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1 プロローグ

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「ベイカー、まっ、まだかしらっ」

「陛下、焦るなよ。あと少しだから待ってな」

 私は王宮の地下にある部屋の一室にいた。滅多に使われないこの部屋は魔法陣を描き、術を行使するための特別な部屋。ここに入る事が出来るのは王族と許された一部の魔導士のみ。複雑怪奇な魔法陣がベイカーの手によって描かれ、今まさにその魔法陣に魔力を流している。

「ヌーちゃん、もう少しよっ。あ、あと少しで完成するわっ」

 自分を落ち着かせるように、ギュッと抱えたクマのぬいぐるみに言葉をかける。

「陛下、後は依り代になるそのクマを投げるといい。準備はいいか?」

「ヌーちゃん、が、頑張ってね」

「術式の中に入るなよ?危ないからな?」

 そう、今行おうとしているのは降魂術。魔導士ベイカーにお願いして歴代の国王の中で最も国を繁栄させた黒皇帝を呼び出し、当分の間私の側で助言してもらおうと思ったの。

依り代になるヌーちゃんはいつも私が持ち歩いているぬいぐるみだから常に持ち歩いて、話し掛けても怪しまれないの。とっても良い考えだと思わない?

何故亡くなった人を頼る事にしたのかって?

身近な者に家族が殺された今、誰も信用できないからなの。そして煩い貴族達を早急に対処しなければならないの。そのためには私が全幅の信頼を置ける人からの助言が必要だし、貴族達と渡り合える器量のある人がすぐに必要だったの。

 私の父や兄の魂を降魂術で呼ばない理由は、家族であるが故に女王としての役割より家族を優先してしまいそうだから。兄が目の前で血を吐いて倒れた時、私は何も出来なかった。魔力は誰よりもあるのに、兄を助ける事が出来なかった。

 兄が倒れた時の記憶は私から消える事は無い。何も出来なかった自分への怒りや後悔で苦しくて動けなくなるの。そして私のそんな姿を見た家族の魂はきっと闇に堕ちてしまう。

 降魂術で呼ばれた魂は闇に落ちると輪廻の輪に戻れないと聞くわ。父や兄には次の生で活躍してもらいたいもの。

だから近しい人は呼ばないと決めているの。黒皇帝ならいいのか?と思うけれど、国を繁栄させるためには様々な経験をしているため感情で失敗を起こす事はないし、直系であっても遠いので第三者の観点から助言をしてくれると思う。

そして強制的にぬいぐるみに縛り付ける事は出来ないので嫌だなと思えば自ら帰る事も可能だから。家族ではどうしても情に流されてしまう。

私の強い感情に巻き込んでしまう可能性が高いから。

「どうした?怖くなったか?」

ベイカーの声で思考の海から引き戻される。

「……や、やるわ」

 私は覚悟を決めてヌーちゃんを術式の中に入れようと片手に持ったぬいぐるみと共に魔法陣の前に出る。

……あっ。

 投げようとしたぬいぐるみは私の前にぽとりと落ち、拾うために屈んだらこれまた運悪くヌーちゃんの足を踏んでしまい、転んで私がぬいぐるみの代わりに魔法陣の中に入ってしまった。

「ふぇっ!?ベイカー。た、たすけてっ」

手を伸ばすけれど、ベイカーに届かない。魔方陣の中で足が固定されてしまったかのように動かす事が出来ない。

「陛下、ったく。世話が焼ける。待っていろ。すぐ魔法陣を解除する」

ベイカーは急いで解除の呪文を唱えているけれど、どんどんとベイカーの声が小さくなっている。それと同時にどこからともなく声が頭に響いてきた。

――儂を呼ぶのは誰だ?
 黒皇帝グラン・ラグノア様ですか?

――あぁ、そうだ。お前の名は?
 わ、私、クレア・ラグノアと言いますっ。グラン様の子孫ですっ。

――儂を何故呼んだ?
 私の父や母、兄は殺されました。の、残された最後の王族である私はっ、王族を殺した貴族をしょ、処刑し、女王として国を繁栄させていきたいっ。私はまだ未熟者です。少しの間だけでも、グラン様の助言が、欲しいのです。そして国の政や貴族と渡り合う術を請うために降魂術を行いました。

――王族殺しか。儂の子孫を殺すとは。良かろう。手を貸してやろう。
 ありがとうございます。ですがっ、わ、私、ぬいぐるみに降魂術を行うはずが、転んでしまいっ、私自身の中にグラン様が入る事になってしまったのですがっ。術をやり直さねばなりません。

――このままでよかろう。ぬいぐるみと話すより頭の中で会話した方が怪しまれずに済むというもの。
 あっ、あとっ、この後、宰相から私の王配候補者と会う事になっていますっ。貴族達の思惑が絡んだ者達だと思っています。

――ふむ。面白そうだな。では行くか。

 そうしてグラン様との会話が終了し、目を開けると、心配していたかの様にベイカーに抱き抱えられていた。

「陛下、大丈夫か?術式は途中で解除したから大丈夫だと思うけど、何か変わった事があればすぐ言ってくれ」

「分かった。ありがとう」

「今回は陛下が転んだから中止になったけど、また次回準備が整えば出来るからその時は呼んでくれ。じゃあ、俺は少し用事があるからいくわ」

そう言ってベイカーはあっさり部屋を出て行った。

私達もうかうかしている時間は無いわ。

 さっさと部屋へ戻り、着替えを済ませる。その間にグラン様は私の記憶を覗いたり、私の代わりに行動や言葉を発したりする事が出来るのかを試していた。
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