76 / 144
陸の怪【サテツの国の女王】
黒い翼の囁き
しおりを挟む
この間、あの子が大きくて怖い動物に連れ去られそうになった。
アリシアが言うには、あれは 『車』 という生き物らしい。
ボクはあの子が心配で心配でしょうがなかった。
病院とかいう怖い場所にあの子も行かなくちゃならなかった。いつもボクを病院に連れて行くあの子が病院に。病院に行くのは嫌だし、ちょっとはボクの気持ちも分かってくれないかなと思ったけど、木を登ってあの子のいる場所を眺めてみたら、随分といい扱いを受けてた。
アリシアはボクを見つけて、窓を開けてくれた。
入るのはダメだと言われたけど、間近にあの子を見られて嬉しかった。
でも、アリシアは怖い顔をして言った。
「これ、ジェシュと同じ……」
ボクとなにが同じなんだろう?
病院に行ったこと? 少なくとも、ボクは滅多に怪我なんてしないし、あんな大怪我したこともない。
迷子になったときも、途中で居眠りしてたらあの子が大泣きしながらボクを鷲掴んだっけ。あれは痛かったな。
でもあの子のほうが年上だから、我慢。ボクは弟なんだってさ。
正直あの子といるより家でゴロゴロしてるほうが好きだし、外で歩くのも一回しかしたことないけど好きだ。
ああ、でも、あの子が病院に住むならボクは誰からご飯を貰えるんだろう?
アリシア? それともママさん? パパさん?
うーん、でも…… やっぱりご飯係はあの子がいいなあ。
家が寂しい。
家は好きだけど、ボクが好きだったのは、きっとこの家じゃない。
ボクが好きだったのは、多分あの子のいる家なんだろう。
早く治さなくちゃ。
ボクは日が沈んでまた登って…… 10回目の日、また病院の木に登ってあの子を眺めてた。
日に日に暗い顔をして、自分の怪我した場所を見ながら怯えているみたいだ。
なんとかしてあげたいな。
早く帰って来てほしいな。
そうやって一日中…… たまにスズメを追いかけながら病院のいつもの木の上にいたら、カラスが隣に来た。
カラスは嫌な奴だ。嫌味を言ってきたり、人間の悪口を言う。
でも今日やって来たそいつは、なんか他とは違った。
変な笑い方だし、なんか気持ち悪い。
でもそいつが話したことには興味があった。
「あなたは化け猫になっていますよ、子猫さん」
「子猫じゃない。ボクはもう二歳だ。立派な大人だよ」
「くふふ、なら私はおじいちゃんでしょうか。けれど、あなたは若くにしてすでに化けられるようになっています。突然のことで驚くと思いますけど、ほら、尻尾をご覧なさい」
ボクの尻尾は一本だけ。そんなの当たり前だろう?
なのに、そいつが言うように見たら、隣にもう一本…… うねうねと似たような尻尾が生えているのが見えた。
それを見てボクは 「うわっ、ばっちぃ」 と前足で二本目の尻尾を叩く。
カラスは 「ばっちぃ…… そうですか、汚いですか、傷つきますね」 と変なことを言っていた。なんでお前が落ち込むんだよ。
「…… ごほん、ところであなたのご主人様のことですが」
その話題は聞き捨てならなかった。
あの子が、なに?
「時期に、死ぬでしょう」
「えっ…… ?」
ボクが理解してないと思ったんだろう。
カラスは溜め息を吐いて 「いなくなるということですよ」 と訂正した。
「それを止めることはできません。一度、入れ替えてしまいましたからね」
「なに言ってんの?」
変なことを言うのはよしてほしくて、ボクはカラスを引っかこうとした。
でも一段高い枝に飛び移られて逃しちゃった。
「そういう、運命ですからね。ただ、あの少女を生かし続ける方法がないわけではありません。ずっと一緒にいたいでしょう? あの子でなければ、満たされないでしょう?」
「…… ずっと一緒」
ずっと一緒にいられたらな。
あの子のいない家は、ボクの家じゃない。
アリシアは優しいけど、ボクのためじゃなくてあの子のためにボクをお世話してくれている。
なんだかそれは寂しくて、嫌だった。
「それ、本当?」
「ええ、本当です」
「教えてくれるの?」
「ええ、もちろん。私は親切なカラスですからね」
カラスは言った。
「夢の中に閉じ込めてしまえばいいんです。そうして、あなたも夢の中に飛び込んで行けば、ずっと一緒ですよ」
そう言われた途端に、頭の中がぐちゃぐちゃになって、まるで…… そう、まるで作り変えられるように整理され、思考がクリアになり、ボクは二度目の生まれ変わりを経験したようだった。
二つ目の魂は人語を理解させ、三つ目の魂は夢に入る術を教えてくれた。ボクの中で暴れる赤い赤い触腕がそれすらも食い荒らし、四つ目の魂で制御の方法を学習する。
五つ目の魂になると、ボクはあの子と同じような人間の姿をになれると確信し、気づいたときには侵食が停止していた。
「お前は、誰なの?」
「親切なカラスですよ。ただの、ね」
あの子を死なせないためには、現実の体をこの大学病院に固定しなければならない。理解した。
そして、夢の世界へあの子を連れて行って、永遠に二人で過ごすのだ。
そうだな、あの子が好きだった絵本があった。あれだ。あれにしよう。
死ぬよりも、ボクとずっと一緒のほうが幸せでしょ?
ねえ、そうだよね…… レイシー。
猫がその場で眠る。深く、深く。
それを見届けたカラスは口から赤い触手を吐き出し、木から真っ逆さまに落ちる。
後には、カラスの死体だけが残っていた。
アリシアが言うには、あれは 『車』 という生き物らしい。
ボクはあの子が心配で心配でしょうがなかった。
病院とかいう怖い場所にあの子も行かなくちゃならなかった。いつもボクを病院に連れて行くあの子が病院に。病院に行くのは嫌だし、ちょっとはボクの気持ちも分かってくれないかなと思ったけど、木を登ってあの子のいる場所を眺めてみたら、随分といい扱いを受けてた。
アリシアはボクを見つけて、窓を開けてくれた。
入るのはダメだと言われたけど、間近にあの子を見られて嬉しかった。
でも、アリシアは怖い顔をして言った。
「これ、ジェシュと同じ……」
ボクとなにが同じなんだろう?
病院に行ったこと? 少なくとも、ボクは滅多に怪我なんてしないし、あんな大怪我したこともない。
迷子になったときも、途中で居眠りしてたらあの子が大泣きしながらボクを鷲掴んだっけ。あれは痛かったな。
でもあの子のほうが年上だから、我慢。ボクは弟なんだってさ。
正直あの子といるより家でゴロゴロしてるほうが好きだし、外で歩くのも一回しかしたことないけど好きだ。
ああ、でも、あの子が病院に住むならボクは誰からご飯を貰えるんだろう?
アリシア? それともママさん? パパさん?
うーん、でも…… やっぱりご飯係はあの子がいいなあ。
家が寂しい。
家は好きだけど、ボクが好きだったのは、きっとこの家じゃない。
ボクが好きだったのは、多分あの子のいる家なんだろう。
早く治さなくちゃ。
ボクは日が沈んでまた登って…… 10回目の日、また病院の木に登ってあの子を眺めてた。
日に日に暗い顔をして、自分の怪我した場所を見ながら怯えているみたいだ。
なんとかしてあげたいな。
早く帰って来てほしいな。
そうやって一日中…… たまにスズメを追いかけながら病院のいつもの木の上にいたら、カラスが隣に来た。
カラスは嫌な奴だ。嫌味を言ってきたり、人間の悪口を言う。
でも今日やって来たそいつは、なんか他とは違った。
変な笑い方だし、なんか気持ち悪い。
でもそいつが話したことには興味があった。
「あなたは化け猫になっていますよ、子猫さん」
「子猫じゃない。ボクはもう二歳だ。立派な大人だよ」
「くふふ、なら私はおじいちゃんでしょうか。けれど、あなたは若くにしてすでに化けられるようになっています。突然のことで驚くと思いますけど、ほら、尻尾をご覧なさい」
ボクの尻尾は一本だけ。そんなの当たり前だろう?
なのに、そいつが言うように見たら、隣にもう一本…… うねうねと似たような尻尾が生えているのが見えた。
それを見てボクは 「うわっ、ばっちぃ」 と前足で二本目の尻尾を叩く。
カラスは 「ばっちぃ…… そうですか、汚いですか、傷つきますね」 と変なことを言っていた。なんでお前が落ち込むんだよ。
「…… ごほん、ところであなたのご主人様のことですが」
その話題は聞き捨てならなかった。
あの子が、なに?
「時期に、死ぬでしょう」
「えっ…… ?」
ボクが理解してないと思ったんだろう。
カラスは溜め息を吐いて 「いなくなるということですよ」 と訂正した。
「それを止めることはできません。一度、入れ替えてしまいましたからね」
「なに言ってんの?」
変なことを言うのはよしてほしくて、ボクはカラスを引っかこうとした。
でも一段高い枝に飛び移られて逃しちゃった。
「そういう、運命ですからね。ただ、あの少女を生かし続ける方法がないわけではありません。ずっと一緒にいたいでしょう? あの子でなければ、満たされないでしょう?」
「…… ずっと一緒」
ずっと一緒にいられたらな。
あの子のいない家は、ボクの家じゃない。
アリシアは優しいけど、ボクのためじゃなくてあの子のためにボクをお世話してくれている。
なんだかそれは寂しくて、嫌だった。
「それ、本当?」
「ええ、本当です」
「教えてくれるの?」
「ええ、もちろん。私は親切なカラスですからね」
カラスは言った。
「夢の中に閉じ込めてしまえばいいんです。そうして、あなたも夢の中に飛び込んで行けば、ずっと一緒ですよ」
そう言われた途端に、頭の中がぐちゃぐちゃになって、まるで…… そう、まるで作り変えられるように整理され、思考がクリアになり、ボクは二度目の生まれ変わりを経験したようだった。
二つ目の魂は人語を理解させ、三つ目の魂は夢に入る術を教えてくれた。ボクの中で暴れる赤い赤い触腕がそれすらも食い荒らし、四つ目の魂で制御の方法を学習する。
五つ目の魂になると、ボクはあの子と同じような人間の姿をになれると確信し、気づいたときには侵食が停止していた。
「お前は、誰なの?」
「親切なカラスですよ。ただの、ね」
あの子を死なせないためには、現実の体をこの大学病院に固定しなければならない。理解した。
そして、夢の世界へあの子を連れて行って、永遠に二人で過ごすのだ。
そうだな、あの子が好きだった絵本があった。あれだ。あれにしよう。
死ぬよりも、ボクとずっと一緒のほうが幸せでしょ?
ねえ、そうだよね…… レイシー。
猫がその場で眠る。深く、深く。
それを見届けたカラスは口から赤い触手を吐き出し、木から真っ逆さまに落ちる。
後には、カラスの死体だけが残っていた。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される
茶柱まちこ
キャラ文芸
雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。
ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。
呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。
神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。
(旧題:『大神様のお気に入り』)
あやかし猫の花嫁様
湊祥@書籍13冊発売中
キャラ文芸
アクセサリー作りが趣味の女子大生の茜(あかね)は、二十歳の誕生日にいきなり見知らぬ神秘的なイケメンに求婚される。
常盤(ときわ)と名乗る彼は、実は化け猫の総大将で、過去に婚約した茜が大人になったので迎えに来たのだという。
――え⁉ 婚約って全く身に覚えがないんだけど! 無理!
全力で拒否する茜だったが、全く耳を貸さずに茜を愛でようとする常盤。
そして総大将の元へと頼りに来る化け猫たちの心の問題に、次々と巻き込まれていくことに。
あやかし×アクセサリー×猫
笑いあり涙あり恋愛ありの、ほっこりモフモフストーリー
第3回キャラ文芸大賞にエントリー中です!
これもなにかの縁ですし 〜あやかし縁結びカフェとほっこり焼き物めぐり
枢 呂紅
キャラ文芸
★第5回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★
大学一年生の春。夢の一人暮らしを始めた鈴だが、毎日謎の不幸が続いていた。
悪運を祓うべく通称:縁結び神社にお参りした鈴は、そこで不思議なイケメンに衝撃の一言を放たれてしまう。
「だって君。悪い縁(えにし)に取り憑かれているもの」
彼に連れて行かれたのは、妖怪だけが集うノスタルジックなカフェ、縁結びカフェ。
そこで鈴は、妖狐と陰陽師を先祖に持つという不思議なイケメン店長・狐月により、自分と縁を結んだ『貧乏神』と対峙するけども……?
人とあやかしの世が別れた時代に、ひとと妖怪、そして店主の趣味のほっこり焼き物が交錯する。
これは、偶然に出会い結ばれたひととあやかしを繋ぐ、優しくあたたかな『縁結び』の物語。
真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~
椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」
仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。
料亭『吉浪』に働いて六年。
挫折し、料理を作れなくなってしまった――
結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。
祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて――
初出:2024.5.10~
※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
ナマズの器
螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。
不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる