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伍の怪【シムルグの雛鳥】
【幕間】第二の怪について
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「秘色さん大胆だな……」
「そうですか? 対処法としては普通だと思いますけれど」
秘色さんは無表情のままに首を傾げた。
ごくごく自然にそう思っていると言わんばかりの仕草だった。
「まあ、怪異を相手にする場合、言葉の隙を突くのは有効な手段だよ」
紅子さんが言った。
いつも言葉遊びをしている人の言うことは違うな。納得しやすさが段違いだ。
「悪魔との契約だってそうだよ。人間側がきちんと制約を決めておかないと、悪魔は言葉の隙をついて人間を害そうとするものだ。言葉というものは、とても大事なんだよ、お兄さん」
「ええ、そうですね。だから下土井さんも、言葉というものには気をつけたほうがいいですよ」
二人共に忠告されてしまった。
しかも俺だけ。いや、俺が一番そういう面でミスをしやすいのが悪いわけだが。
「それで、〝先生〟とお話をしていたと」
「ええ。雑談をしている間に、校庭の金魚を描いて数を減らしたり、そんなことをしていました。あのときは、先生にわたしの霊能力は知られていませんでしたから」
自然に、風景を描いていると見せて亡霊の金魚やら鯉やらを浄霊していたということだろう。
「あー、いろはってば最初のほうはなんとなく急いでたもんね」
「先生にバレるのだけは……人にバレるのだけは……嫌だって、そう思っていましたから」
過去形。つまりは、今はそう思っていないことの証明だ。
ここでこうして、彼女は俺達にその才能を余すことなく披露してくれているのだから。
「校庭に出るときに警戒したのは、校庭に閉じ込められることでした」
「校庭に閉じ込められる……外に出ているのに、閉じ込められるのを警戒するというのはなんだか面白いねぇ」
「……よくあることでは?」
よくあってたまるか。
ここにいると、なにもかも常識を打ち砕かれていくような気分になっていく。人間の友達ができて嬉しいは嬉しいが、彼女……秘色さんもだいぶズレた人なんだなあという感想が湧いて出る。
「うーん、アタシは少なくともそういう場面に遭ったことはないかな」
「そ、そうだよな」
これならばまだ、紅子さんのほうが人間味がある気がする。
本人に言ったら失礼だから決して言うことはないが、秘色さんは俺と同じ人間であるはずなのに、どこか浮世離れした印象が強い。
表情はくるくる変わる癖に声は常に平坦で棒読み気味。たまに素を見せるときは無表情になるし、感情表現というものが薄い子なのかもしれない。
その代わりに、隣に存在する桜子さんの無茶苦茶さが余計に際立っている。
まるで静と動で分かれているような、そんな印象。
桜子さんは元々秘色さんを殺そうとしていた、と言っていた。二人の関係は害し、害されるものだったはずなのに、桜子さんは秘色さんによって封印され、今では隣に当たり前に存在する我儘な姉か妹のように振舞っている。
不思議な組み合わせだよな。
「キミはきっとレアケースを引きやすいんだよ。いいねぇ、その運、ちょこっとでもお兄さんに分けてあげてほしいくらいだよ」
「余計なお世話だ」
「……そうだね、余計なお世話だ」
紅子さんは赤い目を細めて、苦々しそうにそう言った。
そんな顔させるために言ったことじゃなくて、ほんの少しばかりの意趣返しだったから驚いた。
「ごめん」
「なにが? 事実でしょ。アタシには余計なお世話ばっかり焼いちゃう悪い悪い癖があるんだ。自分では嫌いだって言っているキミの短所と同じ、悪い癖がね。それが出てきてしまって自己反省をしていただけだよ。キミがアタシの顔色を伺って謝る必要は、一切ない」
強い口調で言われてしまえば、もうそれ以上の追求はできない。
俺は気になりながらも、秘色さんの話に耳を傾けるようにするしかできなかった。
「それじゃあ、校庭に出た後の話ですね」
そこから語られるのは、校庭にできたアクアリウムの話。
彼女が出会った次なる七不思議の話。
そして、彼女が恋した人でない者への、ほんの少しの惚気。
そういう話だった。
「そうですか? 対処法としては普通だと思いますけれど」
秘色さんは無表情のままに首を傾げた。
ごくごく自然にそう思っていると言わんばかりの仕草だった。
「まあ、怪異を相手にする場合、言葉の隙を突くのは有効な手段だよ」
紅子さんが言った。
いつも言葉遊びをしている人の言うことは違うな。納得しやすさが段違いだ。
「悪魔との契約だってそうだよ。人間側がきちんと制約を決めておかないと、悪魔は言葉の隙をついて人間を害そうとするものだ。言葉というものは、とても大事なんだよ、お兄さん」
「ええ、そうですね。だから下土井さんも、言葉というものには気をつけたほうがいいですよ」
二人共に忠告されてしまった。
しかも俺だけ。いや、俺が一番そういう面でミスをしやすいのが悪いわけだが。
「それで、〝先生〟とお話をしていたと」
「ええ。雑談をしている間に、校庭の金魚を描いて数を減らしたり、そんなことをしていました。あのときは、先生にわたしの霊能力は知られていませんでしたから」
自然に、風景を描いていると見せて亡霊の金魚やら鯉やらを浄霊していたということだろう。
「あー、いろはってば最初のほうはなんとなく急いでたもんね」
「先生にバレるのだけは……人にバレるのだけは……嫌だって、そう思っていましたから」
過去形。つまりは、今はそう思っていないことの証明だ。
ここでこうして、彼女は俺達にその才能を余すことなく披露してくれているのだから。
「校庭に出るときに警戒したのは、校庭に閉じ込められることでした」
「校庭に閉じ込められる……外に出ているのに、閉じ込められるのを警戒するというのはなんだか面白いねぇ」
「……よくあることでは?」
よくあってたまるか。
ここにいると、なにもかも常識を打ち砕かれていくような気分になっていく。人間の友達ができて嬉しいは嬉しいが、彼女……秘色さんもだいぶズレた人なんだなあという感想が湧いて出る。
「うーん、アタシは少なくともそういう場面に遭ったことはないかな」
「そ、そうだよな」
これならばまだ、紅子さんのほうが人間味がある気がする。
本人に言ったら失礼だから決して言うことはないが、秘色さんは俺と同じ人間であるはずなのに、どこか浮世離れした印象が強い。
表情はくるくる変わる癖に声は常に平坦で棒読み気味。たまに素を見せるときは無表情になるし、感情表現というものが薄い子なのかもしれない。
その代わりに、隣に存在する桜子さんの無茶苦茶さが余計に際立っている。
まるで静と動で分かれているような、そんな印象。
桜子さんは元々秘色さんを殺そうとしていた、と言っていた。二人の関係は害し、害されるものだったはずなのに、桜子さんは秘色さんによって封印され、今では隣に当たり前に存在する我儘な姉か妹のように振舞っている。
不思議な組み合わせだよな。
「キミはきっとレアケースを引きやすいんだよ。いいねぇ、その運、ちょこっとでもお兄さんに分けてあげてほしいくらいだよ」
「余計なお世話だ」
「……そうだね、余計なお世話だ」
紅子さんは赤い目を細めて、苦々しそうにそう言った。
そんな顔させるために言ったことじゃなくて、ほんの少しばかりの意趣返しだったから驚いた。
「ごめん」
「なにが? 事実でしょ。アタシには余計なお世話ばっかり焼いちゃう悪い悪い癖があるんだ。自分では嫌いだって言っているキミの短所と同じ、悪い癖がね。それが出てきてしまって自己反省をしていただけだよ。キミがアタシの顔色を伺って謝る必要は、一切ない」
強い口調で言われてしまえば、もうそれ以上の追求はできない。
俺は気になりながらも、秘色さんの話に耳を傾けるようにするしかできなかった。
「それじゃあ、校庭に出た後の話ですね」
そこから語られるのは、校庭にできたアクアリウムの話。
彼女が出会った次なる七不思議の話。
そして、彼女が恋した人でない者への、ほんの少しの惚気。
そういう話だった。
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