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第3章 子どもが思うこと、大人が思うこと
01話 和寿、倒れる
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さて和寿の5年生最後の学期は、トラブルで始まりトラブルで終わることになった。学期初めに教室のエアコンが故障し、危うくハムスターたちが命の危機にさらされた。そして今度は和寿自身が入院する羽目になった。どうも過労らしい。思えば5年生になってからの和寿は御覧の通り働きづめだ。万能のコミュニケーション能力の獲得をかけた魔女との戦に始まり、それが実現しても上手く行かない大人とのコミュニケーションの子どもたちの代表など。世界子どもサミットの日本代表が象徴的だ。
和寿の病室は大部屋の窓際だ。だれか窓をたたくものがいる。チュヴィンだった。和寿は内緒で窓を少しだけ開けた。
「ご主人哀れだなあ。そんな恰好をして」
チュビンが言った。
「寝ている時はいつもパジャマだろ。何も変わりないさ」
「ごもっとも。まあたまには休んでくださいなあ」
「教室のハムスターとウサギは無事かい」
「ああ里見君がご主人の代わりをやってくれているよ。『飼育係がこんなに楽しいなんて』といいながらね。お株取られちゃいましたね」
「上手くいっているならそれでいいさ」
「そんなこと言って嫉妬していませんか」
「動物好きが増えてくれるならこんなうれしいことはないよ」
「退院はいつです」
「1週間は休みなさいと言われているんだ。だからあと5日かな」
「近いうちに、ご学友の代表の武井さんが、お見舞いに来ると言っているから、それまでは病院に居てくださいね」
「そんなに重病人じゃないのに」
「武井さんだって、大学病院のお見舞いをしたいだけなのかもよ」
「ただの過労にお見舞いなんて何だか恥ずかしいよ」
和寿は答えた。チュヴィンは去って行った。
チュヴィンが和寿の様子を見に来たのには訳があった。もちろん和寿の無二の親友だったから当たり前といえば当たり前なのだが、和寿は責任感が強く思いつめる質だった。チュヴィンは和寿の心が何より心配だったのだ。休んでいる間も問題は次々起こる。例えばハムスターのジェリーは心が塞ぐという噂が、和寿の耳にも入っていた。ハムスターも人間のように心が塞ぐのだろうか。早く様子を見たがった。でも今回はさすがに事を急いで焦る気概は無いように思う。しっかり休みを取ってからの話だと和寿自身が気づいているようだ。チュヴィンは安心した。
武井がやって来た。武井はクラスのみんなが書いた手紙を携えて病室に入ってきた。
「明日退院だって、大丈夫なのかい」
「ああちょっと疲れが出ただけさ。気持ちの整理もできたし、いい休養になったよ。明日、家で一日だけやすんで、また学校さ。ジェリーは元気で過ごしてるのかい。気が塞ぐという噂を聞いたから」
「ジェリーもおまえに会いたがっているよ。里見の世話じゃ物足りないらしい」
「そんなこと言ってたのかい。なら大丈夫だな。あいつは大げさだからな。ちょっと心配してたけど、心配して損した」
「ジェリーはつぶやいていたぜ。ジェリーのひとりごとは相変わらずクラス中に聞こえるもんな。元気な証拠さ」
ふたりは笑いあった。
さて和寿は退院してその日を家で過ごした。このところ家族で話すことも少なかったので何だか新鮮な一日だった紳吉おじいさんが気を使って声をかけてくれた。
「和寿や、あまり無理するなよ。自分でできる範囲で暮らしていれば。それを誰かが見て手助けしてくれるもんじゃ。おまえは責任感が強いから一人でやろうとし過ぎる。倒れてしまったら何にもならんぞ。わしのように文鳥のブンちゃんの世話だけとか区切って体を使うことじゃ。今では子供サミット日本代表だけど、いつでも降りていいんじゃよ。マイペースマイペース」
家族の皆も今日はなんだか優しかった。あの姉でさえ気を使ってくれる。いやくれるように見えるかな。
「あんた体はひとつしかないのだから、大切にしなさいね」
これだけの言葉だが普段からのギャップが心に響いたのだろう。なんか新鮮!
翌日朝早く学校に向かった。里見も来ていた飼育係代行だ。里見は言った。
「ジェリーが僕の言うことを聞いてくれないんだ。ご飯はケージの中の掃除が済んでからといっても先に食べちゃうし」
「そうだね。しかたないさ」
「君が言っても同じなのかい」
「そうだよ」
「なあんだ、僕の責任なのかと思った」
「ジェリーは人間と交わってわがままになったのさ。あまり褒められたことじゃないね。でも親近感が持てるだろ。人間と思考がそっくりなのさ。僕の相棒のチュヴィンも負けず劣らず人間っぽいよ。だから否定できないだろ」
「そうやって見るとかわいいね」
里見が答えた。
我々は自由とわがままをはき違えている、自然に帰れ。という論者がいる。でもこの論は多くの小さな人間にはあまり響いてこない。僕らの道は衰退するかもしれないけど残念ながら仕方が無いのかも。人には個人では選べない大きな流れというものもある。そこを無視して進むと僕らの人としての幸せは遠のく。小さな人間にとっては、こっちの方がよっぽど不自然だ。
和寿はいろんな経験を経て今、大人側の意見を受け入れる準備ができていた。和寿も皆と同じ、小さな人間の味方になろうとしていたのだ。しかし大人側の意見は明らかに穴だらけだ。SDGsのことを見ればそれは明らかだ。やらないよりはいいけどね。良い方法で鳥や動物たちとの共存共栄は無理なのか。もっと他に経験すべき思考があるのだろうか。まだ想像力が足りていないのだろうか。
和寿の病室は大部屋の窓際だ。だれか窓をたたくものがいる。チュヴィンだった。和寿は内緒で窓を少しだけ開けた。
「ご主人哀れだなあ。そんな恰好をして」
チュビンが言った。
「寝ている時はいつもパジャマだろ。何も変わりないさ」
「ごもっとも。まあたまには休んでくださいなあ」
「教室のハムスターとウサギは無事かい」
「ああ里見君がご主人の代わりをやってくれているよ。『飼育係がこんなに楽しいなんて』といいながらね。お株取られちゃいましたね」
「上手くいっているならそれでいいさ」
「そんなこと言って嫉妬していませんか」
「動物好きが増えてくれるならこんなうれしいことはないよ」
「退院はいつです」
「1週間は休みなさいと言われているんだ。だからあと5日かな」
「近いうちに、ご学友の代表の武井さんが、お見舞いに来ると言っているから、それまでは病院に居てくださいね」
「そんなに重病人じゃないのに」
「武井さんだって、大学病院のお見舞いをしたいだけなのかもよ」
「ただの過労にお見舞いなんて何だか恥ずかしいよ」
和寿は答えた。チュヴィンは去って行った。
チュヴィンが和寿の様子を見に来たのには訳があった。もちろん和寿の無二の親友だったから当たり前といえば当たり前なのだが、和寿は責任感が強く思いつめる質だった。チュヴィンは和寿の心が何より心配だったのだ。休んでいる間も問題は次々起こる。例えばハムスターのジェリーは心が塞ぐという噂が、和寿の耳にも入っていた。ハムスターも人間のように心が塞ぐのだろうか。早く様子を見たがった。でも今回はさすがに事を急いで焦る気概は無いように思う。しっかり休みを取ってからの話だと和寿自身が気づいているようだ。チュヴィンは安心した。
武井がやって来た。武井はクラスのみんなが書いた手紙を携えて病室に入ってきた。
「明日退院だって、大丈夫なのかい」
「ああちょっと疲れが出ただけさ。気持ちの整理もできたし、いい休養になったよ。明日、家で一日だけやすんで、また学校さ。ジェリーは元気で過ごしてるのかい。気が塞ぐという噂を聞いたから」
「ジェリーもおまえに会いたがっているよ。里見の世話じゃ物足りないらしい」
「そんなこと言ってたのかい。なら大丈夫だな。あいつは大げさだからな。ちょっと心配してたけど、心配して損した」
「ジェリーはつぶやいていたぜ。ジェリーのひとりごとは相変わらずクラス中に聞こえるもんな。元気な証拠さ」
ふたりは笑いあった。
さて和寿は退院してその日を家で過ごした。このところ家族で話すことも少なかったので何だか新鮮な一日だった紳吉おじいさんが気を使って声をかけてくれた。
「和寿や、あまり無理するなよ。自分でできる範囲で暮らしていれば。それを誰かが見て手助けしてくれるもんじゃ。おまえは責任感が強いから一人でやろうとし過ぎる。倒れてしまったら何にもならんぞ。わしのように文鳥のブンちゃんの世話だけとか区切って体を使うことじゃ。今では子供サミット日本代表だけど、いつでも降りていいんじゃよ。マイペースマイペース」
家族の皆も今日はなんだか優しかった。あの姉でさえ気を使ってくれる。いやくれるように見えるかな。
「あんた体はひとつしかないのだから、大切にしなさいね」
これだけの言葉だが普段からのギャップが心に響いたのだろう。なんか新鮮!
翌日朝早く学校に向かった。里見も来ていた飼育係代行だ。里見は言った。
「ジェリーが僕の言うことを聞いてくれないんだ。ご飯はケージの中の掃除が済んでからといっても先に食べちゃうし」
「そうだね。しかたないさ」
「君が言っても同じなのかい」
「そうだよ」
「なあんだ、僕の責任なのかと思った」
「ジェリーは人間と交わってわがままになったのさ。あまり褒められたことじゃないね。でも親近感が持てるだろ。人間と思考がそっくりなのさ。僕の相棒のチュヴィンも負けず劣らず人間っぽいよ。だから否定できないだろ」
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