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承
幽霊さん②
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「しいて言うなら、悪い幽霊じゃあありませんよねっていう意味です」
無理やりに理由をくっつけてみる。
怪訝そうな顔を向けられているというのは、なんとなく落ち着かなかった。
幽霊さんにそんな顔をされているのは、なんとなく落ち着かなかった。
「ひどいなぁ。わたしのこと、そんなふうに思ってたんですか」
「思ってたらこうして何度も会おうとは思いませんよ。ただ、幽霊とこうやって良い関係でいられるっていうことが、なんだか不思議で」
言ってから、それが嘘ではないことを自覚した。
長らくチヒロにしか向けられていなかったこの感情を差っ引いてしまえば、つまりそういうことなのだ。
「あ、わたしたち、良い関係ですか」
薄明かりのような笑顔を見るのは、今夜はこれが初めてだった。
見ないことなど簡単な、気にしないことなど簡単な、造作もなく覆い隠されてしまいそうな笑顔。
「考えてみれば、良い関係ですよね。もうわたしたちって、えっと、あの……」
幽霊は、俯き加減でこちらを見た。
最初に出会ったときの不気味さはなく、僕の目にはたまらなくいじらしく映る。
「あの」
「どうかしましたか」
「変な意味はないので、あんまり深く考えないでくださいね」
澄んだ瞳は横にそらされて、それからすぐに、僕のことを上目遣いに見据えた。
「友達みたいな関係ですよねって言ったら、嫌ですか?」
「どうして」
「ほら、いや、えっと、あの」
今日はなんだか歯切れが悪い。
彼女が初めて見せるそんな姿は、僕にもはや幽霊を感じさせなかった。
ただの、魅力のある一人の女性だ。
「幽霊の友達だなんて、死んだ人……みたいに聞こえませんか」
「僕が、ですか」
心配そうに僕のことを見上げている。
笑える。
「それは心配しすぎですよ」
幽霊にも、笑顔が戻る。
僕は、僕の顔は、笑っているのに違いない。
このやりとりが、目の前で、今まで見た中で一番明るい笑顔を見せている彼女とのやりとりが、あまりにも微笑ましかったからだ。
「ぜんぜん、そんな連想はしませんよ」
優しく、だけど小ばかにするように、僕は笑ってそう言った。
「あ、そ、そうですか。だったらいいんです。じゃあ……」
くるりと僕に背を向けて、
「仕切りなおしましょう」
もう半回転したとき、彼女の顔からは、さっきまでのやりとりで培われた照れや恥ずかしさがさっぱりと消えていた。
「もうわたしたちって、友達みたいなものですよね」
顔からは消えても、声には残っている。
不自然に張り上げた声は、照れ隠しに他ならなかった。
「ところで幽霊さん、まだ名前を聞いてませんよね」
「うわ、せっかく仕切りなおしたのに、いきなり違う話にしないでくださいよ」
「友達みたいっていうなら、名前ぐらいは知っておきたいなって」
友達みたいなものですよね、という言葉に、すんなりと同意することはできなかった。
チヒロの顔が脳裏に浮かぶ。
ああ、ごめん、だけど僕は、友達じゃあ満足できないんだ。
「えっと、今更ですが僕の名前は」
「わたしのことは、さっきの『幽霊さん』でいいですよ」
自己紹介をしようとした僕の声は幽霊さんの言葉と見事にかぶり、仕舞いには打ち消されてしまった。
「どうして」
「どうしてもなにも、わたしは幽霊だって、それだけのことです」
もしかしたら、これで僕が「わかりましたよ」とでも言うと思っていたのかも知れない。
僕の返事を待っている様子の幽霊さんに、僕は顔の筋肉を動かさないようにして立ち向かう。
二度の瞬きの後、幽霊さんは光沢に恵まれた髪をふわりと揺らしながら口を開く。
「つまり、「ゆ」と「う」と「れ」と「い」でわたしの名前だって、そういうことです」
「そうは言っても、生前に名前くらいあったでしょう」
「そんなものは、カラダや人生ごと、どこかに置いてきちゃいました」
置いてきちゃったけど、明日取りに行けばいいや。
そう言い出すのではないかというくらい、幽霊さんの笑顔は楽しげで、軽い。
「変なこと聞いちゃったみたいで、あの、ごめんなさい」
だから僕の謝罪には、言葉の選択を間違えているのではないかという不安と、初めての手料理を人前に出すときのような自信のなさが溢れてしまう。
「あ、えっと、変な気を遣わせちゃったならごめんなさい」
交差する謝罪の中で、ばつの悪さを感じているのは僕だけではないだろう。
居心地の悪いはずの雰囲気は、それでも同じ心境を彼女と共有しているのだという予感のせいで、一生の中で何度となく出会うであろうとりとめのない幸せのうちの一つにすら思われる。
無理やりに理由をくっつけてみる。
怪訝そうな顔を向けられているというのは、なんとなく落ち着かなかった。
幽霊さんにそんな顔をされているのは、なんとなく落ち着かなかった。
「ひどいなぁ。わたしのこと、そんなふうに思ってたんですか」
「思ってたらこうして何度も会おうとは思いませんよ。ただ、幽霊とこうやって良い関係でいられるっていうことが、なんだか不思議で」
言ってから、それが嘘ではないことを自覚した。
長らくチヒロにしか向けられていなかったこの感情を差っ引いてしまえば、つまりそういうことなのだ。
「あ、わたしたち、良い関係ですか」
薄明かりのような笑顔を見るのは、今夜はこれが初めてだった。
見ないことなど簡単な、気にしないことなど簡単な、造作もなく覆い隠されてしまいそうな笑顔。
「考えてみれば、良い関係ですよね。もうわたしたちって、えっと、あの……」
幽霊は、俯き加減でこちらを見た。
最初に出会ったときの不気味さはなく、僕の目にはたまらなくいじらしく映る。
「あの」
「どうかしましたか」
「変な意味はないので、あんまり深く考えないでくださいね」
澄んだ瞳は横にそらされて、それからすぐに、僕のことを上目遣いに見据えた。
「友達みたいな関係ですよねって言ったら、嫌ですか?」
「どうして」
「ほら、いや、えっと、あの」
今日はなんだか歯切れが悪い。
彼女が初めて見せるそんな姿は、僕にもはや幽霊を感じさせなかった。
ただの、魅力のある一人の女性だ。
「幽霊の友達だなんて、死んだ人……みたいに聞こえませんか」
「僕が、ですか」
心配そうに僕のことを見上げている。
笑える。
「それは心配しすぎですよ」
幽霊にも、笑顔が戻る。
僕は、僕の顔は、笑っているのに違いない。
このやりとりが、目の前で、今まで見た中で一番明るい笑顔を見せている彼女とのやりとりが、あまりにも微笑ましかったからだ。
「ぜんぜん、そんな連想はしませんよ」
優しく、だけど小ばかにするように、僕は笑ってそう言った。
「あ、そ、そうですか。だったらいいんです。じゃあ……」
くるりと僕に背を向けて、
「仕切りなおしましょう」
もう半回転したとき、彼女の顔からは、さっきまでのやりとりで培われた照れや恥ずかしさがさっぱりと消えていた。
「もうわたしたちって、友達みたいなものですよね」
顔からは消えても、声には残っている。
不自然に張り上げた声は、照れ隠しに他ならなかった。
「ところで幽霊さん、まだ名前を聞いてませんよね」
「うわ、せっかく仕切りなおしたのに、いきなり違う話にしないでくださいよ」
「友達みたいっていうなら、名前ぐらいは知っておきたいなって」
友達みたいなものですよね、という言葉に、すんなりと同意することはできなかった。
チヒロの顔が脳裏に浮かぶ。
ああ、ごめん、だけど僕は、友達じゃあ満足できないんだ。
「えっと、今更ですが僕の名前は」
「わたしのことは、さっきの『幽霊さん』でいいですよ」
自己紹介をしようとした僕の声は幽霊さんの言葉と見事にかぶり、仕舞いには打ち消されてしまった。
「どうして」
「どうしてもなにも、わたしは幽霊だって、それだけのことです」
もしかしたら、これで僕が「わかりましたよ」とでも言うと思っていたのかも知れない。
僕の返事を待っている様子の幽霊さんに、僕は顔の筋肉を動かさないようにして立ち向かう。
二度の瞬きの後、幽霊さんは光沢に恵まれた髪をふわりと揺らしながら口を開く。
「つまり、「ゆ」と「う」と「れ」と「い」でわたしの名前だって、そういうことです」
「そうは言っても、生前に名前くらいあったでしょう」
「そんなものは、カラダや人生ごと、どこかに置いてきちゃいました」
置いてきちゃったけど、明日取りに行けばいいや。
そう言い出すのではないかというくらい、幽霊さんの笑顔は楽しげで、軽い。
「変なこと聞いちゃったみたいで、あの、ごめんなさい」
だから僕の謝罪には、言葉の選択を間違えているのではないかという不安と、初めての手料理を人前に出すときのような自信のなさが溢れてしまう。
「あ、えっと、変な気を遣わせちゃったならごめんなさい」
交差する謝罪の中で、ばつの悪さを感じているのは僕だけではないだろう。
居心地の悪いはずの雰囲気は、それでも同じ心境を彼女と共有しているのだという予感のせいで、一生の中で何度となく出会うであろうとりとめのない幸せのうちの一つにすら思われる。
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