想い紡ぐ旅人

加瀬優妃

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49.ユウが……遠いの

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「……あれ?」

 ユウの誕生日から1週間ほど経った、ある日の午後。
 ユウの部屋をノックをしても返事がないのでそっと覗くと、ユウはベッドの上でアルバムを広げたまま……眠っていた。

 今日は朝食を食べに1回と正午ぐらいに1回、お茶を飲みに降りてきていた。
 あんまり寝たきりが続くと筋力が衰えてしまうからちょっとは動かないと、と言ってたんだけど……。
 やっぱり、すぐ疲れてしまうみたいだ。

「……」

 私はそっとユウに近づくと、アルバムを閉じてベッドのすぐ横の棚に置いておいた。
 最近はずっと見ているみたいだから、すぐに手が届くところにあった方がいいよね。
 でも、この体勢だと……背中や首が痛くならないかな。

 いったん一階に戻りリビングのソファのクッションをいくつか持ってくると、背中と首の後ろに挟もうとして、ユウの体を自分の方に引き寄せた。

「ん……?」

 ユウが薄目を開ける。
 起こしちゃったかな……とは思ったけど、私はそのまま気にせずにクッションを挟んであげた。頭を抱えて首の方まで挟み込む。

「朝……日……?」
「……ん? なあに?」

 一応、返事をしながらクッションに頭を乗せてあげると、ユウがぱちりと目を開けて
「……ええっ!」
とかなり大きな声を出した。
 多分、すごく近いところに顔があったから驚いたのかもしれない。

「ごめん……驚かせちゃった?」
「……」

 ユウは一瞬黙ると、ちょっと首を横に振った。

「いや……」
「首と背中が痛そうだったから、クッションを何個か持ってきたの。起き上がってアルバムや本を読む時とかに、自由に使ってね」
「……うん」

 私はユウのベッドから離れると小さく手を振って、ユウの部屋を出た。

 ……さてと。今から夜斗と組手だ。
 ユウの誕生日の日、ユウからは必要ないって言われてた。
 でも、私自身は続けたかったから

「ユウ、やっぱり弱いより強い方が絶対いいと思うの。それはここで生活していく上でもプラスだと思うの。だから、私は訓練を続けるね」

と次の日に力強く宣言した。
 ユウは

「……結局、朝日って俺の言うことは全然聞かないよね」

と言ってちょっと笑っていた。
 だから多分……怒ってはいない、と思う。

「よし、頑張るか!」

 自分を鼓舞するように声に出し、ぐっと拳を握る。
 そして服を着替えると、一階に降りて夜斗が待っている庭に向かった。


 ユウの誕生日……ユウは笑顔を取り戻して、これからはきっと、ユウもだんだん落ち着いて、いい風に変わっていく。
 この日までは、そう思っていたのに……。


 いつも、夜はユウの手を握りながら、いろいろお喋りする。
 少しでもフェルが回復するように、と思ってのことだった。
 そして……ユウが眠れそうになったら、「おやすみ」と言って部屋に戻る。

 ユウの意識が戻ってからずっとそうしていたのに、

「朝日……もう、俺、夜はちゃんと寝れるから……夜は部屋に来なくてもいいよ」

と言われた。

「え……。あっ、寝るのにかえって邪魔だった?」
「うーん……何ていうか……」

 ユウが困ったみたいに言葉を濁していたから……それ以上聞けなくなった。

「あの……もし起きてたら、ドアからおやすみ、言いに来てもいい?」
「まあ、それは……」
「そっか」

 やっぱりちょっと邪魔だったのかな。
 ずっと近くにいたら、寝辛かったのかもしれない。
 そしてそれを「邪魔だ」とはっきり言うことも、ユウには難しかったのかも。

 このときは、そう考えていた。
 でも、そのあと……またある日には、

「もうだいぶん起きれるようになったし……昼間は基本的に本を読んでようと思うから、そんなに頻繁に部屋に見に来なくても大丈夫だよ」

と諭すように言われた。

「え……そう?」
「うん。午後は夜斗と訓練でしょ?」
「うん……まあ……」

 私がちょっと不安そうにしていると、「もう大丈夫だから」とユウは微笑んだ。



 そんな感じで2週間ほど過ぎ……もう、4月も終わりになっていた。

「ユウ、今日は体の具合はどう?」

 ある日の午後。私は開けっぱなしになっていたドアから、ユウの部屋を覗きこんだ。
 窓も開けっ放しになっていて、気持ちの良い風が吹いている。
 誕生日以降、ユウは気持ちもかなり落ち着いてきて、イライラすることは殆どなくなった。
 もともと日光には弱いからあまり外に出ないけど、夕方には時々向かいの公園に散歩に行ったりしている。

「あ、朝日。今日は調子がいいよ」

 ベッドの上にクッションを置き、少し寝転んでいたユウは、むっくりと起きあがって微笑んだ。
 手には本を持っている。

「本を読んでたの?」
「うん。児童文学らしいけど……」
「あ、私が読んでた本だ。……あしながおじさん」

 部屋に入ってベッドのユウの隣にちょこんと座る。
 すると、ユウはさっと立ち上がって隅にあった段ボールを指差した。

「ほら、これ。僕が本が好きって言ったら、瑠衣子さんが出してきてくれたんだ」
「……そっか」

 私は立ち上がってユウの部屋を出ようとドアに向かった。

「……私、これから庭で夜斗と訓練するけど、何かあったらすぐ呼んでね。その窓から見えるでしょ?」
「うん、わかった」

 ユウがバイバイするように手を振った。
 私はそのままユウの部屋を出て……自分の部屋に向かった。
 中に入り……すぐに着替える気になれず、ベッドにごろんと横になる。

 何の変哲もない、今までとなんら変わりないやりとりに見えるけど……全然、違う。
 ――ユウが、何だか私を避けるようになった気がする。
 近くに行くと、さりげなく距離をとるし。
 一体、いつからだろう……。

 誕生日以降もユウは基本的にベッドに寝ている時間が長かったし、あまり気にならなかった。
 ここに来てからずっと、フェルを渡すつもりで手を握っても、払い除けたりはしなかったし。

 それから1週間ぐらい経って……ユウが自分で家の中を移動できるようになって……その頃からかな。
 だってテスラでは、私の手を引っ張ったり、膝枕したり……。
 何て言うか……触らないから淋しいっていうんじゃなくて、心の中に壁があるから実際の距離も遠くなっている……そんな気がする。

 そうだ。まず、ユウから私に近寄ってくることが全くない。
 ……これだ。
 近寄らないようにしているのか、近寄りたくないのか……それも、わからない。

 それに……あんまり目が合わなくなった。
 私がじっと見上げても、殆ど私を見てくれない。
 今までの中で一番ずっと一緒にいるのに……心の距離が一番、遠い。
 表面上はすごく穏やかだけど……何か……何て言うか……。
 私……何か余計なことをしてしまったんだろうか。

 前に、夜斗は「ユウの言うことにいちいち振り回されてちゃ駄目だ」と私に言った。
 「お前がいいと思ったことをどんどん実行していけばいい」ってアドバイスしてくれて……。
 ユウの誕生日もその一環だったし、絶対やってよかったと思う。
 ……じゃあ、何でだろう……?

「朝日―、まだかー?」

 庭から夜斗の声がした。私は慌てて起き上がり、自分の部屋から顔を出すと

「着替えたらすぐ行くね。待ってて!」

と夜斗に声をかけた。
 隣のユウの部屋の窓を見たけど、窓は閉まっていた。
 さっきユウの部屋に行ったときは、確か窓もドアも開け放してあったのに……。


「はっ……たぁ!」

 基本的に夜斗との訓練は組手で、防御ガードの出来を見るために、時々夜斗がある程度本気の打撃をしかけてくる。

「……はっ!」
「くっ……」

 夜斗の手刀を腕で受ける。圧力は感じるが痛くはない。すぐさま蹴りを放った。

「やぁっ!」
「おっと」

 夜斗が仰け反って私の蹴りを躱す。

「ちょ、ストップ!」
「……ん?」

 夜斗の声で、私は次の攻撃をやめた。

「何か変だった?」
「まあね。ただ、防御ガードの仕方は一応身についたみたいだな。あとは強度をどんどん上げるイメージを積んでいけばいい。今の強度だと自転車ぐらいしか耐えられない」
「そっかー」

 ちょっとガッカリ。目標は、十トントラックだからね。

「……何かあったか」

 夜斗が私を見下ろして言った。

「……どうして?」
「回し蹴りにキレがないから。お前の一番の得意技だろ」
「……」

 ユウが私に近寄らないから淋しいです、と言うのもおかしい気がする。
 私はユウの部屋の窓をちらりと見上げた。
 ……相変わらず、窓は閉まったまま。

「……」

 何て言えばいいだろう。
 ……そうだ、夜斗から見たユウについて聞いてみるのはいいかもしれない。夜斗って、洞察力あるし。

「あのね、聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」

 私は夜斗の腕を引っ張って家の中に入った。
 とりあえずリビングに行く。夜斗がソファにごろんと横になった。
 私の家の中で夜斗の一番のお気に入りは、ソファの独り占め、らしい。
 まぁ、もう慣れたから、別に文句は言わないけど。
 私は床の絨毯のところに座り、夜斗を見上げた。

「……あのね。夜斗から見て、最近のユウってどう?」
「どう……って?」
「んー……」

 言葉にするのは難しい。
 前と違って、ユウはイライラしている訳でも沈んでいる訳でもないから。

「あのね。3週間ほど前……ユウの誕生日のとき。夜斗は、ユウは感情表現が豊かになった、いい傾向だって言ったでしょ?」
「そうだな」
「……でもね。あの後、ユウが自分で動けるようになってからなんだけど……」

 何て言えばいいかな。

「……すごく穏やかなんだけど、1年前に逆戻りしたような感じなの」
「んー?」

 慎重に言葉を選びながら言ったんだけど、夜斗には伝わらなかったようだ。

「つまり、私から見ると……逆に感情の起伏がなくなったというか……波がないように感じるというか……」
「はー……」

 夜斗は天井を見上げると
「俺から見た感じはちょっと違うかな」
と言った。

「え?」
「まあ、1年前は俺はまだこっちに来てないし……見た目は女だったし……何とも言えないけど……」

 私の方を見る。

「去年の夏前までのユウは……白黒だな」
「へ?」

 夜斗の説明もよくわからない。

「でも、今は……色んな色があるのに、あえて上から真っ黒に塗りつぶしている。そんな感じだ」
「全然わからないけど……」
「俺も……ちょっと説明するのが難しい。憶測だけで勝手にユウの気持ちを語る訳にもいかないし」

 夜斗はボソッとそう言うと、私の頭にポンと手を乗せた。

「これからのこと、いろいろ考えている時期なんだとは思う。もう少し様子を見たらどうだ?」
「うん……」

 そのとき、ガタン!という大きな音がして、私はハッとして振り返った。
 ユウがリビングのドアを開けて入って来たところだった。
 私達を見て立ち止まる。

「あれ? 何してるの?」
「ちょっとね。これからどういう鍛錬を積んだらいいか、夜斗に聞いてたの」
「ふうん……」

 ユウはそれだけ言うと、台所に入って行った。
 お茶を飲みに来たらしく、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取るとすぐに二階に上がってしまった。

「……まぁとにかく、心が折れない限りは頑張って、ユウに話しかけてみるのがいいんじゃないか? 何か、きっかけができるかも」

 ユウの足音が完全に消えてから、夜斗が私を見て言う。

「そうなの? 本当に逆効果じゃない?」
「ああ」

 いまいち納得できなくて、私は夜斗をじーっと見た。
 すると夜斗は、ちょっとやれやれといった感じで、左手で私の目を覆った。

「……ただ、その癖だけは今はちょっと控えた方がいいかも」
「何? 何?」

 急に視界を塞がれたので、私は慌てて夜斗の手を払い除けた。

「お前、背が低いから、俺たちをじーっと見上げる癖があるんだよ。その瞳をされると、場合によっては……ちょっと困る」
「何で?」
「それは説明できない」

 夜斗はそう言うとソファから体を起こした。

「……さてと。訓練を再開するか」
「……うん」

 何だか腑に落ちなかったけど、とりあえずもう少し頑張れってことだよね。

「よし!」

 私が気合を入れると、夜斗が少し笑ったような……それでいて困ったような顔をした。
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