74 / 88
70.魔女の城
しおりを挟む魔女に奪われた城の周囲には、崩れかけた土塀があった。
戦争で破壊され、そのまま放置されているんだろう。崩れた塀を越え、わたし達は城門へ向かった。城門も壊れたまま、風雨にさらされて半ば朽ちかけている。
もともとこの城は、隣国との国境付近の軍備を固めるために建設されたもので、砦としての意味合いが強いらしい。たしかに王城に比べて装飾性が低く、堅固な造りをしている。城壁には他の場所より傷みの激しい張り出し櫓もあった。魔女を封印した戦争では、ここが最前線だったはずだから、損壊もひどい。
その廃墟のような城を前に、わたしは怖気づいていた。
それはまさしく、呪われた城だった。城壁全体が黒い瘴気で覆われ、見ているだけで陰鬱な気分になる。ぜったい夜には近寄りたくない場所だ。
「ユリ様、こちらへ」
城門を通り、階段を上っていくにつれ、瘴気が濃くなってきた。キリがないので、エスターの先導に従い、歩く場所の瘴気だけをテニスラケットで祓いながら進んでいった。
階段を上りきると、かつては広場として賑わいをみせただろう場所に出た。一面瘴気だまりができていて、中央にある井戸からは絶えず赤黒い瘴気が吹き上がっている。魔女が封印されたことにより、この城では瘴気が魔獣化できないということだが、そうでなければここは魔獣の巣となっていただろう。
「エスター、おまえの探している魔法書は、どこにあるのだ」
「塔の地下に隠されているはずです」
ラインハルトの問いに答えると、エスターは迷うことなく広場の先にある塔へと向かった。
エスターによると、その魔法書は隣国から逃げてきた魔法使いによって、塔の地下牢に隠されたのだという。
だが、塔の地下には魔女も封印されている。
魔女にこの恨みをぶつけてやる! と怒っていたのは確かなのだが、実際、こうもおどろおどろしい場所に来てしまうと怒りも消えるというか、もはや恐怖しかない。
今さら「あ、やっぱ帰ります」とはさすがに言えないので黙ってついてきているが、本音を言えば回れ右して逃げてしまいたい。……ただ、逃げても帰る先がないのだけど。
しかし、エスターもラインハルトも微塵も怯んだ様子はなく、先に進んでいく。
さすが魔女を封印した人は違う、とわたしは改めて彼らと自分のメンタルの違いを実感した。
「ユリ様?」
恐怖のあまり口数の少なくなったわたしの異変に気づいたのか、エスターが心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが」
「この辺りは瘴気が濃い。それにあてられたか?」
二人の気遣いに、わたしは引き攣った笑みを浮かべた。
瘴気のせいで息苦しいといえば息苦しいけど、自分の周囲くらいはちゃちゃっとラケットで祓えるから、問題はない。それよりも、この城全体に漂う禍々しさが恐ろしいのだ。
「だ……、大丈夫です。行きましょう」
だが、ここに留まっても恐怖が増すだけだ。進むしかない。やるしかない! と自分自身に言い聞かせていると、
「ユリ様」
エスターがわたしの手を握り、力づけるように言った。
「ご安心ください、私の命に代えてもあなたをお守りいたします」
いや、それ逆に安心できないから! 命に代えてとか、やめて!
「あの、自分を犠牲にしてわたしを守るとか、そういうのはやめてね、エスター」
繋がれた手を握り返し、必死に訴えると、
「……そうですね」
エスターはわたしを見下ろし、ふふ、と笑った。
「一緒にあなたの世界へ行くためにも、ここで死ぬわけにはいきませんね」
甘く見つめられ、こんな時だというのに胸が高鳴った。
「……ユリがおまえを連れてゆくと、まだ決まったわけではなかろう」
「私の中では決まっております」
「大した自信だな」
「それほどでも」
エスターとラインハルトが何か言い合っているが、わたしは塔の前に現れた魔獣に気づき、硬直した。
「エエスター、ラインハルトも……。ちょっとアレ……、魔獣が……」
「魔獣? この城で新たな魔獣は」
言いかけて、ラインハルトはうっと言葉を飲んだ。
……新たな魔獣は発生しなくとも、元々いた魔獣は退治しない限り、消滅しない。
わたし達は、目の前に現れた魔女の使い魔、巨大な黒猫(ということにしておく)に動きを止めた。
かつて敵対する魔法使いの心を惑わせた、色んな意味で魔性の使い魔。えーと、たしか名前は、
「み、ミーちゃん……?」
わたしの言葉に反応したように、黒猫(と思えばそう見えなくもない)はフシャーッと不機嫌そうな声を上げた。
ミーちゃんはちょうど塔の扉の前に陣取ってるから、地下牢に行くためにはそこをどいてもらわなければならないのだが。
「あの、誰かミーちゃんを説得してくれませんか?」
「無茶言うな!」
ラインハルトが即座に却下した。エスターも困ったような表情をしている。
でも、じゃあどうしたら……。ルーファスのあの話を聞いた後じゃ、とても戦う気になんてなれないんですけど……。
0
お気に入りに追加
240
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢アルビダは溺愛されたい ~断罪フラグをへし折りたいので、わたくしを愛して下さいませ~
大福金
恋愛
悪役令嬢アルビダは美しい美貌の持ち主。
その美しさで数々の男を虜にし破滅へと導く毒の花。
その事によりアルビダは断罪され斬首刑となるゲームの世界のお話。
物語は幼少期のアルビダからスタートする。
ここで思いがけない出会いをし、アルビダの運命は変わっていく。
それは異世界の妖精(リスナー)との出会いだった。
これはアルビダが異世界の妖精たちから力を借り、色々なフラグをへし折り、最終的に皆から溺愛され幸せになるお話。
毎日更新頑張ります!
感想頂けると嬉しいです。
[完結】うちの第二隊副隊長さまはモテ過ぎるのでとっとと結婚してほしい
いかくもハル
恋愛
ミランダ・デパル 21歳。
売れない俳優の父親の影響で、結婚と恋愛に夢も希望も興味も無く、絶対安定の公務員を目指し、真面目でガリ勉だった学生時代。
唯一の趣味はマリモリ先生の書くBL小説「青薔薇騎士団シリーズ」を読むこと。
そして、主人公マクシミリアンを最押ししている。
逞しい筋肉をこよなく愛し、間近で拝み、妄想するため騎士団事務官を目指す。
魔術専科を卒業後、公務員採用試験の中でも絶大な人気で倍率も高い、騎士団の事務官試験に見事合格した。
やった!これで毎日筋肉を拝みながら妄想三昧の日々を送れる!!
勤務先は騎士団第二隊。
しかも、副隊長付き事務官。
副隊長は最押しマクシミリアンを彷彿とさせる、グラント。
中等部時時代、一度だけ話したことのある、学校中の憧れの超有名人。
どうせ、私のことは覚えていないだろう。よし、気にしない。
グラント副隊長にはモテすぎるが故に、プレゼントのつもりが一周回って暗殺まがいの郵送物が届く。
余計な仕事がどんどん増えていく事にイライラMAX!!!
もう!副隊長さまはとっとと結婚してほしい!!
***
『誰にも読めない依頼を受ける事になりました』シリーズ第5弾。男前隊長グラントが独身で副隊長だった時の話です。
本編は終了。番外編を更新中です。
ろくぶんのいち聖女~仮初聖女は王弟殿下のお気に入り~
綴つづか
恋愛
「ねえ、君。聖女になってみないか?」
「……は!?」
貧乏子爵令嬢のユユアは、ある日、森で魔物と交戦し死にかけていた王弟殿下を、ポンコツな治癒魔法で助けた流れから、そんな突拍子もない勧誘を受けた。
ちょっと待ってください、聖女ってそんなに簡単になれるものなんですか!?
抵抗を試みるも、口の上手い殿下に逃げ道をことごとく塞がれてしまう。勧誘を断り切れず、報酬に釣られるがまま領地から王都に出たユユアは、マイペースで魔法狂いの殿下に興味を持たれ、振り回されながらも治癒の仕事を全うしていく。聖女と呼ばれるような力を持っていないのに、聖女のふりをしながら。その間にも、王国には刻一刻とスタンピードの影が迫っていた。
聖女?な治癒師の子爵令嬢と、国最強の魔法師王弟殿下が織りなすラブコメです。
※なろうさんで先行掲載しています
【完結】光の魔法って、最弱じゃなくて最強だったのですね!生きている価値があって良かった。
まりぃべる
恋愛
クロベルン家は、辺境の地。裏には〝闇の森〟があり、そこから来る魔力を纏った〝闇の獣〟から領地を護っている。
ミーティア=クロベルンは、魔力はそこそこあるのに、一般的な魔法はなぜか使えなかった。しかし珍しい光魔法だけは使えた。それでも、皆が使える魔法が使えないので自分は落ちこぼれと思っていた。
でも、そこで…。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
【完結】スクールカースト最下位の嫌われ令嬢に転生したけど、家族に溺愛されてます。
永倉伊織
恋愛
エリカ・ウルツァイトハート男爵令嬢は、学園のトイレでクラスメイトから水をぶっかけられた事で前世の記憶を思い出す。
前世で日本人の春山絵里香だった頃の記憶を持ってしても、スクールカースト最下位からの脱出は困難と判断したエリカは
自分の価値を高めて苛めるより仲良くした方が得だと周囲に分かって貰う為に、日本人の頃の記憶を頼りにお菓子作りを始める。
そして、エリカのお菓子作りがエリカを溺愛する家族と、王子達を巻き込んで騒動を起こす?!
嫌われ令嬢エリカのサクセスお菓子物語、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる