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9.私のもの
しおりを挟む結果的に、俺はラーディンの婚約者の一人ということになった。
アデリナ妃が、俺をラーディンの婚約者とすることに強硬に反対したらしく、クロース公爵家の次男ロルフ様も、もう一人の婚約者として選ばれたからだ。
「アンスフェルム殿、わたしはラーディン殿下の伴侶となるつもりはないので、どうぞ安心してくれ」
ロルフ様は離宮にやってくるなり、挨拶も早々に俺にそう告げた。
「あなたはラーディン殿下に嫁ぎたいし、わたしは獣人と結婚したくない。互いの利益は一致している。ここは反目せず、協力してほしいのだが」
「…………」
その通りなんだけど、嫁ぎたいって……、なんか俺がラーディンに熱烈に恋してるみたいだからやめてほしい。
「ロルフ様、お申し出ありがとうございます。……しかし、ロルフ様はどうしてそれほど獣人を嫌っていらっしゃるのですか?」
ロルフ様だけじゃない。この間の歓迎式典だけでも強烈に伝わってきたが、エルガー王国の貴族は、みんなパルダン王国を……というか、獣人を毛嫌いしているみたいだ。
だがロルフ様は、意外なことを聞かれたと言いたげに俺を見た。
「アンスフェルム殿は……、こう言ってはなんだが、少々変わっておられるようだな。まあ、そうでなければ、あの恐ろしい獣の王子に恋焦がれたりはせぬだろうが」
後半はつぶやくような小声だったが、ばっちり聞こえてますから! 誤解と言えないのがツラい!
「アンスフェルム殿、あなたとて噂に聞いたことくらいあるでしょう。獣人族が、どれほど野蛮な方法で西域を荒らしまわったか。周辺国の国境を侵し、抵抗する人間を嬲り殺しにしたのですぞ」
「それは噂にすぎません。……たしかにパルダン王国は周辺国家と小競り合いをくり返していますが、今はわがエルガー王国と手を取り合おうとしているではありませんか」
言いながら、でもこの同盟、すぐに破られるんだよなーと俺は思った。
最初の人生で、俺はこの同盟の締結に駆けずり回り、ずいぶん頑張ったんだけど……。祖国の裏切りでそれらの努力が水の泡となり、おまけに自分自身、殺されてしまうなんて、あらためて考えても悲惨な人生だ。
だからこそ、三度目の人生はぜったいに生き延びたい。生きて、幸せになりたい。
大金持ちになりたいとか、可愛い女の子でハーレム築きたいとか、そんな贅沢は言わない。ただ平穏無事に過ごせれば、それで満足だ。
俺が決意も新たにしていると、慌てた様子の使用人が部屋に入ってきた。
「アンスフェルム様、パルダン王国の王子が離宮にお見えです」
「ラーディン殿下が!?」
使用人の言葉に、俺は驚いて声を上げた。ロルフ様もぎょっとした様子だ。
そりゃそうだろう。外国の要人、それも王族クラスが、スケジュール外の私的な訪問をするなんて極めて稀だ。
「殿下が、どうしてここへ?」
「あー……、どうもわたしはお邪魔のようですな、わたしはこれで失礼しよう」
「待ってくださいロルフ様!」
引き止めようとしたが、ロルフ様はすばやく身をひるがえし、部屋を出ていってしまった。
「……アンスフェルム様、あまり殿下をお待たせするわけには……」
「わかっています。ラーディン殿下をここへお通ししてください」
俺は顔をしかめ、ラーディンを出迎えるために扉の前に立った。
待つまでもなく、すぐに扉は開けられた。
「アンスフェルム。突然すまない」
驚いたことに、ラーディンは供の一人も連れず、単身だった。
「殿下、護衛の者は?」
「いない。私一人だ」
「なんということを。御身に何かあったら、どうなさるおつもりですか」
ラーディンは肩をすくめて俺を見た。
「私より強い者がこの国にいるとは思えん。護衛など不要だ」
「殿下がお強いのは存じておりますが……」
何かあったら国際問題だし、その責任とらされんのは俺だから! と言いたいのをぐっとこらえ、俺はラーディンに座るよう促した。
「お茶を運ばせます。どうぞお掛けください」
改めて見ても、ラーディンは単に体が大きいってだけじゃなくて、なんか風格を感じさせる。
ソファにくつろいだ様子で座り、足を組んでるだけなのに、圧倒的な強者のオーラを醸し出してて、気を抜けば足元にひれ伏してしまいそうだ。
「長居するつもりはない。一つだけ、おまえに伝えておきたかった」
「はい……?」
向かい側のソファに座った俺を、ラーディンは射抜くような強い目で見た。
「おまえがどういうつもりで私の婚約者に名乗りを上げたのかは知らんが、私が選んだ以上、おまえは私のものだ」
力強い言葉に、俺は息を呑んだ。
「殿下」
「何か困っていることがあるのなら、私に言え。おまえは私の伴侶となる身だ。私は身内は守る」
俺は驚いてラーディンを見た。
「……なぜわたしが困っていると?」
「誰もが嫌がるパルダン王国への輿入れに、率先して手を挙げたのだ。訳アリだとわからぬほうがおかしい」
薄い笑みを浮かべ、ラーディンは俺を見た。俺の思惑はどうあれ、守ってくれるってことか。でも……。
俺はつくづくとラーディンを見た。
流れるような金髪に、鋭い切れ長の金色の瞳をした端整な顔立ち。エキゾチックな褐色の肌、逞しい体つきと、どこをとっても見惚れるほどの美形で、おまけに獣人たちから軍神と称えられるほどの剣技の持ち主なのに、どうしてこんなに自己評価が低いんだろう。誰もが嫌がるって、言い過ぎじゃないか?
「エルガー王国の……、いや、大陸のほとんどの貴族は、獣人を蔑んでいる。おまえのような人間は稀だ、アンスフェルム。どうせ婚約者を押し付けられるなら、私はおまえがいい」
淡々と告げるラーディンに、俺は顔をしかめて言った。
「わたしがいいと、そう殿下はおっしゃいますが、正直申し上げてそのお言葉を信じてよいのやら、迷っております」
「なぜだ? 私は偽りは言わぬぞ」
俺はつい、口を尖らせて言った。
「そうはおっしゃいますが、殿下はあの歓迎式典で、わたしを困らせようとなさいましたよね? 殿下のせいで、わたしは歌手でもないのに歌を歌わされるはめになりましたが」
「ああ。あれは良かったな。アンスフェルム、おまえの歌は最高だ」
「ふざけないでくださいよ」
恨みがましく言うと、ハ! とラーディンが楽しげに笑った。
「……そうだな。私は、おまえを困らせてやりたかった。私の婚約者になりたいなどと、どうせ口先だけの言葉だろうと思ったからだ。……だが、歌など歌えぬ、勘弁してくれと頭を下げてくるかと思ったら、おまえは見事に受けて立ってみせた。わが国では禁じられた愛の歌を歌い、私だけではなく、あの場にいたパルダン王国の者全員の心を奪った」
俺は息を詰め、ラーディンの言葉を聞いていた。
な、なんかなんか、まるで愛の告白みたいだな……。
「私は、おまえに心を動かされた。エルガー王国から押し付けられた婚約者など、誰であっても同じだと思っていたが、気が変わった。おまえでなければ嫌だと、そう思ったのだ」
ラーディンの金色の瞳が、強い光を浮かべて俺を見つめた。
まるでその瞳に射抜かれたように、俺は身動きもできずにただラーディンを見つめ返した。
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