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収監令嬢・その後SS
召喚聖女はやっぱり必殺技を覚えたい
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『召喚聖女は胡桃を食べたい』の後のお話です。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
聖女の匣迷宮、第1層。
マユが湖に向かって杖を大きく振りかぶる。
「……〝エア・カッター!〟」
まるで野球のバッターのようなスイング。腰を入れて振り抜かれ、湖へと向けられた白い三日月部分。
そこから、ブーメランのような形の風の刃が発せられた。湖面を揺らし、小さな波紋をいくつも作る。
滑るように飛んでいった風のブーメランはどんどん輪郭がぼやけていき、湖の中央辺りでふわっとかき消えた。
「うーん……イマイチだわ」
「今度は何ですか、マユ。杖を大きく振って」
溜息をつくマユの背後から、またもや音もなく現れる魔王セルフィス。
しかし魔精力の気配を感じ取っていたのか、マユは驚きもせず振り返った。
「風魔法の必殺技の練習をしてるの」
「え……」
「ここ、杖の先端の白い三日月部分あるでしょ。ここからブーメランみたいに風の刃が出せないかな、と考えたんだけど」
まぁ出せたことは出せたけど、やっぱり威力がねぇ……と、マユが再び深い溜息をつく。
セルフィスは金色の瞳を細めて訝しげな顔をすると、ふう、と鼻から息をついた。
「前も言ったと思うのですが、どうして必殺技が必要なんです?」
「あのね、『不壊の胡桃』の件で思ったんだけど。私、模精魔法で大量に生成することはできるけど、威力を上げることは下手なのよ」
「……ああ。リンドブロム闘技場で見せていましたね」
聖なる者を決めるはずだった舞台、リンドブロム闘技場。土の王獣マデラギガンダが作り出したソイルスライムの群れを、マユの氷魔法が捕縛し、ミーアの炎魔法が殲滅した。
その後、負傷した民を癒すためにミーアが治癒魔法を発動し、マユの風魔法がそれを数多の民へと送り届けた――。
火の魔獣ガンボから送られてきた映像を思い出したセルフィスが、ひとつ頷く。
「〝優雅なる清風〟のこと? まぁ、そうね」
「非常に流麗で良かったと思いますが。聖女に必殺技が必要とは思えません」
「そうだけど! でも胡桃一つ割れないなんて悔しいじゃない!」
一時期、熱心に水魔法の必殺技を練習していたマユだったが、リプレの件で魔王を怒らせたこともあり、ここのところはかなり控え目に過ごしていた。
しかし魔獣達がいとも簡単に胡桃を割るのに対し、自分の風魔法ではまったく歯が立たなかったことが相当悔しかったらしい。“必殺技を覚えたい熱”が再燃したようだ。
「冷静さを保ちつつ、その悔しさを杖の先端に集中させれば威力が上がるかもしれませんね」
止めたところでどうせ聞きはしないだろう。必殺技の会得に夢中になって匣迷宮に閉じこもっていてくれた方がまだ安心だ。
そう思い直したセルフィスが、それらしいアドバイスをする。
「わかってるけど……なかなか難しいのよ」
「そこまで必殺技に拘るなら、技に自分の名前をつけてみてはどうでしょう?」
「名前?」
「マユには名付けの魔法がありますから」
そう言われれば自分の名前を付けた必殺技を叫ぶキャラもいたっけ……と、かつて自分が夢中になったRPGのことを思い出したマユが、力強く頷く。
「なるほど! そうね、やってみるわ」
「はい」
マユが再び湖に向き直る。
さきほどは体の右側に杖を持ってきて水平に構え、そこから振り上げるような仕草だったが、今度は変えたようだ。身体の左側、やや斜め上に白い三日月が来るように構える。
「……〝マユ、カッター!〟」
『マユ』で一歩踏み込み、『カッター』で水平に振り切る。
しかし『ふしゅっ』と魔精力が漏れ出るような音が聞こえ、白い三日月から発せられた風の刃は驚くほど朧気だった。
へろへろと湖面を浮遊したものの、すぐに大気に溶けるように消えていく。
「……おや?」
マユらしからぬ失敗に、セルフィスが不思議そうに首を傾げる。
杖を担ぎ直したマユは、
「これはボツね」
と言い、大きな溜息をついた。
「風魔法に名づけの魔法が上手く乗り切れませんでしたね。いい案だと思ったのですが」
「……」
「むしろ威力が落ちましたしね。なぜだろう?」
「……力抜けちゃって」
唱えようとした瞬間、マユは思い出したのだ。
かつて女子高生だったときに見たテレビで、これと似たような一発ギャグがあったことを。
しかも大抵は都合が悪い時に使われ……いや、これ以上は伏せておこう。
「自分の名前をつけるのは、やめておくわ……」
「そうですか」
なぜか脱力したマユを不思議に思いながらも、セルフィスは深く聞かないことにした。
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聖女の匣迷宮、第1層。
マユが湖に向かって杖を大きく振りかぶる。
「……〝エア・カッター!〟」
まるで野球のバッターのようなスイング。腰を入れて振り抜かれ、湖へと向けられた白い三日月部分。
そこから、ブーメランのような形の風の刃が発せられた。湖面を揺らし、小さな波紋をいくつも作る。
滑るように飛んでいった風のブーメランはどんどん輪郭がぼやけていき、湖の中央辺りでふわっとかき消えた。
「うーん……イマイチだわ」
「今度は何ですか、マユ。杖を大きく振って」
溜息をつくマユの背後から、またもや音もなく現れる魔王セルフィス。
しかし魔精力の気配を感じ取っていたのか、マユは驚きもせず振り返った。
「風魔法の必殺技の練習をしてるの」
「え……」
「ここ、杖の先端の白い三日月部分あるでしょ。ここからブーメランみたいに風の刃が出せないかな、と考えたんだけど」
まぁ出せたことは出せたけど、やっぱり威力がねぇ……と、マユが再び深い溜息をつく。
セルフィスは金色の瞳を細めて訝しげな顔をすると、ふう、と鼻から息をついた。
「前も言ったと思うのですが、どうして必殺技が必要なんです?」
「あのね、『不壊の胡桃』の件で思ったんだけど。私、模精魔法で大量に生成することはできるけど、威力を上げることは下手なのよ」
「……ああ。リンドブロム闘技場で見せていましたね」
聖なる者を決めるはずだった舞台、リンドブロム闘技場。土の王獣マデラギガンダが作り出したソイルスライムの群れを、マユの氷魔法が捕縛し、ミーアの炎魔法が殲滅した。
その後、負傷した民を癒すためにミーアが治癒魔法を発動し、マユの風魔法がそれを数多の民へと送り届けた――。
火の魔獣ガンボから送られてきた映像を思い出したセルフィスが、ひとつ頷く。
「〝優雅なる清風〟のこと? まぁ、そうね」
「非常に流麗で良かったと思いますが。聖女に必殺技が必要とは思えません」
「そうだけど! でも胡桃一つ割れないなんて悔しいじゃない!」
一時期、熱心に水魔法の必殺技を練習していたマユだったが、リプレの件で魔王を怒らせたこともあり、ここのところはかなり控え目に過ごしていた。
しかし魔獣達がいとも簡単に胡桃を割るのに対し、自分の風魔法ではまったく歯が立たなかったことが相当悔しかったらしい。“必殺技を覚えたい熱”が再燃したようだ。
「冷静さを保ちつつ、その悔しさを杖の先端に集中させれば威力が上がるかもしれませんね」
止めたところでどうせ聞きはしないだろう。必殺技の会得に夢中になって匣迷宮に閉じこもっていてくれた方がまだ安心だ。
そう思い直したセルフィスが、それらしいアドバイスをする。
「わかってるけど……なかなか難しいのよ」
「そこまで必殺技に拘るなら、技に自分の名前をつけてみてはどうでしょう?」
「名前?」
「マユには名付けの魔法がありますから」
そう言われれば自分の名前を付けた必殺技を叫ぶキャラもいたっけ……と、かつて自分が夢中になったRPGのことを思い出したマユが、力強く頷く。
「なるほど! そうね、やってみるわ」
「はい」
マユが再び湖に向き直る。
さきほどは体の右側に杖を持ってきて水平に構え、そこから振り上げるような仕草だったが、今度は変えたようだ。身体の左側、やや斜め上に白い三日月が来るように構える。
「……〝マユ、カッター!〟」
『マユ』で一歩踏み込み、『カッター』で水平に振り切る。
しかし『ふしゅっ』と魔精力が漏れ出るような音が聞こえ、白い三日月から発せられた風の刃は驚くほど朧気だった。
へろへろと湖面を浮遊したものの、すぐに大気に溶けるように消えていく。
「……おや?」
マユらしからぬ失敗に、セルフィスが不思議そうに首を傾げる。
杖を担ぎ直したマユは、
「これはボツね」
と言い、大きな溜息をついた。
「風魔法に名づけの魔法が上手く乗り切れませんでしたね。いい案だと思ったのですが」
「……」
「むしろ威力が落ちましたしね。なぜだろう?」
「……力抜けちゃって」
唱えようとした瞬間、マユは思い出したのだ。
かつて女子高生だったときに見たテレビで、これと似たような一発ギャグがあったことを。
しかも大抵は都合が悪い時に使われ……いや、これ以上は伏せておこう。
「自分の名前をつけるのは、やめておくわ……」
「そうですか」
なぜか脱力したマユを不思議に思いながらも、セルフィスは深く聞かないことにした。
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