上 下
56 / 60

56 ラダン1

しおりを挟む
俺はやり場のない怒りでどうにかなりそうだ。

愛するシャロアと婚約を無効にされるなど思ってもみなかった。

王家には恨みしかない。

貴族達も貴族達だ。我が家に全てを押し付けやがった。喜んでいるのは元王女だった女ただ一人。

エリアーナは意気揚々とサロンのソファに寝っ転がって一人喋りを続けている。彼女は侯爵家に押し込まれるようにやってきた。早々に王宮から追い出されたのだろう。

それもこれもエリアーナが俺に薬を盛ったせいだ。

イライラしながら彼女の様子を見ていると。

「ラダン様っ! ようやく本当の夫婦になれましたわっ! ふふっ。お父様のおかげですわ」

浮かれている女の首を絞めたくなったのは言うまでもない。

「……お前を今すぐこの手で殺してやりたいが、まだ生かしておけと言われている。殺されたくなければ黙るんだな」

俺の怒りにはじめて気づいたようだ。だが、王女は怯むどころか怒り始めた。

「折角私を手に入れたというのにどういう言いぐさなの! あきれたわ。お父様に言いますからね! まさか、あの女のせいね……」
「……あの女とはどういう事だ?」

俺が口に出すと更にエリアーナは激高し、茶器を投げつけ始めた。

「あの女のせいよ!! ラダン様が私を見てくれないのはあの女が死ななかったからだわ! 死ねば良かったのよ! 死ね! 死ね!」

俺は止める事無くエリアーナに軽蔑の視線を送った。愛するシャロアと無理やり別れさせて彼女を殺そうとするエリアーナ。この女が喚けば喚くほど殺してやりたい衝動に駆られる。

「ラダン様、なりませんよ」

横から執事の声で思いとどまった。エリアーナは叫び疲れたのか肩で息をしながら睨みつけてきた。

「ふふっ。私が欲しいでしょう? 美しい私はラダン様にお似合いなの。美男美女、素敵な夫婦よね。皆、羨ましがるわ! そうだ、お茶会を開きましょう?私とラダン様の幸せな姿を見せつけるべきですわ」

嬉しそうにするエリアーナに嫌悪感しか湧かない。

今まであった令嬢、いや人間の中でもこの女は屑な部類に入る。母はエリアーナが来たという事で執務室からサロンへと急いできたようだ。

父は領地の用事で数日は戻ってこられないため、今は母が侯爵代理となっている。

「母上、このような事になり申し訳ありません」
「……構わないわ。我が息子ながらに頑張ったと思うわ。ただ、相手が悪かっただけ」
「義母様っ! 今日からよろしくお願いしますわ。
私とラダン様の夫婦の寝室はちゃんと準備されていますの? 私はレースをあしらった可愛い家具を揃えて欲しいと希望を出していたのですが。
あと、お茶会も準備して欲しいわ。私の名を使えば大喜びで皆集まるはずですわ」

エリアーナは屈託のない笑顔で母に告げているが、母は彼女の要望を聞く気はないようだ。

「義母様と呼ばれたくないわ。犯罪者と縁を持ちたくなかった。
王命だから仕方なく受け入れただけ。貴方の部屋は客間に用意しているからそこで当分は過ごしなさい。
ベルナルト、彼女を部屋に連れて行きなさい」
「畏まりました」
「なんですって!? お父様に言いつけてやるんだからっ! こんな家、すぐに取り潰しになるわ!」

執事のベルナルトが侍女に連れていけと合図する。侍女と共にエリアーナを部屋に連れて行こうとするが、彼女は嫌がり、暴れたので護衛と共に彼女を押さえつけて部屋に放り込む事になった。

今の状況は最悪といってもいいだろう。

俺はシャロアとの婚約を無効にされ、騎士団で働く気が無くなったため、先日退職の届けをまた出した。団長からは仕方がないと苦い顔をして受理された。

エレゲン伯爵にどうしても連絡が取りたかったのだが、あちらはあちらで王家がやらかし、怒髪天を突いた状況だ。

ただでさえ婚約を無効にされて苛立っていたのにも拘わらず、王女から愛娘に暗殺者が差し向けられたのだ。

エレゲン家を敵とみなした王家。

代々王家に忠誠を誓っていたのにこの仕打ち。

許せるはずがない。


王宮に運ばれた遺体を見た時の騎士や衛兵の顔は忘れられない。騎士団に所属する爵位のある騎士達は一斉に王族を警護することを辞めた。
俺を犠牲にしてなんとか取り繕おうとしていた貴族達もこの件で陛下を庇いきれなかったようだ。

ミローナの剣を自ら切り捨てたら自滅しか残されていないからだ。

すぐに王妃、王太子、王太子妃はエレゲン伯爵に土下座し、謝罪を述べたのは言うまでもない。
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、 屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。 そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。 母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。 そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。 しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。 メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、 財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼! 学んだことを生かし、商会を設立。 孤児院から人材を引き取り育成もスタート。 出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。 そこに隣国の王子も参戦してきて?! 本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡ *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

処理中です...