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19.メルヘンなお屋敷

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「今日は短剣の使い方をお教えいたします」
 翌日、再びあらわれたエスターがそう言った。今日はラインハルトの都合が悪く、魔法の訓練はお休みだ。その代わり、エスターが剣術というか、短剣を使った護身術を教えてくれるという。
 それはありがたいけれど、なぜか場所がエスターの家だった。

「今日は休みなので、護身術の練習の後、祖父が外国から持ち帰った遺物などをお見せしようかと思うのですが、いかがでしょうか」
 この間の約束、覚えててくれたんだ。
 わー、楽しみです!

 わたしはまたもやエスターに抱えられるようにして馬に乗り、エスターの家に向かった。
 エスターの家は、貴族街の端っこにあった。
 屋敷というよりは城のような周囲の建造物に比べると、いくぶん控え目な大きさの石造りの館だった。
 背の高い鉄柵の門の先には庭が広がっており、花々が咲き乱れていたが、わたしにわかるのは薔薇くらいだ。ひょっとしたら元の世界にはない品種の花もあるのかもしれない。そこここに植えられた木々にも趣があり、牧歌的な景観を作っていた。なんか妖精がひょっこり現れそうな可愛い庭だ。

 ツタの這う石壁といい、二階の屋根から突き出た煙突といい、まるで童話の中から抜け出てきたような屋敷だった。
 エスターの家がこんなにメルヘンな感じだとは思わなかったので、ちょっとびっくりだ。

「ここは祖父が引退後に購入した屋敷です。私が譲り受けたのですが、私は普段、騎士団の寮におりますので、少し荒れてしまっていますね。定期的に清掃を頼んではいるのですが」
「いえ、すっごく素敵なお屋敷だと思います!」
 お世辞ではなく、わたしは心から褒めた。本当にこの屋敷、童話から抜け出てきたようなロマンチックな外観をしてる。

 エスターは嬉しそうな表情でわたしを屋敷の中に案内した。
 今回もアリーがいろいろおやつを詰めてくれたため、非常に重くなってしまった荷物をエスターが持ってくれた。ルーファスもだけど、こっちの世界の人って基本的にみんな親切だ。

 わたしは、ふとラインハルトのことを思った。
 ラインハルトも……、親切、と言っていいかもしれない。
 いつも偉そうだけど、王弟殿下なら当然の態度という気もするし、何といっても、訓練中に魔法で吹っ飛ばしてしまった(しかも二回も)のに、お咎めなしという寛大さ。
 エスターもさして気にしてなかったけど、それでいいのだろうか。いや、罰を受けたいわけじゃないんだけど。

 案内された部屋は応接間なのか、石床の上には絨毯が敷かれ、さらにソファの足元には大きな毛皮のラグがあった。ソファ正面の暖炉には火が入れてあり、赤々と薪が燃えている。
 元の世界の季節は初夏だったけど、こちらは既に秋も半ばだ。まだそれほど寒くはないが、暖炉っていいなあ。火が燃えてるのを見るだけで、なんか落ち着く。

 エスターが訓練用の短剣をいくつか持ってきて、部屋の中央にある石のテーブルの上に並べた。
「なんかこれ、とても綺麗な剣ですね」
 わたしは少し恐れおののきながら、テーブルの上の一振りの短剣を指さした。

 十本ほど並べられた短剣の中で、それは明らかに異彩を放っていた。
 柄頭にエスターの瞳のように輝く緑色の宝石が埋め込まれており、他の短剣に比べて装飾過多だ。
「こちらの剣ですか?」
 エスターがすらりと短剣を抜いた。刀身に銘文が刻まれている。
「えーと、『我に血を与えし者のみ我の主となるべし』……」
 そこまで読んで、わたしはそっとその短剣から視線を逸らした。物騒な銘文だ。この短剣を選ぶのはよそう、と思ったのだが、
「どうぞ、良かったら持ってみてください」
 エスターがニコニコと短剣を差し出してきた。その邪気のない笑顔に負け、わたしは仕方なく短剣を手に取った。

「……あ、軽い」
 やたらゴテゴテ飾りがついてるから、重いのかと思いきや、ずいぶん軽かった。柄も太くなく、持ちやすい。
「こちらの短剣になさいますか?」
 エスターの問いかけに、わたしは慌てて言った。
「いえ、これは、その……、とってもいい剣だとは思いますが、わたしにはもったいないというか。宝石とかで飾られてて、実戦よりも儀式向きという気が……」
「ああ」
 エスターは頷いた。

「実は、この短剣も遺物の一種なのです。祖父が隣国に行った際、そこの遺跡で見つけたものだとか。たしかに儀式の間に飾られていたようですが、実戦にも十分耐えうるかと」
「えっ」
 わたしは驚いて短剣を落としそうになった。
「あの、遺跡で見つけたものをそのまま持ち帰っても大丈夫なんですか?」
 刀身に刻まれた銘文といい、なんかヤバそうな匂いがプンプンするんですが。

「ああ、遺跡とは言っても、そこは冒険者用の洞窟ですので、見つけたものは本人が所有してよいことになっております」
「冒険者!」
 おおお、ファンタジー!

 興奮するわたしを、エスターが不思議そうに見た。
「どうかなさいましたか?」
「冒険者って、わたしの世界ではすっごく珍しい存在なんです! だからなんて言うか、その、感動するというか」
 わたしは力説した。
「冒険者だけじゃなく、エスターみたいな騎士も、わたしの世界ではめったにお目にかかれない存在です! 魔法使いにいたっては、もうお伽話ですね」
「そうなのですか」
 エスターはやわらかく微笑んだ。

「私にとっては、ユリ様こそが夢のような存在です。……このように親しく話をさせていただくこと自体、あり得ぬ恩寵のようなものと思っております」
 エスターの言葉に、わたしは思わず赤面した。

 たしかに、異世界召喚が禁術なら異世界人も珍しいだろう。それにわたしは、エスターの呪いを一時的にだが祓うことができる。そういった意味でも、わたしは珍しい存在なんだろう。
 でもなんか、エスターに言われると妙に照れるというか、そわそわしてしまう。わたし自身が素晴らしい存在みたいな言い方をされるから、落ち着かないんだろうな。

「ユリ様にお使いいただくとすれば、そうですね、これと……、この短剣あたりが適当でしょうか」
 エスターはあの装飾過多短剣の他にも、二、三本短剣を選んで言った。

「それでは訓練を始めましょうか。裏庭のほうが足場が安定しているので、そちらへ参りましょう」

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