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転
友人②
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なにも、障害が発生しないだなんて思っていたわけじゃあない。
最初から、生死の違いという、とてつもなく大きな壁が存在しているのだ。
全て順調に、僕の望んだとおりの展開になっていくことなどはあり得ないのだし、もしそうなってしまったのならば、それはそれで、とても恐ろしいことである。
むしろ、障害を期待していた節すらある。
確かに幽霊さんという女性とはもっと距離を縮めていきたいけれど、落ち着いて考えれば考えるほど、死者にのめり込んでいくという事実には恐怖を感じてしまっている。
それでも、いざ幽霊さんとの関係を邪魔されてみると、僕は喉の奥が渇ききるほどにーーこの言い表しがたい複雑な感情をたった一言に言い換えてしまうならばーー嫌だ、と感じた。
僕は幽霊さんの所へ行った帰り道に、ハルヒコの姿をみとめてしまった。
日づけも変わった真夜中に、たった一人で突っ立っているのだ。
怪異のあった横断歩道で、まるで青信号を待つ歩行者のように。
僕を待っていたのだと直感し、それは間を置かず確信に変わった。
そうなってしまってはもう、止まらざるを得なかった。
「奇遇だよな、こんな時間に」
街灯の明かりが弱いせいでほとんど分からなかったハルヒコの表情は、車を降りた僕のすぐ近くにまで来たときには、見慣れたにやけ顔になっていた。
その表情が仮面であることなど、僕が学生来の友人でなくとも容易に看破できたはずだ。
「冗談だろう」
「何が」
「だから、奇遇だなんて」
ふてぶてしくて、不気味。
このにやけ顔は、ハルヒコ流の不敵な笑みなのだろう。
それが普段の友好的な表情と何一つ変わらないものだから、僕は頭の中に無数の小石を詰め込まれたかのような得体の知れない気持ち悪さを感じてしまう。
「そうだよ、冗談さ。本気で奇遇だと思うほど鈍いわけじゃあないだろう」
このとき、僕は確かに、嫌だと感じた。
彼の介入が僕と幽霊さんとの関係において、プラスにはなりえないだろうと悟ったからだ。
「そんな顔をしてるっていうことは、おれの嫌な予感が当たっていたっていうことなんだよな。黙ってるっていうことは、おれがどうしてこんな所にいるか、なんとなく予想できてるっていうことだよな」
噛みそうになりながら、あらかじめ用意していたのであろう言葉を早口に言い切ると、急に表情をなくして、
「何をやっていたんだい、こんな所で」
優しく問いかけるような声音。
無表情に見えるのは、取り繕った明るさと持てるかぎりの優しさを顔に出したものだろう。
態度こそなんだか高圧的で、挑戦的にすら感じてしまう口ぶりではあるけれど、その実では僕のことを心配してくれていることが理解できる。
だけど僕にとっては、心配してもらうだけいい迷惑である。
「こんな所でって言われてもなあ。ただの帰宅途中っていうだけなんだけど」
密会の帰り、という意味ではもちろんない。
「量販店で家電を見てきたところなんだけど、それは、こんな所でやっていたことじゃあないしね」
少し、おどけてみせる。
余裕を見せつけておかなければ、きっとどんどんつけ込んでくる。
「わざわざこの道を通ってかい」
「わざわざもなにも、ここを通るのが一番の近道だからね、夜は通りもほとんどないから、これ以上良い道はないだろう」
量販店に行った帰りというのは、事実だった。
しかしそれも、どうせ幽霊さんに会いに行くならば、というついでの用事に過ぎなかったのだけれど。
ハルヒコは無表情に見えるその顔で僕のことを胡散臭そうに眺めつくした後、突然に表情をくしゃりと崩して面倒臭そうに頭を掻いた。
「分かったよ、おれの聞きかたが悪かった」
何が分かったのか、僕には分からない。
「こう言えば良いのかい。おまえはここのところ、この場所にしょっちゅう通っているようだけど、霊の出た場所にやってきて、いったい、夜な夜な何をやっているというんだい」
たった今考えて繋ぎ合わせたのであろう不恰好な言い回し。
それでもハルヒコは満足そうにして腕を組むと、どうだとでも言わんばかりに僕のことを真っ直ぐに見据えた。
もともとハルヒコがこのことを言いたがっているということぐらいは、彼のにやけ顔が暗闇の中から現れた段階で既に予想できていた。
一緒にお札を貼りに行ったその日以来、僕の動向がおかしい。
つまりはそういうことなのだろう。
「ちょっと、待ってくれよ」
それでも、薄々感づいてはいたはずなのに、いざそう言われてみると、僕は驚きを隠せなかった。
「ここのところ、しょっちゅうって、どういうことだよ」
しまった、とでも言うようにして、ハルヒコは耳元に手をやった。
しまった、と言いたいのは僕のほうだ。
しまった、幽霊さんとの密会はばれていたのか、と。
「いや、あのさ、言っておくけどな、後をつけたとか、そういうのじゃあないんだ」
最初から、生死の違いという、とてつもなく大きな壁が存在しているのだ。
全て順調に、僕の望んだとおりの展開になっていくことなどはあり得ないのだし、もしそうなってしまったのならば、それはそれで、とても恐ろしいことである。
むしろ、障害を期待していた節すらある。
確かに幽霊さんという女性とはもっと距離を縮めていきたいけれど、落ち着いて考えれば考えるほど、死者にのめり込んでいくという事実には恐怖を感じてしまっている。
それでも、いざ幽霊さんとの関係を邪魔されてみると、僕は喉の奥が渇ききるほどにーーこの言い表しがたい複雑な感情をたった一言に言い換えてしまうならばーー嫌だ、と感じた。
僕は幽霊さんの所へ行った帰り道に、ハルヒコの姿をみとめてしまった。
日づけも変わった真夜中に、たった一人で突っ立っているのだ。
怪異のあった横断歩道で、まるで青信号を待つ歩行者のように。
僕を待っていたのだと直感し、それは間を置かず確信に変わった。
そうなってしまってはもう、止まらざるを得なかった。
「奇遇だよな、こんな時間に」
街灯の明かりが弱いせいでほとんど分からなかったハルヒコの表情は、車を降りた僕のすぐ近くにまで来たときには、見慣れたにやけ顔になっていた。
その表情が仮面であることなど、僕が学生来の友人でなくとも容易に看破できたはずだ。
「冗談だろう」
「何が」
「だから、奇遇だなんて」
ふてぶてしくて、不気味。
このにやけ顔は、ハルヒコ流の不敵な笑みなのだろう。
それが普段の友好的な表情と何一つ変わらないものだから、僕は頭の中に無数の小石を詰め込まれたかのような得体の知れない気持ち悪さを感じてしまう。
「そうだよ、冗談さ。本気で奇遇だと思うほど鈍いわけじゃあないだろう」
このとき、僕は確かに、嫌だと感じた。
彼の介入が僕と幽霊さんとの関係において、プラスにはなりえないだろうと悟ったからだ。
「そんな顔をしてるっていうことは、おれの嫌な予感が当たっていたっていうことなんだよな。黙ってるっていうことは、おれがどうしてこんな所にいるか、なんとなく予想できてるっていうことだよな」
噛みそうになりながら、あらかじめ用意していたのであろう言葉を早口に言い切ると、急に表情をなくして、
「何をやっていたんだい、こんな所で」
優しく問いかけるような声音。
無表情に見えるのは、取り繕った明るさと持てるかぎりの優しさを顔に出したものだろう。
態度こそなんだか高圧的で、挑戦的にすら感じてしまう口ぶりではあるけれど、その実では僕のことを心配してくれていることが理解できる。
だけど僕にとっては、心配してもらうだけいい迷惑である。
「こんな所でって言われてもなあ。ただの帰宅途中っていうだけなんだけど」
密会の帰り、という意味ではもちろんない。
「量販店で家電を見てきたところなんだけど、それは、こんな所でやっていたことじゃあないしね」
少し、おどけてみせる。
余裕を見せつけておかなければ、きっとどんどんつけ込んでくる。
「わざわざこの道を通ってかい」
「わざわざもなにも、ここを通るのが一番の近道だからね、夜は通りもほとんどないから、これ以上良い道はないだろう」
量販店に行った帰りというのは、事実だった。
しかしそれも、どうせ幽霊さんに会いに行くならば、というついでの用事に過ぎなかったのだけれど。
ハルヒコは無表情に見えるその顔で僕のことを胡散臭そうに眺めつくした後、突然に表情をくしゃりと崩して面倒臭そうに頭を掻いた。
「分かったよ、おれの聞きかたが悪かった」
何が分かったのか、僕には分からない。
「こう言えば良いのかい。おまえはここのところ、この場所にしょっちゅう通っているようだけど、霊の出た場所にやってきて、いったい、夜な夜な何をやっているというんだい」
たった今考えて繋ぎ合わせたのであろう不恰好な言い回し。
それでもハルヒコは満足そうにして腕を組むと、どうだとでも言わんばかりに僕のことを真っ直ぐに見据えた。
もともとハルヒコがこのことを言いたがっているということぐらいは、彼のにやけ顔が暗闇の中から現れた段階で既に予想できていた。
一緒にお札を貼りに行ったその日以来、僕の動向がおかしい。
つまりはそういうことなのだろう。
「ちょっと、待ってくれよ」
それでも、薄々感づいてはいたはずなのに、いざそう言われてみると、僕は驚きを隠せなかった。
「ここのところ、しょっちゅうって、どういうことだよ」
しまった、とでも言うようにして、ハルヒコは耳元に手をやった。
しまった、と言いたいのは僕のほうだ。
しまった、幽霊さんとの密会はばれていたのか、と。
「いや、あのさ、言っておくけどな、後をつけたとか、そういうのじゃあないんだ」
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