上 下
1 / 26

試合開始

しおりを挟む
『ホント強え、普段ならこんな戦い方しないけどな』
 奥襟を狙い伸びてきた木下の左袖を榎田が左手で掴む。
 間髪入れずに帯を取り隅返し。
 同体、ポイント無し、すかさず寝技へ移行も顧問の佐々木が「待て」をかける。
『これじゃ柔道じゃなくてサンボだよな』
 榎田は「始め」の合図とともに木下に迫る。
『休ませたら負ける、行くしかない』
 榎田の左手が木下の右袖を取った。
『引き手取った。普段なら釣り手取りに行くが、えい』 
 榎田、木下の右袖右襟を掴みんで横方向への背負い、低空体落としへの連絡技。
 木下よろめくも手をついて凌ぎ、畳に膝をついた榎田の首を後ろから締めにいく。
 榎田、亀になって防ぐがさらに木下は首と腕の間に足をねじ込み腹固めを狙う。
 ここで「待て」がかかる。
『おい豊田、何が木下先輩のコンディションが悪いだ、めちゃくちゃ強いぞ』
 榎田は親友の豊田がくれたアドバイス『スタミナ切れを狙え』を忠実に守り試合に臨んでいた。
 木下は3年生が引退した現在柔道部のエースだ。
 身長180センチを超える榎田だが、榎田と比べても木下はひと回り大きい。
 階級も榎田は軽重量級、木下は重量級と一階級上だ。
※ 柔道の階級は1998年に細分化されて7階級になっているが作中では5階級表記です。
 普通に戦ったら勝ち目が無い。
 ただ先日の大会から間がなく、未だ身体に張りが残っている様子が伺えた。
 明らかに木下のコンディションは万全ではない。
 豊田はその隙を突きスタミナ勝負に持ち込めば勝機はあるとアドバイスしたのだ。
 榎田のスタミナは中学時代はゴキブリ並みと評価されていた。
『簡単に言ってくれるよ』
 スタミナ勝負と言っても、逃げ回れば反則、浅い技を掛け続けるのも、掛け逃げという反則になる。
 相四つに組まず、袖釣、一本背負、ポイントにならなくても膝をつかせて寝技につき合わせる。 
 離れようとした木下をがぶりの要領で畳に引き落とす。
『3分経過これからだ。3分?』
 榎田のスタミナがゴキブリ並みと評価されていたのは中学時代だ。
 中学生の試合時間は3分だった。
 高校生の試合時間は4分。
 4分間のスタミナ勝負は未知の領域だ。
『これ俺の方が先へばるかも』
 急速に闘志が失われていく。
『だが青春のためだ』
 榎田は立ち上がる。
『あれ?』
 榎田は先程まで飛び上がるように立ち上がっていた木下が片膝ずつ緩慢に畳から立ち上がっている様子を見逃さなかった。
『右膝?いやふくらはぎか』
 榎田の闘志に再び火が付く。 
『チャンス到来だ、綺麗な技は要らない。右足に負荷をかける』 
 榎田が仕掛ける。
 相四つに組み、小外掛から入る。
『やべっ、足が』
 掛けていた左足を畳に着いたとき力が入らない滑った。
『怪我するくそっ』
 榎田は木下の胴にしがみつき尻もちをついた。
 木下も尻もちをつく、主審をしている佐々木の右手がした斜め45度を示す、有効だ。
 不格好だが一応谷落としだ。
 残り時間20秒、木下が掴みかかるが右足を引きずっている。
 10・9・8・7
 必死の攻防の後
「それまで」
 佐々木の一声、榎田の勝利が告げられた。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

ファクト ~真実~

華ノ月
ミステリー
 主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。  そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。  その事件がなぜ起こったのか?  本当の「悪」は誰なのか?  そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。  こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!  よろしくお願いいたしますm(__)m

学園ミステリ~桐木純架

よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。 そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。 血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。 新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。 『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

特殊捜査官・天城宿禰の事件簿~乙女の告発

斑鳩陽菜
ミステリー
 K県警捜査一課特殊捜査室――、そこにたった一人だけ特殊捜査官の肩書をもつ男、天城宿禰が在籍している。  遺留品や現場にある物が残留思念を読み取り、犯人を導くという。  そんな県警管轄内で、美術評論家が何者かに殺害された。  遺体の周りには、大量のガラス片が飛散。  臨場した天城は、さっそく残留思念を読み取るのだが――。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

眼異探偵

知人さん
ミステリー
両目で色が違うオッドアイの名探偵が 眼に備わっている特殊な能力を使って 親友を救うために難事件を 解決していく物語。 だが、1番の難事件である助手の謎を 解決しようとするが、助手の運命は...

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...