想い紡ぐ旅人

加瀬優妃

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32.自分がよくわからない -夜斗side-

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『……俺、お前のこと好きかも知れない』

 テスラ語の台詞――。
 朝日の顔が、みるみる赤くなる。

「えっ? はっ? 何、急に!」

 バッと腕を振り払われ――俺は自分が言ったことにハッとした。
 ……が、ニヤリと笑って

「……お前、やっぱりテスラ語が解るんだな」

と言ってみる。
 すると朝日はさらに真っ赤になり

「だ、騙したわね……!」

と叫び、蹴りを繰り出そうとする。だが、着ていた服の裾が長くてつんのめった。

「わきゃっ」
「おっと」

 俺は朝日の体を支えると……その隙に部屋に跳んだ。
 フェルティガを吸収するって話だったが、キスしたときと違ってそんなに辛くはなかった。
 やっぱり、朝日の気持ちにかなり影響されるのかもしれない。

「……あれっ」

 朝日がキョロキョロと辺りを見回すと、俺をじっと見上げた。

「……瞬間移動?」
「そう。……そうか、二回目か」

 朝日の体を離す。
 ……うん、特に疲れてはいない。

「……やっぱり気を逸らすと吸い込む力が減るんだな」

 何となくコツがわかった気がして頷いていると、朝日がイラッとしたように腕組みをしながら俺を睨みつけた。

「一体何だっていうのよ」
「テスラ語が解るんなら、自分の力のことも分かっただろうが。ちょっと確かめたかっただけだよ」
「……力って……掃除機みたいな感じってことでしょ?」
「そんな単純な話じゃない」

 どういう解釈をしてるんだよ。こりゃ、ちゃんと事の重大性を説明する必要があるな。
 思わず溜息をつくと、朝日は
「とりあえず着替えるから外に出てて。この服、動きにくくてイライラするから」
と言って俺をぐいぐい押して部屋から追い出した。

「……はぁ」

 思わずぼやくと、扉の外の狭いスペースに腰を下ろした。
 下を見下ろしながら……溜息をつく。

『俺、お前のことが好きかもしれない』

 ……何であんなこと言ったのかな。
 いや、朝日がテスラ語を理解してるんじゃないかと思って、カマをかけただけなんだよ。そうそう。
 なのに、自分が言った言葉で自分が一番動揺してるってのは……どういう訳だ。
 くそっ、昨夜リオがおかしなことを言うからだ。

『ヤト。まさか朝日は特別、なんて言わないわよね』
『何だよ、それ』
『……違うならいいけど。私たちのフィラを取り戻すことを優先してよ。自覚してよね』

 俺から見た朝日は、何というか……無駄に元気で……からかうと面白いから、結構話しかけてはいたかもな。
 ただ学校ではリオの目もあるから……。
 ……ん?
 リオの目がなければどうしたかったんだ?

「夜斗、もういいよ」

 部屋の中から朝日の声が聞こえた。
 全くやれやれだ……と思いながら入ると、朝日はジャージ姿だった。

「……何でジャージ?」
「身体なまっちゃうから空手の型でもやろうと思って」
「……」

 こいつ、女王の話を聞いて、不安とか動揺とかないのかな。
 俺はどっと疲れが出てくるのを感じながら、部屋の中央の椅子に腰かけた。
 とりあえず茶でも飲まないと落ち着けない。

「まず、話をしよう。聞きたい事とかないのか?」

 自分の力の話とか、チェルヴィケンの血筋の話とか、いろいろあるだろう。
 そう思って聞いてみたが、答えは予想外のものだった。

「理央の言動がよくわからない……。何か、すごく焦ってる感じがして。それに昨日、私を攫って来たあと、すごく辛そうにしてたの。それも何か関係あるかな、と思って……」

 なぜここでリオ? さっき喧嘩っぽくなってたからか?
 ……まあ、いっか。

 朝日が座ったので、ティーポットからお茶を注いでやった。朝日は一口飲んで「おいしーい」と幸せそうに呟いた。
 ……とことん能天気な奴だ。

「リオは女王に心酔している。そして、自分がフィラの三家の出身であることに誇りを持っている。『三家の生き残りである自分が率先してフィラを取り戻す』、これを目標にここまできた。……まあ実際、かなりの使い手ではある」

 朝日がじーっと俺を見る。こいつのこの癖はどうにかならないかな。
 何だか落ち着かない。
 俺は朝日から目を逸らすと、話を続けた。

「だけど、ユウとは闘わせてもらえなかった。俺だけでなく、エルトラでもユウと闘うのは不利だって判断したからなんだが……まず、そこに苛立ってるな」
「ふうん……」
「それで、さっきの朝日の血筋の話な。フィラの三家の直系っていうことがわかっただろ? お前のことはフェルティガが効かないだけで、ただユウに守られているだけの人間だって思ってたのに、俺たちよりも……ひょっとしたらユウすらも凌ぐ逸材だってことがわかったから、ショックだったんだろ」
「逸材? 何で? ただ蓄えるだけでしょ」
「全然違う」

 やっぱりわかっていなかったか。ユウはフェルティガについてどう説明したのかな。
 ……いや、ユウはフィラの人間の割に知らないことが多いみたいだ。
 この機会に俺がしっかり説明しておくか。これからの訓練にも関わるしな。

「いいか? 俺達フェルティガエにとって、フェルティガは生命エネルギーみたいなもので、なくなると死んでしまう。浪費すれば寿命を縮める。休むことで回復はするが、基本は使い捨てというか……そういうものなんだ。だけど他者から、しかも無限に取り込めるということは、いくら使っても……まあ限界はあるだろうが、俺達よりは命を削らなくて済むということなんだよ」
「ふうん……」

 朝日は何だかわかったようなわからないような顔をしている。
 仕方がないので

「それに、俺たちは一度に使える力の上限が生まれつき決まっている。だが、蓄積できるということは一度にとてつもない威力を出すこともできる、ということだ」

と畳み掛けると、今度は「そっか……」と呟いてうんうん頷いていた。
 ちょっとわかったみたいだな。

「でも、リオの体のことなら心配しなくていいぞ。昨日辛そうだったっていうのは、ゲートを越える負担がピークだっただけだ」
「ゲートを越える、負担……?」

 朝日が不思議そうな顔をしている。

「ゲートに関しては、任務を請け負うときに初めて知ったんだが……。ゲートを何回越えられるかは、生まれたときの潜在能力で決まっているんだ。どれだけ訓練しても回数を増やすことはできないし……フェルティガと違って、いくら休んでも回数を回復させることはできない。確実に消費していくものなんだ」
「ふうん……」
「素質が全くない人間は、越えた時点で体が維持できず、消滅してしまう」
「あ、それ……見た」

 何か思い出したのか、朝日の顔色がちょっと変わった。

「初めて見たキエラの人がそうだったの。越えてきてしばらくしたら……砂になって、やがてそれすらも消えちゃったの」
「ふうん……」

 それにしても、キエラの人間はどういう経緯でゲートのことを知ったのか。
 エルトラでは、女王とその側近の神官しか知らないことなのに。
 ……そうか、攫われたフィラの人間から聞き出したのかもしれないな……。

「……で、理央は? もうゲートを越えられないってことなの?」
「そうだな。多分、その状態なら厳しいだろうな。もう一回ぐらいならいけるかもしれないが……帰って来れないことになる。まぁ多分、本人が一番分かっているだろう」
「夜斗は?」
「俺はまだ大丈夫だな」
「ふうん……」

 朝日は何だかピンときていないようだった。
 まだ一回しか越えていないし、特に疲れは感じなかったのだろう。

「何も疲労感がなかったんなら、帰る分には全然問題ないと思うぞ」
「うん……」

 いつどうなったら帰せるかは、わからんが……。
 しかし、女王は朝日を戦場に出してどうするつもりなのだろう。
 託宣を鵜呑みにして何かが起こるのを期待するのだろうか。

 託宣――女王の託宣。
 今起こっていること……そして、近い未来を視ることができる。
 外れることは、決してない。
 朝日がこの戦争を終わらせる鍵であることは、間違いないだろう。
 だが、それは本当にそういう意味なのか?
 エルトラに味方して闘ってもらうことで、戦争を終焉へと導くのか?
 今の朝日を見ていると、とてもそうは思えない。
 朝日にもしものことがあったら、どうするんだ。

 そんなことを考えて一人でやきもきしていると、ずっと黙って考え込んでいた朝日が、ふと顔を上げた。

「さっき……私はフェルを蓄えることができるって言ってたよね。じゃあ、その蓄えたフェルを人に与えることもできるの?」

 ……ユウにあげることを考えているんだろうか。
 何だか胸がざわついたが

「できるんじゃないか? お前の意思にかなり左右されるとは思うが……。さっき、お前の不意を突いて跳んでみたらあまり吸い込まれなかったし」

とだけ答えた。

 さっき俺が言ったこと、朝日は全部含めて、嘘だと思ってるんだよな。
 いや、カマかけただけだから、嘘……だが……。
 何だか割り切れない。どうしたんだ、俺。

 ……そうだ。昨日、うっかりキスなんかしたからか。
 内部から暗示がかけられるかと思って試したのに、こっちのフェルティガをすごい勢いで吸い取るからかなり驚いた。
 そうだ、そうだ、それでちょっとパニックになっているに違いない。

「あのね、夜斗」

 急に朝日が真剣な顔で切り出した。

「キエラは私達が死なない程度ならどんなことをしてでも連れていくって感じで、かなり乱暴だったの。だからこの戦争、エルトラとキエラのどっちの味方をするかと言われたら、エルトラの味方をするよ。でも……道具扱いするのはどちらも同じで……今はまだ、味方をする気になれない」
「……まあな」

 無理矢理連れてこられたんだから、そう急に前向きにはなれないだろうな。いくら朝日でも。

 そんなことを考えながら茶を啜っていると、朝日は
「でも、訓練はちゃんと頑張ってみようと思う」
と身を乗り出してきた。
 何でだ?と思ったけど、俺の表情を読んだのか、朝日が俺を見つめながら真剣な顔で続けた。

「前に、ユウに言われたんだ。私にはフェルが効かないなら大丈夫だねって言ったら、仮に高いところから足場を崩されて落とされたら自分ではどうにもできないでしょって。実際、無人島では崖から落ちて、そのときユウがいなかったら私一人ではどうすることもできなかった。だから、私は足手まといにはなりたくない。私を庇って、ユウが怪我するのは嫌だ。せめて、自分の身は自分で守れるようになりたいの」
「……」

 朝日とユウは相思相愛ってやつなのかな、と思う。女同士なのに。
 俺から見て、ユウはものすごい美少女だったけど、何というか覇気がないというか、白黒映像みたいだった。
 物凄いフェルティガエだっていうことは闘い方を見て思ったけど、それ以外のときは気配さえ消しているような、そんな感じ。

 ――僕は、朝日を守るために傍にいる。

 あの時が初めてだな。あいつがはっきりと自分の意思を示したのは。
 それ以降はだんだん色が出てきて……。

「……ユウは、何者なんだ。本当に男じゃないのか?」

 どうしても気になってしまう。何か違和感を感じるからだ。
 朝日は

「……そこ、何でそんなに気にするの?」

とじーっと俺の顔を見上げた。
 俺は何だか目を合わせられなくて

「……何でだろうな」

とだけ言った。なぜなら、俺自身もよくわからないから。

 そんな俺を、朝日が不思議そうな顔をして見ている。
 俺はちょっと面倒になって

「まあ、とにかく……防御ガードができるように頑張ってみるか」

と誤魔化して、朝日の頭をポンと叩いた。
 朝日は
「うん!」
と元気よく返事をすると、嬉しそうに笑った。
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