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第19話 魔界

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サフシヨ様の来店から更に1か月が経った。

・・・正確に言えば、「イカタコウイルスの件で文句を言いに来てから1か月」という意味だが。

というのも、その数日後、今度は正式に客としてサフシヨ様が来店されたのだ。
「このまま使徒の紋章の持ち主が増えればそう遠くないうちに聖女の座を降ろされかねないから」だそうだ。

もともと関白との兼任も大変なはずなので、どうせなら他のフワジーラ家の人間を寄越してそいつを次の代の聖女にすればいいのでは、と提案したが駄目だった。
さすが貴族脳、とでも言うべきか。奴隷紋の先入観からか、他のフワジーラ家の人々は紋章の改造を生理的に受け付けないらしい。

友人の頼みなので無料、といければ格好良かったのかもしれないが、生憎そんなことをしている金銭的余裕はない。
貧乏な客に対しては「料金分のローンを貸し出している」という程で施術しているため現金が入らず、コラーゲンの討伐報酬を切り崩して生活しているからだ。

その点サフシヨ様は王族をも凌ぐ資金力で現金一括払いにしてくれたため、いい即金になった。

これまでの施術例数は11件。
少ないのは決して客の入りが悪いからではない。
客が手にした戦闘力に慣れるまで模擬戦をしてやることにしているのだが、それが案外日数がかかるのだ。

ちなみに、模擬戦で開幕ハイボルテージペネトレイトを使ってくるのは意外にも女性客ばかりだ。理由を訊くと、「勇者様の技がかっこよかったので」だそうだ。ミーハーか。

……そして今日は、久しぶりの閉店日だ。
まあ個人事業主なのだし勝手にしろという話ではあるが、今日は少し試したい事がある。

まず俺は結界魔法で作った試験管の中にコラーゲンのイカ墨を入れ、その上でその試験管の中に自分の血も入れる。
そしてその試験管の中の混合液に対し、思いつきで作った特殊魔法を2つかける。

「抗原提示」
「免疫促成」

しばらくおいてから、試験管を高速でぶん回した。

……我ながらにやり方がガサツだった気もするが、いい感じに遠心力で分離はできてるな。
あとは鑑定魔法でどの層が抗体かを見分け、注射器でその層だけを取り出した。

改めて抽出した液体を詳細に鑑定するとこんな感じだ。

【イカタコウイルス血清】
イカタコウイルスを完全に無効化する。
この血清を打った人に対しては、イカタコウイルスパンデミック時であっても契約魔法の行使が可能。


……目当てのものは出来たようだな。

イカタコウイルス、奴隷契約だけではなくあらゆる契約魔法を解除してしまうらしいからな。
事情次第では、本当に契約魔法を必要とする人に提供できるよう治癒手段を用意しておこうと思ったのだ。
まあ滅多なことがない限り持ち出すつもりはないが。

作れることも判明したので、そろそろ量産体制に入るか。

──そう考えていると、不意に部屋の中央に黒い扉のようなものが現れた。
そう、転移門だ。
……模擬戦で転移魔法を教えた覚えはないのだがな。使徒の紋章を持つと自然と使えるようにでもなるのだろうか。

「早速ローンを返しに来たか。いい心がけだな」

「……そうだ、借りを返しに来た。いい心がけ、ってのは煽っているつもりか?」

転移門から出てきたのは俺の顧客──ではなく、魔王・プレート=テクト=ニクスだった。
これはちと「借り」の意味が違いそうだな。

「不法侵入だぞ。帰らないならば訴える」

「……ハハ、ハハハ。俺を奴隷にでも落とすつもりか? 契約魔法を使えなくしておいて、一体どうやって罰を実行するつもりは言うてみい!」

なるほどな。今回はハコネやアタミの事とは別件で、契約魔法無効化による何らかの被害の賠償を求めてやってきたという訳か。

しかし、ここ王都の中心部で暴れられては困るな。戦わずに済むならそれが最適だが、せめてそれとなく存分に暴れられる場所に誘導したいものだ。

まあ何とかできるはずだ。なんせ俺の前世は彫り師。極道の世界で幾多の修羅場を潜り抜けてきた男が、ただ圧倒的な力に任せて生きてきた奴に誤魔化し、隠蔽、交渉の手腕で負けるはずがないのだ。


「『契約魔法を使えなくしておいて』か。まるで俺が何かをしでかしたような言い草だな」

「隠そうとしても無駄だ。お前以外の誰に全世界での契約魔法無効化などができよう」

「魔王ともあろうお方が、随分と雑な特定方法ではないか。しかしそこまで頭に血が昇るとは、相当被害が深刻なようだな。ひとまずはそこから話をするのが筋なんじゃないのか?」

「黙れ、黙れ、黙れぇぃ! 罪人が何をのうのうと!」

「まあ待て。確かに俺を殺せばお前の気は済むかもしれない。だが、仮にもその身勝手な報復が結果的に真犯人の利益になったとしても、被害を受けた者は報われるというのか?」

言うと、魔王はハッとしたような表情になり、しばらくしてから重々しい表情でこう聞いてきた。

「……何か、真犯人に関する情報でも持っているのか?」

「そうだな。実は、俺はその真犯人の家から命からがら盗み出した『契約魔法復活薬』を持っていてだな」
そう言って、抽出した血清を見せる。

「今教えられるのはここまでだ。これ以上、例えば真犯人の正体を聞きたいとでも言うならまずはそちらにどのような被害が出ているのか説明しろ」

魔王は少々黙り込んでから、やがてこう話し出した。
「……俺の妻、ハコネが暴徒に殺された。暴徒と化したのはハコネ領の領民。その真犯人とやらのせいで『強制徴税』の契約魔法が切れたのが原因だ。……はっきり言ってその薬は今更不要。すぐにでもその真犯人の居場所へ連れてゆけ」

・・・

・・・

・・・は?
どう聞いたって魔王妃ハコネの自業自得にしか聞こえないぞ。
圧政を黙殺した魔王も魔王だ。同罪とまでいう気は無いが、どうやったらこの因果律から「契約魔法を無効化させた奴を殺す」という結論が出てくるんだ。

とはいえ、イカタコウイルス血清が無意味と判明した今、真犯人(尤もこちらに罪があるとは微塵も思えないが)は俺な訳だし、戦闘は不可避だろう。
となれば、これまでの嘘に最後に一役買ってもらうのが最善か。

「ところでだが、この転移門はどこに繋がっている?」

「魔族の大陸だ。それを聞いて何になる」

「……真犯人はこっちだ。ついて来い」

そう言って俺は魔王が作った転移門を渡った。
俺も行くのだからこれは嘘ではない。
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