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10 章
10章①
しおりを挟む天井からのスポットライトが彼女を照らし、艷やかな髪に天使の輪を作る。
中性的な歌声。かすれ気味な、それでいて伸びやかなハスキーボイス。
彼女の真っ直ぐな姿勢はさながら太陽に向かって伸びる向日葵のようだ。昔はもっと広く感じたその背中を眺める。
――アメイジング・グレイス。
神に感謝の祈りを捧げる賛美歌を朗々と歌い上げ、彼女はゆっくりと聴衆に向かって頭を下げた。
智弥はピアノの前から立ち上がり、こちらを見上げる彼女の手をとった。拍手の中、共に壇上から降りる。
ステージの一番近くのテーブルでかぶりつくように鑑賞していた光希が手を叩きながら出迎えてくれた。
「すごい! 俺、感動して泣けてきちゃって……」
「ふふ、ありがと」
智弥に手をとられたまま、彼女が微笑んだ。その笑顔に魅せられたように頬を赤くした光希に、思わず眉をひそめる。
「あの、その……お二人の関係って、その……」
「関係?」
二人で顔を見合わせ、複雑な思いにかられる。彼女との関係を一言で表すのはとても難しい。
「だってすごくいい雰囲気で……もうお互い理解しあってる感じで」
その、と口ごもってしまった光希の態度にひらめいて、その頭にこつん、と軽く拳を当てる。
「アホ。よく見ろ。杏奈さんは岳大さんだ」
「ええ!?」
頭を上げて暗い間接照明の中、「彼女」の顔をしげしげと眺める。
「ほ、ホントだ……全然分かんなかった」
「やあねぇ智ちゃんったら。お店でその名前出すなんて」
無粋者ねえ、とケラケラ笑って杏奈ママはカウンターへと回って「二人とも何か飲む?」と首を傾げた。
智弥はジントニックを注文し、光希も同じものを、とつぶやくように言った。
爽やかなライムの香りが立ちのぼるグラスをお互い傾けて合わせると、中の氷がカランと音をたてた。
「あの、今日は連れてきてもらってありがとうございます。なんかここ……落ち着きます」
「よかった。光ちゃん、自分を押し殺して生きてる気がして。ちょっとほっとけなかったのよね」
岳大は杏奈の格好になると言葉遣いも女性的になる。自然とそうなってしまうのだと前に聞いた。
バー「アナスタシス」は杏奈と柊吾の構えるもうひとつの店だ。岳大がもともと女装癖があったのか、何か理由があるのかは訊いていない。
智弥が物心ついた頃から、いやおそらくは生まれる前から、岳大は杏奈だったし、柊吾の恋人だった。だがどんなかたちであれ、智弥にとって家族同然の人間であることに変わりはない。
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