魔界刀匠伝

兵藤晴佳

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獣人と修行僧と

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「やめておけ」
 横から口を挟んだのは、修行僧のアッサラーだった。 
 邪魔をするな、と狗頭人が横に払った十文字槍ランサーの切っ先は、すぐにかわされた。
「おぬしの敵う相手ではない」
 穏やかになだめる修行僧に、この賞金稼ぎは余計に苛立ったらしい。
 私への挑戦はそっちのけにして、そちらに槍の穂先をつきつけた。
 アッサラーは目を伏せて、首を微かに振る。 
 そこに隙ができたと思ったのか、狗頭人は何段にもわたる突きを繰り出した。
 もっとも、それは私だから分かったことだ。

 動くものを捉える眼と、揺るがぬ度胸を鍛えるために、テニーンは電光石火の突きを放っては、正面から見つめる訓練をさせた。
 私を見据える眼差しは、冷え冷えとして、鋭い。
 その気迫にも、目の前に迫る槍の穂先にも、最初のうちはたじろいだものだ。
 だが、テニーンを見つめ返す私の眼は次第に槍の動きをも捉えるようになった。
 やがて、その間合いも見切ると、もう恐れはなくなった。
 そのときのことを、私はまだ覚えている。
 満面の笑顔を浮かべたテニーンは槍を投げ捨てて駆け寄ると、豊かな胸に私を抱きすくめたものだ。
 
 だが、その私にも、十文字槍《ランサー》の速さは分かった。
 村の若者たちはおろか狼頭や山猫頭にも、その穂先は見えたかどうか。
 アッサラーは、槍の柄を掴んでつぶやく。
「惜しい。筋は悪くないのだが」
 狗頭人は牙を剥いて、涼しい顔をしている修行僧を睨みつけている。
 その張りつめた空気は、見ているほうが息を呑むほどだった。
 モハレジュが、そこへ水を差す。 
「どっちも見ない顔だけど……何があったの?」
 一方で、私がどちらも知っているというのは皮肉な話だった。
 
 やがて、村の奥へと散り散りに逃げていった村人たちが戻ってきて、そこは自然と寄り合いの場所になった。
 よそ者のアッサラーや、半人半獣の者どもワハシュにも、ささやかな朝食が振る舞われる。
 それは龍騎兵から村を救った礼という意味もあっただろうが、食料はそれほど豊かにあるわけでもなかろう。
 なけなしのものを分け合って食べると、そこにはもう、ひとつの仲間たちが生まれていた。
 そこでアッサラーが語って聞かせたのは、この村にやってくるまでの経緯だった。
「フラッド殿に敗れて、我が身を大いに省みた……炎の神は、戦神ゆえ」
 そのマントには、あの太陽とクジャクをあしらった紋章が縫い取られている。
 村を蹂躙した竜騎兵たちの持ちものにも、同じ紋章があったことだろう。
 だが、とにかく生き延びるのに必死で、そんなところにまで目を留めている余裕はなかった。
 ましてや、都から遠く離れた村で暮らしているうえに、そのまた奥へ逃げるので精一杯だった人々が気づくはずもない。
 半人半獣の者どもワハシュたちは目を剥いたが、ただひとり、そっぽを向いていたモハレジュは微かに首を横に振った。
 心配していたが、いさかいは起こらなかった。
 アッサラーは話を続ける。
「都からの街道を行き来して、出会った修行者たちに片端から手合わせを願ったが、フラッド殿ほどの手練れはおらなんだ」
 村人たちは、目を丸くして私を見つめる。
 思わず目をそらしたが、照れ臭い、とはこういうことをいうのであろうか。
 咳払いひとつで、アッサラーの話は本題に入る。
「そのうち、街道で我が名を知らぬ者はいなくなった。これでは修行にならん。そこで、街道を外れて、こちらへ向かうことにしたのだ」
 やがて気付いたのが、遠くの山脈から立ち上る煙だった。
 私が飛刀に使う鋼を得るために作った、あのタタラからのものだ。
 アッサラーも、それが刀を鍛えるためのものだということには気付いたという。
 そのうち煙は消えたが、場所を変えたのだろうと察しをつけて、村を探して歩いたのだった。
「夜明け前に龍騎兵が集まって、馬を休ませているのを見かけた。そこで、ここが襲われると読んだのだ」
 
 続いて口を開いたのは、狼頭のヴィルッドだった。
「俺たちは、お前らを待つつもりだった。必ず、帝王を倒す武器を手に入れて帰ってくる。そう信じていたからだ」
 そこで、モハレジュが口を挟んだ。
「でも、ここにいるってことは、信じられなかったってことだよね? アタシも、フラッドも」
 山猫頭のアレアッシュワティが声を上げる。
「いや、待つつもりだった。みんなそうだった……ひとりを除いては」
 そこでモハレジュは、がっくりとうなだれた。
 深々と、溜息をつく。
 ここへ来なかったのが誰かは、もう察しがついていたのだろう。
  ヴィルッドが、相槌を打つように頷いて言った。
「スラハヴァーだ。あいつだよ、助けに行けって騒ぎたてたのは」
 亀の身体と角の生えた頭を持つ男だった。
 あまり器用でもなければ度胸もないが、その分、余計なことはしないだろうと思っていた。
 というか、すっかり忘れていたのだった。
 アレアッシュワティも、きまり悪そうに口を開いた。
「恥ずかしい話、スラハヴァーがああ言わなかったら、誰も腰を上げなかっただろう」
 だが、動けなかったのは仕方のないことだった。
 半人半獣の者どもワハシュは、「炎の帝王」の都から出ることは出来ても、中に入ることは認められていない。
 この村に来た者は、家の、そして家族のもとに戻ることはできないのだ。
 私は素直な気持ちを告げた。
「恥じることはない。血の通った者として、当然の気持ちだ。それを振り切ってきてくれたこと、感謝している」
 半人半獣の者どもワハシュたちは、そろって照れ臭そうに顔を背けた。
 だが、モハレジュはそれに水を差すように口を挟む。
「その、言い出しっぺのスラハヴァーは?」
 ヴィルッドが狼頭の口で、ため息交じりに答える。
「置いてきた。こう言っちゃなんだが、あの身体じゃ足手まといになる」
 もっともな話だった。
 アレアッシュワティが山猫の耳をひくつかせて、十文字槍《ランサー》を抱えて座り込む狗頭人に尋ねる。
「どうする? ついてくるか? ええと……」
 そこで初めて、狗頭人の賞金稼ぎはその名を口にして答えた。
「キャルブン……金にならんことはせん」
 返事は不愛想だったが、その身体はそわそわとして、居心地悪そうだった。 


 そこで、アッサラーが私に向き直った。
「つまり、おぬしらは、『炎の帝王』と戦うというのだな?」
 頷いてみせると、杖を構えた。
「では、ここで再び、一戦交えるとしよう」
 てめえ、と炎の神に仕えるする修行僧に山猫頭が詰め寄った。
 それを、私は押しとどめる。
 アッサラーは、このやりとりだけで、私たちが互いに言わんとしていたことには察しがついたらしい。
 不愛想な答えを返してくる。
「同じ神を信仰しているからといって、同じことを考えているとは限らん」
 敵意はない。
 ただ、私たちに「炎の皇帝」と戦うだけの力があるのかどうか知りたいだけなのだ。
 よかろう、と私は再戦に応じた。
 杖を両手に持って構えるアッサラーに、飛刀の切っ先を向ける。
 武器の強度は考えるまでもない。
 いかに堅い木の芯を削りだしたとはいえ、刃が当たれば真っ二つになるのは疑いない。
 アッサラーも、それは分かっていることだろう。
 それを承知の上で戦いを挑んできたということは、飛刀をかわす自信があるということだ。

 ……ならば、やってみせるがいい。

 私はアッサラーではなく、杖めがけて斬り込んだ。
 武器さえ奪ってしまえば、こちらの勝ちだ。
 まさか、飛刀相手に拳や蹴りを見舞ってくることはあるまい……という私の読みは大きく外れた。
 飛刀は確かに杖を両断した。
 だが、そこにはもう、アッサラーの姿はない。
 その声は、後ろから聞こえる。
「甘いな」
 身体がふわりと浮かぶのを感じた。
 腰にとりついたアッサラーが、自分の背中を投げ出した地面に、私の頭を叩きつけようとしたのだ。
 私が杖を狙ってくるのは、読まれていたということだ。

 ……だが、この技。

 私もテニーンに仕掛けたことがある。
 格闘を教え込まれていたときは、いつも腕を抱え込まれて、背中から放り投げられていたのだ。
 地面に叩きつけられると、テニーンが笑顔で悠々と見下ろしている。
 それが面白くなくて、私は一計を案じたのだった。
 あるとき、私は自ら片腕を担がせた。
 当然、テニーンの両腕は封じられる。
 渾身の力で踏ん張った私は、テニーンのしなやかな身体を抱え込んで持ち上げたのだった。
 だが、そのしなやかさが曲者だった。
 くるりと空中で身を翻すと、地に舞い降りて足を崩す。
 気が付くと、私は膝枕で横たえられていた。
 見上げた先では、テニーンが不敵に微笑している。
 この膝で頭を挟んでいたら、地面に叩きつけることもできたという意味だったのだろう。
 
 だが、アッサラーはその手に乗らなかった。
 身体を逸らして、器用に地面へ両手をつく。
 紙一重の差で脳天を守ったかと思うと、強靭な足腰の力で身体を起こして言った。
「よかろう」
 負かされておいて言うセリフではない。
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