上 下
19 / 30

友人③

しおりを挟む
 僕が何も言い返さずにいると、ハルヒコは言い訳でもするかのように喋りだした。

「知り合いで、この辺りを縄張りにしてる個人タクシーの運転手がいてな、このところ、しょっちゅう同じ車を見かけるって言うんだよ。それも深夜に、だ」

 なるほど、それが僕の車だということなのか。

「神主に知り合いがいると思ったら、タクシーの運転手にも知り合いがいるのかい。しかもこの辺りが縄張りだなんて、よくできた話だね」

「おいおい、疑っているのかい。確かにこの辺りが縄張りなのはよくできた偶然だと思うけどな、知り合いが二人いれば、それが神主とタクシーの運転手でもおかしくはないじゃないか」

 むっとして言い返すハルヒコ。
 僕がおかしな所に突っかかってきたことに苛立っているではなくて、僕に意地の悪い態度をとられたことがつまらないのだろう。

 続けてもいいかい、という問いかけに僕が頷くと、ハルヒコは口を尖らせてため息をついた。

「それで……この辺りって、夜になるとほとんど車が通らないだろう。だから、この車は前にも通った、とかいうのはすぐに判るんだそうだ」

 つまりは他人に覚えられ、意識されるほど通いつめていたということだ。

「最初のうちはお勤めか何かだと思ってたらしいんだけど、それにしちゃあ帰ってくるのが早い。早ければ三十分ちょっと、長くても二時間かからずに、同じ道を引き返してくる」

 幽霊さんと会って話す時間は、翌日の僕の予定によって大きく前後した。
 そういえば三十分ほどしか話せなかったこともあるし、二時間近く話し込んで、もうこんな時間だと言いながら帰宅したこともある。

「その話を聞いて、僕までたどり着いたわけかい」

「ああ、車種を聞いたら色まで同じでな、これはもうおまえのことだと思うだろう。それで、様子を見に来てみれば、案の定だ」

「だけど、同じ色の同じ車なんて、何台だってあるだろう。僕が今日、たまたまここを通っただけだとは思わないのかい」

 せめてもの抵抗。
 案の定だ、だなんて得意げに言われて、はいそうなんです、その車はきっと僕に違いありません、と言ってやるのでは、なんだか悔しいじゃないか。

「言い忘れてたよ、ナンバーまで同じだったって」

 にやけ顔。
 僕は思わず自分の額を抑えていた。

「ほらな、やっぱり通っていたんだろう」

 どうせ、最初からこの切り札は隠しておくつもりだったのだろう。
 してやったりという顔が、どうにも憎たらしい。

「さて、もう一度聞くけどな、おまえは夜な夜な、心霊スポットまで来て何をやっていたんだい」

「そんなことは僕の勝手だろう」

 まだ抵抗する。
 我ながら往生際が悪くて見苦しいとは思うけれど、だからといって幽霊さんのことを話すわけにはいかない。
 僕の気持ちを正直に話しても、事実を歪曲させて幽霊さんのことを話しても、どうせろくな流れにならないのだろうから。

「そりゃあ、そうだけどな」

 言いながら、こつりこつりと歩きだした。
 何事か、と追おうとするも、同じ場所を行き来しているだけだった。
 立ったままでいたせいで脚が疲れたのだろう。

「ただ、これだけは聞いておきたいんだけどさ」

 歩きながら、ちらりとこちらに目をやる。

「とり憑かれてなんか、いないよな」

 ハルヒコの言葉は、どうしてだろう、冷たかった。
 口調とか、そういう問題ではない。
 触覚的に、冷たく感じたのだ。

「憑かれてって、何に」

 分かりきったことを聞き返した。
 分かりたくもなかったから聞き返した。

「何って、前に見た女の霊か、おまえがチヒロさんと見たっていう少女の霊だよ」

 こんなときに、浮かんできて欲しくないときに、どうしようもなく幽霊さんの顔が思い浮かぶ。

 とり憑かれてる。
 第三者の言葉は、胸に氷の刃が突き刺さったかのごとく身に沁みた。
 とり憑かれているのではないかという僕の不安よりも、とり憑いていないという幽霊さんの主張よりも、ハルヒコの言葉はずっと力を持っているらしい。

「まさか」

 だけど、そんなはずはないのだ。

「だったら、安心なんだけどな」

「だいたい、どうしていきなりそういう発想になるんだい」

 動揺を隠せなかった。

 自分でも、そんなことを尋ねることの意味のなさに気づいていた。
 霊の出る場所に通いつめているのならば、そうと疑われても不思議はない、むしろそう疑われて然りじゃないか。
 少なくとも、僕はそう思っていた。

 僕はそう思っていたのに、ハルヒコは。

「うーん、それなんだけどな」

 ハルヒコには、僕が考えた安直な連想ゲームとは別に、とり憑かれているという発想へ向かう確固とした理由があるらしかった。

「おれさ、実はチヒロさんから相談受けてたんだよ」

 様子をうかがうように、言いにくそうに。

「おまえさ、おれと幽霊退治に行った後、チヒロさんを乗せてここに来たそうじゃないか。それも二回」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

これ以上ヤったら●っちゃう!

ヘロディア
恋愛
彼氏が変態である主人公。 いつも自分の部屋に呼んで戯れていたが、とうとう彼の部屋に呼ばれてしまい…

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

処理中です...