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26.謁見の準備
しおりを挟むラインハルトが神殿での祈りを終え、王城に戻ってきた。
「陛下との謁見を終え次第、神殿で神託を受けるぞ。その足でハティスの森へ入る」
近所の公園に散歩に行くくらいのテンションで、ラインハルトがあっさり告げた。
ま、待ってください、心の準備が。
陛下との謁見って、王様と会うってこと? それに神託って。
「魔の森と呼ばれるハティスの森へ入るのだから、神託は必要だ。まあ、神からの助言のようなものと思え。陛下との謁見も、おまえは何もする必要はない。後ろで黙って頭を下げていろ」
でも、王様みたいな偉い人にお会いするなんて緊張するなあ。そうわたしが言うと、
「何を今さら。王弟である私を二度も吹っ飛ばしておきながら、何に緊張するというのだ」
ラインハルト、根に持ってる。ごもっともですが、緊張するものはするんです。
陛下との謁見と聞いて、アリーがはりきって準備してくれた。
いつもの従者や騎士見習いのような格好は、さすがにマズいらしい。かといって、お姫様みたいなドレス姿というわけでもなく、ちょっと小奇麗な魔法使いといった感じに仕上げてくれた。
凝った刺繍のほどこされたマントと、肌触りのよいシャツ。柔らかい革のパンツに新しいロングブーツ。軽くて動きやすいし、丈夫そうだ。最後に、いつものリボンを選ぼうとした時、迎えに来てくれたエスターが遠慮がちに申し出た。
「あの……、もしよろしければ、こちらの髪紐はいかがでしょうか」
差し出された髪紐は、なんだかすっごくお高そうな感じがした。
わたしがいつも同じリボンしか使わないのを遠慮していると思ったらしく、わざわざお店で購入してくれたらしい。エスターの貢ぎ体質が炸裂している。
綺麗に編み込まれた緑の平紐に、くすんだ金色の玉が何個かついている。この石、宝石なのかな。金色がかっているけど、煙ったようにくすんだ色合いをしている。スモーキーゴールドというかなんというか。
「あ、この石、エスターの髪と同じ色ですね」
気づいて言ったとたん、エスターがむせた。
「エスター?」
グホゲホと咳き込むエスターに、何故かアリーが剣呑な眼差しを向けた。
「……ユリ様、どうなさいます? いつものリボンになさいますか?」
アリーの言葉に、エスターが縋るような目でわたしを見た。
なんだなんだ。リボンに何か意味があるの?
「あの、わたしが選んでいいんですか?」
「もちろんですわ。ユリ様のよろしいように」
うーん。
「……じゃあ、エスターからもらったこの髪紐を」
せっかく贈ってくれたわけだし、とわたしが緑の髪紐を選ぶと、エスターの顔がぱあっと輝いた。
「ありがとうございます、ユリ様」
いや、お礼を言うのはこっちだと思うんですが。
ていうかこの髪紐、見れば見るほど高そうだ。薬草のお返しじゃ釣り合わない感じ。かといってわたし、お金持ってないからなあ。これはもう、ほんとにトイレ掃除とか草むしりとか、労働で返すしかないな。
いつもはただポニーテールにするところを、今日はサイドに編み込みをして、ちょっと凝った髪型に結ってもらった。アリー、手際がいい。最後にしゅるっと髪紐を飾って完成!
「よくお似合いです!」
エスターがまぶしい笑顔で褒めてくれた。
「ありがとうございます。……あの、エスターも素敵です」
エスターも、なんかいつもとは明らかに違う格好をしていた。重そうなプレートアーマーの上に金の刺繍がほどこされたダークグリーンのサーコートを着て、さらに鉄靴、脛当てもつけている。左肩にだけゴツい肩当をつけ、黒いマントを片側に寄せて留めている。肩幅が広くて背も高いから、こういういかにも騎士!って感じの格好がよく似合っている。
顔もスタイルも完璧だなあ、と改めて感動しつつエスターを見上げると、にっこり微笑まれた。イケメンの笑顔がまぶしい。
思わず、カッコいい、とつぶやくと、オーエンのほうが素敵ですのに、とアリーが抗議するように小さく言った。
いやあ、アリーの目から見れば、たとえ美の神であってもオーエンにはかなわないだろうから……。公平に言って、エスターレベルの美形なんてそうそういないと思いますよ。
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