[完結] 偽装不倫

野々 さくら

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18話 川口佐和子(3)

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「……どうして知っているの?」

「化粧品販売員と話していたから。……馬鹿じゃないの?どこまでお花畑な主婦なの?」


「……違う、俺が提案したんだ。」

「……は?なんで?あの夫婦が上手くいかない方が良いんじゃ……?」

えみは黙る。それを聞くと、自分が聞きたくない返答が返ってくるからだ。


「俺は彼女には……。」

「言わなくていい!……分かってるから!」

慌てて遮る。えみは、また泣きそうな悲痛な表情をしながら話を続ける。


「……その後も買い物していて楽しそうだった……。」

「彼女、自分で会計していただろう?」


「その後、イタリアンレストランでご飯食べてた。二時間もかけて……。話楽しそうだった……。私が聞いた事ないあなたのプライベートな話しもいっぱいあった……。あの女のつまらない家事の失敗の話に二人で笑ってた。あんなくだらない話どこが面白いの!馬鹿みたい……。」

「……チェーン店だよ。そこが良いと彼女が言ったの。ご馳走すると言っても聞かない子だから。1円単位での割り勘だったよ。……まあ、俺にとっては夢のような二時間だった。それは認めるよ……。」


「馬鹿じゃないの!本当に馬鹿……。その後も、旦那と食べる惣菜なんか選んで……、馬鹿……。」

「せっかくなら美味しい物を選んで欲しかったからだよ。……自分は一緒に食べられないけどね……。」

大輔はえみの空いたグラスに水を注ぎ、次は自分のグラスにも水を注ぐ。そしてその水をまた一気に飲み干す。

その姿に、えみも水を一気に飲み干す。そして、また話し始める。


「……イルミネーション見ながら手を繋いで歩いていた……。あなたが、どんな表情でいるのかと思って写真を撮ったの……。」

「そっか、……良かったら加工なしの写真を見せてくれない?」


えみはメッセージアプリを使用し大輔に写真を送る。

大輔はその写真を見て苦笑いを浮かべる。

「……俺、こんな顔してたんだ……。こんな情けない顔見て君何か思わないの?」

「……こんな顔私には見せてくれなかった……。」


「そりゃあ、接客中にこの顔はだめだろ?」

「私はこの顔が見たかった!」

えみは大輔を見る。しかし大輔は、えみが望む表情はしていない。いつもの接客用の顔だ。


「……帰りも……、あの女あなたの気を引こうとホームで座り込んでいた……。」

「あの時もいたの?」


「私、このコートを着て待っていたのに。あなたはあの女の事遠くからずっと見ていた!あの女、また座り込んであなたの気を引こうとしていた!なんであんな強かな女を選ぶの?どうして私じゃなくてあの女を抱きしめるの?二人で下車したのはなんで!何していたの!」

「彼女の気分が悪そうだったから降車駅まで送ろうとしただけ!確かに途中下車したから降りたけど、すぐ乗っただろう?やましい事なんか何もない!」


「……理由は?」

「個人的な事だよ。」

大輔はえみから目を逸らす。話さないという意思表示だ。


えみは、大輔の表情から大輔と佐和子が秘密の共有をしていると悟る。それが……許せないのだ……。


「だから嫌いなの!あんな女!あなたの前で可愛い子ぶって、いい歳したおばさんが!」

「そんな事ないよ。……俺が見てきた可愛い子ぶる女性はわざと食事を残したり、酔ったフリして甘えて来たり、表情作って来る女性だよ。彼女は食事をパクパク食べるし、悪酔いして絡んでくるし、大口開けて笑う。ああゆう女性も居るんだと正直ホッとしたよ。」

えみは大輔の緩んだ表情を見逃さない。余計に……苛つく……。


「じゃあ、なんであんな馬鹿みたいにな嘘の話信じたの?男にホテルのシェアを提案された?、その意味が分からない馬鹿な女いる?普通パパ活だと分かる!分からない馬鹿な女はいない!……ほら、そうゆう所だと言ってるの!」


「……いや、あの子ならやりかねないと思った……。実は佐和子ちゃんと俺との出会いは、男達にこの店に連れて来られたのがキッカケなんだ。初対面の男達に濃い酒を勧められて飲まされていたな……。」

大輔はテーブル席を見つめる。あの場所に佐和子と男達が一緒に座り酒を飲んでいたからだ。


「は?下心丸分かりじゃない!普通そんな酒怖くて飲めない!」

「うん、君なら分かるよね。君は東京で住んで長いし、可愛いから昔からナンパやキャッチも多いだろう?下心のある男は感じ取れるし避けれる。……でもあの子は田舎育ち、声をかけられた経験ないんだろうね。だから20歳の時も、あの時も男の悪意に気付いていない。良くも悪くもおっとり育ってしまったみたいだからね。……何度危ないと教えても、悪い人はいないとか言うし一度痛い目に遭わないと分からないだろう。だから、今回の電話番号を軽く教えないというのは良い教訓になっただろう。まあそうゆう俺も、SNSを教えたのは軽率だったと反省しているんだ。次会ったら、アカウントの削除を言う予定だよ。」


「……また会うんだ……。」

「SNSの削除や、気軽に電話番号を教えたらいけないと話すだけだよ。もう、俺とは関わらない方が良いからもう終わりだよ。」

大輔は遠くを見つめる。その表情は……。


えみはそんな大輔を見ていたくない。また悪態をつき始める。

「そうね、その方が良い!夫が居るのに馬鹿な偽装不倫なんか始めて、あなたとは良い関係築いて……、そんな関係終わらせた方が良いしね……。」

「教えてくれないか?どうしてあんな写真投稿したの?……君にとって気分の良いものじゃないよね?」


「……最悪の気分だった……。でもあの時……、電車で会った時にご飯誘ったよね?それに応じてくれたら消していたと思う……。でもあなたは断った……、走ってあの女の元に行ったじゃない!だから投稿したの!あの女に調子に乗ったら痛い目に遭うと教えてやりたかったから!」

えみは溜息を吐き、呼吸を整える。そしてまた話し始める。

「案の定私のアカウント見た。こんなに早く見てくれるとは思わなかったけどね。あの女からすぐ返事が来たから上手くいき過ぎて笑ってしまったわ!」

「どうして連絡先なんか聞いたの!」

「本当に知りたかったわけじゃない。そう脅せば、さすがにヤバいと分かるかと思ったの!……だけど本当に送ってきた!しかも電話番号を!メルアドでもメッセージアプリでもいくらでもあるのにスマホの電話番号を!救いようのない馬鹿だと思った!本当に馬鹿!聞いて、その後メッセージアプリに『川口佐和子、私はお前を見ている。大輔さんと連絡を取っても分かる。その時は写真をばら撒く。』と書いて送ったの!そしたら何て返って来たと思う?『どうして私の苗字とメッセージアプリ知っているんですか?』だって!馬鹿だろ!メッセージアプリで電話番号打ち込んだらお前のアカウントが出るんだよ!ご丁寧に『川口佐和子』と書いてあるんだよ!しかも、脅し文句に『大輔さんとやり取りをしたら分かる』と書いたら信じたの!第三者が個人のやり取りなんて分かるわけないでしょう!なんでそんな事も分からないの?馬鹿なの?」


大輔は溜息を吐く。確かに佐和子ならそんな機能も理屈も分からないと容易に想像がついた。……怖かっただろうと……。


大輔はしばらく黙り、感情を抑えて口を開く。


「メッセージアプリのアカウントはどうしたの?確かあれ、複数は持てなかったよね?」

「会社から支給されているスマホ使ったの。だから私はアカウント二つ持っているの!」


「なるほど……。でもそれって危なくないの?会社の物だから定期的なチェックも入るだろう?メッセージアプリで女性脅していたなんて分かったら……。」


「……別に、いい加減な会社だし……。」

えみは投げやりに吐き捨てる。


「……その時は君も一緒に堕ちるつもりだったの……。一方的なんてフェアじゃないもんね?」

「は?あの女と?」


「俺には自殺行為に見えるね……。」

「それなら今更裏アカなんて消さない!あの女と心中なんて……。」


「崖まで行けば誰だって足がすくみ、何かに必死にしがみつく。それが今の君だよ。だから今踏ん張らないといけない。崖から落ちてはいけない。」


えみはその言葉に表情を険しくする。

「何いまさら!もうとっくに堕ちた!私訴えられるの!今あなたに全て話したし、調べたらあの裏アカは私のスマホだと分かるしね!逃げられた人なんていないよね!あなたとあの女は繋がっているよね!……もう堕ちたから……。」

えみはとうとう泣き出す。ずっと我慢していたが、もう限界だった。

「……えみちゃん……。」

大輔は話をしようとするが、えみはそれを遮る。


「良いよね、あの女は……。馬鹿だけど男に守られる。結局、女は馬鹿で愛嬌がある方が上手くいく……。私のような小賢しい女は上手くいかない……。良いよね?主婦は気楽で……。夫の稼ぎだけで生活出来て、自由奔放だもんね?私みたいに毎日頭下げなくていいもんね!私みたいに……!」

えみは黙り込む。この先は口に出せない程の苦しい現状があった。



「……えみちゃん。」

「何も言わないで!」


えみは俯き、涙を流す。


「……分かった、君じゃなくて世間の話をしよう。俺は主婦は大変だと思ったけど……?佐和子ちゃんの場合だけど、お小遣1万の中で趣向品は買うと言っていたし、化粧品や服も安い物しか買わない。毎日の料理、洗濯、片付け、買い物、ゴミ出し、当たり前のようにやってるんだよね。独り身なら手を抜く事も、主婦は手を抜けない。変わり映えも、終わりもない家事も毎日淡々とこなす。俺には無理だと思ったよ。」

「……は?お小遣い1万?高校生でも、もっともらってるのに?1万なんてすぐ使ってしまうのに?」


「趣向品はお菓子とバーでの酒代。電子書籍以外趣味は作らないようにしているんだって。酒代がかかった時はお菓子を我慢しているとか頑張っているみたいだよ。……自由奔放とは程遠いね……。それに彼女、本当は働きたいらしいよ。でも転勤族の妻だから色々難しいみたい。」

「どうゆう事?」


「これは彼女から聞いた話ではないけど、転勤族の妻って大変らしいよ。職種にもよるらしいけど、いきなり転勤の辞令が来て一ヶ月以内に引っ越しとかよくある話らしいよ?」

「は?ふざけてるの?」


「ね?信じられないよね。しかも二年毎に辞令が来るのも珍しくないらしいよ。やっと慣れて来たと思ったら、また新天地……。土地勘も人間関係も全て一から。俺なら精神持たないよ……。旦那さんは転勤だから良いけど、奥さんは付いて行く為に仕事辞めないといけないし、新しい土地で仕事が見つけられるか分からない。雇う方だって長く居てくれる人が良いからね。旦那さんの転勤があると分かると採用しない、実際にある事だからね。」


えみは大輔を見て俯く。実際に佐和子みたいな生活になったらと考え、何も言えなくなった……。黙って涙を服で拭こうとし、大輔はハンカチを渡す。

えみは涙を拭き、表情を戻す。



「……大輔さんは?大輔さんはどんな大変な事があった?」

「俺?……俺か……。勿論、色々あるけどお客さんに二度本気で殴られている事かな?しかも拳でだよ?二度目は歯折れたよ?」


「はぁー?」

えみはただ驚く。


川越大輔、彼もなかなか濃い人生を生きている。そして、彼の歯が折れてしまったのは佐和子と出会ったからだった……。








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