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負けキャラの魔法
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もうすっかり暗くなっていたけど、僕は家を飛び出した。あまりにも重い話で、僕には受け止められそうになかったのだ。
「ミオノ!」
こんな気持ちじゃ、これ以上は関われない。
そう思いながらも、僕は太乙玲高校へと向かっていた。
すっかり暗くなっているから、ミオノがいるはずもない。それでも足が勝手に向いたのは、思い出の中のミオノと、最後にひと言でも交わしたかったからだ。
いっぺんだけ来たことのある、魔法高校の門の前で僕は再び立ち尽くした。
あの時は、男子生徒に取り囲まれて魔法をかけられたからだった。
人の心の襞《ひだ》を突いて、その場から動けなくする術だ。魔法と言うよりは、心理トリックといったほうがいいかもしれない。
でも、眼の前に立ちはだかる厳めしい鉄扉の向こうからは、怪しげな呪文の詠唱が聞こえてくる。
「何が……何が起こってるんだ?」
今、魔法高校の生徒たちは、本当に魔法を使っているようだった。
父さんと母さんが聞かせてくれた、魔法使いたちの暴動の様子が頭の中に浮かんだ。
闇の中で響く意味不明のつぶやきの中で、ぼんやりと青く光る刃物や長い棒を手にした人影が蠢いている……。
その中で、僕はひとりの少年の人生を犠牲にして生を受けたのだった。
こんなことが、また起こっていいはずがない。
「開けろ! 開けろ! 開けろ!」
気が付くと、僕は駆け寄った鉄の扉を、拳でめちゃくちゃに叩いていた。もちろん、こんなことで止められるわけがないのは承知の上だ。
「え……?」
思わずつぶやいたのは、呪文の詠唱が、まるで僕の叫びに応じるかのように急に止まったからだった。
でも、理由はそれだけじゃない。
僕の腕を引っ掴んで、振り向かせた者がいた。
「いや、あの、別に、僕は……」
「入っちゃダメ」
街灯の灯を背に佇んでいたのは、肩章付きのジャケットを着た女子生徒だった。
「ミオノ……いつからここに?」
全然、気が付かなかった。
ミオノは僕の問いに答えようともしない。
「ヒノエたちに見つかったら、ただじゃ済まないわ」
そういえば、僕を校門の前で取り囲んだ生徒の中に、そんな名前の男子がいた。
確か、狛屋ヒノエとかいう、背が高くて目つきの悪い生徒だ。
「何やってたの? あの人たち」
ミオノは真顔で答えた。
「今、禁断の呪文が蘇ったところよ。魔法使いたちに伝わる、秘密の儀式でヒノエたちが完成させたの」
17年前の悪夢の再来ということだろうか。
ヒノエの言った、時間がないとはこのことだったのだろう。
「何するつもりなんだよ、そんなんで」
どんな恐ろしいことができる魔法なのかと息を呑む僕を見据えて、ミオノは答えた。
「狭間潜み……空間に作った隙間を通って瞬間移動する魔法よ」
確かにすごいけど、便利なだけで、そんなに怖いとは思えない。
僕の反応が薄いのに苛立ったのか、ミオノは僕の両腕を痛いくらいに強く掴んだ。
「怪しいと思う連中をいっぺんに取り押さえるつもりなのよ、あいつら」
「つまり……次の見当がついたってこと?」
ネット上で誹謗中傷をまき散らしているのが誰かということだけじゃない。居場所まで突き止められるなんて、やっぱり魔法使い同士のネットワークは恐ろしい。
あまりにも呑気な僕に、ミオノは何を言う気もなくしたらしい。
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。。
「これは恐ろしい呪文よ。時間と空間を操ることができれば、私たちは神になることだってできるの」
そう言うなり、鉄扉に駆け寄る。
何か囁くと門が大きく開いて、ミオノはそこに駆け込んだ。
「僕も行くよ!」
後を追ったけど、ミオノの返事はない。
代わりに鼻先で、凄まじい速さの鉄扉が轟音を立てて閉じた。
そこで僕は、街灯の光がぽつぽつと照らす暗い歩道を神奈原高校へ向けて走った。
生徒会長がまだ残っているのを期待しながら、校門の前にたどりつく。
校舎の窓で、明かりがついているのは生徒会室の辺りだけだった。
「和歌浦さん! 太乙玲高校が!」
開いている非常口から飛び込んだ暗い廊下を、叫びながら走っていく。
鼻先も見えないところで、誰かにぶつかって転んだ。
「すみません、先生! でも……」
そこで、僕は迷った。
魔法高校の生徒が暴動を起こそうとしているなんて話、信じてもらえるかどうか。
ものも言わずに、胸ぐらを掴んでくるような相手だ。
しかも、ひとりやふたりじゃない。
え?
先生じゃない、と思ったとき、その影の向こうから生徒会長の声がした。
「悪い、すぐ帰ってくれないかな」
僕を廊下に放り出した黒い影の群れは、非常口からぞろぞろと出ていく。
その頭の上でぼんやりと光る緑色の明かりで見えた顔に、僕は見覚えがあった。
制服姿のミオノを取り囲んでいた、あのヤンキーたちだ。
「和歌浦さん、何で……」
後ろにいるはずの生徒会長には、もう振り向く気も起こらなかった。
この間から起こっている、魔法使いたちへの襲撃のことが頭の中に浮かんだのだ。
太乙玲高校の制服でも着ていないかぎり、魔法使いたちは、それとは分からない。
でも、予め誰かが教えていれば、話は別だ。
たとえば交流ボランティアをしている生徒会長なら、それができる。
「いや、佐々君、今の人たちは……」
いつになく、しどろもどろになっているを尻目に、僕は非常口から外へ駆け出す。
生徒会長への怒りはあったけど、考えは別のところにあった。
僕は校門へと駆け戻った。上着のポケットの中に入れた手は、スマホを握りしめている。
「答えてよ! ミオノ!」
もし、狛屋ヒノエたちが僕より先に裏の事情を知っていたら、間違いなく生徒会長を狙ってくる。
執行部の仕事で遅くなるのを知っていたら、「狭間潜み」の瞬間移動で神奈原高校に殺到するだろう。
そうなれば、間違いなく乱闘騒ぎになる。いや、瞬間移動を覚えた魔法使いたちの圧勝は間違いない。
問題は、その後だ。
魔法でやったことを法律で処罰できないのは、17年前の暴動事件のとおりだ。
その結果として魔法使いたちへの風当たりが強くなるのも、父さんの態度を見れば容易に想像がつく。
でも、マギッターへの応答がなければ、傍目には僕の警告など独り言でしかない。
「危ないのは君たちだ!」
もちろん、それは魔法高校の生徒たちのことだ。
でも、帰りもしないで学校の門灯辺りにたむろしているヤンキーたちには、そう聞こえるはずもない。
「やられる? オレたちが? あいつらにか?」
このヤンキーたちは、魔法高校の生徒たちが襲ってくるのを知っている。
それはもちろん、生徒会長が教えたことだ。
不思議なのは、狛屋ヒノエたちが瞬間移動の魔法を使っている割には、まだ最悪の事態になっていないことだ。
たぶん、生徒会長が神奈原高校に居残っていることは知られていないのだろう。
それなら、今がチャンスだ。
「あいつら、じゃない……僕だ」
校舎を背にして、僕は高々と掲げた指で、見上げた夜空の星を指差す。
ヤンキーのひとりが吐き捨てるように笑った。
「たいした自信だな……魔法使いさんよ」
引っかかった。
僕はあのヤンキーを覚えていたが、向こうにはそれだけの記憶力も注意深さもないようだ。
完全に、自信過剰な魔法高校の生徒がひとりで挑戦してきたと思い込んでいる。
多勢に無勢とはこのことだが、僕は腹を括ってハッタリをかました。
「ああ……瞬殺してやるぜ」
もちろん、魔法はおろか手品も使えないけど、バレる気遣いはない。
今、先生も帰ってしまった後の神奈原高校の敷地内で、僕を知っているのは生徒会長だけだ。もし黒幕だったとしたら、あのヤンキーどもが帰るまで校舎から出てくるはずがない。
ましてや、ここで乱闘騒ぎが始まったら、僕を見殺しにするしかない。
喚きながら襲いかかってくる、このヤンキーどもとの関係を隠すためだ。
「見せてもらおうじゃねえか、その魔法ってやつをよお!」
このまま僕がボコボコにされれば、用が済んだと思い込んだヤンキーどもが帰った後に何食わぬ顔で助け起こし、家まで連れ帰ってくれるだろう。
もちろん、僕は何も知らなかったふりをする。
魔法高校の生徒とヤンキーたちとの抗争さえ避けられれば、それでいい。
「ああ、たっぷりと味わうんだな!」
今まで逃げたことしかなかった佐々四十三が、一歩も退かずに人差し指をヤンキーどもの群れに向ける。
まるで、指先から稲妻でも放とうとしているかのように。
「ミオノ!」
こんな気持ちじゃ、これ以上は関われない。
そう思いながらも、僕は太乙玲高校へと向かっていた。
すっかり暗くなっているから、ミオノがいるはずもない。それでも足が勝手に向いたのは、思い出の中のミオノと、最後にひと言でも交わしたかったからだ。
いっぺんだけ来たことのある、魔法高校の門の前で僕は再び立ち尽くした。
あの時は、男子生徒に取り囲まれて魔法をかけられたからだった。
人の心の襞《ひだ》を突いて、その場から動けなくする術だ。魔法と言うよりは、心理トリックといったほうがいいかもしれない。
でも、眼の前に立ちはだかる厳めしい鉄扉の向こうからは、怪しげな呪文の詠唱が聞こえてくる。
「何が……何が起こってるんだ?」
今、魔法高校の生徒たちは、本当に魔法を使っているようだった。
父さんと母さんが聞かせてくれた、魔法使いたちの暴動の様子が頭の中に浮かんだ。
闇の中で響く意味不明のつぶやきの中で、ぼんやりと青く光る刃物や長い棒を手にした人影が蠢いている……。
その中で、僕はひとりの少年の人生を犠牲にして生を受けたのだった。
こんなことが、また起こっていいはずがない。
「開けろ! 開けろ! 開けろ!」
気が付くと、僕は駆け寄った鉄の扉を、拳でめちゃくちゃに叩いていた。もちろん、こんなことで止められるわけがないのは承知の上だ。
「え……?」
思わずつぶやいたのは、呪文の詠唱が、まるで僕の叫びに応じるかのように急に止まったからだった。
でも、理由はそれだけじゃない。
僕の腕を引っ掴んで、振り向かせた者がいた。
「いや、あの、別に、僕は……」
「入っちゃダメ」
街灯の灯を背に佇んでいたのは、肩章付きのジャケットを着た女子生徒だった。
「ミオノ……いつからここに?」
全然、気が付かなかった。
ミオノは僕の問いに答えようともしない。
「ヒノエたちに見つかったら、ただじゃ済まないわ」
そういえば、僕を校門の前で取り囲んだ生徒の中に、そんな名前の男子がいた。
確か、狛屋ヒノエとかいう、背が高くて目つきの悪い生徒だ。
「何やってたの? あの人たち」
ミオノは真顔で答えた。
「今、禁断の呪文が蘇ったところよ。魔法使いたちに伝わる、秘密の儀式でヒノエたちが完成させたの」
17年前の悪夢の再来ということだろうか。
ヒノエの言った、時間がないとはこのことだったのだろう。
「何するつもりなんだよ、そんなんで」
どんな恐ろしいことができる魔法なのかと息を呑む僕を見据えて、ミオノは答えた。
「狭間潜み……空間に作った隙間を通って瞬間移動する魔法よ」
確かにすごいけど、便利なだけで、そんなに怖いとは思えない。
僕の反応が薄いのに苛立ったのか、ミオノは僕の両腕を痛いくらいに強く掴んだ。
「怪しいと思う連中をいっぺんに取り押さえるつもりなのよ、あいつら」
「つまり……次の見当がついたってこと?」
ネット上で誹謗中傷をまき散らしているのが誰かということだけじゃない。居場所まで突き止められるなんて、やっぱり魔法使い同士のネットワークは恐ろしい。
あまりにも呑気な僕に、ミオノは何を言う気もなくしたらしい。
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。。
「これは恐ろしい呪文よ。時間と空間を操ることができれば、私たちは神になることだってできるの」
そう言うなり、鉄扉に駆け寄る。
何か囁くと門が大きく開いて、ミオノはそこに駆け込んだ。
「僕も行くよ!」
後を追ったけど、ミオノの返事はない。
代わりに鼻先で、凄まじい速さの鉄扉が轟音を立てて閉じた。
そこで僕は、街灯の光がぽつぽつと照らす暗い歩道を神奈原高校へ向けて走った。
生徒会長がまだ残っているのを期待しながら、校門の前にたどりつく。
校舎の窓で、明かりがついているのは生徒会室の辺りだけだった。
「和歌浦さん! 太乙玲高校が!」
開いている非常口から飛び込んだ暗い廊下を、叫びながら走っていく。
鼻先も見えないところで、誰かにぶつかって転んだ。
「すみません、先生! でも……」
そこで、僕は迷った。
魔法高校の生徒が暴動を起こそうとしているなんて話、信じてもらえるかどうか。
ものも言わずに、胸ぐらを掴んでくるような相手だ。
しかも、ひとりやふたりじゃない。
え?
先生じゃない、と思ったとき、その影の向こうから生徒会長の声がした。
「悪い、すぐ帰ってくれないかな」
僕を廊下に放り出した黒い影の群れは、非常口からぞろぞろと出ていく。
その頭の上でぼんやりと光る緑色の明かりで見えた顔に、僕は見覚えがあった。
制服姿のミオノを取り囲んでいた、あのヤンキーたちだ。
「和歌浦さん、何で……」
後ろにいるはずの生徒会長には、もう振り向く気も起こらなかった。
この間から起こっている、魔法使いたちへの襲撃のことが頭の中に浮かんだのだ。
太乙玲高校の制服でも着ていないかぎり、魔法使いたちは、それとは分からない。
でも、予め誰かが教えていれば、話は別だ。
たとえば交流ボランティアをしている生徒会長なら、それができる。
「いや、佐々君、今の人たちは……」
いつになく、しどろもどろになっているを尻目に、僕は非常口から外へ駆け出す。
生徒会長への怒りはあったけど、考えは別のところにあった。
僕は校門へと駆け戻った。上着のポケットの中に入れた手は、スマホを握りしめている。
「答えてよ! ミオノ!」
もし、狛屋ヒノエたちが僕より先に裏の事情を知っていたら、間違いなく生徒会長を狙ってくる。
執行部の仕事で遅くなるのを知っていたら、「狭間潜み」の瞬間移動で神奈原高校に殺到するだろう。
そうなれば、間違いなく乱闘騒ぎになる。いや、瞬間移動を覚えた魔法使いたちの圧勝は間違いない。
問題は、その後だ。
魔法でやったことを法律で処罰できないのは、17年前の暴動事件のとおりだ。
その結果として魔法使いたちへの風当たりが強くなるのも、父さんの態度を見れば容易に想像がつく。
でも、マギッターへの応答がなければ、傍目には僕の警告など独り言でしかない。
「危ないのは君たちだ!」
もちろん、それは魔法高校の生徒たちのことだ。
でも、帰りもしないで学校の門灯辺りにたむろしているヤンキーたちには、そう聞こえるはずもない。
「やられる? オレたちが? あいつらにか?」
このヤンキーたちは、魔法高校の生徒たちが襲ってくるのを知っている。
それはもちろん、生徒会長が教えたことだ。
不思議なのは、狛屋ヒノエたちが瞬間移動の魔法を使っている割には、まだ最悪の事態になっていないことだ。
たぶん、生徒会長が神奈原高校に居残っていることは知られていないのだろう。
それなら、今がチャンスだ。
「あいつら、じゃない……僕だ」
校舎を背にして、僕は高々と掲げた指で、見上げた夜空の星を指差す。
ヤンキーのひとりが吐き捨てるように笑った。
「たいした自信だな……魔法使いさんよ」
引っかかった。
僕はあのヤンキーを覚えていたが、向こうにはそれだけの記憶力も注意深さもないようだ。
完全に、自信過剰な魔法高校の生徒がひとりで挑戦してきたと思い込んでいる。
多勢に無勢とはこのことだが、僕は腹を括ってハッタリをかました。
「ああ……瞬殺してやるぜ」
もちろん、魔法はおろか手品も使えないけど、バレる気遣いはない。
今、先生も帰ってしまった後の神奈原高校の敷地内で、僕を知っているのは生徒会長だけだ。もし黒幕だったとしたら、あのヤンキーどもが帰るまで校舎から出てくるはずがない。
ましてや、ここで乱闘騒ぎが始まったら、僕を見殺しにするしかない。
喚きながら襲いかかってくる、このヤンキーどもとの関係を隠すためだ。
「見せてもらおうじゃねえか、その魔法ってやつをよお!」
このまま僕がボコボコにされれば、用が済んだと思い込んだヤンキーどもが帰った後に何食わぬ顔で助け起こし、家まで連れ帰ってくれるだろう。
もちろん、僕は何も知らなかったふりをする。
魔法高校の生徒とヤンキーたちとの抗争さえ避けられれば、それでいい。
「ああ、たっぷりと味わうんだな!」
今まで逃げたことしかなかった佐々四十三が、一歩も退かずに人差し指をヤンキーどもの群れに向ける。
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