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陸の怪【サテツの国の女王】
鏡に住み着くチェシャ猫
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書籍の種類はさまざまだが、子供向けの絵本などが多いように感じる。
あとは洋書なのか英語タイトルのものだったり、あとどうあっても読めない単語で構成された本とか。ドイツ語とかフランス語とかなのかもしれない。俺は最低限の英語くらいしか分からないので、なにが書いてあっても理解できない。
ペティさんなら読めるかもしれないが、俺と紅子さんは多分無理なやつだ。
ペティさんって英語圏出身かな。どこの生まれなのか拒絶さえされなければ訊いてみてもいいかもしれない。
もしかして俺よりペティさんを協力してチェシャ猫から引き離したほうがよかったんじゃないか…… ?
いやいや、でもあのとき俺は二人の意図を読めなかったわけだし、ペティさんは特にチェシャ猫とレイシーからの警戒が強いからすぐにバレたかもしれない。
そう思うと俺はちょうどいい位置なのか。
目線を滑らせて本棚を上から下へ。
ピンと来るものがないか探していく。
「ん」
ふと気になった一冊を手に取る。
これだけノートのように薄く、そして普通の書籍ではない。
「歴代女王記録……」
この世界に関する本だ。
他の書籍類が全て幼い女王の好みそうなものであるのに対し、これだけ世界に関する本だというのは違和感がある。
なにか大切なものに違いない。
だが時間ロスになりかねないほど熟読するわけにもいかないし、見るのは最低限。斜め読みでもしながら…… と開いてみてその必要性がまったくなかったことに驚く。
書いてある言葉は一行にも満たない。
第1代目女王 レイシー
ただそれだけだった。
レイシーの名前しかそこには存在しなかった。
いくら薄いとはいえ、冊子ではなく本だ。他のページを開いてみても白紙だけが残るばかりでどう頑張ってもレイシーの名前しか見つからない。
「どういうことだ…… ?」
これではレイシーの言っていたことがおかしくなる。
あの子は自分が元アリスであり、アリスは物語の最後に辿り着くと女王に取って代わると言っていた。そして女王になったアリスは次のアリスが来れば元の世界に戻り、白昼夢を見ていたように元の生活に戻れるとも。
物語序盤のアリスは最後に目覚めるアリスとイコールでは繋がらない。別々の人物だ、と。あの言葉は一体なんだったんだ?
あの子が嘘をついていた?
けれど、あの子は嘘をさらりと吐けるような性格をしていない。
それすらも演技だったのだ、と言われてしまえば俺にはなにも言えないが……
いや、そういえばレイシーはアリスのときの記憶がないんだったか。
そして、女王とアリスの関係をチェシャ猫に聞かされたのだったか?
…… そうなると、やはり怪しいのはチェシャ猫か。
なにを調べても、チェシャ猫に行き着く。
これはどうするべきか……
奥の方に耳をすますとどうやらペティさんがお菓子のレシピを見つけたとかでレイシーにキッチンの場所を聞いているようだ。
あれは後々俺に話が持って来られるやつだな。紅子さんが俺の作る菓子が美味しいよなんて談笑に加わってるのも聞こえる。
ちくしょう、そんなこと言われたら絶対に断れないじゃないか……
だがその前にもう少し情報を探らなければ。
歴代記録の本を棚に戻そうとして、その近くに〝 不思議の国のアリス 〟があることに気がついた。
今度はそれを手に取り、開く。
挿し絵とかに触れなければ勝手に戻ったりしないよな? と注意しながら最後までパラパラと捲る。
本をぐいっと開きながら勢いに任せて捲っていれば、その途中でなにか硬いものが挟まっているように停止した。
そこにあったのは白紙のページと、その中央に挟まっている手鏡だった。
「鏡?」
鏡の国でもないのに手鏡があるのは変だ。
それともこれが現実へ帰るための道しるべなのか。文車妖妃の字乗あざのりさんがいない今、それを聞く相手もいない。そもそもあのヒト本を探すだけでいいとか言ってたしな。具体的なことは何一つ聞いてないから、帰り方も分からない。
とりあえず触らないほうがいいんじゃないか? そう思って観察していると、唐突に気づいた。
「あれ、俺写ってなくないか…… ?」
そう、俺が覗き込んでいるのに鏡には何一つ写っていない。
いや、違うな。透過するように、まるでそこが鏡ではなくガラスでもはまっているように向こう側が見える。
本の他のページすら透過して本棚がそこに写っていた。
そして、本棚の本を一つずつ、一つずつ退かすナニカが見えた。
俺が慌てて鏡を通さずに目の前にある本棚を見ると、確かに本が退かされているのが見える。
しかし退かすシマシマ模様のナニカは俺には見えない。
本が勝手に動き、別の本棚に無理矢理入っていっているようにしか見えない。
それから、その様子を危機感すら抱かず眺めているとコンコン、となにかを叩く音が聴こえて手元に視線を戻した。
「騒がしい動物や執着心のイカれたやつ、それに泥棒や覗き魔はさぞかし透明になりたいだろうね。このボクのように。ああいや、キミがそうだとは言っていないよ? どこ見てんだか分からない陸上の魚みたいな顔してると自覚したほうがいいぜ」
「は? え、は?」
そこにはレイシーに付き纏うチェシャ猫とは似ても似つかぬ、シマシマ模様の毛皮で不気味に笑う本来のチェシャ猫が映し出されていた。
「優れたるものが奇妙な出来事に関わると理性は腐り、溶け出していく。キミは自分の脳みそがちゃんとそこに収まってるか確認したことはある?」
わけのわからないことを続けざまに喋る猫を黙らせようと本を閉じかけるが、そういえば大事な手がかりなんじゃないかと思い直してもう一度開く。
それにこの猫からは神内千夜のような気配が感じられない。
ただただ奇妙な猫。それに尽きる。あのチェシャ猫よりもよほどそれらしい、というべきか。
「そんなことしたら死ぬだろ」
「わざわざ面倒な遠回りをしてると馬鹿にされるぞ。ボクにね」
「…… お前はチェシャ猫なのか? なら、レイシーの近くにいるチェシャ猫は誰だ? この世界は、どうなってるんだ」
「よろしい。物事の正しい順序なんて永遠の謎にかかりきりになるより、欲望に素直になるのがより近道だ」
変な言い回しばかりで混乱しそうだ。
なんなんだよ、こいつ。
「で、答えは?」
「端的に示せば我々は乗っ取られた…… ということになるだろうね。ミルフィーユの層を重ねるように上に乗せられたやつらのせいでこうやって押し込められて〝 ペタンコ 〟になっているのさ。帽子屋やボクはある程度それを免れた。友は既に無に帰してしまったようだが、ボクはここに潜み、待ちの姿勢のまま全てを眺めてきた。全てをだよ」
「つまり、本来この世界のチェシャ猫はお前ってことなのか?」
「鏡に映ったもののほうが実物よりも現実に近い場合があるのだよ。ボクがチェシャ猫なのは間違いないさ。そして、ヤツもチェシャ猫さ。だからかもしれないが、ボクには彼や彼女の記憶を覗くことができるようだ。彼らは外の世界からやってきて、そして乗っ取った。この世界にその体を埋めたのだから世界に記憶が投影されるというのも、いたしかないことだね」
つまり?
もしかして事情が分かるってことか?
レイシーは憶えていないって言ってるし、チェシャ猫はどうあっても教えてくれないだろうしな。
この状況をなにか知ってそうなチェシャ猫は分かってて隠している感じがするからな。
「見るかい? 深淵を覗くときはなんとやら、だがね」
深淵もまたこちらを見つめている…… ってやつか。
まあ見るしかないだろ。
これは間違いなく重要な手がかりだ。
「ふむ、よろしい。実によろしいことだ。なら、よおくこの鏡を見ていてご覧」
言われるがままに鏡を覗き込んだ。
あとは洋書なのか英語タイトルのものだったり、あとどうあっても読めない単語で構成された本とか。ドイツ語とかフランス語とかなのかもしれない。俺は最低限の英語くらいしか分からないので、なにが書いてあっても理解できない。
ペティさんなら読めるかもしれないが、俺と紅子さんは多分無理なやつだ。
ペティさんって英語圏出身かな。どこの生まれなのか拒絶さえされなければ訊いてみてもいいかもしれない。
もしかして俺よりペティさんを協力してチェシャ猫から引き離したほうがよかったんじゃないか…… ?
いやいや、でもあのとき俺は二人の意図を読めなかったわけだし、ペティさんは特にチェシャ猫とレイシーからの警戒が強いからすぐにバレたかもしれない。
そう思うと俺はちょうどいい位置なのか。
目線を滑らせて本棚を上から下へ。
ピンと来るものがないか探していく。
「ん」
ふと気になった一冊を手に取る。
これだけノートのように薄く、そして普通の書籍ではない。
「歴代女王記録……」
この世界に関する本だ。
他の書籍類が全て幼い女王の好みそうなものであるのに対し、これだけ世界に関する本だというのは違和感がある。
なにか大切なものに違いない。
だが時間ロスになりかねないほど熟読するわけにもいかないし、見るのは最低限。斜め読みでもしながら…… と開いてみてその必要性がまったくなかったことに驚く。
書いてある言葉は一行にも満たない。
第1代目女王 レイシー
ただそれだけだった。
レイシーの名前しかそこには存在しなかった。
いくら薄いとはいえ、冊子ではなく本だ。他のページを開いてみても白紙だけが残るばかりでどう頑張ってもレイシーの名前しか見つからない。
「どういうことだ…… ?」
これではレイシーの言っていたことがおかしくなる。
あの子は自分が元アリスであり、アリスは物語の最後に辿り着くと女王に取って代わると言っていた。そして女王になったアリスは次のアリスが来れば元の世界に戻り、白昼夢を見ていたように元の生活に戻れるとも。
物語序盤のアリスは最後に目覚めるアリスとイコールでは繋がらない。別々の人物だ、と。あの言葉は一体なんだったんだ?
あの子が嘘をついていた?
けれど、あの子は嘘をさらりと吐けるような性格をしていない。
それすらも演技だったのだ、と言われてしまえば俺にはなにも言えないが……
いや、そういえばレイシーはアリスのときの記憶がないんだったか。
そして、女王とアリスの関係をチェシャ猫に聞かされたのだったか?
…… そうなると、やはり怪しいのはチェシャ猫か。
なにを調べても、チェシャ猫に行き着く。
これはどうするべきか……
奥の方に耳をすますとどうやらペティさんがお菓子のレシピを見つけたとかでレイシーにキッチンの場所を聞いているようだ。
あれは後々俺に話が持って来られるやつだな。紅子さんが俺の作る菓子が美味しいよなんて談笑に加わってるのも聞こえる。
ちくしょう、そんなこと言われたら絶対に断れないじゃないか……
だがその前にもう少し情報を探らなければ。
歴代記録の本を棚に戻そうとして、その近くに〝 不思議の国のアリス 〟があることに気がついた。
今度はそれを手に取り、開く。
挿し絵とかに触れなければ勝手に戻ったりしないよな? と注意しながら最後までパラパラと捲る。
本をぐいっと開きながら勢いに任せて捲っていれば、その途中でなにか硬いものが挟まっているように停止した。
そこにあったのは白紙のページと、その中央に挟まっている手鏡だった。
「鏡?」
鏡の国でもないのに手鏡があるのは変だ。
それともこれが現実へ帰るための道しるべなのか。文車妖妃の字乗あざのりさんがいない今、それを聞く相手もいない。そもそもあのヒト本を探すだけでいいとか言ってたしな。具体的なことは何一つ聞いてないから、帰り方も分からない。
とりあえず触らないほうがいいんじゃないか? そう思って観察していると、唐突に気づいた。
「あれ、俺写ってなくないか…… ?」
そう、俺が覗き込んでいるのに鏡には何一つ写っていない。
いや、違うな。透過するように、まるでそこが鏡ではなくガラスでもはまっているように向こう側が見える。
本の他のページすら透過して本棚がそこに写っていた。
そして、本棚の本を一つずつ、一つずつ退かすナニカが見えた。
俺が慌てて鏡を通さずに目の前にある本棚を見ると、確かに本が退かされているのが見える。
しかし退かすシマシマ模様のナニカは俺には見えない。
本が勝手に動き、別の本棚に無理矢理入っていっているようにしか見えない。
それから、その様子を危機感すら抱かず眺めているとコンコン、となにかを叩く音が聴こえて手元に視線を戻した。
「騒がしい動物や執着心のイカれたやつ、それに泥棒や覗き魔はさぞかし透明になりたいだろうね。このボクのように。ああいや、キミがそうだとは言っていないよ? どこ見てんだか分からない陸上の魚みたいな顔してると自覚したほうがいいぜ」
「は? え、は?」
そこにはレイシーに付き纏うチェシャ猫とは似ても似つかぬ、シマシマ模様の毛皮で不気味に笑う本来のチェシャ猫が映し出されていた。
「優れたるものが奇妙な出来事に関わると理性は腐り、溶け出していく。キミは自分の脳みそがちゃんとそこに収まってるか確認したことはある?」
わけのわからないことを続けざまに喋る猫を黙らせようと本を閉じかけるが、そういえば大事な手がかりなんじゃないかと思い直してもう一度開く。
それにこの猫からは神内千夜のような気配が感じられない。
ただただ奇妙な猫。それに尽きる。あのチェシャ猫よりもよほどそれらしい、というべきか。
「そんなことしたら死ぬだろ」
「わざわざ面倒な遠回りをしてると馬鹿にされるぞ。ボクにね」
「…… お前はチェシャ猫なのか? なら、レイシーの近くにいるチェシャ猫は誰だ? この世界は、どうなってるんだ」
「よろしい。物事の正しい順序なんて永遠の謎にかかりきりになるより、欲望に素直になるのがより近道だ」
変な言い回しばかりで混乱しそうだ。
なんなんだよ、こいつ。
「で、答えは?」
「端的に示せば我々は乗っ取られた…… ということになるだろうね。ミルフィーユの層を重ねるように上に乗せられたやつらのせいでこうやって押し込められて〝 ペタンコ 〟になっているのさ。帽子屋やボクはある程度それを免れた。友は既に無に帰してしまったようだが、ボクはここに潜み、待ちの姿勢のまま全てを眺めてきた。全てをだよ」
「つまり、本来この世界のチェシャ猫はお前ってことなのか?」
「鏡に映ったもののほうが実物よりも現実に近い場合があるのだよ。ボクがチェシャ猫なのは間違いないさ。そして、ヤツもチェシャ猫さ。だからかもしれないが、ボクには彼や彼女の記憶を覗くことができるようだ。彼らは外の世界からやってきて、そして乗っ取った。この世界にその体を埋めたのだから世界に記憶が投影されるというのも、いたしかないことだね」
つまり?
もしかして事情が分かるってことか?
レイシーは憶えていないって言ってるし、チェシャ猫はどうあっても教えてくれないだろうしな。
この状況をなにか知ってそうなチェシャ猫は分かってて隠している感じがするからな。
「見るかい? 深淵を覗くときはなんとやら、だがね」
深淵もまたこちらを見つめている…… ってやつか。
まあ見るしかないだろ。
これは間違いなく重要な手がかりだ。
「ふむ、よろしい。実によろしいことだ。なら、よおくこの鏡を見ていてご覧」
言われるがままに鏡を覗き込んだ。
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