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68.世界征服のお誘い

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 テニスラケットも無事直ったため、わたし達は再び魔女の城へ向けてユニコーンの園を出発した。
 ラインハルトは大人の姿のままなので、服はエスターが差し出したものを着ている。ラインハルトとエスターの背の高さはほぼ同じだが、腕の太さが違うせいか、萌え袖になっていた。顔は魔王なのに萌え袖……、別にいいけど。

「ユリ、おまえの歌は実に素晴らしかった」
 隣を歩くラインハルトが、ニヤニヤしながら言った。……明らかにからかわれている。なんだこのいじめっ子は。
「忘れてください」
 即座に返したが、上機嫌なラインハルトは尚も続けた。
「異世界の歌はよくわからんが、たどたどしく歌う様子が実に愛らしかった」
「それ褒めてないですよね!」

 しかし、何故かエスターまでが、
「……ユリ様の歌が素晴らしかったことには、同意いたします」
 複雑そうな表情だが、やはり褒めてくる。エスターの場合、本当の本気でそう思ってる可能性大だから、怒れないんだよね……、困る。

「とても耳に心地よく、甘く優しい歌声でした。……もう一度、聴かせてくださいますか?」
 いくらエスターのお願いでもお断りだ! それはともかく、

「あの、ラインハルト様……」
「なんだ」
 普段とまったく様子の変わらないラインハルトに、わたしは逆に戸惑った。
「大丈夫なんですか」
「何が」
 なにがって……。

 ラインハルトはテニスラケットで叩かれたら、大人の姿に戻ってしまった。
 つまりそれは、ラインハルトが呪われてたということだ。
 大人の姿に戻った現在、ラインハルトは火の精霊の加護を失った状態にある。

「まあ、確かに精霊の加護がないと、魔力も減るな」
 ラインハルトは杖を取り出し、ひゅんと振った。
『炎の刃』
 瞬時に小さな炎の群れが現れ、ラインハルトの杖の通りに動く。

「ふむ。……威力も落ちたな」
 淡々と言うラインハルト。以前とまったく変わりなく見えるけど、どこら辺の威力が落ちてるんだろう。

「まあ、魔女の城へ行く分には問題あるまい」
 そ、それならいいんだけど。
「ユリ」
 ラインハルトはわたしを見下ろし、言った。

「……一度、言っておかねばと思っていたのだが」
 じっと見つめられ、わたしはなんだかそわそわした。中身は変わらないと知ってても、この魔王みたいな美貌に見つめられると、落ち着かない心地になる。
 前を歩いていたエスターがわたしの隣に立ち、警戒するようにラインハルトを見た。ますます落ち着かない!

「ユリ」
 真紅の瞳が、射抜くようにわたしを見た。
「は、はい」
 思わず背筋が伸びた。だが、
「……すまなかった」

「は、……え?」
 ラインハルトの思いがけない言葉に、わたしは驚いて固まった。
 すまなかった? ……て、ラインハルトが、わたしに謝った、の? なんで?

「私は、己の都合でおまえを無理やりこちらの世界に召喚した。……そのことを謝罪する」
 ああー、それか! たしかにラインハルトには一度も謝ってもらったことはなかったけど。でも、なんでいきなり?

「そしてその上で、改めて言うが」
 ラインハルトの言葉に、エスターが半歩、前に出た。
「殿下」
「言うぐらいはいいだろう」
「駄目です」
「心の狭い男は嫌われるぞ」
「ユリ様は決して私を嫌わぬとおっしゃいました」
 二人は睨み合ったが、先にラインハルトが目を逸らした。

「……わかっている。ユリの心はおまえのものだ、エスター」

 わたしは思わず真っ赤になった。
 いや、うん、そうなんだけど……。いやでも、他人に自分の恋心を指摘されるって、恥ずか死にますね! あああ! うん、わたしってわかりやすいって、そんな事をエスターも言ってたし! たぶんダダ漏れなんだろうね、エスター好き好き大好きって! 死ぬ!

 わたしが羞恥に心の中で転げ回っていると、ラインハルトが静かに続けた。

「だが、そうとわかっていても、どうにもならん。私はおまえに、心奪われてしまったようだ」

 ラインハルトがわたしを見ている。……いや、待て。それは……、そ、それは……。
「エスターは、おまえとともに異世界へ渡る術を見つけるため、魔女の城へ行くと言う。……それは、おまえの望みでもあるのか? おまえも、エスターとともに元の世界に戻りたいと思っているのか?」
 エスターと一緒に……。

 わたしは隣に立つエスターを見上げた。
 一緒に元の世界に戻れたら。エスターと離れることなく、これからもずっと一緒にいられたら。

 でもそれは、エスターの人生を大きく捻じ曲げ、決して帰れない場所、見も知らぬ異世界へと連れていくことになる。それをエスターが望んでいても、やっぱり怖い。わたし自身に、そんな価値なんかないってわかっているからだ。

「おまえが望むなら、私はおまえの望みを叶えよう、ユリ」

 ラインハルトがわたしの心の奥底を見透かすように、真紅の瞳をきらめかせて言った。
「だが、エスターの手を取ることにためらいがあるのなら……、少しでも迷いを感じているのなら、私のものになれ」
 エスターの手がわたしの腰に回り、ぐっと抱き寄せられた。が、ラインハルトは気にした風もなく、さらに続けた。

「おまえに後悔はさせぬ。おまえの望みはすべて叶えよう。この国が……、世界が欲しいというなら、手に入れてみせる。私にはそれだけの力がある」
 ラインハルトの瞳は、まるで燃え盛る炎のようだった。たぎる想いがあふれるような瞳に見つめられ、体が硬直して動かない。

「私のものになれ、ユリ」

 ラインハルトの言葉は、まるで呪文のようだった。恐ろしいのに魅力的で、力に満ちている。

 これって口説かれてる……んだよね、たぶん。
 でもなんか、愛の告白というより、魔王と一緒に世界征服しようって誘われてるような気がするのは、なんでなんだろう……。

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