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漆の怪【ひとはしらのかみさま】

祠の白い幽霊

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 ――俺がそこに足を止めたのは、桜が綺麗だったのと、それとすごく儚い感じの女の子が祠の扉を開けて中に座っていたからだったよ。

「こんにちは」

 そう声をかけたら、女の子はびっくりしたみたいにこっちを見て「君、私が見えるのかい?」って言ったんだ。だからすぐに幽霊なのかな? って思った。
 それと、ちょっとテンションが上がった。紅子さん以外で幽霊を見ることもあるけど、やっぱりお話しできるのとできないのとじゃ違うからね。

「君は……村の人ではないな? もしかして、外の人か。珍しいこともあるのだね。いつもならこっちにまで来やしないんだが」
「うん、外から来たんだ。いつもならっていうのは?」
「なんでも、食料を運搬する……あー、でっかいくるま? とやらが来るらしいね。昔とは違って煙はほとんどでないんだよね。今は石炭で動かしてるわけじゃないんだろう?」

 ここでおや? って思ったんだよ。石炭で動かすとか、煙が出るとか、結構昔の話だからね。実はすごく年齢が高い子なのかなって思って、質問した。

「随分と昔の話を知ってるんだね」
「なにせ私は幽霊なものでね」

 これで、彼女が幽霊だと確認が取れたんだ。

「すごくハッキリ見えてるけど、幽霊なんだ?」
「ふうん、そうは見えない? それは光栄だが、本当のことだよ。私のことは華野にしか見えない。村の人たちは私のことが見えないんだ。ああ、華野っていうのはそこの資料館の娘だよ。代々私が見える家系なんだ。この奥の神社を祀る巫女でもあるらしい」

 って言ってたから、多分華野ちゃんもあの子のことは知ってるんだと思う。華野ちゃんの性格からして、言う必要がないし信じられないだろうから言わないって感じなのかもしれないね。

「俺はトオル。えっと、きみは?」
「私のことかい。名前は……確か白瀬しらせ詩子うたこ。他は……ううん、ごめんね。あまり昔のことは覚えていないんだ。そうだね、五十年以上は幽霊をやっているはずなんだが……まあ細かいことはいいじゃないか。見える人も少ないわけだし」

 なんと五十年物の幽霊だよ! そんなに長い間を幽霊でいるのは、俺が知ってる人だとペチュニアさんくらいだからちょっと感動した。本人には失礼かもしれないから、態度には出さないけどね。

「言っておくけれど、華野に手を出したりするんじゃないぞ。私がこわーい祟りを起こしてやるからな」

 俺が色々考えていると、詩子ちゃんが怖い顔をしながら言ってきた。
 そこで、俺はアリシアちゃんの言っていたことを思い出して「さっき俺達を睨んでたのはきみかな?」って直球で聞いてみたんだ。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。少なくとも、君はその場面を見ていないだろう?」

 確かに俺自身は見ていないから、彼女の言う通りだったんだよね。

「おや、黙ってしまったね。図星だろう? んふふ、そんなことくらいお見通しさ。ま、君たちはどうやら悪い大人ではなさそうだし、私は祟ったりしないよ。安心したまえ」

 悪い大人は祟られちゃうんだろうなとは思ったんだけど、あんまり深く突っ込むのはよくないし、紅子さんだったらそういうの嫌うでしょ? 
 ……うん、そうだろうね。だから話題を変えたんだ。

「えっと……詩子ちゃんは、華野ちゃんが俺達を帰そうとした理由は知ってる?」
「君たちを帰そうとしたのは紛れもなく、あの子の好意さ。それだけは真実だよ。まったく、それをあんな風に無下にして……酷いよねぇ。これだから大人なんて嫌いなんだ。君らも、自分の行動には責任を持つように気をつけるんだね。まあ、今のところは大丈夫だろうけれども」

 そんな彼女の語調は強くて、大人が嫌いっていうのがよく分かる言い方だった。それと、帰そうとした理由を言うつもりがないのもね。

「ま、あの子の言う通りすぐに逃げ帰らなかったことを後悔することになるだろうさ。大人に〝お知らせ〟してやる義務なんぞないから、私は知らないけれどね」
「お知らせって?」
「んふふ、それはあとのお楽しみさ」

 意味深なことを言ってくる彼女だけど、やっぱりハッキリとしたことは言うつもりがないみたいだった。
 どちらかというと、俺を……というか、大人をかな? 
 とにかく、大人を困らせてやろうって思って悪戯してるみたいな……そんな雰囲気だったよ。

「きみはここの祠に住んでるの?」
「そうだよ。幽霊だからね」
「ここって景色が綺麗だよね。ほら、この桜も見事だし」
「ああ、見事な桜だろう? 私はここの景色が一等好きなのさ。霧が多いのが難点だけれど。それはそれで幻想的なんだ」

 本当に綺麗だったんだよ。ほら、この写真のここね。でしょ? 
 詩子ちゃんは随分と機嫌良さげに自慢してくれたよ。

「寂しくないの? あー、違うか。華野ちゃんが見えるんだっけ」
「そう、私はここに住んでるんだ。ずっと、ずうっと昔からこの祠にね。暗くて寒いことを除けば案外快適だよ。雨風さえ凌げれば……って、幽霊が言うことではないね。まあ、なんだ……ここが一番落ち着くんだ。なぜだかね。華野も来てくれることだし」

 そんな風に俺達が和やかに会話してると、村の方から声がかかったんだよ。

「おー、あんた! こんなところでどーした……と、また祠が開いてるのか? 華野ちゃんも管理がずさんだねぇ。かんぬきが緩んでるんじゃねーか?」

 村の人には当然、詩子ちゃんが見えていないようだったし、多分祠の扉だけ開け放ってるのが見えたんだと思う。
 俺が開けたって疑われなかったのは、多分何回も似たようなことがあったんだと思うよ。詩子ちゃんはずっとそこに住んでるみたいだし。

 村の人がこっちにまで来て、扉を閉めようと手を伸ばしたんだ。
 目の前には祠の前に立ってる詩子ちゃんもいたから、ちょっと心配だったんだけど……村の人は全然気にせずに手を伸ばして、それで、避けない詩子ちゃんの体をすり抜けて扉を閉めたんだ。
 信じてないわけじゃなかったけど、それで更に詩子ちゃんが幽霊なんだなって自覚した。
 怖かったか? 別に……だって幽霊の友達って結構いるし。

 それで、このお話はおしまい。さっき夕食前にあったことだよ。
 ああでも最後に彼女――「それじゃあ、またね。まれびとさん」って言ってたんだよ。

 ◆

「あははは! 透さん図太すぎ!」

 紅子さんは珍しく大笑いをしながらそう言った。
 確かに、実際に人の手が体をすり抜ける光景なんて見たら、ちょっと驚くものだろう。慣れてたとしても、いきなりだと多分びっくりはする。
 なにも知らない一般人なら、それこそ本物の幽霊だったと知って恐怖心でいっぱいになるだろうな。
 それを考えると、知ったのが俺達で良かったと言える。

「にしても、〝またね〟ですかー」
「え、なにか変か?」

 アリシアが食堂のテーブルに頬杖をつきながらぼやいた言葉に、俺は首を傾げる。

「紅子お姉さんはどう思います?」
「アタシの言葉遊びと同じかもねぇ……つまり、その詩子って幽霊は〝また〟透お兄さんに会えるって確信してるわけだ」
「偶然じゃないのか?」
「偶然かもしれないねぇ。でも、偶然じゃないかもしれない。答えが知れるのは結果が出るまで分からないと思うよ」

 50年以上も幽霊をやっている以上、ただの子供ではないだろうし、なにか含むものがあってもおかしくはない。
 けれど、やはり結果が出てからじゃないと、偶然か必然かどちらなのかも分からないのだろう。

「さて、害がないならいいよ。お風呂に入って寝ちゃおうか」
「はーい! あ、紅子お姉さん……不安なので一緒に入っていただけませんか? あたし、やっぱり素人ですし、怖いんです」
「え、ええ? そうかな。怖いなら……別に一緒でもいいよ。頼られるのは嫌じゃないからね」
「やった! 紅子お姉さん大好きー!」

 思わぬ展開に俺は開いた口が塞がらず、アリシアからの意味深な視線にがっくりと膝をつく。
 なんてうらやま、じゃなくて……アリシアめ。本当は怖くなんてないだろ! 
 確かに素人のアリシアが一人でいるのはよくない。よくないんだが……それにしたって複雑な気持ちになるのは止められなかった。
 嫉妬とかそういうのではなく、なんだか見せつけてきているようなその態度にモヤモヤする。嫌がらせかよ! 

「えっと、それじゃアリシアちゃん。一旦部屋に戻ってお風呂セットを取ってこようか」
「はい!」

 優しい笑みで先導する紅子さんと、足取り軽くそのあとに続くアリシア。
 まるで姉妹のような微笑ましい光景のはずなのに、素直に認められない自分の心があまりにも貧しすぎて自己嫌悪に陥った。

「令一くん、部屋に戻ろうか」
「うう……情けないところを見せてしまってすみません」
「大丈夫だよ。恋心って複雑だっていうし……それに、令一くんは自覚してるから変なことしないだろうしさ。これで八つ当たりするような人だったら、俺にも思うところがあったけどね。紅子さんは妹とも仲がいいし、俺も気にかけてるから……ちょっと」

 妹のように思っているとは言っていたが、まさかそこまでとは。
 これってつまり、うちの第二の妹を幸せにできなさそうな男はお断りってことか? 兄というより、どちらかというと父親の目線みたいだな。

 中学生くらいの女の子にまで嫉妬みたいなことをしている情けない俺に、どうしてここまで温情をかけてくれるのかが分からない。
 我ながら、こんなヘタレに紅子さんは任せられない! なんてことを思われても仕方ない行いしかしていないはずなんだが。

「なんで、俺を応援してくれるんですか。俺って自分で言うのもなんですけど、ダメダメじゃないですか」
「令一くん、一途みたいだし……あと、紅子さんのお話聞いてるとね。応援したくなっちゃうんだよ。いつも彼女のことを尊重して、その上で守ろうとしてるよね? 大丈夫、普段が格好悪くてもいざというとき格好良ければ問題ないよ」
「なんですか、それ」

 俺は泣き笑いしているみたいな気持ちになって、言葉を漏らした。

「ほら、ギャップ萌えーってやつ。それと、俺には敬語はいらないってば。そんなにかしこまらないでほしいな」
「……ありがとう、透さん」
「どういたしまして。応援してるよ。だから」
「うん」

 俺がなんていい人なんだと感動していると、透さんは輝くような笑顔で話を続ける。

「二人で解決したオカルトなお話、聞かせてほしいなって! どんなことがあったとか、どんな怪異にあったとか、是非とも聞かせてほしいんだよ!」
「オカルトマニアだ……!」

 歪みないオカルトマニア具合だった。
 感動してた俺の気持ちを返してくれ! 
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