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焼肉の威力

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 体育館で話をしていた3人だが、ウキウキした顔の佐々木がプラグを差し込んだコードリールを体育館の中央まで引っ張って来ていた。
「何をしているんですか?」
 榎田が質問する。
「焼肉の準備だ。鉄板とホットプレートを発見した。バーベキュー用に仕入れた肉が冷蔵庫に入らないから、腐る前に食べるしかない。」
 焼肉の言葉に体育館に歓声があがる。
「よくそんなもの有りましたね」
「この体育館は元々は学校の体育館だったらしいぞ、探すと謎の備品が出てくる」
「へえ学校、それでステージ付きの体育館なんですね」
「ちなみに役場には確認してあるぞ。体育館は直火はだめだが電熱器は良いそうだ。まあ焼肉といっても焼いた肉を皿に入れて配る形にはなるがな」
 佐々木の話を聞いた生徒達は、率先して体育館の倉庫から長机を出し立食パーティー会場を作成する。
「こっちも準備出来そうよ」 
 声だけで姿は見えないが、羽田がステージ奥の手動ウィンチをくるくると回すとステージの横断幕が上がり
   『神北高校 道草東高校懇親会』
 の文字が現れた。
 知らぬ間に背景幕もプロジェクタースクリーンだろうから白地に黒枠のものに変わっている。 
 佐々木が照れながら話す。
「本当はな、あんな事がなかったらガッツリ練習して、2日目の夕方からバーベキューと懇親会の予定だったんだよ。羽田先生とは大学時代の友人だから一緒に計画していたんだ。お蔵入りさせてももったいないからいっその事開催しようと思ってな」 
「佐々木先生は京極は自殺だとお考えですか?」
 遠慮がちに榎田が問う。
「そうだな、ほぼ密室状態だっただろう。あの飛び散った血液に触れずにスウィングドアやシンクを乗り越えるのは無理だ。それに一瞬しか見ていないが京極の首には吉川線は無かったぞ」

※ 注 吉川線
 絞殺事件に見られる首の引っかき傷の事である。

「俺やお前、木下位の力があれば抵抗させずに絞め落す事は可能かも知れないが、一言二言話しただけの異性と二人きりになれば警戒するだろう。後ろに回って絞め落とすのは難しい、やはり自殺と考えるべきだろう」
 佐々木は自らを納得させるように語る。
「そうですね。明日になれば警察も到着出来そうですし楽しみましょう」
 榎田も京極の自殺の動機が無いことは分かっていても、100%京極の自殺を否定する材料は無く教師の活動を中止させるには根拠は乏しかった。
 体育館は生徒達によって、鮮やかに彩られていく。
 プロジェクターからは大会の様子を編集したスライドショーがステージに映し出されている。 
 ステージのスピーカーからは隣の島出身のミュージシャンの曲が流されていた。
 どこに隠し持っていたのか大量のお菓子類も机に並べられていた。
 おそらくは大葉が物色していた所に入っていたお菓子類だろう。
 榎田達も自然と設営に参加する流れになり、机や椅子を運んだり、皿を並べたりしていた。
「こんな浮かれてて良いのかな?」
 大葉が榎田に聞く。
 豊田はトークの良さを買われて急遽司会進行を任されてリハーサルを行なっていた。
「ヤケクソなのかもな、生徒が2人亡くなっているんだ。佐々木はまだしも羽田先生は責任を取らされるだろうし。大葉には悪いけど」 
「そっか、私どうしていいか分かんないんだよね」
「大葉にとっては親しい友達のことだからな。事件が解決するまでは気持ちの整理はつかないだろうな。俺は俺で京極先輩が犯人じゃ無かったら、大葉が嘘をついていて、本当は犯人じゃないのかと堂々巡りだ。」
「という名目で私を狙っていると、こわーい」
 大葉は後退り腕を抱えた。
「違うわ、それに本当に疑っているわけじゃない。計画殺人を企む奴がキレて裸絞してこねえよ」
「まだ言うか」
「ほどほどにしなさいよ」
 水島があきれて口を挟む。
「すまん。すまん」
 ついつい楽しく話を脱線させる2人だったが水島の存在に我に返った。
「よく集めてきたな」
 榎田が周囲を見渡すと、かなりの数のIHヒーターや旧式の電熱器に加えて炊飯器や電気ポット、トースターが机の上にセッティングされている。
「米が炊けたら懇親会始めるぞ。それまで自由時間だ」 
 大声で佐々木が告げた。 
 焼肉に懇親会と明るくなった両校生徒達だったが、天候は思い通りにはならなかった。
 台風は未だ通過せず、とてもではないが今日中に暴風域を抜けることはない。
 しかも警察の船舶は風速15メートルを超えると航行できないらしい。 
 暴風域を抜けてもしばらくは船が出せないかもしれない。
 今治海上保安本部に対して協力要請をしているところだが、浅瀬、岩礁の多い瀬戸内を嵐の日に通行するのは命がけだ。
 大型船は風に強いのだが浅瀬への座礁の危険があるのだ。
 また港への着岸が難しく出港には至っていない。
 上陸用のゴムボートも嵐の前では無力だ。
 わずか300メートルの海峡が手強く立ちはだかっていたのだった。


         ◇


 豊田が司会のリハーサルのため榎田達と合流出来ず早田への聴取は後回しになった。
 3人は屋外プールの入口に移動した。
「で、何でプールに来た訳?まさか私の魅惑の水着姿をまた見たいとか」
「まさか泳ぎ足りないから雨の中泳ぐとか言わないよね」
 大葉、水島は冗談を言いながらも若干いらだっている。
 屋外プールの入口から真剣に外を見ている榎田に二人が話しかける。
 榎田は腕時計の計算機を使って何か計算している。
「ここから宿舎まで直線で何メートルあるのかと思ってな」
「ここのスタジアムはセンターまで120メートルだから観客席とバックネットまでの距離を合わせて160メートルから180メートルの間くらいよ。200メートルは無いと思うよ?」 
 大葉があっさり答える。
「はじめに聞けばよかった、三角関数で計算してたのに、何で知ってんの」
 ちなみに榎田は数学は苦手ではない。
「書いてあるよ。何でそんな事が必要なの?」 
 と大葉が外野のフェンスを指差した。
「可能性の一つとしてだ、俺が気絶してから大葉が205号室の2人と合流するまでに京極先輩と水島がグラウンドを突っ切って木田を殺害するのは可能かと考えて距離を計算していた」
 榎田が考えながら話す。
「私も?」
「一応ね。一つ一つ可能性を潰していかないと犯人を特定出来ない……」
 ここで榎田が考え込み、
「どう思う?俺は自分がおちていた『気絶していた』時間が分からんからなんとも」 
 榎田はお手上げのポーズだ。
「榎田がおちていたのはプールから医務室まで。そこで佐々木先生が来てすぐ目覚めたから多く見ても2分から3分の間かな?」
 大葉が当時の状況を思い出す。
「活を入れられて目覚めたのか。じゃあ時間がないから無理か」
「そうね。私達が話をしていた時間を合わせても10分はかかっていないと思う。しかもあの時すぐに大雨になったから、もしグラウンドを走って宿舎まで行けても帰りでびしょ濡れになるから私が気付くよ」
「じゃあ水着のまま走ったらどうだ?俺達そうしたけど一番速いぞ」
 榎田が意見を言うと、
「あの時、たしか先輩もみかちゅの髪も乾いてたよ。あれだけの大雨だと髪も濡れるから、髪を乾かす時間を考えたらたぶん無理かな」
「そうか、走れば片道1分もかからないから何とかなると思ったんだが無理そうだな。水島さんが犯人じゃないことが分かった以外は進展なしか一旦戻ろうか」
「脳筋推理すぎるぞ。水着で雨の中走らせようとすんな変態」
 大葉が笑いながら身体をぶつける。
「アリバイ崩しが全力で走るだったらひんしゅく買うよ。繊細なんだか大雑把なんだか」
 水島は困ったもんだと苦笑いした。
 3人は笑いながら体育館に戻った。
 
          



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