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12.どうしてここにいるの?
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『……もしもし?』
ユウはコール2回で電話に出た。
どうやらテスラにいた訳ではないらしい。
「あ、ユウ? よかった。つながって」
『……何かあったの? 大丈夫?』
心配そうな声。
私は笑いながら、「大丈夫」と答え、ママが明日の朝には帰ってしまうことを説明した。
「……それで、ママがユウを呼んだらどうかって。あの……」
急に緊張してきた。慌てて
「ママと過ごすつもりで食料とか買ってしまって、勿体ないから。ユウさえよければ、なんだけど」
と早口に言った。
ユウはしばらく黙り込んでいる。
どうしよう、私が変に緊張しているのが伝わったんだろうか。私が来てほしいんじゃなくてママが言ったんだよ、というのを強調するような言い方になってしまったのも、言い訳くさいというか、おかしかったかもしれない。
そんなことがグルグルして頭の中がプチパニックしかけた頃、
『……大丈夫だよ』
というユウの声が聞こえてきた。
特に困っている風でもなく渋々という風でもなく、妙に淡々としている。熟考した結果、問題なさそうなのでそうします、という感じで、何だか会社の打合せか何かみたい。
まぁ、ユウの仕事は私のガードなんだから遠くはないんだけど、ちょっとした温度差を感じてますます焦ってしまった。
「えっ、本当? あの、今からでも来れたらママに紹介……」
『それはちょっと無理かな。行けて明日の午前中だと思う』
ユウが私の言葉を遮る。
「どうして? 電話がつながったってことは、テスラじゃなくてこっちにいるんだよね?」
『そうなんだけど、どうしても』
何だかよくわからないな。
ユウはいつも繰り返し「僕は朝日のガードだから」と言っていた。
それ以外の用事なんてない気がするけど……。
……それとも、ママに会う訳にはいかない、ということなのかな。
『明日の朝、行くよ。場所はわかってるから』
「……わかった。じゃあね」
これ以上食い下がっても無理だ。仕方なく、私は電話を切った。
何だか腑に落ちないことが多い。歯切れが悪いっていうか……。
「お電話したの? どうだった?」
私が首を捻りながらリビングに戻ると、ママが台所から顔を出した。
「明日の午前中に来るって。でも、ママと入れ違いになってしまうみたいなの。ちゃんと紹介したかったんだけどな……」
「ユウちゃんだって都合があるわよ。でも、よかったわ。じゃあ料理の下ごしらえだけでもしておくわね」
ママは台所に戻って野菜を切り始めた。
……ま、いいか。とにかく明日来てくれるんだもの。
せっかくだから、ちゃんとおもてなししなきゃ。
「私もやる! ユウは多分料理できないの。だから教えて?」
「もちろん。それじゃあ……」
ママが忙しそうにパタパタと動き始めた。
ゆっくり話はできなかったけど、これはこれで楽しい。
その日の夜は、ママと楽しく料理の準備をして、学校の話やユウの話をした。
ママも、今のレストランの計画やイタリア出張でやりたいことの話をしてくれた。
シャワーを浴びると疲れが出てきて……早めに寝てしまった。
そして、次の日の朝。
「じゃあ、ユウちゃんによろしくね」
「うん。ママも、気を付けてね」
二人で朝食を食べた後、ママは慌ただしく出て行った。
レンタカーで走っていくママを見送ると、ユウを迎えるために新しいスリッパを出した。
あとは、昼食に出すものを確認して……。
「……朝日?」
「わーっ!」
急に窓からユウが顔を出した。
「びっくりした! は、早いね!」
「うん。早い方がいいかなと思って。嫌だった?」
「嫌じゃ……ないけど……」
何だか狙いすましたように、と感じたのは気のせいだろうか。
ユウは玄関に回って中に入ると、私が出したスリッパを履いた。
「木の香りがする。すごくいいね」
「本当? ありがとう! 私もママもお気に入りの別荘なんだ。あのね……」
窓を開ける。今日はさわやかな風が吹いている。
「ここから見える景色もいいでしょ? ユウなら気に入ってくれるかなって昨日、考えてた」
「そうだね……」
リビングでちょっとお茶したあと、私とユウは近くの川まで散歩に出かけた。
日差しは強いけど、さわやかな風とサラサラという川のせせらぎが心地いい。
樹の匂いが……とても気持ちを落ち着かせてくれた。
ユウも、寮に比べればだいぶん過ごしやすそうだった。
そうしてしばらく歩いたあと、私たちは川沿いのベンチに腰かけた。
木陰になっていて、少し涼しい。汗がすうっと引いていくのがわかる。
「……あれ? そのブローチ、どうしたの?」
私の左胸につけているブローチに気づいて、ユウが言った。
「これ? ママがくれたの。若いときに買ったもので、気に入ってたんだって」
私は指でつまんでユウに見せた。
シルバーのうさぎをかたどったもので、瞳の部分に宝石が入っている。
「でも質がそんなに良くないしデザインも若いから、もうママはつけられないんだって。だから私にくれたんだ。この石ね、アレクサンドライトっていうんだって。赤に見えたり青緑に見えたり色が変わるの」
「ふうん……。何か、僕の持ってる宝石と似てる」
ユウは懐からヤジュ様の指輪を取り出し、「ほら」と言って見せてくれた。私のブローチの石と並べてみる。
「ほんとだ……。じゃあ、ユウのもアレクサンドライトなのかな?」
そこまで言って、ふとユウとの距離がものすごく近いことに気づいた。
ユウと目が合う。私は顔がカッと赤くなるのを感じた。
何か言おうとして……。
「……!」
誰かいる気配がする。
ハッとして、私はユウと慌てて離れた。
ユウも、私から目を逸らすと、指輪を懐にしまった。
緊張感が走る。
「……あら?」
少し離れた木の陰から、声が聞こえてきた。
誰かがゆっくりと歩いてくる。
「ユウと……朝日? 何でここにいるの?」
「えっ!?」
現れたのは……理央だった。
白いワンピースを着て、白い日傘を差している。お嬢様の避暑、そのものだった。
「理央!?」
「あら、二人はどうしてここに?」
「それはこっちの台詞……」
私とユウは、思わず顔を見合わせた。
* * *
「……理央たちの家の別荘もここにあるんだ」
立ち話も何だし、ということで、理央はいったん日傘を閉じて私の左隣に座っていた。右隣のユウが、理央には見えないように私の右腕に腕を回している。
ちょっとドキドキするのだけど、これはそういう意味ではなく、理央に警戒しているだけなんだろう。
「そうなの。キャンプ場の近くのログハウスが、朝日の家の別荘だったのね。誰か来てるわね、なんてちょうど夜斗と話してたのよ」
理央は扇でパタパタと顔を仰ぎながら、私たちを見比べた。
「今日、夜斗は?」
「別荘にいるわよ。散歩なんてだるい、なんて言ってゴロゴロしてるわよ」
理央は困ったように笑った。
「今、あちらは暑いでしょう? 私、日光は苦手で……。こちらに避暑に来ていたの。朝日も?」
「うん。昨日、マ……母と一緒に来て、今朝ユウが来たの」
「……そう」
理央はにっこり微笑んだ。
「理央は夜斗と二人なの?」
「ええ。でも明日、母がこちらに来る予定なの。私たちは一足先にこちらに来たのよ」
そう言うと、理央はパッと顔を輝かせて私たちの方に振り返った。
「……そうだ。二人とも明日、私たちの家に来ない? 母に紹介するわ」
え、そんなこと急に言われても。
驚いて、私が「明日は戻るから……」と断ろうとしたら、ユウが「待って」と遮った。
「昼間なら……行けるかも」
私はびっくりしてユウの顔を見た。
ユウは私に目配せをすると、そのまま続けた。
「ね、朝日。帰るのは夕方の列車でしょ?」
「う……うん。まあ……」
確かにその通りだけど。
でも、あんまり他人と関わらないようにしようって言ってたはずなのに。
何でだろう?
ユウの考えていることがよくわからなかった。
「本当? じゃあ、明日は一緒にランチしましょうね。そうと決まったら、準備をしなくちゃね。夜斗にも手伝わせなきゃ。母にも連絡しないといけないし……」
理央はそう言うと、さっと立ち上がった。
「じゃあ、また明日。十二時前に、夜斗を迎えに寄越すわね」
にっこり微笑むと、理央は日傘を差して歩いていった。
途中で一度振り返り、私たちに手を振った。私も手を振り返した。
そうしている間もユウはずっと黙っていたが、理央の姿が見えなくなると、ふっと息をついた。私の腕に回っていた手から力が抜けた。
だけど何かを警戒してか、私の耳元で
「……朝日、理央を追うよ」
と囁いた。
「えっ……」
それってどういうこと……と聞き返す間もなく、ユウは私を抱えて飛び上がり、木の上に着地した。
「ひゃ……」
思わず叫びそうになると、ユウに口を押えられた。
「静かにして。後で説明する」
とだけ言って、ユウは私を抱えながら木の上を飛んで行った。
少し距離を開けながら理央を追う。理央は一度も振り返らず、歩いていく。
意外に早足だな……と思っていると、緑色の屋根の比較的大きな家の前でピタッと止まった。
一度だけ二階を見上げた後、すっと中に入っていく。
二人でしばらく見守っていたけど、それ以上何も起こらなかった。
「……帰ろうか」
ポツリとユウが言った。
ユウは再び木を飛んで元の場所に着くと、ベンチに下ろしてくれた。
どういうつもりか聞こうとしたけど、やめた。
ここはまだ外だし、込み入った話なんてできないに違いない。それにユウは、いつもちょっと落ち着いてから説明してくれる。
とりあえず黙ったまま、私たちは別荘に戻った。リビングの窓を開けて、空気の入れ替えをする。
「ユウは、とりあえずゆっくりしてて。今、お昼の準備するね」
私がそう言うと、ユウは黙ったままリビングのソファに座り、外の景色をぼーっと眺めていた。
私はママと用意しておいた昼食を並べ、コーヒーを入れた。
コーヒーの匂いに釣られたかのようにユウがダイニングに来たので、二人で向かい合って『いただきます』をした。
「……で、どういうこと?」
しばらく経ってから、私はユウに聞いた。
「何で理央の別荘に行こうと思ったの? ……それに、さっきの尾行も」
「あの二人のことは……この機会に白黒つけようと思ってね。母を紹介するって言ってたでしょ? 普通に紹介されるだけだったら、シロと判断できるかなって思って」
「なるほど……」
「パターンとしては四つ考えられるんだ」
ユウはコーヒーを一口飲んでから息をつくと、指を折った。
「二人ともシロ。二人ともクロ。理央がシロで夜斗がクロ。それとその逆。この四つ」
「……よくわかんない。片方だけ、とかあるの?」
「理央が幻惑で夜斗に自分が姉だと思い込ませる、とかね」
「幻惑……」
そうか、幻惑が使えるとしたら……どれだけ学校に馴染んでようが、関係ないんだ。
二人は学校では有名人というか、かなり人気者のようだけど、全員にそういう記憶を植え付ければいいだけ。
でも、だとしたら……それは、フェルを扱う人としては、かなり高位の人なんじゃ。
学校での二人の様子を思い浮かべて
「それは嫌だな」
と思った。
怖いというより……そういう風に疑いたくないな、と。
私の認識は、きっととても甘いんだろうけど。
ユウはコール2回で電話に出た。
どうやらテスラにいた訳ではないらしい。
「あ、ユウ? よかった。つながって」
『……何かあったの? 大丈夫?』
心配そうな声。
私は笑いながら、「大丈夫」と答え、ママが明日の朝には帰ってしまうことを説明した。
「……それで、ママがユウを呼んだらどうかって。あの……」
急に緊張してきた。慌てて
「ママと過ごすつもりで食料とか買ってしまって、勿体ないから。ユウさえよければ、なんだけど」
と早口に言った。
ユウはしばらく黙り込んでいる。
どうしよう、私が変に緊張しているのが伝わったんだろうか。私が来てほしいんじゃなくてママが言ったんだよ、というのを強調するような言い方になってしまったのも、言い訳くさいというか、おかしかったかもしれない。
そんなことがグルグルして頭の中がプチパニックしかけた頃、
『……大丈夫だよ』
というユウの声が聞こえてきた。
特に困っている風でもなく渋々という風でもなく、妙に淡々としている。熟考した結果、問題なさそうなのでそうします、という感じで、何だか会社の打合せか何かみたい。
まぁ、ユウの仕事は私のガードなんだから遠くはないんだけど、ちょっとした温度差を感じてますます焦ってしまった。
「えっ、本当? あの、今からでも来れたらママに紹介……」
『それはちょっと無理かな。行けて明日の午前中だと思う』
ユウが私の言葉を遮る。
「どうして? 電話がつながったってことは、テスラじゃなくてこっちにいるんだよね?」
『そうなんだけど、どうしても』
何だかよくわからないな。
ユウはいつも繰り返し「僕は朝日のガードだから」と言っていた。
それ以外の用事なんてない気がするけど……。
……それとも、ママに会う訳にはいかない、ということなのかな。
『明日の朝、行くよ。場所はわかってるから』
「……わかった。じゃあね」
これ以上食い下がっても無理だ。仕方なく、私は電話を切った。
何だか腑に落ちないことが多い。歯切れが悪いっていうか……。
「お電話したの? どうだった?」
私が首を捻りながらリビングに戻ると、ママが台所から顔を出した。
「明日の午前中に来るって。でも、ママと入れ違いになってしまうみたいなの。ちゃんと紹介したかったんだけどな……」
「ユウちゃんだって都合があるわよ。でも、よかったわ。じゃあ料理の下ごしらえだけでもしておくわね」
ママは台所に戻って野菜を切り始めた。
……ま、いいか。とにかく明日来てくれるんだもの。
せっかくだから、ちゃんとおもてなししなきゃ。
「私もやる! ユウは多分料理できないの。だから教えて?」
「もちろん。それじゃあ……」
ママが忙しそうにパタパタと動き始めた。
ゆっくり話はできなかったけど、これはこれで楽しい。
その日の夜は、ママと楽しく料理の準備をして、学校の話やユウの話をした。
ママも、今のレストランの計画やイタリア出張でやりたいことの話をしてくれた。
シャワーを浴びると疲れが出てきて……早めに寝てしまった。
そして、次の日の朝。
「じゃあ、ユウちゃんによろしくね」
「うん。ママも、気を付けてね」
二人で朝食を食べた後、ママは慌ただしく出て行った。
レンタカーで走っていくママを見送ると、ユウを迎えるために新しいスリッパを出した。
あとは、昼食に出すものを確認して……。
「……朝日?」
「わーっ!」
急に窓からユウが顔を出した。
「びっくりした! は、早いね!」
「うん。早い方がいいかなと思って。嫌だった?」
「嫌じゃ……ないけど……」
何だか狙いすましたように、と感じたのは気のせいだろうか。
ユウは玄関に回って中に入ると、私が出したスリッパを履いた。
「木の香りがする。すごくいいね」
「本当? ありがとう! 私もママもお気に入りの別荘なんだ。あのね……」
窓を開ける。今日はさわやかな風が吹いている。
「ここから見える景色もいいでしょ? ユウなら気に入ってくれるかなって昨日、考えてた」
「そうだね……」
リビングでちょっとお茶したあと、私とユウは近くの川まで散歩に出かけた。
日差しは強いけど、さわやかな風とサラサラという川のせせらぎが心地いい。
樹の匂いが……とても気持ちを落ち着かせてくれた。
ユウも、寮に比べればだいぶん過ごしやすそうだった。
そうしてしばらく歩いたあと、私たちは川沿いのベンチに腰かけた。
木陰になっていて、少し涼しい。汗がすうっと引いていくのがわかる。
「……あれ? そのブローチ、どうしたの?」
私の左胸につけているブローチに気づいて、ユウが言った。
「これ? ママがくれたの。若いときに買ったもので、気に入ってたんだって」
私は指でつまんでユウに見せた。
シルバーのうさぎをかたどったもので、瞳の部分に宝石が入っている。
「でも質がそんなに良くないしデザインも若いから、もうママはつけられないんだって。だから私にくれたんだ。この石ね、アレクサンドライトっていうんだって。赤に見えたり青緑に見えたり色が変わるの」
「ふうん……。何か、僕の持ってる宝石と似てる」
ユウは懐からヤジュ様の指輪を取り出し、「ほら」と言って見せてくれた。私のブローチの石と並べてみる。
「ほんとだ……。じゃあ、ユウのもアレクサンドライトなのかな?」
そこまで言って、ふとユウとの距離がものすごく近いことに気づいた。
ユウと目が合う。私は顔がカッと赤くなるのを感じた。
何か言おうとして……。
「……!」
誰かいる気配がする。
ハッとして、私はユウと慌てて離れた。
ユウも、私から目を逸らすと、指輪を懐にしまった。
緊張感が走る。
「……あら?」
少し離れた木の陰から、声が聞こえてきた。
誰かがゆっくりと歩いてくる。
「ユウと……朝日? 何でここにいるの?」
「えっ!?」
現れたのは……理央だった。
白いワンピースを着て、白い日傘を差している。お嬢様の避暑、そのものだった。
「理央!?」
「あら、二人はどうしてここに?」
「それはこっちの台詞……」
私とユウは、思わず顔を見合わせた。
* * *
「……理央たちの家の別荘もここにあるんだ」
立ち話も何だし、ということで、理央はいったん日傘を閉じて私の左隣に座っていた。右隣のユウが、理央には見えないように私の右腕に腕を回している。
ちょっとドキドキするのだけど、これはそういう意味ではなく、理央に警戒しているだけなんだろう。
「そうなの。キャンプ場の近くのログハウスが、朝日の家の別荘だったのね。誰か来てるわね、なんてちょうど夜斗と話してたのよ」
理央は扇でパタパタと顔を仰ぎながら、私たちを見比べた。
「今日、夜斗は?」
「別荘にいるわよ。散歩なんてだるい、なんて言ってゴロゴロしてるわよ」
理央は困ったように笑った。
「今、あちらは暑いでしょう? 私、日光は苦手で……。こちらに避暑に来ていたの。朝日も?」
「うん。昨日、マ……母と一緒に来て、今朝ユウが来たの」
「……そう」
理央はにっこり微笑んだ。
「理央は夜斗と二人なの?」
「ええ。でも明日、母がこちらに来る予定なの。私たちは一足先にこちらに来たのよ」
そう言うと、理央はパッと顔を輝かせて私たちの方に振り返った。
「……そうだ。二人とも明日、私たちの家に来ない? 母に紹介するわ」
え、そんなこと急に言われても。
驚いて、私が「明日は戻るから……」と断ろうとしたら、ユウが「待って」と遮った。
「昼間なら……行けるかも」
私はびっくりしてユウの顔を見た。
ユウは私に目配せをすると、そのまま続けた。
「ね、朝日。帰るのは夕方の列車でしょ?」
「う……うん。まあ……」
確かにその通りだけど。
でも、あんまり他人と関わらないようにしようって言ってたはずなのに。
何でだろう?
ユウの考えていることがよくわからなかった。
「本当? じゃあ、明日は一緒にランチしましょうね。そうと決まったら、準備をしなくちゃね。夜斗にも手伝わせなきゃ。母にも連絡しないといけないし……」
理央はそう言うと、さっと立ち上がった。
「じゃあ、また明日。十二時前に、夜斗を迎えに寄越すわね」
にっこり微笑むと、理央は日傘を差して歩いていった。
途中で一度振り返り、私たちに手を振った。私も手を振り返した。
そうしている間もユウはずっと黙っていたが、理央の姿が見えなくなると、ふっと息をついた。私の腕に回っていた手から力が抜けた。
だけど何かを警戒してか、私の耳元で
「……朝日、理央を追うよ」
と囁いた。
「えっ……」
それってどういうこと……と聞き返す間もなく、ユウは私を抱えて飛び上がり、木の上に着地した。
「ひゃ……」
思わず叫びそうになると、ユウに口を押えられた。
「静かにして。後で説明する」
とだけ言って、ユウは私を抱えながら木の上を飛んで行った。
少し距離を開けながら理央を追う。理央は一度も振り返らず、歩いていく。
意外に早足だな……と思っていると、緑色の屋根の比較的大きな家の前でピタッと止まった。
一度だけ二階を見上げた後、すっと中に入っていく。
二人でしばらく見守っていたけど、それ以上何も起こらなかった。
「……帰ろうか」
ポツリとユウが言った。
ユウは再び木を飛んで元の場所に着くと、ベンチに下ろしてくれた。
どういうつもりか聞こうとしたけど、やめた。
ここはまだ外だし、込み入った話なんてできないに違いない。それにユウは、いつもちょっと落ち着いてから説明してくれる。
とりあえず黙ったまま、私たちは別荘に戻った。リビングの窓を開けて、空気の入れ替えをする。
「ユウは、とりあえずゆっくりしてて。今、お昼の準備するね」
私がそう言うと、ユウは黙ったままリビングのソファに座り、外の景色をぼーっと眺めていた。
私はママと用意しておいた昼食を並べ、コーヒーを入れた。
コーヒーの匂いに釣られたかのようにユウがダイニングに来たので、二人で向かい合って『いただきます』をした。
「……で、どういうこと?」
しばらく経ってから、私はユウに聞いた。
「何で理央の別荘に行こうと思ったの? ……それに、さっきの尾行も」
「あの二人のことは……この機会に白黒つけようと思ってね。母を紹介するって言ってたでしょ? 普通に紹介されるだけだったら、シロと判断できるかなって思って」
「なるほど……」
「パターンとしては四つ考えられるんだ」
ユウはコーヒーを一口飲んでから息をつくと、指を折った。
「二人ともシロ。二人ともクロ。理央がシロで夜斗がクロ。それとその逆。この四つ」
「……よくわかんない。片方だけ、とかあるの?」
「理央が幻惑で夜斗に自分が姉だと思い込ませる、とかね」
「幻惑……」
そうか、幻惑が使えるとしたら……どれだけ学校に馴染んでようが、関係ないんだ。
二人は学校では有名人というか、かなり人気者のようだけど、全員にそういう記憶を植え付ければいいだけ。
でも、だとしたら……それは、フェルを扱う人としては、かなり高位の人なんじゃ。
学校での二人の様子を思い浮かべて
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と思った。
怖いというより……そういう風に疑いたくないな、と。
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