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第十五話「歌声」

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 セイレーンと言う歌の上手い魔物がいる。
 ただ上手いだけではなく、その歌声には魅了の力があり、それで男を虜にし肉を喰らうという。
 上半身は美しい女性の体、下半身は鳥の体だったり魚の体だったりする。
 伝承によって姿が異なるのはセイレーンが姿を自由に変えられるせいだとか。
 果たしてセイレーンは伝承通りの存在なのだろうか?


 ―ルシファーズハンマー、現在

「だから私は言ったんだ、あんな奴等を雇うなと!」

 リィンが声高に叫ぶ。

「私に言われても困る。決めたのはルシファーだ」

 フォルスが呆れた様に言う。

「二人ともそんな言い争いしている場合じゃないんじゃない?」

 ゴブ子が冷静に二人をなだめる。
 リィン、フォルス、ゴブ子達はルシファー用の個室に籠ってバリケードをドアの前に作っている。
 ドアがドンドンと勢いよく叩かれそのバリケードが今にも破られようとしていた。
 そしてけたたましい破裂音がしてバリケードが破られた。
 その煙の中には目を赤くしたルシファーがいた。
 その後ろには悪魔のカースが、人狼のクラウスが、エルフの少女達がいた。

 ―ルシファーズハンマー、7日前

「えーでは面接結果を発表するよ。歌手のセレナ、バーテンのジョン、ウエイターのニック、みんな採用だ、おめでとう」

 ルシファーが拍手で皆を歓迎する。
 金髪のウェーブの掛かった美しい女性がセレナで、長い黒髪を後ろで束ねてる男がジョン、金髪のショートヘアの男がニックだ。
 ルシファーズハンマーも盛況になってきたのもあり何かと人手不足になっていた。
 それを何とかする為の新規採用であった。

「じゃあ君達の血を少し貰うよ。ちょっとした健康診断さ」

 ルシファーの言葉に皆困惑していたが、採用されたいが為にNoとは言えなかった。
 そして全員の血が取り終わり小瓶に入れられる。
 これは健康診断もとい裏切られた時の保険だった。
 血は黒魔術の重要な材料になるからだ。
 店の売上を持ち逃げされた時にこれで追跡したり処刑したりもできる。
 こうしてルシファーズハンマーに新たな仲間が加わった。

 ―ルシファーズハンマー、5日前

「やあセレナ、大分慣れて来たんじゃないかい?俺もさ」

 新人ウエイターのニックがセレナに声を掛ける。
 セレナは歌うのを区切りの良い所で止めるとニックに微笑んだ。
 そして倉庫に姿を消す二人。

「私でいいの?恋人が待っているんでしょ?」

「もうしばらくあってないさ。それより今日は君と……」

「ふふふ、分かったわ」

 互いに服を脱ぎながら激しく抱き合いキスをする二人。
 その晩倉庫に二人の男女の声と美しい歌声が響いたという。

 ―ルシファーズハンマー、4日前

「ううう、アンナ……」

 入口でうなだれている男は新人ウエイターのニックだった。
 ルシファーズハンマーの前に警官隊が数人いた。
 最初はルシファーを捕まえに来たとルシファーは警戒していたが、
 実は恋人殺しの犯人としてニックが捕まって職場であるルシファーの店に事情を聞きに来ただけだった。

「まあニックは残念な事になったが仕方が無い。残った僕達で店を盛り上げていこう!」

 ルシファーが皆を激励し、この日も無事店を開店した。

 ―ルシファーズハンマー4日前閉店後

「じゃあ今日は一人減ってしまったが皆で新人歓迎会といこうか!バーテン君!」

「はい、ルシファーオーナー」

 新人バーテンのジョンがモヒートを作りルシファーにグラスを手渡す。

「じゃあセレナとジョンの二人の活躍を祈って!乾杯!」

 グラスを頭上高く掲げるルシファーズハンマーのスタッフ達。
 皆勢いよくグラスの酒を飲みほすとバーテンのジョンにおかわりを求めた。
 当時飲まなかったのは場になじめてないリィンとフォルスとゴブ子の三人だけだった。
 一方新人歌手のセレナは顔を赤らめながらルシファーに詰め寄った。

「ねぇ店主さん、私休憩したいの、一緒に来てくれる?」

「美しい歌姫からのお誘いじゃ断れないね」

 そして店の倉庫の中に消える二人。
 セレナはルシファーのジャケットを脱がすとシャツのボタンを一つずつ外していく。
 もどかしく感じた二人は互いの服を乱暴に脱がし合い抱き合った。
 激しいキスを交わす二人。
 その夜の倉庫にはまた男女の激しい声が響いた。
 そして同時に美しい歌声が響いたという。

 そして時は現在に戻る。

 ―ルシファーズハンマー、現在

「この事件の犯人はセイレーンね」

 ゴブ子が神妙な顔をして言う。

「知っているのか、ゴブ子!?」

 リィンが聞き返す。

「伊達に古の魔神をやってないわよ。彼女は歌声で男を惑わして操る魔性の女でね。事件の晩は夜に歌が聞こえたそうじゃない?すると、正体は分かるわよね」

「セレナか!」

 フォルスが成程と納得した顔で銀の短剣を握りセレナに突撃する。
 しかしセレナの前にルシファーが同じく銀の短剣を持って立ち塞がった。
 互いの剣の腕は互角だが、一介の天使が最強の堕天使に勝てる訳もなく、そのサイキックパワーで床に叩きつけられてしまった。

「おい、どうすればいいんだ、ゴブ子!」

 リィンが切羽詰まった表情でゴブ子に問いただす。
 ゴブ子もルシファーが敵にまわり、内心焦っていた。

「セイレーンを倒す必要は無いわ!皆を正気に戻すには彼女の血さえあればいいのよ!」

 リィンはゴブ子の言葉を聞き、ルシファーが皆の血を小瓶に集めていた事を思い出した。
 そしてセレナの名前の書かれた小瓶を開け、中身の血をナイフに塗った。
 そのナイフをルシファー目掛けて投げた。
 無論普通のナイフだしルシファー相手なので刺さっても傷口は直ぐに塞がってしまう。
 しかしセレナの血が付いたナイフが刺さったのにルシファーの洗脳は解けていなかった。

「何故!この方法じゃ解呪できないの!?」

 自分の知識に間違いはないと自負していたゴブ子に衝撃が走る。
 その衝撃の答えになったのは新人バーテンのジョンの言葉だった。

「方法はあってるさ。ただ血が違ってるだけだよ」

 ジョンの手にはジョンの名前が書かれている血の入った小瓶があった。

「セイレーンは女じゃないのか?それに歌声だって……」

 リィンがジョンに怪訝な顔をして尋ねる。

「それはミスリード、もとい君達の勝手な想像さ。姿は自由に変えられるし、歌声じゃなく言葉でいいし、完全な洗脳には体液を……唾液でも飲ませればいい。バーテンの俺のススメなら唾液入りの酒とも知らずに喜んで飲んでくれたよ。店主は俺の策にはまってセレナを疑ってたみたいだけどね!」

 ジョンのネタばらしをリィンが苦虫を潰した様な顔で聞く。
 獅子身中の虫とはこのことだ。

「なるほど、お前の酒を飲まなかった私達は洗脳から逃れられた訳か」

「そういうこと。そして厄介なコレはこうだ!」

 パリン!

 ジョンは自分の血の入った小瓶を床に叩きつけた。
 これで洗脳された連中を治す事はできなくなった。
 そうジョンが安心しきったその時である。

「血ならここにあるじゃないか、大量に!」

 ルシファーが銀の短剣でジョンの体を串刺しにする。
 その体からは大量の血が出ていた。

「ば、ばかな……お、おまえはお、俺の虜になっていた、筈……」

「他人の唾液入りの酒なんて僕が飲む訳ないだろ。あれは飲んだフリさ」

「オーナー!洗脳されてなかったんだな!しかしじゃあなんでもっと早く教えてくれなかったんだ?」

「お茶目な新人の上司虐めかと思ってね。確証が欲しかったのさ」

 ルシファーが小針を取り出すとそれにジョンの血を付けて皆の首筋に刺していく。
 その直後皆正気を取り戻した。

「しかし今回の一件、魔王が僕の首を取りにきたのか、それともただの野良魔物の単独行動か……」

 思案するルシファーにゴブ子が近寄る。

「あの魔王の仕業なら厄介よ。もっと慎重に動くべきね」

「今度は履歴書でも持参して貰うかな」

「リレキショ?何よソレ」

 今回のセイレーンが魔王の刺客なら今後は逆に取り込んで味方にするのもいい。
 もしくは惨殺して見せしめにしてやるか……この世界の魔王に一泡吹かしてやろうと考えているルシファーであった。
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