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10.侍女

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 ラインハルトの指示で、わたしは王城に部屋をもらえることになった。
 というか、部屋自体は一番最初に泊まった部屋のまま、変更はない。ただ、わたし付きの侍女が配された。

 侍女……。人生で、侍女にお仕えしてもらう日が来ようとは。メイドカフェに行ったこともないので、正真正銘、初めての侍女との遭遇である。
 まあ、ラインハルト曰く「侍女にこちらの世界の常識を教えてもらえ」ということだから、侍女というより家庭教師としての意味合いが強いのかもしれない。

「ユリ様、お茶でもいかがですか? 訓練のお時間まで、まだ間がありますので、お休みされては」
 わたし付きとなった侍女、アリーはやさしいお姉さんだった。ダークブロンドに茶色の瞳の美人で、去年、結婚したばかりだそうだ。結婚相手は近衛騎士のオーエン、ということまで教えてもらった。
 アリーとオーエンはラブラブらしく、何を話していても最後はすべてオーエンの話題になるところが、さすが新婚だなと思った。
 ダークブロンドの巻き毛が、なんとなくエスターを思い起こさせる。

「それで、オーエンが言っていたんですけど、エスター様は、ユリ様に騎士の誓言を捧げられたのですって?」
 ちょうどエスターのことを考えていたわたしは、飲んでいたお茶を吹きそうになった。
 せいごんって何、と思ったら、騎士の誓いのことだと教えてくれた。
 騎士の誓い……、異世界ですね、うん。

「エスター様はあの通り、武芸に秀で容姿も整っておりますから、貴族令嬢からの人気も高いのですけど、ちょっと近寄りがたい雰囲気でしょう? ですから、いま社交界ではユリ様の話題で持ちきりですわ。あの冷たい騎士様の心を溶かしたのは、どのような姫君であろうかと」
 いや、待って。
 色々とツッコミどころ満載のお話だけど、その中でも特に引っかかったのが、

「え、近寄りがたい……? 冷たい騎士さま?」
 エスターのどこが。真面目そうだけどすごくフレンドリーで、心優しい騎士だと思うんだけど。
 でもアリーは、真顔で言った。

「エスター様はとても礼儀正しいお方ですけど、どなたとも親しくは付き合われないようですから。夜会などで名だたる社交界の美姫にお声をかけられても、任務を口実に上手くかわしてしまわれるとか。オーエンが申しておりましたから、間違いありませんわ」
 またもやオーエンに話が戻ったが、しかし。
 うーん、なんかエスターに関しては、だいぶ認識に違いがあるっていうか、印象が違うなあ。

 アリーはわたしの器にお茶を注ぎたしてくれた。
 このお茶、紅茶と色は似てるけど、ちょっとスパイシーだ。ショウガ入りハーブティーって感じ。苦味もなくスッキリしてて飲みやすい。
「このお茶、美味しいですね。なんていうお茶なんですか?」
「ああ、これはノズリの葉を乾燥させたお茶ですわ。ロージャ国の特産品で、他国でもたいそう人気がありますの。ユリ様のお気に召したようで、よろしゅうございました」
 パンとかクッキーとか、元の世界とまったく同じ味のものも存在してるけど、こういう些細なところで異世界を感じる。こっちの世界には紅茶や緑茶は存在しないのかな。

 その後、しばらくアリーと他愛のない会話を楽しんでいると、ノックの音が聞こえた。
「ユリ様、エスター様がお迎えにいらっしゃいました」
 部屋を訪れたエスターは、穏やかに微笑んでわたしを見た。
 
「ユリ様、本日はラインハルト殿下による魔法の訓練ということで、王城の地下へご案内いたします。お仕度はよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
 仕度もなにも、必要なのはテニスラケットだけだ。そういう意味では、いつでも準備万端である。
 と思ったのだが、アリーに待ったをかけられた。

「ユリ様、御髪を整えましょう。せっかく美しい髪なのですからきれいに結い上げて、お化粧も……」
「あああ、これから魔法の訓練なので、髪は簡単にまとめるだけで! お化粧も、汗で流れてしまうと思うので、またの機会に!」
 背の中ほどまで伸ばした髪は、簡単にポニーテールにしてもらった。せめてリボンを、と言われ、赤や緑など派手な色目のリボンを出された。

アリーのようなはっきりした顔立ちの女性なら、こういう鮮やかな色も似合うだろうが、わたしは茶色の髪に茶色の瞳の、平均的な東洋人顔である。あんまり派手な色だと浮くだろうし……と、唯一あった地味色、黒のレースリボンを選んだ。
アリーは手際よくわたしの髪にリボンを結ぶと、わたしとエスターを送り出してくれた。

「ユリ様、何か不便なことはございませんか? 異世界とこちらでは、勝手が違うこともあるでしょう。遠慮なくおっしゃってください。可能な限り、対処いたしますので」
 気遣いの騎士、エスターがそう言ってくれたが、
「うーん、たしかに勝手が違うところもありますが、不便なことは特にありません」
 電気の代わりに魔力をこめた魔石を使っているだけで、生活水準は元の世界とさして違いはない。トイレも水洗で、お風呂のお湯も使いたい放題だ。食事もおいしいし、なんの不満もない。

「……そうなのですか?」
 しかし、エスターは納得がいかないような表情でわたしを見下ろした。
「異世界には、部屋にいながらにして他国の様子を見られたリ、遠く離れた地にいる相手と話せたりする、たいそう便利な魔道具が存在するのでは?」
 わたしは驚いてエスターを見た。

 え、それってテレビとかネットとか携帯電話のこと?
 なんでエスターがそんなこと知ってんの?

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