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11章
11章
しおりを挟む「あー、智弥はっけーん!」
後方十数メートルから甲高い声に叫ばれて智弥は肩を縮めた。振り向かなくても分かる。仁科周だ。
ハイヒールでアスファルトを打ち鳴らし、額に手をやって立ち竦む智弥の正面に回り込んできた。
重そうなブランド物のショルダーバッグを肩から背中に引っかけ、片手をその細い腰に当てる。相変わらずミニスカートを愛用しているようだ。すらりとした曲線を描く脚を惜しげもなく披露し、智弥の行く手を遮るように立ちはだかった。背景に背負った夕陽ですら、計算されたかのように周のスタイルの良さを際立たせる。
「あ……周さん……お久しぶりです……」
「ホントね~。元気してた? ちょっとイイ男になってきたんじゃない?」
と、周は遠慮なしにぐにぐにと智弥の頬をつまんだ。
「いつ以来だっけ。うちの翔くんの若頭就任おめでとー! パーティ以来かな」
ニ十近く年上の夫を「くん」呼ばわりしているところはさすがだ。ぐにぐにされた頬をさすりながら感心していると、
「どこ行くの? 杏奈ちゃんとこ?」
と、ピアノの鍵盤を弾くような手つきをして見上げてくる。
「うん……あ、一緒に行きます? 杏奈さん、多分もういると思いますけど」
「うーん、行きたいけど今日はエステの予約してるから。――ほら、極道の妻はいつもキレイにしてないとね」
と、片目を瞑ってニッと笑う。……どう見ても水商売のお姉さんだが、一応自覚はあるらしい。
「柊吾くんの店にも行ったけど、なんか出かけてたみたいなの。残念……ということで、ここで智弥に会えてラッキー」
と黒い高級感あふれるバックから白い大きな封筒を取り出した。
「今度さー、なんか会社設立するんだって。んで、お祝いするから柊吾くんにも来てほしいって。――これ、招待状。渡しといてくれる?」
「へえ……おめでとうございます」
「ま、あたしはよく分かってないけどさ。あ、智弥も来る? 華月ちゃんも会いたがってたし」
「いや、俺はいいです……部外者なんで」
周も翔も、周の義姉である華月も好ましい人物ではあるのだが。正直、あの独特の雰囲気に放り込まれると緊張して落ち着かなくなる。
先の若頭就任パーティも、ピアノを披露することになり柊吾と共に参列したが、あまりにも馴染めず早く退散したくて仕方なかった。
柊吾の、あの何事にも動じない性格はここで培われたんだな、とひどく納得した覚えがある。
上に兄が二人いることもあり、好きにやらせてもらってるとあまり自分のことを語らない柊吾が話してくれたことがある。
実家の家業のこともあり、あまり交友関係を広げにくかったこと、岳大に出会って笑えるようになったこと。
「部外者だって。や~だあ、水くさい!」
バシン、と思いきり腕を叩かれて思わずよろける。
「あたしも翔くんも、もちろん華月ちゃんと創士さんも全然そんなこと思ってないから! 柊吾くんの子どもみたいなもんじゃない。――ま、カタギの集まりじゃないから無理強いはしないけどさ。気が向いたら来て。……ん、子どもってことはあたしは何?」
顎に指を当てて考え込む周に、
「……伯母でしょ」
「オバサンなんて言ったらくびり殺すからね」
と、一瞬凶悪な表情を見せてから最後にくしゃくしゃ頭を撫でてきた。
じゃあねえ、と片手をあげてまたハイヒールを鳴らしながら去って行った。
智弥は表に金箔で大きく「祝」と印字された封筒を手に、一度深呼吸した。全く、嵐のようなひとだ。
智弥は掻き回されて乱れた髪を片手で軽く梳き、頬を緩めた。
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