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漆の怪【ひとはしらのかみさま】
大人気ない大人
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「はあ!? なにやってるんだあのおっさん!」
そんな光景を見て、さすがに大人しく席で待っていろだなんて俺には無理な話だった。
俺は素早く席を立つと、バスの出口に向かう。
「待って、お兄さん」
「紅子さんは安静にしててくれ。アリシアちゃん、紅子さんが無茶しないように見張っててくれないか?」
「珍しく意見が合いましたね。がってん承知です」
「アリシアちゃん、アタシは大丈夫だって」
「いいえ、だめです。ダメダメです。大人しく休んでてください」
「俺も行ってくるよ。ちゃんと待っててね」
同じく席を立った透さんと急いでバスから降り、尚も怒りに震える運転手を引き剥がす。いったいなにがあったのかは知らないが、中学生くらいの子相手に手をあげるなんてどうかしてる!
「なにやってるんですか!」
「ああ、お客さん。だめですよ、バスで待っててください。私ならまだしも、泊まりの予定のお客さんまで受け入れられないって……」
興奮した様子で捲したてる運転手の言葉を、アリシアと同じくらいの年頃の……巫女服を纏った少女が甲高い声で遮った。
「うるさいわね! 帰りなさいったら帰りなさいよ! 余所者なんか泊めないんだから!」
「だーかーらー、お嬢ちゃん、あの霧が見えないんか? あんなんじゃあどこにも行けねぇよ。バスごと崖下に落ちて俺らに死ねって言ってんのか? あ?」
俺達に対する態度と180°変えて運転手が少女に詰め寄っていく。
「それより、さっきの、謝りなさいよ。あんたのためよ! わたしに手をあげるなんて大人のやることじゃないもの!」
「そうだろうなぁ。でもこっちも仕事でさ」
二人の睨み合いは続く。
しかし、これはいったいなにがあったんだ? なんでこんなに交渉が拗れているんだ。少女にとっては俺達を泊めたくないみたいだが……ちゃんと宿の予約は取ってあるはずなのに、なにかおかしいな。
「ほら、カノちゃん。落ち着いて。いいじゃないか泊めても。資料館がダメなら村のみんなのうちに泊めるのでもいいからさあ」
「……それはだめ! 泊めるならうちの資料館しかないわよ。あんた達のボロ家に都会の人を泊めるなんて鳥肌が立つわ! 礼儀知らずじゃない!」
初対面の大人相手に「あんた」とか言っちゃう時点で礼儀を語るのは間違っているが、もしかしたら複雑な事情を持っているのかもしれない。
日和見主義っぽい他の村人達は遠巻きにして運転手と彼女の言い争いを見ているだけだし、口出しだけじゃなくて俺達がちゃんと止めないと。
「運転手さん落ち着いて! 手をあげるなんて以ての外ですよ!」
「お客さん! なにするんですか!」
「えっと、口の中切ったりしてないかな。怪我は?」
俺が運転手さんを羽交い締めにして、透さんが少女に怪我の有無を聞く。
少女は申し訳なさそうな顔をすると、「平気よ。わたしが強く言っちゃったせいだからいいの」と返事する。
「この霧だとバスで道を行くのは危ないし、俺達は予約を取ってここに泊まりに来たんだけど……それは知らなかったかな?」
「え、予約? そんな話聞いてないわよ……ちょっと! 誰よ、予約なんて受け入れたの!」
ギャラリーからの返事はない。
少女はその沈黙に少し気圧されたように怯むと、透さんに「嘘じゃないわよね?」と確認した。
「うん、嘘じゃないよ。ちゃんと予約は取ったはず」
「……そう、それなら仕方がないわね。分かった。それなら資料館しか泊まる場所がないの。そっちに来てちょうだい」
「俺はガキなんかの世話にはならねぇからな!」
「ちょっと運転手さん落ち着けってば!」
なんだよこの運転手。 とんだ地雷じゃないか……
「いたっ」
「ふんっ、さっき泊めてくれるって言ってましたね? お願いしてもいいですか?」
運転手は俺を思い切り振り払うと、先程声を上げていた村人に声をかけにいく。なにがなんでもあの少女の言うことには従いたくないようだ。あれだけ慇懃無礼な態度だと大人を怒らせるのは分かるが、こっちはこっちで大人げがない。
「行っちゃったね」
「フラグってやつじゃないよな……?」
「うーん、それはどうかなあ」
オカルト的事案が起きるかもしれないのに孤立するのはマズイ気がするんだが……だとしても二手に分かれるわけにもいかないし、ほぼ一般人の透さんやアリシアを派遣するわけにもいかない。
俺がいければ一番いいのだろうが、体調が著しく悪そうな紅子さんに二人を任せてしまうわけにもいかない。万が一があったとき、あの体調の悪そうな紅子さんに戦わせるような真似をさせたくないからな。
俺が、今一番元気があって戦力にもなるのだ。離れるわけにはいかない。
「様子を見るしかないな」
「一応気にかけてはおくよ。今日は資料館ってところに行ってみようか」
「ああ……」
後ろ髪を引かれつつも、俺と透さんはバスに戻る。
紅子さんとアリシアを呼んで資料館に行くという少女に案内してもらうことにしたからだ。
「アリシアちゃん、紅子さんはどう?」
「〝どう〟ってことないよ。言ったよね、ただの車酔いだって」
答えたのはアリシアではなく、席に座ったまま不機嫌そうにしている紅子さんだった。回復したようでなによりだ。
「よかった。ならもう動けるかな? あの女の子が泊まる場所まで案内してくれるっていうから、荷物を持って行こう」
「紅子さん、確かに予約を入れたんだよな? なんか話が通ってないみたいだったけど」
彼女を責めるわけではないが、確認は必要だ。アルフォードさんにおススメされたのは俺とアリシアなのに、情けないが予約を入れたのは紅子さんなのだ。
「確かにこの村の番号を渡されたよ。アルフォードさんから直接もらったメモだったから、間違えようがないはず。出たのは若い女の子だったみたいだけど……さっきの大声を聞く限り、多分あの子ではなさそうかな」
ということは巫女服の女の子に話が通っていないだけなのか、それとも予約の電話から既に怪奇現象が起きていたのか、だな。
「深く考えるのは後にしましょうよぉ。道が悪すぎてバスはガタガタでしたしお尻が痛くなっちゃいます。よくあれでパンクしませんよね」
「一応定期的に山道を走ってるみたいだし、対策はされてるんだろうな」
「アリシアちゃん、辛いなら俺が持つよ」
透さんは泣き言を漏らすアリシアから荷物を預かって、先にバスから出て行った。その後ろをお礼を言いながらロリータ服のアリシアがついていく。目立たなければいいんだけれど。
「…………」
「紅子さん?」
「ねえ、お兄さん」
「どうしたんだ? そんな神妙に」
紅子さんはなにかを言いたげにして、それから誤魔化すように首を振って「荷物持ち、よろしくね」とのたまった。
「はいはい、お姫様」
「ありがと。でもお兄さん……恐ろしく似合わないね、そのセリフ」
「一言余計だ」
紅子さんはなにを言おうとしたのだろうか。
気にはなるが、俺は彼女の隠したいことにはあまり深く触れないことにしている。それが気遣いってやつだ。
「そうだ、運転手の人はどうしたのかな?」
「巫女服の子には世話になりたくないって言って、村の人のところに泊まるみたいだ」
「え、それなら二手に分かれたりとかするべきじゃないのかな?」
「透さんも、アリシアも、言ってしまえば一般人の枠から飛び出してはいないだろ? あの二人だけにしておくのもできないし、体調が悪そうな紅子さん一人に背負わせるのも……ほら、俺が嫌だし」
「なあに、そんなにアタシが心配?」
「うん、心配だ。できるなら今すぐ帰っちゃいたいくらいには。復活できるとはいえ、紅子さんが怪我したり死んだりしたら俺は嫌だ。だから、なにかあったらすぐに言ってほしいんだけど……」
チラリと、様子を見る。
紅子さんは小さく唇を噛むようにして首を振った。
なにか、あるんだろうなと思ってしまうのは俺が気にしすぎなのだろうか。
けれど、気にし過ぎなくらいじゃないとこの人はすぐに無茶をする。
俺に対して無責任な優しさはやめろとかなんとか言うくせに、紅子さんはいつも自分を囮にする。
今回もちゃんと見ていておかないと、一人で突っ走る可能性がある。
気にしておかないと。
「行こっか、お兄さん」
「うん」
前を歩き出す紅子さんについて歩きながら、バスの外で待っている二人と、女の子のところへ向かった。
そんな光景を見て、さすがに大人しく席で待っていろだなんて俺には無理な話だった。
俺は素早く席を立つと、バスの出口に向かう。
「待って、お兄さん」
「紅子さんは安静にしててくれ。アリシアちゃん、紅子さんが無茶しないように見張っててくれないか?」
「珍しく意見が合いましたね。がってん承知です」
「アリシアちゃん、アタシは大丈夫だって」
「いいえ、だめです。ダメダメです。大人しく休んでてください」
「俺も行ってくるよ。ちゃんと待っててね」
同じく席を立った透さんと急いでバスから降り、尚も怒りに震える運転手を引き剥がす。いったいなにがあったのかは知らないが、中学生くらいの子相手に手をあげるなんてどうかしてる!
「なにやってるんですか!」
「ああ、お客さん。だめですよ、バスで待っててください。私ならまだしも、泊まりの予定のお客さんまで受け入れられないって……」
興奮した様子で捲したてる運転手の言葉を、アリシアと同じくらいの年頃の……巫女服を纏った少女が甲高い声で遮った。
「うるさいわね! 帰りなさいったら帰りなさいよ! 余所者なんか泊めないんだから!」
「だーかーらー、お嬢ちゃん、あの霧が見えないんか? あんなんじゃあどこにも行けねぇよ。バスごと崖下に落ちて俺らに死ねって言ってんのか? あ?」
俺達に対する態度と180°変えて運転手が少女に詰め寄っていく。
「それより、さっきの、謝りなさいよ。あんたのためよ! わたしに手をあげるなんて大人のやることじゃないもの!」
「そうだろうなぁ。でもこっちも仕事でさ」
二人の睨み合いは続く。
しかし、これはいったいなにがあったんだ? なんでこんなに交渉が拗れているんだ。少女にとっては俺達を泊めたくないみたいだが……ちゃんと宿の予約は取ってあるはずなのに、なにかおかしいな。
「ほら、カノちゃん。落ち着いて。いいじゃないか泊めても。資料館がダメなら村のみんなのうちに泊めるのでもいいからさあ」
「……それはだめ! 泊めるならうちの資料館しかないわよ。あんた達のボロ家に都会の人を泊めるなんて鳥肌が立つわ! 礼儀知らずじゃない!」
初対面の大人相手に「あんた」とか言っちゃう時点で礼儀を語るのは間違っているが、もしかしたら複雑な事情を持っているのかもしれない。
日和見主義っぽい他の村人達は遠巻きにして運転手と彼女の言い争いを見ているだけだし、口出しだけじゃなくて俺達がちゃんと止めないと。
「運転手さん落ち着いて! 手をあげるなんて以ての外ですよ!」
「お客さん! なにするんですか!」
「えっと、口の中切ったりしてないかな。怪我は?」
俺が運転手さんを羽交い締めにして、透さんが少女に怪我の有無を聞く。
少女は申し訳なさそうな顔をすると、「平気よ。わたしが強く言っちゃったせいだからいいの」と返事する。
「この霧だとバスで道を行くのは危ないし、俺達は予約を取ってここに泊まりに来たんだけど……それは知らなかったかな?」
「え、予約? そんな話聞いてないわよ……ちょっと! 誰よ、予約なんて受け入れたの!」
ギャラリーからの返事はない。
少女はその沈黙に少し気圧されたように怯むと、透さんに「嘘じゃないわよね?」と確認した。
「うん、嘘じゃないよ。ちゃんと予約は取ったはず」
「……そう、それなら仕方がないわね。分かった。それなら資料館しか泊まる場所がないの。そっちに来てちょうだい」
「俺はガキなんかの世話にはならねぇからな!」
「ちょっと運転手さん落ち着けってば!」
なんだよこの運転手。 とんだ地雷じゃないか……
「いたっ」
「ふんっ、さっき泊めてくれるって言ってましたね? お願いしてもいいですか?」
運転手は俺を思い切り振り払うと、先程声を上げていた村人に声をかけにいく。なにがなんでもあの少女の言うことには従いたくないようだ。あれだけ慇懃無礼な態度だと大人を怒らせるのは分かるが、こっちはこっちで大人げがない。
「行っちゃったね」
「フラグってやつじゃないよな……?」
「うーん、それはどうかなあ」
オカルト的事案が起きるかもしれないのに孤立するのはマズイ気がするんだが……だとしても二手に分かれるわけにもいかないし、ほぼ一般人の透さんやアリシアを派遣するわけにもいかない。
俺がいければ一番いいのだろうが、体調が著しく悪そうな紅子さんに二人を任せてしまうわけにもいかない。万が一があったとき、あの体調の悪そうな紅子さんに戦わせるような真似をさせたくないからな。
俺が、今一番元気があって戦力にもなるのだ。離れるわけにはいかない。
「様子を見るしかないな」
「一応気にかけてはおくよ。今日は資料館ってところに行ってみようか」
「ああ……」
後ろ髪を引かれつつも、俺と透さんはバスに戻る。
紅子さんとアリシアを呼んで資料館に行くという少女に案内してもらうことにしたからだ。
「アリシアちゃん、紅子さんはどう?」
「〝どう〟ってことないよ。言ったよね、ただの車酔いだって」
答えたのはアリシアではなく、席に座ったまま不機嫌そうにしている紅子さんだった。回復したようでなによりだ。
「よかった。ならもう動けるかな? あの女の子が泊まる場所まで案内してくれるっていうから、荷物を持って行こう」
「紅子さん、確かに予約を入れたんだよな? なんか話が通ってないみたいだったけど」
彼女を責めるわけではないが、確認は必要だ。アルフォードさんにおススメされたのは俺とアリシアなのに、情けないが予約を入れたのは紅子さんなのだ。
「確かにこの村の番号を渡されたよ。アルフォードさんから直接もらったメモだったから、間違えようがないはず。出たのは若い女の子だったみたいだけど……さっきの大声を聞く限り、多分あの子ではなさそうかな」
ということは巫女服の女の子に話が通っていないだけなのか、それとも予約の電話から既に怪奇現象が起きていたのか、だな。
「深く考えるのは後にしましょうよぉ。道が悪すぎてバスはガタガタでしたしお尻が痛くなっちゃいます。よくあれでパンクしませんよね」
「一応定期的に山道を走ってるみたいだし、対策はされてるんだろうな」
「アリシアちゃん、辛いなら俺が持つよ」
透さんは泣き言を漏らすアリシアから荷物を預かって、先にバスから出て行った。その後ろをお礼を言いながらロリータ服のアリシアがついていく。目立たなければいいんだけれど。
「…………」
「紅子さん?」
「ねえ、お兄さん」
「どうしたんだ? そんな神妙に」
紅子さんはなにかを言いたげにして、それから誤魔化すように首を振って「荷物持ち、よろしくね」とのたまった。
「はいはい、お姫様」
「ありがと。でもお兄さん……恐ろしく似合わないね、そのセリフ」
「一言余計だ」
紅子さんはなにを言おうとしたのだろうか。
気にはなるが、俺は彼女の隠したいことにはあまり深く触れないことにしている。それが気遣いってやつだ。
「そうだ、運転手の人はどうしたのかな?」
「巫女服の子には世話になりたくないって言って、村の人のところに泊まるみたいだ」
「え、それなら二手に分かれたりとかするべきじゃないのかな?」
「透さんも、アリシアも、言ってしまえば一般人の枠から飛び出してはいないだろ? あの二人だけにしておくのもできないし、体調が悪そうな紅子さん一人に背負わせるのも……ほら、俺が嫌だし」
「なあに、そんなにアタシが心配?」
「うん、心配だ。できるなら今すぐ帰っちゃいたいくらいには。復活できるとはいえ、紅子さんが怪我したり死んだりしたら俺は嫌だ。だから、なにかあったらすぐに言ってほしいんだけど……」
チラリと、様子を見る。
紅子さんは小さく唇を噛むようにして首を振った。
なにか、あるんだろうなと思ってしまうのは俺が気にしすぎなのだろうか。
けれど、気にし過ぎなくらいじゃないとこの人はすぐに無茶をする。
俺に対して無責任な優しさはやめろとかなんとか言うくせに、紅子さんはいつも自分を囮にする。
今回もちゃんと見ていておかないと、一人で突っ走る可能性がある。
気にしておかないと。
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