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44.告白

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 パチパチと薪のはぜる音が聞こえた。
「……何故ですか?」
 エスターが静かに言った。

「迷惑だからですか? 私に、元の世界までついて来られたくないから?」
 わたしは力なく首を振った。
 嫌いだと言えれば楽だけど、そんなウソをつき通せるほど、わたしの心は強くない。

 本当は一緒にいたい。一緒に、わたしの世界に来てほしい。

 わたしは、ひくっと喉を震わせた。
 なんて事だろう。今になって、やっと自分の心がわかった。思い知らされた。
「迷惑じゃ……、ないです。わたしは……、わたしも」
 こらえきれずに涙がこぼれた。ぽたぽたとマントに涙が落ち、染みができる。

「エスターが好き」

 言葉にすると呆気なかった。
 そうだ、簡単なことだ。きっと初めから好きだった。ただ傷つきたくなくて、認めたくなかっただけだ。

 小さな声で告げた瞬間、エスターの手が頬にかかり、後ろにいるエスターと強引に視線を合わせられた。焚火の明かりを映し、翡翠のような瞳の奥に炎が踊っている。
「ユリ様」
「好き……」
 泣きながら告げると、エスターの顔が近づき、キスされた。

「ユリ様……」
 ついばむように何度も口づけられ、わたしは目を閉じた。
 何も考えられない。考えたくない。

 口づけの合間に、焦れたようにエスターが言った。
「私を想ってくださっているのに、何故」
「エスター」
 わたしは息を整え、必死に言った。

「一緒にわたしの世界には、行けないんです。わたしが元の世界に戻るのとは、訳が違うって。こちらの世界の人と一緒に異世界へ行くような魔法は、今まで使われたことがないって。し……、失敗したら、離れ離れになって、どうしようもないって聞きました」
「ユリ様」
 エスターが再び口づけてきた。何度も唇を吸われ、角度を変えて深く貪られる。
 わたしは抵抗せずに、エスターに身を任せた。

「ユリ様……」
 はあ、と熱い吐息が耳元にかかり、背筋が震えた。体が蕩けるようで、甘い涙が流れる。エスターの唇が目元から頬を這い、涙の跡をたどった。

「……過去、異世界から召喚された人間とともに、世界を渡る魔法を成功させた例があります」
 エスターはわたしにささやいた。
「百年ほど前、隣国の魔法使いと異世界から召喚された人間が、ともに異世界へ渡ったと、そう記した文献を見つけたのです」
 わたしは驚いてエスターを見上げた。

 百年前。そんな昔に、異世界へ渡る魔法を成功させた例があるのか。
 でも、それならなんでラインハルトはそれを知らなかったんだろう。

「その記録は、隣国の正史から抹消されたようです。どうやら召喚された人間と魔法使いの恋は許されなかったらしく、二人は国に背いて世界を渡ったと、そう文献には記されていました。文献は祖父が手に入れたもので、隣国の戦跡から見つけたと聞いております」
 エスターがわたしを抱き寄せ、優しく髪を撫でた。
「ラインハルト殿下と、これからの行程について話し合いました。……ユリ様を無事に円までお送りした後、私は魔女に奪われた城へ参ります」
「魔女のお城……? どうして」
「そこに、異世界へ渡る魔法について書かれた文献が、残されているからです」

 エスターはわたしを見つめ、切々と訴えた。
「ユリ様、あなたとともに異世界へ渡る術を、必ず見つけてみせます。ですからどうか、私もともにあなたの世界へ行くことをお許しください」

 エスターの熱のこもった瞳に見つめられ、わたしは鼓動が早まるのを感じた。

 エスターと一緒に、元の世界に帰れるんだろうか。……本当に、そんな可能性があるんだろうか?

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