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魔法使いと僕の出生と
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いたたまれなくなった僕は交流センターから出て、しばらく歩いた。
魔法使いに関することはもう、何も考えたくなかった。
ネット上の誹謗中傷のことも、17年前の暴動のことも。
そして、急に僕を突き放したミオノのことも。
でも、考えるまいとするっていうことは、考えてるっていうことだ。
だから、ポケットの中でスマホが鳴っても、触るだけで耳に当てはしなかった。
「ミオノ?」
でも、その姿が目の前に現れることはない。
つまり、マギッターじゃないってことだ。
慌てて画面を見ると、交流センターからだった。
「もしもし?」
もしかすると、という期待は脆くも打ち砕かれた。
「ありがとう。今まで力を貸してくれて」
それがミオノの声だったら、どんなによかったか。
「僕は何も」
期待が外れた僕の不機嫌な声が、気の抜けた返事をする。
その失礼な態度にも、政野さんは気分を損ねた様子はなかった。
「自信を持つんだね。何でもないことが、世界を動かすこともある」
むしろ、励ましの言葉をかけてくれる。
それでも甘えたことに、僕はお礼も言わないで尋ねた。
「ひとつだけ教えてください。なぜ、あれには日付が書いてなかったんですか」
交流センターで見せてもらった『どうま』のことだ。
魔法使いの女性に対する暴力に怒った青年たちが起こした事件のことは、かなり詳しく書いてあった。
それなのに、いつのことだったかは、全く記されていなかったのだ。
政野さんが、重く、低い声で答えた。
「苦しみを共に抱える者たちに、時の流れは関係ない」
あの記事を読む者は、誰もがそのひとりだということになる。
ミオノのことを思うと、少し嬉しくもあった。
でも、ことの大きさを背負う自信はもう、なかった。
「僕は、おまけにすぎません」
そう言うのが精一杯だった。
たぶん、交流センターに来ることは二度とないと思っていた。
でも、それは「たぶん」で終わった。
政野さんは、僕が絶対に逃げられないことを教えてくれたのだった。
「私は君を知っているよ。あの日生まれたのが、君だ。あの日が、君の誕生日さ」
何が何だか分からなくなった。
どうやって、家に駆け戻ったのかも覚えていない。
気が付いたときには、駆け上がろうとした玄関で派手に転んでいた。
慌てた様子で居間から駆け出してきたのは、母さんだった。
「四十三! こんな暗いところで……」
目から出た火花が見えるほど、日が暮れていたのだった。
怪我はしなかったけど、顔面をしこたま打って、鼻がツンとする。
それでもどうにか、言うことだけは言えた。
「教えて。17年前、何があったのか」
もう帰っていた父さんも、のそのそ出てきてボソッと答える。
「お前が生まれた」
「ごまかさないでよ。魔法使いたちとの間に」
起き上がったところで、見下ろす父さんの顔がぼんやりと見える。
「お前は知らんでもいいことだ」
「何で僕に話すとまずいんだよ」
玄関に座り込んだまま聞くと、父さんの面倒臭そうな返事が聞こえた。
「また、引っ越さなくちゃならん。お前のために」
最期のひと言に、ムカッときた。
まるで、僕のせいでこの街を逃げ出すみたいに聞こえた。
「僕は出ていかない」
売り言葉に買い言葉というやつで、即座に僕は言い返す。
でも、それに真顔で答えたのは母さんだった
「その覚悟があるんなら、教えてあげるわ」
夕食を作るためにIHに懸けた鍋が、コトコト鳴っている。
これが泡を吹くまでに、話は終わると母さんは言っていた。
「17年前の事件で、もしかしたら四十三は死んでいたかもしれないわね」
いきなり、恐ろしいことを口にする。
でも、その分、話は早かった。
「暴動が原因?」
そう考えるのが普通だが、母さんは意外なことを言った。
「だけど、あなたが生まれるきっかけになったのも確かね」
17年前の暴動で生まれた僕が、同じ理由で死ぬところだったとはどういうことなのだろうか。
その疑問に答えるように、父さんは重い声で語りはじめた。
「あの晩、この辺りを魔法使いたちの雄叫びが埋め尽くしたのさ」
真夜中の荒野で、得体の知れない獣に取り囲まれたかのような物言いだった。
僕は察しがつく限りの事情を説明する。
「自分たちの声を増幅させたんだ……魔法で」
なるべくさりげない口調で表現しなおしたつもりだったが、父には口答えにしか聞こえなかったらしい。
「とにかく、母さんはそのショックで倒れた。救急車を呼んでも、来なかった……あいつらが、道を塞いで通さなかったんだろう」
ぶつぶつとつぶやき続ける父の顔つきは恨みと憎悪に凝り固まって、もう尋常のものではなくなっていた。
僕は、魔法使いたちのために弁解する。
「違うよ。自分たちに人が近づかないようにしていたんだ」
魔法使いでない者に魔法は効かない。戦わないのが最善の方法なのだ。
でも、父さんにその理屈は通じない。
「どっちみち、人殺しだ……あいつらは」
物分かりが悪すぎる。
いけないとは思いながらも、つい、父さんを責めてしまった。
「車で行けばよかったじゃないか」
すると、母さんが静かに、そして厳しく、僕をたしなめた。
「塞がれていたの……家の前の道を。お父さんは、どいてくれって言ったわ」
「轢いてでも行くんだったよ。俺が刑務所に行けば済むことだからな」
ムチャクチャな理屈で口を挟んでくる父を、僕はなだめた。
「ちゃんと話せば分かったはずだよ」
「車のタイヤを斬られていた。最初から、俺たちを狙っていたんだ」
魔法をかけた凶器で武装していれば、たぶん、タイヤのゴムなんか豆腐を切るようなものだったろう。
「でも、人には効かないはずだよ」
それで僕たちをどうこうしようという気はなかったはずだ。
「そんなの、どっちだっていい」
こうなるともう、何を言っても無駄だ。
そんな父さんを、母さんはかばう。
「お父さんは、車を降りて押しのけようとしたの」
「袋叩きにされたよ」
よほど恨みが深いのか、それとも僕に弁解させまいとしたのか、父さんが口を挟む。母さんは母さんで、それ以上は喋らせない。
「そこへ、割って入った高校生くらいの男の子がいたわ」
できることなら、その人にも話が聞きたかった。
「名前は?」
神奈原高校の生徒なら、卒業アルバムで顔ごと調べられる。
生徒会長に頼めば、校友を当たってくれるかもしれない。
でも、母さんは悲しそうにうつむいた。
「分からなかった。だって……警察に捕まったのは、あの子のほうだったから」
父さんは、怒りを抑えた低い声を震わせながら呻いた。
「あいつら、母さんにも手を上げやがった。それを止めようとしただけなのに」
完全に、魔法使いたちが悪者だ。
でも、事態を丸く収めれば、双方とも傷つかないで済む。
「父さん、助けてあげられなかったの? その子を」
目の前で起こったことをそのまま説明すれば、いさかいを止めに入っただけで捕まったりはしなかっただろう。
でも。
「母さんを病院に連れていくのが先だった」
きっぱりと言い切った父さんをかばうように、母さんは言葉を継いだ。
「後で父さんが証言しても、警察は信じてくれなかったの」
「魔法使いは、いつも被害者だ」
偏見に満ちた決めつけの言葉を吐き捨てる父さんに、僕はいちばん単純で、いちばん大切なことを説いて聞かせた。
「だって、魔法使いでない者に、魔法は通じないから」
それを父さんは、ひと言で斬って捨てる。
「そうじゃない。それが、あいつらの言い訳なんだよ」
もう聞きたくなかった。僕が生まれてこなければよかったのにと思った。
その日に戻って、全てをやり直してほしかった。
「何で……何で帰ってきたんだよ、ここに」
理解できなかった。
父さんの生まれ故郷とはいえ、ここはつらい記憶のあるところなのだ。
ぼそりと、答えが返ってきた。
「定年で、職場に縛られることもない。お前も充分に大きくなった。生まれ故郷から逃げる理由は、もうない……負けてたまるか、あんな奴らに」
僕は怒りに震えながら、黙って立ち上がった。
父さんの意地のために転校までさせられて、出生にまつわる秘密を背負わされるなんて、納得がいかなかった。
魔法使いに関することはもう、何も考えたくなかった。
ネット上の誹謗中傷のことも、17年前の暴動のことも。
そして、急に僕を突き放したミオノのことも。
でも、考えるまいとするっていうことは、考えてるっていうことだ。
だから、ポケットの中でスマホが鳴っても、触るだけで耳に当てはしなかった。
「ミオノ?」
でも、その姿が目の前に現れることはない。
つまり、マギッターじゃないってことだ。
慌てて画面を見ると、交流センターからだった。
「もしもし?」
もしかすると、という期待は脆くも打ち砕かれた。
「ありがとう。今まで力を貸してくれて」
それがミオノの声だったら、どんなによかったか。
「僕は何も」
期待が外れた僕の不機嫌な声が、気の抜けた返事をする。
その失礼な態度にも、政野さんは気分を損ねた様子はなかった。
「自信を持つんだね。何でもないことが、世界を動かすこともある」
むしろ、励ましの言葉をかけてくれる。
それでも甘えたことに、僕はお礼も言わないで尋ねた。
「ひとつだけ教えてください。なぜ、あれには日付が書いてなかったんですか」
交流センターで見せてもらった『どうま』のことだ。
魔法使いの女性に対する暴力に怒った青年たちが起こした事件のことは、かなり詳しく書いてあった。
それなのに、いつのことだったかは、全く記されていなかったのだ。
政野さんが、重く、低い声で答えた。
「苦しみを共に抱える者たちに、時の流れは関係ない」
あの記事を読む者は、誰もがそのひとりだということになる。
ミオノのことを思うと、少し嬉しくもあった。
でも、ことの大きさを背負う自信はもう、なかった。
「僕は、おまけにすぎません」
そう言うのが精一杯だった。
たぶん、交流センターに来ることは二度とないと思っていた。
でも、それは「たぶん」で終わった。
政野さんは、僕が絶対に逃げられないことを教えてくれたのだった。
「私は君を知っているよ。あの日生まれたのが、君だ。あの日が、君の誕生日さ」
何が何だか分からなくなった。
どうやって、家に駆け戻ったのかも覚えていない。
気が付いたときには、駆け上がろうとした玄関で派手に転んでいた。
慌てた様子で居間から駆け出してきたのは、母さんだった。
「四十三! こんな暗いところで……」
目から出た火花が見えるほど、日が暮れていたのだった。
怪我はしなかったけど、顔面をしこたま打って、鼻がツンとする。
それでもどうにか、言うことだけは言えた。
「教えて。17年前、何があったのか」
もう帰っていた父さんも、のそのそ出てきてボソッと答える。
「お前が生まれた」
「ごまかさないでよ。魔法使いたちとの間に」
起き上がったところで、見下ろす父さんの顔がぼんやりと見える。
「お前は知らんでもいいことだ」
「何で僕に話すとまずいんだよ」
玄関に座り込んだまま聞くと、父さんの面倒臭そうな返事が聞こえた。
「また、引っ越さなくちゃならん。お前のために」
最期のひと言に、ムカッときた。
まるで、僕のせいでこの街を逃げ出すみたいに聞こえた。
「僕は出ていかない」
売り言葉に買い言葉というやつで、即座に僕は言い返す。
でも、それに真顔で答えたのは母さんだった
「その覚悟があるんなら、教えてあげるわ」
夕食を作るためにIHに懸けた鍋が、コトコト鳴っている。
これが泡を吹くまでに、話は終わると母さんは言っていた。
「17年前の事件で、もしかしたら四十三は死んでいたかもしれないわね」
いきなり、恐ろしいことを口にする。
でも、その分、話は早かった。
「暴動が原因?」
そう考えるのが普通だが、母さんは意外なことを言った。
「だけど、あなたが生まれるきっかけになったのも確かね」
17年前の暴動で生まれた僕が、同じ理由で死ぬところだったとはどういうことなのだろうか。
その疑問に答えるように、父さんは重い声で語りはじめた。
「あの晩、この辺りを魔法使いたちの雄叫びが埋め尽くしたのさ」
真夜中の荒野で、得体の知れない獣に取り囲まれたかのような物言いだった。
僕は察しがつく限りの事情を説明する。
「自分たちの声を増幅させたんだ……魔法で」
なるべくさりげない口調で表現しなおしたつもりだったが、父には口答えにしか聞こえなかったらしい。
「とにかく、母さんはそのショックで倒れた。救急車を呼んでも、来なかった……あいつらが、道を塞いで通さなかったんだろう」
ぶつぶつとつぶやき続ける父の顔つきは恨みと憎悪に凝り固まって、もう尋常のものではなくなっていた。
僕は、魔法使いたちのために弁解する。
「違うよ。自分たちに人が近づかないようにしていたんだ」
魔法使いでない者に魔法は効かない。戦わないのが最善の方法なのだ。
でも、父さんにその理屈は通じない。
「どっちみち、人殺しだ……あいつらは」
物分かりが悪すぎる。
いけないとは思いながらも、つい、父さんを責めてしまった。
「車で行けばよかったじゃないか」
すると、母さんが静かに、そして厳しく、僕をたしなめた。
「塞がれていたの……家の前の道を。お父さんは、どいてくれって言ったわ」
「轢いてでも行くんだったよ。俺が刑務所に行けば済むことだからな」
ムチャクチャな理屈で口を挟んでくる父を、僕はなだめた。
「ちゃんと話せば分かったはずだよ」
「車のタイヤを斬られていた。最初から、俺たちを狙っていたんだ」
魔法をかけた凶器で武装していれば、たぶん、タイヤのゴムなんか豆腐を切るようなものだったろう。
「でも、人には効かないはずだよ」
それで僕たちをどうこうしようという気はなかったはずだ。
「そんなの、どっちだっていい」
こうなるともう、何を言っても無駄だ。
そんな父さんを、母さんはかばう。
「お父さんは、車を降りて押しのけようとしたの」
「袋叩きにされたよ」
よほど恨みが深いのか、それとも僕に弁解させまいとしたのか、父さんが口を挟む。母さんは母さんで、それ以上は喋らせない。
「そこへ、割って入った高校生くらいの男の子がいたわ」
できることなら、その人にも話が聞きたかった。
「名前は?」
神奈原高校の生徒なら、卒業アルバムで顔ごと調べられる。
生徒会長に頼めば、校友を当たってくれるかもしれない。
でも、母さんは悲しそうにうつむいた。
「分からなかった。だって……警察に捕まったのは、あの子のほうだったから」
父さんは、怒りを抑えた低い声を震わせながら呻いた。
「あいつら、母さんにも手を上げやがった。それを止めようとしただけなのに」
完全に、魔法使いたちが悪者だ。
でも、事態を丸く収めれば、双方とも傷つかないで済む。
「父さん、助けてあげられなかったの? その子を」
目の前で起こったことをそのまま説明すれば、いさかいを止めに入っただけで捕まったりはしなかっただろう。
でも。
「母さんを病院に連れていくのが先だった」
きっぱりと言い切った父さんをかばうように、母さんは言葉を継いだ。
「後で父さんが証言しても、警察は信じてくれなかったの」
「魔法使いは、いつも被害者だ」
偏見に満ちた決めつけの言葉を吐き捨てる父さんに、僕はいちばん単純で、いちばん大切なことを説いて聞かせた。
「だって、魔法使いでない者に、魔法は通じないから」
それを父さんは、ひと言で斬って捨てる。
「そうじゃない。それが、あいつらの言い訳なんだよ」
もう聞きたくなかった。僕が生まれてこなければよかったのにと思った。
その日に戻って、全てをやり直してほしかった。
「何で……何で帰ってきたんだよ、ここに」
理解できなかった。
父さんの生まれ故郷とはいえ、ここはつらい記憶のあるところなのだ。
ぼそりと、答えが返ってきた。
「定年で、職場に縛られることもない。お前も充分に大きくなった。生まれ故郷から逃げる理由は、もうない……負けてたまるか、あんな奴らに」
僕は怒りに震えながら、黙って立ち上がった。
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