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2話 メッセージアプリ(1)
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1話のあらすじ
偽装不倫をすると決意したものの、次の日になり酔いが醒めると冷静になりマスターに指輪を返してと頼む。
しかしマスターは拒否、一度旦那が指輪をしていない事に気付くか試してみるべきだと話す。
佐和子は指輪の事を試す前に、圭介が結婚記念日を忘れていただけでなく思い出せない事を知る。怒った佐和子は思わず出て行きマスターの元に行きお酒を飲む。
改めて『偽装不倫』を決意。マスターの助言通り結婚指輪をしていない自分に気付くか試すが圭介は全く気付かない。それどころか、2日連続で家を飛び出しているのにそれすら心配してくれない。
佐和子は一言呟く。「私が押し掛け女房」だからかと……。
川口佐和子
専業主婦の33歳。構ってくれない夫に不満を持っている。夫の気を引く為に偽装不倫を企てる。
おしゃべりで陽気な性格。酒に弱いくせに、酒癖は悪く飲むとマスターに絡む癖がある。
川口圭介
佐和子と同じ33歳。銀行勤務で支店長代理の役席。気が弱く優しい性格。佐和子が愛を求め、それに上手く応えられない。
マスター
佐和子行きつけのバーのマスター。当て付け不倫ではなく、偽装不倫をしたら良いと提案する。
なかなかの美形であり、見つめられると落ちてしまう女性が多い。
────────────────────────
2話 メッセージアプリ(1)
私と圭介は遠恋だった。地方出身の私達は同じ地元、同じ高校の同級生だった。私は高校卒業後、実家近くのスーパーに正社員として働き始め、一方圭介は東京の大学への進学が決まっており上京した。
奨学金とバイトで一人暮らしする圭介に負担をかけない為、私が月に一度圭介に会いに行っていた。しかし圭介は新幹線代がかかるからと回数を減らすように言った。そんな事私は気にしていないのに……。結局会うのは3ヶ月に一度だけになったけど、4年間だと思い我慢した。圭介は地元での就職を考えていたから。
4年経ち、圭介が銀行に就職。地元で就職希望を出していたけど、新人教育の一環で3年は東京本社と決まっていたらしい。だから3年の我慢だと思っていた。
私達が25になりそろそろ地元に帰れると思っていたけど、転勤先は全く別の地域だった。周りは結婚し始め、少し焦ったけどこのままで良いと思った。
銀行員は大体であるけど、2年から5年で転勤するのが一般的らしい。それは金銭を取り扱うからこそ客との馴れ合いを防がないといけない、滅多な事はないが横領を防ぐなどの意味もあるらしい。
その理由を知ると、当然文句なんて言えない……。一番大変なのは務めている人と家族だから……。そして結婚したいなら、自分も覚悟しなければならない。
圭介との付き合いを悩んでいる間に2年が経ち、また転勤を命じられた。しかも、地元より遠く飛行機で行き来するぐらいの距離だった。もう遠距離は限界だった……。
私は圭介に結婚して付いて行きたいと言った。しかし圭介はあまり喜んでくれなかった……。
一 現在 一
ピコン。スマホが音を鳴らす。
「大輔?誰だっけ?」
佐和子はメッセージアプリに出ている名前に首を傾けつつアプリを開く。
『旦那さん、指輪に気付いてくれた?』
「マスター?そういえば交換していたんだった!」
『偽装不倫』を企てた二人はメッセージアプリを交換していた。
そう、実は二人は互いの連絡先を知らなかったのだ。だからこないだも佐和子はバーに電話していた。以前、マスターから営業の連絡が取りたいと話していたが佐和子はそれを断っていた。だから二人は連絡先を知らなかった。
『あれから10日、全然気付いてくれない!』
佐和子は怒りのメッセージを送る。
『まあまあ、男はそうゆうの疎いから。じゃあ次の作戦。メッセージアプリを使おう。』
「メッセージアプリ?何するの?」
佐和子の疑問に答えるようにすぐメッセージがつく。
『俺が「こないだは楽しかった。また会おう。」とメッセージを送る。それを見た旦那さんは「誰だこの男」となる。そこで旦那さんがどう出るか試してみよう。』
『それって大丈夫?』
佐和子は率直に思った事をメッセージで送る。
『旦那さん、どうなると思う?』
「……分からない……。」
佐和子は分からないと送る。
『分からないなら試したら良いんだよ。偽装不倫なんだから。』
『うん、お願い。圭介がどうなるか見てみたい。』
佐和子はマスターにメッセージを返す。
『じゃあ、早速今日するよ。』
「今日!」
佐和子は驚く。まだ覚悟が出来ていないようだ。
『旦那さんは何時頃に帰って来る?』
『9時ぐらい。』
『じゃあ10時半ぐらいにメッセージ送って良い?』
『うん、スマホ見せるようにする。』
『あくまに自然にね。もし偽装不倫の計画だと旦那さんが知ってしまったら危機感を持たずに終わってしまうからね。種明かしは旦那さんが佐和子ちゃんに向き合った時、分かったね?』
『うん、気を付ける。』
話がまとまろうとした時。マスターから掴みどころのないメッセージが送られて来る。
『旦那さん、もっと早く帰って来ないの?』
マスターから得体の知れない質問がくる。
『うん、忙しいんだって。』
佐和子は何も考えず返信する。
『じゃあ、9時までは佐和子ちゃん一人なんだね?』
『そうだよ。』
佐和子は変わらずありのままを返信する。
『じゃあ今から家に行っていい?』
『家?何するの?』
『一人なんだよね?』
『うん、そうだよ。』
しばらく返事が返って来ない。確かにアパートの場所は前に話したが一体何なのだろう?本当に来るのだと思い部屋を片付け始める。
ピロロロロ、ピロロロロ。
メッセージアプリの無料通話が鳴る。マスターからだと慌てて出る。
「もしもし。」
返事がない。
「もしもし?」
『……佐和子ちゃん……。』
「マスター?どうしたの?大丈夫?」
マスターの話し方がいつもと違う。
『今から家に行って良い?』
「ちょっと待って!」
『……どうして駄目なの?』
「あ、いや。あと一時間待って!」
『どうして?』
「いや、その……。」
『一時間後なら良いの?』
「うん、だから少し待って!」
マスターは溜息を吐く。
「あ、ごめんなさい……。部屋が散らかっていて……!」
『……何時間後でも駄目だよ!旦那さんが不在の家に男入れたら!』
「……へ?」
佐和子は黙り込む。
『いいかい?旦那さんに用事がないのに帰って来る時間を何度も聞いてくるなんて危ない男なんだよ!今、俺のメッセージ違和感あっただろう?』
「……違和感?」
『確認してみて。』
佐和子は電話をスピーカーにしてトーク履歴を見ていく。
「何が?」
「やたら一人で居る事聞いて来たり、家に行って良いか聞いてるよね?気持ち悪さ感じただろう?」
「……え?確認でしょう?」
佐和子はマスターがわざと際どいメッセージを送って来た事に気付いていない。
『だから!それが危ないんだって!旦那がいない間に良からぬ考えを持つ男だっているんだから!これからは一人で家に居るのか聞かれたら、父親や兄がこれから遊びに来るとか言うんだよ?』
「え?父も兄も地元で酒屋やってるから東京には来れないよ?」
『だからそうじゃなくて!……旦那さんに何か言われてないの!玄関の鍵はかけておくようにとか、路地裏は女性一人で歩いちゃいけないとか、知らない人に付いて行ったら駄目とか!』
一つ、子供に言い聞かせる言葉が入っている……。
「どうして?」
『だから……!』
マスターは必死に説明するが佐和子はあまり分かっていない。
「でもマスターは友達だし大丈夫だよ!」
「だから……。」
マスターは黙り込む。
「マスター?」
『……俺だって男だから……。』
「え?」
プツン、ツー、ツー、ツー。
「何それ?意味分からないんだけど?」
佐和子は後にその意味を思い知る事となる。
…
一 9時 一
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
佐和子は圭介を迎えるが、やや引きつった表情をしている。佐和子はいつも通り食事を出すが時計をチラチラ見ている。
圭介はそんな妻に何も思わず食事を終え、お風呂に入る。
このアパートの構想はお風呂、洗面所、台所、リビング、寝室と繋がっている。リビングにはソファーがあり、圭介はお風呂上がりにソファーに座りニュースを見ている。その為、佐和子はさりげなくテレビ前のソファーにスマホを置いておく。
10時になり圭介が上がってくる。
(よし、上がった!後はソファーに座れば良いのよ!)
佐和子は圭介の動きをじっと見ている。明らかに何かを企んでいる表情だが、鈍い圭介は何も感じとらない。いつも通り、ソファーでテレビを見始める。
(よしきたー!マスター、後はよろしく!)
佐和子は心の中でガッツポーズを決めこむ。
カチカチカチ……。10時半になる。
ピコン、スマホの通知音が鳴る。
(よし来た!圭介、私のスマホよ!見て!見るのよ!)
佐和子は台所からその経緯を見守る。スマホケースは手帳型だが、中が見えるように開けっぱなしにしておくという基本中の基本は当然している。ガラ系の頃とは違いスマホは剥き出しになっていても違和感はない。佐和子の駆け引きは通用するのか……?
……しかし圭介からのリアクションはない。佐和子はゆっくり近付く。すると……。
「スー、スー。」
圭介は座ったまま眠っている。当然、佐和子のスマホなんて見ていない。
「えー!!」
佐和子は唖然とする。スマホを覗き込むと真っ黒な液晶パネルは光り、待ち受け画面が映る。そこにはメッセージアプリの通知が来ており、マスターとの打ち合わせ通り「佐和子ちゃん、こないだは楽しかったよ!また会おう。」と打ち込まれている。
「圭介!圭介!」
佐和子は何とか圭介にメッセージを見せようと必死に起こす。
「……あ?」
「圭介!こんな所で寝たらだめじゃない。」
佐和子は冷静を装いつつスマホをさりげなく見せようとする。
「あ、ごめん。ベッド行くよ……。」
圭介はテレビを消し、佐和子のスマホなど一度も見ずに寝室に向かう。スマホはリモコンの横に置いてあるのに……。
「ええー!!」
残念ながら失敗のようだ。この作戦はメッセージが来た瞬間に見るか、スマホを覗き込まないとなかなか上手くいかないのだ。佐和子は簡単だと思っていたが、実は結構難しいのだと思い知る。
一 次の日 一
9時、スマホの通知音が鳴る。
『昨日上手くいかなかったの?』
昨日、無理だったと送っておいたメッセージの返信が来る。バーは深夜1時まで営業しており、マスターは営業後だと佐和子が寝ているだろうと今送って来てくれたのだ。
『うん、圭介寝ちゃって。ごめんなさい。』
佐和子が送る。
『そっか、旦那さん仕事疲れているんだね。じゃあ10時10分ぐらいは?』
マスターが返事をする。
『確かにそれぐらいが良いかも!お願い出来る?』
『勿論、今度こそ上手くいくと良いね!』
こうして二回目の偽装メッセージ作戦が実行されようとしていた。……しかし……。
一 10時 一
圭介は帰って来ない。佐和子は何度もメッセージを送り電話をするが返事すら返ってこない。
……圭介の働く銀行、特に支店は特に忙しいらしく急な長時間残業、忙しくて連絡が取れないのはよくある事だった。
しかし佐和子は心配で仕方がない。だからこそ、電話やメッセージを送り続けてしまうのだ。
ピコン。
そんな時、スマホの通知音が鳴る。
「圭介!」
佐和子は慌ててメッセージを見る。しかし、そこには……。
『佐和子ちゃん好きだ』
マスターからの意味深なメッセージが来ていた。
偽装不倫をすると決意したものの、次の日になり酔いが醒めると冷静になりマスターに指輪を返してと頼む。
しかしマスターは拒否、一度旦那が指輪をしていない事に気付くか試してみるべきだと話す。
佐和子は指輪の事を試す前に、圭介が結婚記念日を忘れていただけでなく思い出せない事を知る。怒った佐和子は思わず出て行きマスターの元に行きお酒を飲む。
改めて『偽装不倫』を決意。マスターの助言通り結婚指輪をしていない自分に気付くか試すが圭介は全く気付かない。それどころか、2日連続で家を飛び出しているのにそれすら心配してくれない。
佐和子は一言呟く。「私が押し掛け女房」だからかと……。
川口佐和子
専業主婦の33歳。構ってくれない夫に不満を持っている。夫の気を引く為に偽装不倫を企てる。
おしゃべりで陽気な性格。酒に弱いくせに、酒癖は悪く飲むとマスターに絡む癖がある。
川口圭介
佐和子と同じ33歳。銀行勤務で支店長代理の役席。気が弱く優しい性格。佐和子が愛を求め、それに上手く応えられない。
マスター
佐和子行きつけのバーのマスター。当て付け不倫ではなく、偽装不倫をしたら良いと提案する。
なかなかの美形であり、見つめられると落ちてしまう女性が多い。
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2話 メッセージアプリ(1)
私と圭介は遠恋だった。地方出身の私達は同じ地元、同じ高校の同級生だった。私は高校卒業後、実家近くのスーパーに正社員として働き始め、一方圭介は東京の大学への進学が決まっており上京した。
奨学金とバイトで一人暮らしする圭介に負担をかけない為、私が月に一度圭介に会いに行っていた。しかし圭介は新幹線代がかかるからと回数を減らすように言った。そんな事私は気にしていないのに……。結局会うのは3ヶ月に一度だけになったけど、4年間だと思い我慢した。圭介は地元での就職を考えていたから。
4年経ち、圭介が銀行に就職。地元で就職希望を出していたけど、新人教育の一環で3年は東京本社と決まっていたらしい。だから3年の我慢だと思っていた。
私達が25になりそろそろ地元に帰れると思っていたけど、転勤先は全く別の地域だった。周りは結婚し始め、少し焦ったけどこのままで良いと思った。
銀行員は大体であるけど、2年から5年で転勤するのが一般的らしい。それは金銭を取り扱うからこそ客との馴れ合いを防がないといけない、滅多な事はないが横領を防ぐなどの意味もあるらしい。
その理由を知ると、当然文句なんて言えない……。一番大変なのは務めている人と家族だから……。そして結婚したいなら、自分も覚悟しなければならない。
圭介との付き合いを悩んでいる間に2年が経ち、また転勤を命じられた。しかも、地元より遠く飛行機で行き来するぐらいの距離だった。もう遠距離は限界だった……。
私は圭介に結婚して付いて行きたいと言った。しかし圭介はあまり喜んでくれなかった……。
一 現在 一
ピコン。スマホが音を鳴らす。
「大輔?誰だっけ?」
佐和子はメッセージアプリに出ている名前に首を傾けつつアプリを開く。
『旦那さん、指輪に気付いてくれた?』
「マスター?そういえば交換していたんだった!」
『偽装不倫』を企てた二人はメッセージアプリを交換していた。
そう、実は二人は互いの連絡先を知らなかったのだ。だからこないだも佐和子はバーに電話していた。以前、マスターから営業の連絡が取りたいと話していたが佐和子はそれを断っていた。だから二人は連絡先を知らなかった。
『あれから10日、全然気付いてくれない!』
佐和子は怒りのメッセージを送る。
『まあまあ、男はそうゆうの疎いから。じゃあ次の作戦。メッセージアプリを使おう。』
「メッセージアプリ?何するの?」
佐和子の疑問に答えるようにすぐメッセージがつく。
『俺が「こないだは楽しかった。また会おう。」とメッセージを送る。それを見た旦那さんは「誰だこの男」となる。そこで旦那さんがどう出るか試してみよう。』
『それって大丈夫?』
佐和子は率直に思った事をメッセージで送る。
『旦那さん、どうなると思う?』
「……分からない……。」
佐和子は分からないと送る。
『分からないなら試したら良いんだよ。偽装不倫なんだから。』
『うん、お願い。圭介がどうなるか見てみたい。』
佐和子はマスターにメッセージを返す。
『じゃあ、早速今日するよ。』
「今日!」
佐和子は驚く。まだ覚悟が出来ていないようだ。
『旦那さんは何時頃に帰って来る?』
『9時ぐらい。』
『じゃあ10時半ぐらいにメッセージ送って良い?』
『うん、スマホ見せるようにする。』
『あくまに自然にね。もし偽装不倫の計画だと旦那さんが知ってしまったら危機感を持たずに終わってしまうからね。種明かしは旦那さんが佐和子ちゃんに向き合った時、分かったね?』
『うん、気を付ける。』
話がまとまろうとした時。マスターから掴みどころのないメッセージが送られて来る。
『旦那さん、もっと早く帰って来ないの?』
マスターから得体の知れない質問がくる。
『うん、忙しいんだって。』
佐和子は何も考えず返信する。
『じゃあ、9時までは佐和子ちゃん一人なんだね?』
『そうだよ。』
佐和子は変わらずありのままを返信する。
『じゃあ今から家に行っていい?』
『家?何するの?』
『一人なんだよね?』
『うん、そうだよ。』
しばらく返事が返って来ない。確かにアパートの場所は前に話したが一体何なのだろう?本当に来るのだと思い部屋を片付け始める。
ピロロロロ、ピロロロロ。
メッセージアプリの無料通話が鳴る。マスターからだと慌てて出る。
「もしもし。」
返事がない。
「もしもし?」
『……佐和子ちゃん……。』
「マスター?どうしたの?大丈夫?」
マスターの話し方がいつもと違う。
『今から家に行って良い?』
「ちょっと待って!」
『……どうして駄目なの?』
「あ、いや。あと一時間待って!」
『どうして?』
「いや、その……。」
『一時間後なら良いの?』
「うん、だから少し待って!」
マスターは溜息を吐く。
「あ、ごめんなさい……。部屋が散らかっていて……!」
『……何時間後でも駄目だよ!旦那さんが不在の家に男入れたら!』
「……へ?」
佐和子は黙り込む。
『いいかい?旦那さんに用事がないのに帰って来る時間を何度も聞いてくるなんて危ない男なんだよ!今、俺のメッセージ違和感あっただろう?』
「……違和感?」
『確認してみて。』
佐和子は電話をスピーカーにしてトーク履歴を見ていく。
「何が?」
「やたら一人で居る事聞いて来たり、家に行って良いか聞いてるよね?気持ち悪さ感じただろう?」
「……え?確認でしょう?」
佐和子はマスターがわざと際どいメッセージを送って来た事に気付いていない。
『だから!それが危ないんだって!旦那がいない間に良からぬ考えを持つ男だっているんだから!これからは一人で家に居るのか聞かれたら、父親や兄がこれから遊びに来るとか言うんだよ?』
「え?父も兄も地元で酒屋やってるから東京には来れないよ?」
『だからそうじゃなくて!……旦那さんに何か言われてないの!玄関の鍵はかけておくようにとか、路地裏は女性一人で歩いちゃいけないとか、知らない人に付いて行ったら駄目とか!』
一つ、子供に言い聞かせる言葉が入っている……。
「どうして?」
『だから……!』
マスターは必死に説明するが佐和子はあまり分かっていない。
「でもマスターは友達だし大丈夫だよ!」
「だから……。」
マスターは黙り込む。
「マスター?」
『……俺だって男だから……。』
「え?」
プツン、ツー、ツー、ツー。
「何それ?意味分からないんだけど?」
佐和子は後にその意味を思い知る事となる。
…
一 9時 一
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
佐和子は圭介を迎えるが、やや引きつった表情をしている。佐和子はいつも通り食事を出すが時計をチラチラ見ている。
圭介はそんな妻に何も思わず食事を終え、お風呂に入る。
このアパートの構想はお風呂、洗面所、台所、リビング、寝室と繋がっている。リビングにはソファーがあり、圭介はお風呂上がりにソファーに座りニュースを見ている。その為、佐和子はさりげなくテレビ前のソファーにスマホを置いておく。
10時になり圭介が上がってくる。
(よし、上がった!後はソファーに座れば良いのよ!)
佐和子は圭介の動きをじっと見ている。明らかに何かを企んでいる表情だが、鈍い圭介は何も感じとらない。いつも通り、ソファーでテレビを見始める。
(よしきたー!マスター、後はよろしく!)
佐和子は心の中でガッツポーズを決めこむ。
カチカチカチ……。10時半になる。
ピコン、スマホの通知音が鳴る。
(よし来た!圭介、私のスマホよ!見て!見るのよ!)
佐和子は台所からその経緯を見守る。スマホケースは手帳型だが、中が見えるように開けっぱなしにしておくという基本中の基本は当然している。ガラ系の頃とは違いスマホは剥き出しになっていても違和感はない。佐和子の駆け引きは通用するのか……?
……しかし圭介からのリアクションはない。佐和子はゆっくり近付く。すると……。
「スー、スー。」
圭介は座ったまま眠っている。当然、佐和子のスマホなんて見ていない。
「えー!!」
佐和子は唖然とする。スマホを覗き込むと真っ黒な液晶パネルは光り、待ち受け画面が映る。そこにはメッセージアプリの通知が来ており、マスターとの打ち合わせ通り「佐和子ちゃん、こないだは楽しかったよ!また会おう。」と打ち込まれている。
「圭介!圭介!」
佐和子は何とか圭介にメッセージを見せようと必死に起こす。
「……あ?」
「圭介!こんな所で寝たらだめじゃない。」
佐和子は冷静を装いつつスマホをさりげなく見せようとする。
「あ、ごめん。ベッド行くよ……。」
圭介はテレビを消し、佐和子のスマホなど一度も見ずに寝室に向かう。スマホはリモコンの横に置いてあるのに……。
「ええー!!」
残念ながら失敗のようだ。この作戦はメッセージが来た瞬間に見るか、スマホを覗き込まないとなかなか上手くいかないのだ。佐和子は簡単だと思っていたが、実は結構難しいのだと思い知る。
一 次の日 一
9時、スマホの通知音が鳴る。
『昨日上手くいかなかったの?』
昨日、無理だったと送っておいたメッセージの返信が来る。バーは深夜1時まで営業しており、マスターは営業後だと佐和子が寝ているだろうと今送って来てくれたのだ。
『うん、圭介寝ちゃって。ごめんなさい。』
佐和子が送る。
『そっか、旦那さん仕事疲れているんだね。じゃあ10時10分ぐらいは?』
マスターが返事をする。
『確かにそれぐらいが良いかも!お願い出来る?』
『勿論、今度こそ上手くいくと良いね!』
こうして二回目の偽装メッセージ作戦が実行されようとしていた。……しかし……。
一 10時 一
圭介は帰って来ない。佐和子は何度もメッセージを送り電話をするが返事すら返ってこない。
……圭介の働く銀行、特に支店は特に忙しいらしく急な長時間残業、忙しくて連絡が取れないのはよくある事だった。
しかし佐和子は心配で仕方がない。だからこそ、電話やメッセージを送り続けてしまうのだ。
ピコン。
そんな時、スマホの通知音が鳴る。
「圭介!」
佐和子は慌ててメッセージを見る。しかし、そこには……。
『佐和子ちゃん好きだ』
マスターからの意味深なメッセージが来ていた。
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