上 下
98 / 144
想の章【紅い蝶に恋をした】

妖怪退治、見学へ

しおりを挟む
「おっと、相変わらず反応が早いな。ほれ、いつもの新聞と、こっちは前に頼まれてた情報だ…… 俺の新聞を頼りにしてくれるのは有り難ぇが、篭りっきりになってると干物になるぜ? …… さて、質問はナヴィド殿の娘さんのことかい?」

 図書館に入って来たのは、ついこの前知り合ったばかりの鴉天狗……烏楽うがく刹那せつなさんだった。
 どうやら二人は面識があるらしい。

「ああ、そうだよ。いろはの仕事をこの子達に見学させてやろうと思ってね。許可はとってないから、あくまで提案だけれど。それと、本や文は涼しくて暗い場所に保管するものだ。たまには日干しも必要だがね。干物になりやしないさ」
「あー、例えが間違っていたようだ。カビが生えるぜ? 司書さんよ。そんで、雛鳥ちゃんなら今は日本にいるはずだよ。確か、福岡で起きてる〝 足売り婆さん 〟の行方を追っている最中だったか」
「福岡……」

 おいおい、彩色いろどりちょうは東京だぞ…… 大学に通いつつそんな遠くまで依頼の為に出歩いてるのか。すごいな、彼女。

「ふうん、それならこの図書館から転移できるよ。このよもぎちゃんが特定してあげよう。それから、彼女に見学させてもらえるように頼むといい」

 字乗さんは喜色満面で乗り出して来ている。ノリノリだ。
 つまり、決定事項なんだろう…… 俺に選択肢はない。というか、秘色さんのやりかたは興味がある。彼女達と行動したのも、冬に咲いた桜のときと、それ以降ちょこちょこと同行したくらい。
 ただ、別行動も多かったので詳しい活躍を見れたことはない。
 かえっていい機会かもしれない。

「じゃ、俺は次のとこに行くから。頑張れよ」

 爽やかに彼は手を振って去っていく。
 カア、カアと多くの烏の声が響く。烏天狗の烏楽さんは翼を広げて窓からその集団の中に飛びこんで行った。

「分かった。妖怪退治系ならどうせ長引くんだろ…… それなら屋敷に留守電入れとくから、ちょっと待っててくれ」

 そう言いながらスマホを取り出して連絡を取る。
 奴は仕事中だろうから、屋敷のほうにだけ留守電を残しておく。
 最近こればっかりだが…… 怒られない、よな? 前はかなり拘束されていたが、今は案外そういう自由だけはあって、かえって不気味さが増している。
 なにを考えてるんだか。

「連絡はした。行ってみようか、アリシアちゃん」
「ええ。あたしも護身用のナイフ持ってくけど、下土井さんは?」
「俺は……」

 言いかけて、鞄の中から赤い影が飛び出してくる。

「きゅい!」

 それはペロペロキャンディを抱えたまま浮遊する手のひらサイズのドラゴン…… リンだった。

「俺には相棒がいるからな」
「きゅきゅーい!」
「わっ、可愛い…… あの、この子は?」

 おお、そういえばアリシアが正気に戻ったとき、ずっとリンは刀の状態だったからな。

「リンはアルフォードさんの分身で、俺の刀なんだよ」
「んきゅ、きゅう~」

 あれは喜んでる顔だな。声だけでも分かるが。相棒扱いがよほど嬉しかったのか、空中で小躍りしている。

「あのときの…… あの、撫でても…… ?」
「リン?」
「んん、きゅい」
「いいってさ」
「あーっ! なぜじゃ! なぜ私様には触らせてくれんのにアリシアは良いのじゃ!」
「乱暴に撫でるからさ。そこも少しは学ぶといいよレイシー」

 そうそう、注意しておいてくれ。リンも撫でられるのは吝かじゃないはずだからな。
 ただ乱暴にグリグリされると痛がるだけで。あと、動物を触りたいときは保護者にまず許可を得ること。これは大事だよな。

「さて、雑談はここまででいいかな。扉を開けるから行っておいで」
「はい!」
「ああ、行ってきます」
「それから、アリシア」
「なに?」
「少し、手を握ってくれないかい?」
「え……」

 唐突に照れたような顔を浮かべた字乗さんに、アリシアがドン引きしたように身を引いた。それを見て字乗さんはキョトンとした顔になったあと、笑う。

「別に変な意味ではないのだよ。無事帰ってくるよう私の加護をやろうと言うのだから、遠慮なく受け取ってほしい」
「あ、な、なによ。それを早く言ってほしかったわ…… はい、これでいい?」
「ああ、構わない。それにしても……」

 握手したまま字乗さんはその手を持ち上げアリシアに向かって悪戯気に微笑むと 「君の手はちっこいなぁ」 とからかい始めた。

「そんなこと言ってるとお願い聞いてやらないわよ」
「おっとそれは困る。ふふん、さて、今度こそいってらっしゃいだ」

 彼女が指をパチンと弾けば図書館の扉がひとりでに開き、俺達の足元に緑色の矢印マークが浮かび上がる。

「さあ行ってこい」
「わっ!?」
「ひゃっ!」

 そして、矢印マークに足が触れた途端体が勝手に滑って扉へと突進を開始した。随分と強引な出発だ。なんでこうも怪異は唐突だったり強引だったりするんだ。

 俺はバランスを崩して倒れそうになったアリシアを支えつつ、諦念を浮かべながら図書館の扉を潜っていくのだった。



 ―― 静かになった図書館で、ぱらりぱらりと本を捲る音が響く。
 時折レイシーの質問が響く以外に、静かなものだった。

「なあ、紅子。そこにいるだろう? なぜ、出てこなかったんだい?」
「む? ベニコがいるのか?」
「……」

 かつ、かつ、と靴音を立てて黒髪をポニーテールにした少女が姿を現わす。
 その赤い目は平坦なようでいて、鋭く真っ直ぐに図書館の扉を見つめている。

「アタシが行っても、お兄さんのためにはならない。それに…… アタシもやることやらないと、ちょっとまずいかもしれないからね」
「そうかい。なら一日中夢の中で励むのかい?」
「…… そうだよ。それが、赤いちゃんちゃんこという怪異の…… やることなんだから」

 後ろで手を組み、俯く彼女の表情は字乗よもぎには見えない。レイシーにも見えない。けれど、想像することはできるのだ。

「ああ、そうだ…… 紅子。1月23日は、下土井令一の誕生日だそうだよ」
「っえ?」
「ふふん、ほら暗い顔なんてするもんじゃない。君なら大丈夫さ。このよもぎちゃんを信じなさい。鬼が笑おうがなんだろうがいいじゃないか。未来のことを語っても。さあ、なにをして祝ってあげようか?」
「…… そうだね。話を聞いたからには、祝ってあげようかな」

 隣で 「あいつの誕生日なのか! 私様も祝ってやろう! そのためには魔法を覚えるのじゃ!」 と騒ぐレイシーを撫で、字乗よもぎは微笑む。
 年長者らしいその振る舞いに紅子は扉を見つめるのをやめ、彼女らに近づいていった。

「それ、反則じゃないのかな」
「なに、攻略本は司書の嗜みさ」

 字乗よもぎの手にある本の表紙には〝 下土井 令一の人生 〟と書かれている。
 この図書館には、日本全ての人間の生きている間の記録と、そして死して転生するまでの記録本が納められている。
 普通の人間には見ることの叶わない、文字通りそれを任された司書の彼女は重役なのだ。

「でも、知られて良かったろう?」
「…… うん。それじゃあアタシはもう行く。今日一日頑張らないと」
「おやすみ」
「ああ、おやすみ」
「寝るのか? おやすみなのじゃ!」

 図書館から紅子が出て行き、パタンと扉が閉まる。

「今日は来客の多い日だな」
「よもぎ! 次はこれじゃ!」
「はいはい。さあて、アリシアと小姓君は上手くやってるかな」

 膨大な量の棚を見上げ、字乗よもぎは溜息を吐くとレイシーの指導に戻る。

「ペティでも呼ぼうかね」

 二人だけの場所に、少しだけの喧騒を求める。それは悪いことではないが、彼女の変化の表れだった。ペティも紅子も彼女にとっては〝 最近 〟できた友達である。令一も、アリシアとレイシーもついこの間。
 長らく一人で図書館勤めをしてきた彼女に喧騒は煩わしいものだった。
 しかし、今はそれを求めてさえいる。

「変化とは目まぐるしいものである。しかしそれも悪くない」

 字乗よもぎはそうして、感慨深げに目を伏せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

あやかし猫の花嫁様

湊祥@書籍13冊発売中
キャラ文芸
アクセサリー作りが趣味の女子大生の茜(あかね)は、二十歳の誕生日にいきなり見知らぬ神秘的なイケメンに求婚される。 常盤(ときわ)と名乗る彼は、実は化け猫の総大将で、過去に婚約した茜が大人になったので迎えに来たのだという。 ――え⁉ 婚約って全く身に覚えがないんだけど! 無理! 全力で拒否する茜だったが、全く耳を貸さずに茜を愛でようとする常盤。 そして総大将の元へと頼りに来る化け猫たちの心の問題に、次々と巻き込まれていくことに。 あやかし×アクセサリー×猫 笑いあり涙あり恋愛ありの、ほっこりモフモフストーリー 第3回キャラ文芸大賞にエントリー中です!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

家路を飾るは竜胆の花

石河 翠
恋愛
フランシスカの夫は、幼馴染の女性と愛人関係にある。しかも姑もまたふたりの関係を公認しているありさまだ。 夫は浮気をやめるどころか、たびたびフランシスカに暴力を振るう。愛人である幼馴染もまた、それを楽しんでいるようだ。 ある日夜会に出かけたフランシスカは、ひとけのない道でひとり置き去りにされてしまう。仕方なく徒歩で屋敷に帰ろうとしたフランシスカは、送り犬と呼ばれる怪異に出会って……。 作者的にはハッピーエンドです。 表紙絵は写真ACよりchoco❁⃘*.゚さまの作品(写真のID:22301734)をお借りしております。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 (小説家になろうではホラージャンルに投稿しておりますが、アルファポリスではカテゴリーエラーを避けるために恋愛ジャンルでの投稿となっております。ご了承ください)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...