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避難生活

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「避難生活みたいだね」
 大葉が寝転がり体育館の天井を眺めている。
 口に出してから『殺人犯から避難していたのだった。失言、失言』と思い直した。
「何も起きなけりゃ、避難成功なんだけどな」 
 豊田も天井を見上げる。
 トラス構造の梁から鉄骨がアーチ状に伸び、最上部はドームテントになっている。 
 晴天であれば太陽光が透過して照明が必要無い設計になっている。
 二階の観覧席と放音響調整室の周りも開閉可能な窓ガラスであり通気性が担保されている。
 最も風雨に対しては欠点となった。
 雨音が響き、風が吹くと窓ガラスが震えるために生徒達の不安を掻き立てた。
 グループEにおいては豊田が木下のいびき対策に持って来た耳栓が活躍している。
 木下のいびきは地響きのようでなかなかのものであった。
 他の2年生が木下のいびきを嫌がり、同室を拒んだのも理解できる。
「よく眠れるわねコイツ」
 大葉はくるりとうつ伏せに向き直り横で静かに眠る榎田を指差して言った。
「絞め落とした本人が言うと、サイコパスみたいで怖いんだが」
「あんまり言わないで。咄嗟に技が出て腕が首に食い込んだの」
 大葉自身、幼少から合気道を習ってはいたが柔道家を絞め落とせるほどの達人ではない。
「こう見えて榎田って負けず嫌いの努力家だからな、寝技で負けたところ見たこと無いぞ。内心かなり悔しがってる。」
「大金星だったんだ」
「そ、今回こんなグループ分けしたのもあいつが霞ちゃんを守るため。雪辱戦のつもりかもよ」
 豊田の言葉に大葉はしばし沈黙する。
「男ってメンドクサ……。じゃ犯人もやっぱり……」
「証拠は無いけどな、しらばっくれられたら追求は無理だ」
「京極先輩なんでしょ犯人は」
「たぶんな。木田の頭痛、めまいの症状は睡眠薬の過剰摂取によるものだ。それに加えて木田の昼食の準備をしたのも205号室員だよな?」
「そうよ。私達で食堂の昼食の残りと売店で買った飲み物とかお菓子を持って行ったわ」
「その中に頭痛薬とか言って睡眠薬を混入したんだろうな、それで木田は眠り続けた。」
「それでプールの後よね。私達は205号室に入った」
「うん。それで京極が木田の容態を確認するためにベッドに近づく。木田の異常を皆に伝えて大葉を羽田先生の所に走らせる。その後京極は木田を抱きかかえるふりをして刃物で胸を一突き。これが致命傷になった。」
「私が血の臭いに気がつかなかったのはそのせいね」
「これを夕食のタイミングで瞬時に思いついた榎田は次の犯行が行われない様に205号室員を離れ離れにする様に提案したんだ。ただ……」
「ただ?まだ何かあるの?」
「榎田は人を信用し過ぎるきらいがある。この推理を榎田から聞いた時に言ったんだ。205号室員全員が共犯の場合はどうするとな。大葉が俺達の部屋の前を走って行ったのだって205号室での物音を隠すためじゃないのかってな」
 豊田がひと息ついたあと。
「その時は俺が刺されるよって言って大葉の隣で寝息を立ててる。俺には真似出来ないな。まあそういう訳で証拠があるわけじゃないし、警察が来るまで次の事件が起きないようにする方針だ。まぁ怪しい動きはするなよ、俺の睡眠時間が減るからな」 
「信用は出来なくてもしかたないよ、おやすみ」 
 大葉は目を閉じる。
 豊田が体育館のステージを見上げると降ろし忘れたのだろう、場に不釣り合いなローカルバンドの派手な背景幕とウィンチで吊り下げられた2枚の横断幕が重なって見える、

  『納税で 明日かけよう 愛の橋』
  『ちょっと待て 危険行動 見逃すな』
 
『橋かかってないし警察も来ねえぞ』 
 標語にツッコミを入れながら豊田も目を閉じたのだった。
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