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23.二人きりのクリスマス・イブ
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バイトを終えて店を出ると、私たちは前に来たデパートに寄った。予約しておいたツリーを受け取るためだ。
寮に戻ってから、二人でクリスマスツリーの飾りつけをした。
白い綿を雪に見立てて乗せていると、ユウが
「何か、フィラを思い出すな……」
とボソッと呟いた。
こっちの地方ではあまり雪が降らないから、ちょっと寂しかったのかもしれない。
学校は12月20日で2学期が終了。そのあと冬休みになる。
毎日ツリーを眺めながら、あと4日、あと3日……と指折り数えていた。
そして、12月24日。
私とユウはチキンとケーキを買いにいった。
ユウは甘い物が好きだから、ケーキ屋さんで
「イチゴ……でもチョコもいいな……」
とかなり真剣に悩んでいた。その様子が何だかおかしくて、私は声を出して笑ってしまった。
さんざん迷った挙句、雪のように白い生クリームのケーキを買った。
寮に帰ってからそれらをコタツの上に並べ……いよいよ、二人だけの小さなクリスマスパーティを始めた。
「さ、ケーキにロウソク立てよう」
「何でロウソク立てるの?」
「……何でだろう?」
改めて聞かれると分からないこと、結構ある。
「誕生日だとハッピーバースディを歌って、そのあとロウソクの火を消すんだけど……」
「朝日、誕生日でしょ? どんな歌?」
自分の誕生日に自分で歌うのも変だけど……。
仕方なく簡単に歌って教えてあげた。
「……で、歌い終わったら、一緒に火を消そうね」
「わかった」
私は部屋の電気を消した。灯りがロウソクの火だけになる。
ユウがキョロキョロと辺りを見回した。
雰囲気が変わったから驚いたのかな。
「せーの」
ユウと一緒に歌い始めた。
……そう言えば、ユウの歌声を初めて聞いた気がする。
喋っている声と同じで、穏やかで染み入るような心地よい声だった。
「……ハッピーバースディ、トゥユー……」
「はい、せーの」
フーッと息を吐く。二人で吹いたから、ロウソクの火はいっぺんに消えた。
部屋が真っ暗になる。
「はい、拍手ー」
「うん」
パチパチパチ……と手を叩く。
「じゃ、電気つけようか」
「……待って」
立ち上がろうとした私の腕を、ユウが不意に掴んだ。
真っ暗だから、全く表情は見えない。
ユウの手の温かさだけが妙に強く感じられた。
「どうしたの?」
「……さっきのロウソクの灯りがよかった。今日、ロウソクじゃ駄目?」
「いいけど……。じゃあアロマキャンドル持ってるから、それをつけようか。でも電気つけないとわからないから、一回つけるね」
私は立ち上がると、電気をつけた。
しまっておいたアロマキャンドルに火をつけ、コタツの上に置くと、再び電気を消した。
部屋は暗くなり、ロウソクの灯りだけ……になった。
「……これでいい?」
「うん」
灯りの中で浮かび上がるユウの顔が、いつもより素敵に見えた。
……なんか、これだとムードが出過ぎてドキドキしちゃうんだけどな……。
ま、それは私の勝手なんだけど。
そのあと、チキンを食べながらたわいない話をしていた。
でもいつもと違って、ユウもいろいろな話をしてくれた。
テスラの夜はみんな休むことになってるんだけど、家の中はちょうど今の灯りぐらいの明るさになっているらしい。
だからロウソクの灯りはテスラを思い出して懐かしい、と言っていた。
私はケーキを食べるためにホットコーヒーを準備しながら、これぐらい暗い方が自分の気持ちに素直になれるのかも……なんて思ったりしていた。
「……あ、そうだ」
ユウがポケットから何かの箱を出した。
「はい、朝日。16歳の誕生日おめでとう」
「えっ」
びっくりしてコーヒーを取り落としそうになる。
「プレゼント、準備してくれたの?」
「前、クラスの女の子が『誕生日プレゼント』って誰かに渡してたから……。誕生日ってそういう風に贈り物をする日なんだなって思って」
ユウは照れくさそうにしている。
私は嬉しくて胸がいっぱいになってしまった。
「嬉しい……開けていい?」
「いいよ」
包装紙を丁寧に開ける。
長細い箱の中から、ネックレスが出てきた。
ゴールドのチェーンで、花の形のペンダントトップがついている。中央に、小さい赤い石が入っていた。
「可愛い!」
「さすがに、アレクサンドライトって訳にはいかなかったけどね。……高くて」
あのとき――私がキエラの人に誘拐されたときに私たちを繋いだ石、アレクサンドライト。
ユウは、私が大切だと思ったことをちゃんと大事にしてくれている。
そのことが、何よりも嬉しい。
「赤色が好きって言ってたよね? それに、朝日には赤が一番似合うと思う」
「ありが……とう……」
思わず涙が出てきた。
「もう……何で泣くんだよ」
「嬉しいから!」
また泣いてしまって恥ずかしい。きっと、ユウは困ってる。
でも、ユウが私の誕生日を覚えていてくれて、プレゼントまで用意してくれたのが嬉しい。
――未来がないことが分かってても、ユウを好きだという気持ちは止められない。
「宝石にはね……それぞれ、込められた言葉があるんだ」
もらったネックレスを見ながら、呟く。
ユウは「へぇ……」と相槌を打った。
「……アレクサンドライトに込められた言葉、知ってる?」
「……知らない。何?」
私は涙を拭ってユウをじっと見つめた。
「――秘めた想い……だよ」
それが、精一杯の私の意思表示だった。
ユウに自分の気持ちを言うことは、おそらくないと思う。
だって、言えばきっと……ユウを困らせる。
だけど、これだけは知ってほしい。
ユウ自身を大事に思っている人間がここにいるよ……って。
「……」
ユウは黙ったままだったけど、ロウソクの灯りに照らされた顔がちょっといつもと違うように見えた。
「じゃ、つけてみるね」
あんまり深く考え込まれたら困るから、私はユウの言葉を待たずに、誤魔化すように言った。
つけようとして留め金を外して首の後ろに持って行ったけど、手が震えてうまくつけられない。
「あれ、うまくいかない……」
「……つけてあげる」
ユウが手を出したので、ネックレスを渡す。ユウは両腕を私の首の後ろに回して留め金をつけてくれた。
ちょっと時間はかかったけど……。
「……できた」
ユウの声が耳元で聞こえた。
気のせいか、いつもより艶がある気がする。
「朝日……髪……伸びたね……」
そう言うと、ユウは私の髪を左手にとり、口づけた。
もう、どこで覚えたんだろう、そんな仕草。
そうか、私が貸してあげたマンガにでもあったかな。でもちょっと恥ずかしい。
「そ、そうだね。ずっと切ってな……」
照れ隠しで出てきた私の言葉は、途中で遮られた。
ユウが右手で私を抱き寄せて――そっと、唇を重ねたから。
寮に戻ってから、二人でクリスマスツリーの飾りつけをした。
白い綿を雪に見立てて乗せていると、ユウが
「何か、フィラを思い出すな……」
とボソッと呟いた。
こっちの地方ではあまり雪が降らないから、ちょっと寂しかったのかもしれない。
学校は12月20日で2学期が終了。そのあと冬休みになる。
毎日ツリーを眺めながら、あと4日、あと3日……と指折り数えていた。
そして、12月24日。
私とユウはチキンとケーキを買いにいった。
ユウは甘い物が好きだから、ケーキ屋さんで
「イチゴ……でもチョコもいいな……」
とかなり真剣に悩んでいた。その様子が何だかおかしくて、私は声を出して笑ってしまった。
さんざん迷った挙句、雪のように白い生クリームのケーキを買った。
寮に帰ってからそれらをコタツの上に並べ……いよいよ、二人だけの小さなクリスマスパーティを始めた。
「さ、ケーキにロウソク立てよう」
「何でロウソク立てるの?」
「……何でだろう?」
改めて聞かれると分からないこと、結構ある。
「誕生日だとハッピーバースディを歌って、そのあとロウソクの火を消すんだけど……」
「朝日、誕生日でしょ? どんな歌?」
自分の誕生日に自分で歌うのも変だけど……。
仕方なく簡単に歌って教えてあげた。
「……で、歌い終わったら、一緒に火を消そうね」
「わかった」
私は部屋の電気を消した。灯りがロウソクの火だけになる。
ユウがキョロキョロと辺りを見回した。
雰囲気が変わったから驚いたのかな。
「せーの」
ユウと一緒に歌い始めた。
……そう言えば、ユウの歌声を初めて聞いた気がする。
喋っている声と同じで、穏やかで染み入るような心地よい声だった。
「……ハッピーバースディ、トゥユー……」
「はい、せーの」
フーッと息を吐く。二人で吹いたから、ロウソクの火はいっぺんに消えた。
部屋が真っ暗になる。
「はい、拍手ー」
「うん」
パチパチパチ……と手を叩く。
「じゃ、電気つけようか」
「……待って」
立ち上がろうとした私の腕を、ユウが不意に掴んだ。
真っ暗だから、全く表情は見えない。
ユウの手の温かさだけが妙に強く感じられた。
「どうしたの?」
「……さっきのロウソクの灯りがよかった。今日、ロウソクじゃ駄目?」
「いいけど……。じゃあアロマキャンドル持ってるから、それをつけようか。でも電気つけないとわからないから、一回つけるね」
私は立ち上がると、電気をつけた。
しまっておいたアロマキャンドルに火をつけ、コタツの上に置くと、再び電気を消した。
部屋は暗くなり、ロウソクの灯りだけ……になった。
「……これでいい?」
「うん」
灯りの中で浮かび上がるユウの顔が、いつもより素敵に見えた。
……なんか、これだとムードが出過ぎてドキドキしちゃうんだけどな……。
ま、それは私の勝手なんだけど。
そのあと、チキンを食べながらたわいない話をしていた。
でもいつもと違って、ユウもいろいろな話をしてくれた。
テスラの夜はみんな休むことになってるんだけど、家の中はちょうど今の灯りぐらいの明るさになっているらしい。
だからロウソクの灯りはテスラを思い出して懐かしい、と言っていた。
私はケーキを食べるためにホットコーヒーを準備しながら、これぐらい暗い方が自分の気持ちに素直になれるのかも……なんて思ったりしていた。
「……あ、そうだ」
ユウがポケットから何かの箱を出した。
「はい、朝日。16歳の誕生日おめでとう」
「えっ」
びっくりしてコーヒーを取り落としそうになる。
「プレゼント、準備してくれたの?」
「前、クラスの女の子が『誕生日プレゼント』って誰かに渡してたから……。誕生日ってそういう風に贈り物をする日なんだなって思って」
ユウは照れくさそうにしている。
私は嬉しくて胸がいっぱいになってしまった。
「嬉しい……開けていい?」
「いいよ」
包装紙を丁寧に開ける。
長細い箱の中から、ネックレスが出てきた。
ゴールドのチェーンで、花の形のペンダントトップがついている。中央に、小さい赤い石が入っていた。
「可愛い!」
「さすがに、アレクサンドライトって訳にはいかなかったけどね。……高くて」
あのとき――私がキエラの人に誘拐されたときに私たちを繋いだ石、アレクサンドライト。
ユウは、私が大切だと思ったことをちゃんと大事にしてくれている。
そのことが、何よりも嬉しい。
「赤色が好きって言ってたよね? それに、朝日には赤が一番似合うと思う」
「ありが……とう……」
思わず涙が出てきた。
「もう……何で泣くんだよ」
「嬉しいから!」
また泣いてしまって恥ずかしい。きっと、ユウは困ってる。
でも、ユウが私の誕生日を覚えていてくれて、プレゼントまで用意してくれたのが嬉しい。
――未来がないことが分かってても、ユウを好きだという気持ちは止められない。
「宝石にはね……それぞれ、込められた言葉があるんだ」
もらったネックレスを見ながら、呟く。
ユウは「へぇ……」と相槌を打った。
「……アレクサンドライトに込められた言葉、知ってる?」
「……知らない。何?」
私は涙を拭ってユウをじっと見つめた。
「――秘めた想い……だよ」
それが、精一杯の私の意思表示だった。
ユウに自分の気持ちを言うことは、おそらくないと思う。
だって、言えばきっと……ユウを困らせる。
だけど、これだけは知ってほしい。
ユウ自身を大事に思っている人間がここにいるよ……って。
「……」
ユウは黙ったままだったけど、ロウソクの灯りに照らされた顔がちょっといつもと違うように見えた。
「じゃ、つけてみるね」
あんまり深く考え込まれたら困るから、私はユウの言葉を待たずに、誤魔化すように言った。
つけようとして留め金を外して首の後ろに持って行ったけど、手が震えてうまくつけられない。
「あれ、うまくいかない……」
「……つけてあげる」
ユウが手を出したので、ネックレスを渡す。ユウは両腕を私の首の後ろに回して留め金をつけてくれた。
ちょっと時間はかかったけど……。
「……できた」
ユウの声が耳元で聞こえた。
気のせいか、いつもより艶がある気がする。
「朝日……髪……伸びたね……」
そう言うと、ユウは私の髪を左手にとり、口づけた。
もう、どこで覚えたんだろう、そんな仕草。
そうか、私が貸してあげたマンガにでもあったかな。でもちょっと恥ずかしい。
「そ、そうだね。ずっと切ってな……」
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