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1章 三浦幸子 23歳 新婚時代
4話 妻の一日(2)
しおりを挟む『あなた何時まで仕事に行ってるの?』
「すみません、8時ぐらいには帰って来ました。」
『8時にかけても出なかったわよ!』
「……あ、すみません、確か8時10分ぐらいに帰って来ました……。」
姑はたった10分の事で、幸子に嘘を吐いたと非難し始める。勘違いや誤差で軽く言った事に対してだ。しかし幸子はただ謝っている。
(……母さん相変わらずだな……。しかし病気は人格を変えるものなんだ……、仕方がないよな。)
『ちょっと聞いてるの!!』
考え込んでいた誠は自分の母親の声に驚く。
「はい……、申し訳ありません……。」
幸子はずっと話を聞き謝っている。10分程経ち怒りが沈んだのか本題に入る。
『……まあ、良いわ、それより次の土曜日行くわね。」
「はい。」
明らかに幸子の声色は低い。しかし、誠の母は関係なく話し始める。
「あなた、そろそろよね?」
「……あ、はい……。」
幸子は俯く。表情をしかめ明らかに嫌悪感を持ったような表情だ。
『しっかりしなさいよ。あなたがこんなんだから、誠もその気にならないのよ!』
「……あ、誠さんが帰って来たので……。」
『ちょっと待ちなさいよ、大体あなたは……!』
幸子は電話を切る。誠が帰って来たと嘘まで吐いてまで。
しばらく電話の前で立ち尽くすが、時間に気付き料理を再開する。
(おい、母さんまだ話していただろう?もっと話聞いてやれよ。……しかし、何がそろそろなんだ?母さんの誕生日は二月だし今の季節とは違うよな?)
誠は考えるが分からない。こうしている間に幸子は食事を作る。
…
九時になる。
「……はぁ、また四品しか作れなかった……。」
(いや、充分だよ……。俺が帰って来るまで寝てくれ……。)
しかし幸子は朝洗っておいた食器をふきんで拭き食器棚に片付けていく。
(……これもデジャヴ……。何回同じ事してるんだよ?)
水切りが空になり調理器具を洗っていく。すると……。
ピンポーン。
チャイムが鳴り、幸子は泡を水で洗い流して手拭きタオルで拭き玄関に向かう。
「おかえりなさい。」
幸子の表情は暗い。
「……何かあったか?」
「え?……いえ。」
「そうか。」
誠はこれ以上は話さず席に座る。
昨日同様、過去の誠は食卓に座り幸子が夕飯の準備をしている。今日のメニューは赤魚の煮付け、ポテトサラダ、きゅうりとトマトの酢醤油和え、ちくわとシーチキンのマヨネーズ和えだ。下準備があったとはいえ、電話で時間が減ったのによく作り上げたと思わされる出来だ。
「……どう?」
「ああ。」
「……そう……。」
幸子はまた何か言いたそうにしている。
「ねえ、今日なんだけど……。」
「何だ?」
「……だから……。」
幸子は俯く。
「……今日……、タイミングなの……。」
「……え!」
誠は明らかに目を逸らし黙り込む。
(タイミング?何のだ?)
現在の誠はこのやりとりを忘れているようだ。
「まあ、気が向いたらな……。」
「……うん。」
二人はこれ以上話さない、黙々と食事をする。
こうして昨日と同じく幸子は食器を洗い、明日の食事の仕込みをし、洗濯物を畳んで片付け、お風呂に入る。……しかし、今日はいつもと違う事が一つある。
「……ねえ、ねえ……。」
幸子は眠っている誠を起こし始める。
(何しているんだ?寝ようぜ?)
「あのね、さっきの話なんだけど……。」
「……疲れているんだ。」
「今日は子供が出来るタイミングなの。お願い……。」
(子供ー!!……今からか?いや、無理だよ!寝かせてくれよ!俺断れよ!俺は疲れているんだ!)
現在の誠が必死に過去の自分に言い聞かせる。過去は変わるはずないのに。
「無理だ……。」
過去の誠は布団を被り寝てしまう。幸子は諦めたようで、ベッドで横になる。
(俺ナイス!体が持たない所だった……。)
幸子は疲れているのになかなか寝付けないようだ。ただ、気持ちのモヤ付きを誠は感じ取る。
(どうしたんだ?早く寝ようぜ、明日も仕事だろう?)
幸子は目を閉じ無理に目を閉じ眠りにつく。
(やっと寝てくれた……。しかし55歳の体にはキツイな。)
『……今日はどうだった?』
神が誠に問いかける。
(いやあ、55の体にはキツイですね……。)
『どのような疲れだ?』
(腰が痛くて、あと足が棒のようです。あんな靴履いているから足先も痛いし。……あれ?)
誠は考える。これは自分の体の痛みではない、自分の肉体はもうない。これは……。
『そう、今お前が感じている疲労や痛みは、お前の妻のものだ。』
(……あ。)
誠は自分がそれなりの年齢だから体に負担があるのだと感じていた。しかし違う、これは若い体の妻のもの。毎日、こんなに疲れていたのだと気付く。
(……こんなに疲れるなら仕事辞めたら良かったのに……。)
『は?』
(だってそうでしょう?結婚する時に辞めたら良かったんだ。)
『……お主、結婚する時の取り決め、覚えていないのか?』
(……取り決め……、あ、そうか。仕事は続けたい……、だったな。)
『他には?』
(確か……、家事は最低限しか出来ない。)
『お主はそれを了承していただろう?』
(……はい、確かあいつは仕事の後は惣菜を買って来ていました。)
『いつからだ?仕事の後でも食事を一から作り始めたのは?』
(……え?いつだ……?)
誠は思考を巡らせるが思い出せない。なにせ30年近く前の事だから。
『お主は妻が毎日これだけ疲れている事を知っていたか?』
誠の思考はまた乱れる。……知らなかったからだ。
(どうしてあそこまでして食事を作るようになったのですか?)
『心当たりはないか?今まで気に留めていなかった事でも考えたら分かるかもしれない。』
誠はしばらく考え一つの答えを出す。
(俺が作れと言ったからですか……?)
『いや、違う。お前は何も言っていない。なにもな……。』
神は否定するが、どこか歯切れが悪い。
その様子に誠は思考を巡らすがそれ以外思いつかない。
(神様、教えてもらえませんか?)
『傷付くと思うが耐えてくれ。そうしないと妻の気持ちは分からぬからな。』
(はい、お願いします。)
神は誠の思考を読み、今日の出来事を見てもまだ分かっていないのだと察する。
『……なかなかキツイなお前の母親は。』
神は遠回しに誠に気付かせようとする。
(ああ、母さんですか。病気なんです。仕方がありません。)
『……お主は気付いていないのか?この時代は現在から29年前だ。だから……。』
神は黙り込む。神も人間や動物同様に心を持っている。よって、相手を傷付けるのには抵抗があるのだ。
『次の土曜日の妻の記憶にお前の魂を植え付ける。分かったな?』
(はい、分かりました。あ、もう風呂は止めて下さいね!)
神は黙って誠の魂を眠っている妻から抜き、次の土曜日の妻の記憶に植え付ける。
『悪いな……、人間……。』
神は誠に一言呟く。
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