姿しかない。
その一方で、ステージ業者の仕事は素人目にも雑に見えた。
音響のケーブルはすっきりとまとめられてはおらず、会場の一番後ろに立てられた、三脚型をした丈の高い照明機材は今にも倒れそうである。
政野伽藍の動きとは別の意味で、僕は不安を抑えることができなかった。
「大丈夫かな……」
やがて、セレモニー開式の時間が来て、講堂の扉が締め切られた。段取りとしては、太乙玲高校と神奈原高校の代表がそれぞれ壇上で挨拶することになっている。
まず、歓迎の挨拶をしたのは太乙玲高校の生徒会長だった。長い黒髪の美男子が、この暑いのに臙脂色のガウンをまとって現れる。神奈原高校の女子生徒たちは、一斉にため息をついた。
その挨拶に答えるのは、我らが和歌浦会長のはずだ。
「なんか、イケメン勝負みたいな……」
これで太乙玲高校の女子たちが感嘆の声を漏らしてくれれば、代表のイケメン度で気おくれしないで済むのだけど。
そんなことを考えながら待っていたが、いつまで経っても神奈原高校の代表は壇上に姿を現さない。
嫌な予感がした。こういうときも、僕の勘はよく当たるのだ。
そういえば、遠くから、バイクか何かの爆音が聞こえてくる。
この辺に、暴走族なんかいただろうか。引っ越してきたばかりだから、よく分からないけど……いや、こっちに近づいてくる!
やがて、講堂の扉が凄まじい音と共にぶち破られた。
鉄パイプや釘を打った棒きれを手に乱入してきたのは、どこかで見た連中だ。
「助けに来たぜ、生徒会長!」
太乙玲高校では、悲鳴を上げて席を立つ女子たちを、男子生徒たちが背中にかばう。それに引き換え、神奈原高校の男子たちは女子たちと一緒に縮み上がっていたのだから、みっともない限りだ。
そういう僕はというと、講堂の隅で小さくなっていた。これはもう、長年の習慣というより他はない。
ヤンキーどもはセレモニー会場をひととおり見渡すと、ある早合点をしたようだった。
「……おい、会長をどこへやった!」
「生徒会長は私ですが」
破壊された扉の前へ静かに歩み出たのは、ガウン姿の美男子だった。
たちまち、ヤンキーたちに取り囲まれる。
そのひとりが、野良犬の唸るような声で凄んだ。
「そうか、お前が仕組んだことかよ」
どうも話が噛み合っていない。どうやら、神奈原高校の生徒会長がいなくなったのは太乙玲高校の生徒たちの仕業だと思い込んでいるらしい。
異変が起こったのは、まさにその頭上だった。
「危ない!」
会場スタッフが叫んだときには、もう遅かった。もともと倒れそうだった三脚型の照明機材が、太乙玲高校の生徒会長とヤンキーどもを押しつぶしにかかる。
だが、その惨劇が起こることはなかった。
セレモニー会場となった講堂の中に、高らかな呪文の詠唱が響き渡る。直下に落ちかかるはずだった照明機材は不自然なまでに大きく逸れ、空中を滑るように転げ落ちていく。逃げもしないで事の成り行きを見守っていた、太乙玲高校の生徒たちが魔法を使ったのだ。
巨大な三脚が倒れる軌道の逸れた先には、それを受け止めるに足る大きさと頑丈さを持った、幻獣のオブジェがある。
黙って見ているしかなかった神奈原高校の生徒からは、安堵の溜息と共に歓声が上がった。
僕も講堂の隅っこでへたり込みそうになったが、そうもいかなかった。
幻獣のオブジェには遠目にも分かる亀裂が走っている。このままでは、太乙玲側と神奈原側に割れて落ちかかってくるだろう。
でも、そのどちらも危機に気づいてはいない。
「いけない!」
割れたオブジェの一方へと、僕の足は勝手に飛び出す。台座に駆け上がったとき、巨石はどちらも、生徒席へと転げ落ちようとしていた。
どっちかを選んでいる余裕なんかなかった。目についたほうへと取りつくしかない。
「みんな、逃げて!」
重い。めちゃくちゃ重い。僕の力なんかじゃ、とても支えきれない。
でも、割れたオブジェの巨大な塊が台座から落ちるのを、少しばかり遅らせることはできた。
それを抱えて横倒しになる僕の下には、空になったパイプ椅子の座席がある。とりあえず、大事故の半分を止めることはできるわけだ。
身体が、ふわりと宙に浮く。このままの体勢なら、潰れたパイプ椅子の上でしこたま身体を打つ程度で済むだろう。
ところが、オブジェの破片は体重がかかったせいか、くるりと90°回転する。僕は大きな石の塊を抱えたまま、背中から落ちる羽目になった。これは、危険だ。背骨をやられたら、下手すると命に関わる。
「あれ?」
覚悟して固く目を閉じていた分、衝撃の割には痛みもショックもないのが意外だった。目を開けると、僕はパイプ椅子の列に挟まれた床の上で仰向けに転がっていた。
起き上がってみると、台座の下には石の塊がなく、椅子が整然と並んでいる。
辺りを見渡してみると、僕は神奈原高校の生徒に取り囲まれていた。
「みんな……大丈夫?」
そう尋ねても、誰もがぽかんとして僕を見つめている。
やがて、その中のひとりが呆れたように聞き返してきた。
「お前こそ、何? いきなり走ってきたかと思ったら、こんなところにダイブして」
「いや、だってさっき、見てなかったの?」
ひとり残らず、首を横に振る。
オブジェの破壊を見ていなかったのなら、それはそれで好都合だ。だが、納得がいかない。
「じゃあ、向こうは?」
聞いてみると、他の誰かが事も無げに答えた。
「見たよ」
僕が言ったのは、台座の向こうに落ちたはずの、オブジェの断片だ。
ところが返事を聞いてみると、どうもそんな事故が起こった様子ではない。
また、別の誰かが答えた。
「凄いイリュージョンだったよ、空中からいきなり、太乙玲高校の生徒が現れてさ」
そういえば、台座の向こうからは歓声が聞こえてくる。
大勢で、誰かの名前を呼んでいるようだった。
ヒノエ、ヒノエ、ヒノエ、ヒノエ……。
「まさか!」
立ち上がって台座をぐるりと回ってみると、そこには肩章付きのジャケットを着た生徒たちが、賞賛の声に答えている。
その中心にいるのは、目つきの悪い長身の男子生徒だ。
狛屋ヒノエ。
禁呪『狭間潜み』を復活させたグループの、中心にいた生徒だ。
「ミオノ!」
もう忘れようと思っていた名前が、自然に口を突いて出る。
でも、答える声はなかった。額縁眼鏡をかけた、小柄な姿もない。
ただ、狛屋ヒノエがじろりと僕を睨んだだけだった。
もっとも、そこでいざこざが起こることはなかった。
太乙玲高校の生徒会長が、両手を高々と上げて叫んだのだ。
「歓迎セレモニーは、このアトラクションにて終了いたします。神奈原高校のみなさん、それから……飛び入りのお客様、どうぞ本校の文化祭をお楽しみください」
そこで講堂の残された扉が一斉に開いて、僕の周りにいた生徒たちたちは雪崩を打って出ていった。ヤンキーたちはというと、お互いに顔を見合わると、講堂のそとへと姿を消した。
遠ざかっていくバイクの爆音が消えた後に残されたのは、僕と狛屋ヒノエたちだけだった。
いや、その他に、機材を雑に設営した会場スタッフたちもいる。
その中から歩み出た何人かの、ラフなTシャツとジーンズ姿の男たちがヒノエたちを取り囲んだ。
いちばん恰幅のいい、禿げ頭の男がおもむろに口を開いた。
「お話を伺いましょうか、魔法高校の生徒諸君」
穏やかだが重い声には、聞き覚えがある。政野伽藍は、最初からここにいたのだ。
狛屋ヒノエは、逆らう様子もなく冷ややかに答えた。
「お望みなら、存分に」
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