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34.私の伴侶(ラーディン)
しおりを挟む初めて会った時は、その美しさに思わず見惚れた。
私の婚約者候補に自ら名乗りを上げたと聞いて、どんなたくらみを持っているのかと疑いつつも、つい目で追わずにはいられぬほどの美貌だった。
アンスフェルム・エルガー。先王エアハルト陛下の庶子。
艶やかな黒髪に、濡れたように輝く大きな漆黒の瞳、柔らかそうな白い肌。小さな鼻も、生意気そうな唇も、すべて完璧な配置におさまっている。女神の写し絵かと思うほど、美しい青年だった。
なるほど、これなら蛮族と蔑まれる獣人の王子など、指先一つで言いなりにさせられると自惚れても無理はない。
だが、私を思い通りに操ろうとしても無駄だ。そう言外に伝えても、ちっとも堪えた様子もなく、『パルダン王国をぜひ訪れたい、交流をはかりたい』と大真面目な顔で言う。
その如才ない態度に、ナシブらもころっと参ってしまったらしく、酒を片手に嬉しそうに会話を交わしている。
西域語を流暢にあやつり、愛想よく接する態度に、なぜか嗜虐的な気持ちが湧きあがった。
無理難題を言いつけ、困らせてやったら、この美しい青年はどんな顔をするだろう。
許してください、と彼が頭を下げる様を想像するだけで、耳の付け根が疼くような気がした。
だが、アンスフェルムは私に頭を下げたりしなかった。赤裸々な愛の歌を堂々と歌いあげ、どうだと言わんばかりの笑みを浮かべて私を見た。
その子どものように無邪気な笑顔に、私は心臓を鷲掴みにされた気がした。
生き生きとして、まばゆく光り輝いている。私の思惑など軽々と飛び越え、楽しげに笑うあの青年を、なんとしても手に入れたい。
自分でもよくわからぬ想いに急き立てられ、アンスフェルムを婚約者に、と指名した。
そうしてパルダン王国へ連れて帰ったのだが、彼はどこかとらえどころがなく、その眼差しは私を通して、誰か別の存在を見ているようだった。
どうしてそんな目で、私を見るのだろう。私の後ろに、誰の影を探しているのか。
アンスフェルムが追い求めているのは誰なのか、考えるだけで腹立たしく、胸がムカムカした。
「アンスフェルム様について、ですか?」
もう一人の婚約者候補、ロルフ殿から情報を得ようとしたが、彼は困ったように首をかしげて言った。
「彼は、あまり社交界に姿を見せず、先王陛下が大事にその懐にしまっておられる小鳥、と噂されておりました。仕事で各国の要人の通訳を多く務めていらっしゃることは存じております。また、『水』の魔術をたいそう得意とされているとか。……わたしが知っているのはそれくらいでしょうか。実際、わたしがアンスフェルム殿と話したのは、殿下の歓迎式典の時が初めてでして。……まあ、あの美貌ですから、社交界でも何かと話題にはされておりましたが」
私はロルフ殿をじっと見た。
最初に会った時も思ったが、この男は父親であるクロース公爵に、あまり似たところがない。彼を私に紹介したアンスフェルムの様子からみても、おそらくは種違いの子であろうと思われた。
クロース公爵は、パルダン王国と国境を接する領主であることから、何度か非公式に対面したことがある。
いかにもエルガー王国の貴族らしい、獣人を蔑む態度を隠そうともせぬ男だった。
ロルフ殿も獣人と距離をとっているが、少なくとも父親のように獣人を蔑む様子は見せない。それだけでも、エルガー王国の貴族の中では、だいぶマシな部類に入るだろう。
「アンスフェルムは、先王陛下にだいぶ可愛がられているようだな。遅くにできた子は可愛いというが、彼は庶子なのだろう?」
「それは……、まあ……」
ロルフ殿は、歯切れ悪く言った。
「アンスフェルム殿は、その……、あの容姿ですからね。先王陛下が大切にされるのも、無理はないと申しますか」
奥歯に物が挟まったような言い方が引っかかったが、私はそれ以上、追及しなかった。
他国の事情に興味はない。アンスフェルムの出生に何か秘密があるなら、本人に直接、聞けばいいだけの話だ。
結局、ロルフ殿の話からわかったのは、アンスフェルムは魔術や大陸の諸言語に造詣が深く、社交嫌いの変わり者、ということのみだった。
そして、やはりエルガー王国でもアンスフェルムの美貌は有名らしかった。当然のことだが、なんだか面白くなかった。
私の婚約者が、その美しさを他者に取り沙汰され、品定めされている。その事実が不愉快だった。
アンスフェルムは、私の婚約者、私のものだ。他者がどうこう言っていい存在ではない。
彼は、私だけのものなのに。
アンスフェルムと褥を共にした時、強引にその体を己のものにしたくて、でも、もしそれで彼に嫌われたらと恐ろしくて、どうしても手が出せなかった。
そして、そんな自分自身に少し驚いた。
欲しいものは奪い取る、それが獣人のやり方だ。私もそうして生きてきた。
だが今は、アンスフェルムの体だけではなく、心も欲しい。どうすればその二つとも、手に入れることができるのか。
優しくその体を抱きしめ、時おり髪に口づけると、アンスフェルムは私の腕の中で、安心しきった子犬のような寝顔を見せた。その穏やかな寝顔に、私は複雑な想いを味わった。
こうして優しく守ってやりたいが、それだけではとうてい足りぬ。泣かせ、喘がせ、すがりつかせたい。この生意気な口にいやらしい言葉を言わせ、私を欲しいと懇願されたら、どんなに――。
言葉を交わし、そばにいればいるほど、己の想いが大きくなるのを感じる。
私の伴侶は、アンスフェルムしかいない。
だが、はっきりそうと分かったのは、彼が王妃の放った暗殺者に襲われた時だった。
幸いアンスフェルムは無事だったが、もし彼に何かあったらと、考えただけで世界が終わるような気がした。
どうあっても彼だけは失えぬ。それくらいなら、自分が死んだほうがマシだ。
そうして私は、彼に心臓の誓いを捧げた。
アンスフェルムは私の想いに応え、ずっと隠していた彼の秘密を明かしてくれた。
出生については薄々、勘づいていたが、さすがに『時間』の魔力属性にまでは思い至らなかった。
が、そういうことなら、すべて説明がつく。
そうか。私は彼と、すでに二度、出会っていたのか。
過去の人生、二回ともアンスフェルムは、私の婚約者ではなかったという。しかし、それは些末なことだ。たとえ婚約者であろうがなかろうが、私はけっして彼を手放しはしなかっただろう。
何を犠牲にしても、彼だけは失えぬ。離れるのは、どちらかが死ぬ時だ。
『私はきっと、その二回の人生でも、変わらずおまえを愛していた。私にはおまえだけだ、アンスフェルム』
そう告げると、アンスフェルムは唇をとがらせ、不満そうに言い返した。
『そんな甘いことをおっしゃっても、騙されませんよ。殿下って、優しいところがあるかと思えば、俺に対してだけは妙に厳しいんですから』
『なぜそのようなことを?』
『自分を裏切った人間が他国へ亡命しても見逃してあげるくせに、俺だけは絶対許さないで、どこまでも追ってくるからですよ』
ぶつぶつと文句を言うアンスフェルムが愛しく、私は思わず彼を抱きしめた。
そんなことは当たり前ではないか。
他の人間など、どうでもいい。亡命したいのなら、どこにでも行けばいい。パルダン王国の不利益にならぬなら、追いかけるのも面倒だ。
だが、むろんアンスフェルムは別だ。過去の人生で、彼がもし、私から逃げたのなら、私はどこまででも追いかけただろう。地の果てまでも追いかけ、それでも彼が手に入らぬというなら、せめてこの手で殺しただろう。
わかりきった話だ。
見当違いの不満をもらすアンスフェルムが可愛らしく、愛しくてならない。
ああ、早く彼を私のものにしたい。抱きしめると鼻腔をくすぐる甘い香りに、たまらない気持ちになる。
アンスフェルム、おまえは私のただ一人の伴侶。死ぬまで――、いや、死んでも私だけのものだ。
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