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追放させる詐欺が流行ってるんだってよ!

しかし だれも たすけには こなかった

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「は~寒ぅ……水晶洞窟は綺麗だけどぉ……寒いのが難点よねぇ……」

 ギルド【炎帝青雷】のある街、【リューゼンロード】から東。魔法使い――いや、詐欺師リリンは実に美しい洞窟に足を踏み入れていた。

 天井の広い洞窟は日の光が入らないというのに、不思議とその岩肌が青白く光り輝き、そこかしこにその光を反射する水晶が生えるようにして立っている。

 特殊な土壌と岩盤。そして魔力が溜まりやすいこの場所では岩が魔力を蓄え、内部の魔力純度が高まることで透明な水晶状になっていくのである。

 一面水晶に覆われたようなその岩盤の表面には、湿った場所に生息するヒカリゴケのようなものでところどころ覆われており、それが光を発して洞窟内を明るく照らしているのだ。

 この美しい洞窟の名を【アレミアス水晶洞窟】という。

「さっさと抜けてぇ、あったかいお風呂に入りたぁい」

 杖を構えつつ、リリンは滑りそうになる地面を歩いて国境を越えるべく進んでいく。この洞窟は魔物が多く潜むため普通の人間は通過しないが、見回りの警備隊は一応存在している。

 しかし、彼女はその警備隊にすらも出会わないよう慎重に移動していた。
 リリンは基本的に国境を無断で越え、活動している。今までも、いくつも国境を越えて密入国しているような状態だったので、ここで身分を明かすことは、自身のギルドカードに刻まれた経歴が真っ赤な偽物だとバレてしまうからだ。

 彼女は密入国をするたびに魔物に襲われているフリをし、助けに入った男性や女性を背後から魔法で撃ち殺し、所持していたギルドカードを自分のものとして振る舞った。生粋の外道女なのである。

 そのうえでギルドカードに記載されたものとは別のギルドに登録し直し、他のギルドより追放されてしまった可哀想な女の子として再起するのが常套手段だ。

 そしてギルドに打ち解けたところでほどよく顔が良く、派手な経歴を持たずに『縁の下の力持ち』的存在の男性を陥れ、追放させる。

 追放させた男は、自身が助けるフリをして救世主として拾い上げ、依存させてお金や宝石だけを貢がせるだけ貢がせてあるときポイっと捨ててしまう。

 そんな悪質な詐欺を働く女なのである。

 こうして各国で悪事を働くリリンは焦っていた。
 彼女が悪事を働き始めた頃はそれほどでもなかったが、十数年前に地下電糸網アンダーネットが開発されて以来、じわじわと詐欺師として追い詰められていたからである。

 特にここ数年は冒険者端末の普及がほとんど追いつき、大多数の人間が端末での掲示板や配信などのやりとりに慣れてしまっていた。

 故に噂が広まるのは以前よりグンと早くなり、国を超えても彼女が逃げ切れるかどうかは怪しい。そのうち指名手配犯として全ギルドに周知されるのも時間の問題……よって、彼女はより遠くに逃げる必要があった。

 カツーン、カツーンと彼女の履いたヒールの音が洞窟内に響き渡る。

「そろそろ国境は越えたわね」

 そしてピタリと足を止めると、辺りを眺め回して言葉を漏らす。

「魔物が出ないわねぇ……好都合だけど」

 水晶洞窟には適度な暗闇と湿気を好む魔物が住んでいる。
 しかし、国境を越えてもなお、いまだに彼女の前に魔物が現れることはなかった。

「ああ~ん、ここの水晶、全部欲しいなぁ……」

 ぼやくものの、彼女は足を動かすばかり。
 なぜなら、水晶洞窟の結晶は純度が高すぎてかえって加工がしにくく、結晶から魔力を抜き取ることのできる熟練した魔法使いでなければ使えない代物である。

 使い道と需要がないということは、それほど高く売れるわけでもないということだ。普通の商店ではジュエリーにすることすらできず、買い取りも拒否されるのである。金にもアクセサリーにもならないものを彼女が苦労してへし折り、持ち帰ることはない。

 そんなとき、ピチョンと彼女の肩に水が滴った。

「なによぉ……汚いわねぇ……はあ、お風呂入りたいなぁ……あったまりたい」

 洞窟であるため、水が垂れてくるのはよくあることである。
 しかし、彼女はこのとき少しでも視線を上に向けるべきであった。

「……」
「えっ!? やっ、きゃあーっ!?」

 突然彼女の頭上から降ってきたのは淡い青緑色の粘体である。
 天井に張り付いていたその『スライム』の強襲は、その存在に気づいていなかった彼女には避けきれないもので……リリンは降ってきたスライムを次々と浴びてその透明感のある粘体の中に閉じ込められてしまう。

「いやぁ!」

 彼女はバタバタと暴れてスライムから顔を出す。
 しかし、それ以上体を乗り出して逃げようとしても上手くいかず、首から下を包み込まれたままもがき続ける。

「いや、いやぁ! 気持ち悪いよおおおお!!」

 化粧が崩れるのも厭わず、狂ったように暴れるリリン。
 しかしスライムは彼女の体を柔らかく包み込んだままゆっくりと震え、まるで攻撃が効いていないかのようにしている。

「こ、こいつ……! ジュエリースライム……? ほ、宝石が体の中にあるのよね……? どうして……! こいつで死者が出たなんて聞いたことないのに……! や、やだぁ!」

 リリンは甲高い悲鳴をあげながら恐怖に体を硬直させる。
 そして、あらぬ方向を見ながらヨダレを垂らして泣き叫び始めた。

「あ、あんた!? わ、ワタシが悪いって言うの!? 貢がせるだけ貢がせてなにもさせずに捨てたワタシがぁ! 誰があんたなんかに抱かれるかってのぉ!! 冗談は顔だけにしなさいよぉ! あっ、やめ、やめて! それ以上こっちに来ないで! いやぁ!」

 スライムの体に含まれる粘液の副作用で、幻覚を見始めたのである。
 彼女は泣き叫びながら暴れようとするが、ゼラチン状の粘液に押さえつけられてその体はピクリとも動かない。足を必死に閉じようとしても固定されたままであった。

「ふ、服が……! 高かったのにぃ! 弁償しろ! 弁償しろ! 弁償しろよぉ……! あんた達はワタシにお金だけ寄越せばいいのぉ! ワタシに触るなぁ!!」

 女の悲鳴は洞窟内に轟き続ける。
 そして、ゆっくりと洞窟の奥へ、奥へと進み始めたスライムと共に、女は顔を青白くさせ、連れ去られようとしていた。

 彼女の頭の中は、この先のことを考えて『絶望』の二文字一色である。

「や、やだぁ……! たす、助けてぇ……! 誰かぁ……! 食べないでぇ……! お、お願いよぉ!」

 詐欺師リリンは助けを呼んだ。

「えぐ……わ、ワタシがわるっ、悪かっ……違うわよぉ! ワタシ悪くないもん! 絶対に謝らないもん! そうよぉ! だって、みんなワタシに勝手にお金をくれただけなのにぃぃぃぃぃ! どうしてワタシがこんな目に遭うのよぉぉぉぉぉ!!」

 しかし だれも たすけには こなかった。
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