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2章 三浦幸子 23歳 不妊治療

12話 悲しき夫婦のすれ違い1(2)

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「ただいま。」

幸子は買い忘れたフランスパンを買って戻って来る。誠は先程と変わり険しい表情で幸子を出迎える。


「どうしたの?」

幸子は明らかな誠の変化に戸惑い心配する。


「母さんに話したのか!」

「……何を?」

幸子は突然の事に何が言いたいのかが分からない。


「この事を母さんに話したのか!」

誠はパンフレットを出す。そこには「人工授精を考えられるご夫婦へ」と書いてあり、以前不妊治療専門病院でもらってきたパンフレットだったと幸子は気付く。

「……どうしてそれを?」

「お前の本棚から見つけた!わざわざ奥の方に隠してあった!お前、一人で考えていたのか?」

「違う!最近は考えていなかった!私は子供よりあなたと二人で仲良く……!」

誠は最後まで話を聞かずに話し出す。

「母さんに検査の事話したのか!……俺が原因だと話したのか!」

「そんな事話す訳ない!……だいたいどうしてあなたが原因になるの?そんなの決まってな……!」

幸子は気付く、パンフレットと一緒に入っていた物の存在を。


「違うの!あれは……!」

「じゃあここに書いてあるのはなんだ!俺の……!俺のが少ないから妊娠しないんだろう!」

誠は、以前幸子が受けたフーナ検査の結果を幸子に見せる。そこには「精子の数が乏しく自然妊娠は難しい可能性あり。精液検査を勧める。」と書いてある。

「俺は絶対検査なんて受けないからな!」

誠はパンフレットを破りアパートから出て行く。


「……どうして?ただ二人で仲良くしていきたいだけなのに……。」

幸子は玄関に座り込み、一人呟く。


幸子はしばらくして立ち上がり、破られたパンフレットをチラシなどを入れておく資源ゴミの箱に出し、誠がその場に落として行った検査結果表を拾う。ショックだったのだろう、紙には握り締めた時につくシワが多数ついていた。それもゴミ箱に捨てる。

「未練がましく残しておかなければ良かった……。」

幸子はせっかく今日の為に作った料理を一人冷蔵庫に片付けていく。


(……ごめん、あれから頭冷やして考えたんだ……。お前はそんな事を軽く母さんには話さない。少し考えたら分かったのに……。)

誠は思考を続ける。

(母さんは俺が不妊体質かもしれないと疑っていたのだろう。だからあそこまで検査を勧めていた。お前はカモフラージュだった……。本当にごめんな……。)


幸子は12時まで待つが誠は帰って来なかった……。仕方がなく一人ベッドで横になる。幸子はとても寝られる状態ではないが明日仕事の為、必死に目を閉じる。


……夜中の三時を回った頃、玄関のドアが開く音がする。幸子は起きているがリビングに行かない。自分の顔を見たら誠はまた出て行ってしまうと分かっているからだ。幸子はただ寝たフリをする。リビングから物音がしても決して反応しないように。



ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ。

朝の目覚ましが鳴る。幸子は2、3時間しか眠れていないが仕事の為起きる。

「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ……。はぁ……、はぁ……。」

リビングから聞こえる咳込む音に慌てて引き戸を開ける。誠がソファーで寝ており咳き込んでいる。

幸子は誠の額を触り驚く。明らかに体は熱く、高熱だと分かるからだった。慌てて体温計で熱を計ると40.8℃あった。誠は息を荒くし、体をガタガタさせている。

「え!どうし……。」

幸子は気付く、昨日誠は財布どころか上着すら着ずに出て行った事を。季節は冬、雪が降るかもしれないとされる頃に上着を着ずに外を歩き回れば体を壊す。当然の事だった。

「あなた!大丈夫?」

「うっ!」

誠は思い切り吐く。幸子の服にかかるが幸子は動じない。

「病院に行きましょう!」

幸子はタクシーを呼び、誠にコートを着せ保険証を出す。こうしている間にタクシーの運転手が来てくれ、状況を知った運転手も誠を車に乗せるのを手伝ってくれる。幸子はそのままタクシーに乗り込もうとするが、着替えをしてくるように言われ服が部屋着であり誠の吐瀉物が飛び散っている事に気付く。幸子は謝り、外着にコートを着て鍵をかけてタクシーに乗る。


「はぁ……、はぁ……、はぁ……。」

誠の意識はあるが変わらず呼吸が早い。

「大丈夫?」

幸子は誠の背中を摩り、手を握る。

(……俺はこの時の事を覚えていなかった、気付いたら病院のベッドで眠っていたから……。こんな奴に優しくする必要ないのに……。)


タクシーは救急病院に着く。運転手は受付職員に車椅子を貸して欲しいと頼み、誠を車椅子に乗せ待合室まで連れて行く。幸子は何度もお礼を言い、運賃とは別に謝礼を払おうとするが運転手は遠慮し、正規の運賃だけ受け取り帰って行く。

その後、誠は診察室に呼ばれ医師の検査を受ける。幸子は医師に呼ばれ話を聞きに行く。


診断は風邪だった。


「え?風邪……。」

幸子は黙り込む。

「……あ、すみません、重病だと思ったので連れて来てしまって……。」

幸子は必死に謝る。


「いえ、風邪でも重病化する事ありますから。それに高熱なのにまだ震えています。熱が上がってくる可能性があります。」

「これ以上!大丈夫なんですか?」

「病院で経過観察するから大丈夫ですよ。……それで何故こうなりましたか?何か前兆とかありませんでしたか?」


「……あ。」

幸子は俯き黙る。

「話してくれませんか?」

「すみません……、実は……。」

幸子は事情を説明する。


「……この寒空の下で上着も着ずに深夜まで!」

医師は開いた口が塞がらない。

「本当にすみません!お騒がせして……。」


「あれ?アルコール検出されたかな?」

「お酒は飲んでいません……。」

幸子は夫婦間の行き違いを話せず黙り込む。


「事情は分かりました。ご主人に今後無茶はしないように話さないといけませんね……。」

「あの人は悪くありません。私が悪いです。」

幸子は何度も頭を下げる。


「じゃあ今後、ご主人が無茶な事しないか奥さんが見てあげて下さいね。」

救命医は優しく笑う。

「はい、ありがとうございます。」


幸子はこの時、誠が感情のまま行動しようとしたら自分が止めると決意する。……しかしこの出来事から29年後、誠は幸子の発言から自暴自棄になり感情のままの行動により生死を彷徨う。


……そして幸子は自身の言動を後悔する事になる……。


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