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第一章 アスガルド
閑話回想2 ヒビトス山の悪鬼
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あの魔神の紋章が浮かび上がる事件があってから、十二年の歳月が過ぎた。
ここはソレイユ王国の、のどかな街、ブリュンヒルドだ。
なにやら、勢いよく、玄関口から出てくるツインテールでかわいらしい女の子がいた。
「お母さん、いってくるね~」
「リオ、気をつけていってくるのよ」
「はーい」
リオと呼ばれた女の子は笑顔で元気よく声を出した。
嫌味のない笑顔だった。
そのとき、後ろの方から、男意気のある声がした。
「母さん、俺も一緒に行ってくるよ。今日はたくさん料理に使うんだろ」
「そうね、じゃぁ、ファイもヒビトス山に取りに行ってきてくれる? たくさんとってきてちょうだいね」
「任しとけって。いってくるな」
ファイと呼ばれた少年は赤毛で、目が橙色をしていた。
出てきたところの畑で農作物を収穫していた男がいた。
この男は、あの魔神の事件があったときの亭主だった。
ファイとリオは、どうやら、亭主の息子と娘らしい。
魔神の紋章が宿った少年には妹が出来ていたのだ。
その少年はファイと名付けられていた。
心配そうな目で家の玄関口から、山の方に向かうファイとリオを母親のレイナは見やっていた。
ファイとリオはヒビトス山の中途の道まできていた。
山の傾斜がかなりきつくなってきていた。
「今日は特製山菜スープだって」
「それに薬草花が必要なんだな」
ファイは嬉しそうな顔で返事をした。
続けてリオが言葉を紡いだ。
「食べると、傷や疲れが薬草花の効果で治るんだって」
「母さんは元、魔法使いだから、魔法で料理作るの上手だよな」
「あたしも、母さんみたいに魔法が使える女の子になるんだ」
リオはスキップをしながらいった。超ご機嫌だった。
ファイが嘆息めいた顔でそのとき、長い山道を眺めた。
その眺望は凄まじかった。大の大人でも、足腰にきそうな道のりだった。
「相変わらず、ヒビトス山の山道はなげーな。もうひとふんばりだ。がんばるぞ、それ!」
そういい、ファイは勇ましく山道を駆けだした。
リオもスタスタとついていく。
そうこうして、しばらく走り歩き、ヒビトス山の山頂についた。
ここに、例の薬草花があるらしい。
「ふぅ、やっとついたな。ようし、がんばって取るぞー。リオはそっちの方のとっててくれ」
「うん、わかった」
二人は持ってきたカゴの中に薬草花を摘んで入れだした。
リオはご機嫌で、相変わらず楽しそうにスキップしながら、大きな岩がある下のところに生えている薬草花を取り出した。
「るん、るん、るん、やくそう、おはな、やっくそう、おはなぁ」
そのときだった。
「そんなにうまいのか、その花は?」
「きゃー」
目の前には大きな怪物が現れていた。
こいつは一体どういうことだ。
「な、悲鳴? リオの声だ。リオー、どうした?」
ファイは心配してリオのほうへ駆け出した。
リオは腰を抜かして、その場に座り込んでいた。
絶体絶命だ。
☆☆ ☆☆
悲鳴がした瞬間、その声が、余りにもおかしかったため、山の下にいたファイたちの両親にもきこえていた。
亭主とレイナの顔つきがかわった。
「おい、レイナ、今の悲鳴は、リオの声じゃなかったか?」
「どうしたのかしら、山のほうからだわ」
二人は顔を見合わせた。険しい顔つきだった。
その瞬間、リリカが家の中からけたたましくでてきて言い寄ってきた。
「旦那さま!」
「リリカ、少しのあいだ家を留守にする、帰ってくるまで守っていてくれ」
「は、はい」
リリカの返事をきくと家の中に亭主とレイナは駆け出した。
そして、中から武器をとってきて、走り出した。ロングソードタイプの剣のようだが、装飾が普通の剣ではなかったのだ。どうみても、強そうな感じがする剣だった。
レイナもなにやら、杖のようなものを取ってきていた。魔法使いの杖のように見えるのだが。この杖もちょっと変わった形をしていた。
武器を持ち、山道を走りながら、亭主は厳しい顔つきでいった。
そのあいだにも、リオたちが襲われているかもしれないと、脳裏を過ぎっていたのだ。
「今の悲鳴は尋常じゃない。モンスターかもしれない。行くぞ、レイナ」
「待ってろ、リオ、いまいくぞ」
「リオ、無事でいて。ファイも」
ふたりとも真剣だった。生死に関わることだったからだ。
☆☆ ☆☆
そのころ、山頂では事態が圧迫していた。
ファイは眉間に皺をよせてジリリと、歩幅をつめていた。
「な、モンスター? なぜこんなところに?」
だが、見ると、モンスターの様子がおかしい。手から血が地面に滴り落ちていた。
どうやら、手負いのようだ。しかし、なぜ?
「リオ、逃げろー、はしれー」
「だ、だめ腰が抜けて動けない」
リオは動けない。もうそこまでモンスターは近づいていた。
「ふはは、こうしてくれるわ」
DOSU!
「きゃあぁ」
次の瞬間、リオはモンスターの巨体の足に踏みつけられていた。
リオの顔が苦渋で引きつる。手で足をどけようとするが、子供の力で動く相手ではなかった。
そのとき、ファイが歩み寄ってきて、モンスター足に突っかかっていった。
「やめろぉ、足をどけろ」
「お、お兄ちゃん、逃げてー」
「うるさいガキだ、おらぁ」
DOSUU!
「ぐはぁ」
なんとモンスターの足蹴りがまともにクリーンヒットし、ファイは後方に吹っ飛んだ。
ファイは、痛みで顔をゆがませ、手を地面についた。何かを探している。
「ち、畜生!(オーガ? なんであんな強力なモンスターが)ばかゆーな、いま助けてやる。く、くそ、武器がねー(なにか、ねーか)」
そのとき、オーガの様子が急変した。血が、さっきより、あふれだしたのだ。
なにやら、もたついている。しかし、リオを踏んでいる足はどけなかった。
手負いでも子供を簡単に殺すくらいの膂力はあるようだ。
「ぐ、おのれい、人間風情が、調子に乗りおって、手傷を負っていても、おまえらごとき葬ることくらい、わけはない」
そういい、ファイを睨みつけた。
窮地だ。
そのとき、ファイは近くにあった木切れを見つけた。
「クソッ、意識がもうろうとする。フハハ、あの騎士の悔しそうな顔が目に浮かぶわ。死に土産に、お前らも道連れにしてくれよう」
急遽、ファイはオーガに走り出して、攻撃に打って出た。
ファイは思いっきり手を振りかぶり、空中にジャンプして切りかかった。
「えぇい、このやろう!」
「じゃかましいぃわ」
一振りだった。切りかかったものの、打ち込む瞬間、一瞬にして、オーガにパンチされ、吹っ飛ばされた。
「ぐぁぁあぁ」
ファイは余りの痛さに、わき腹を手で抱え込んだ。
リオの目が涙でいっぱいになり、心配そうに覗き込んだ。
「お、おにいちゃん!」
ファイが負けじと立ち上がろうとした。
オーガはリオを踏んでいた足をどけ、ファイのほうに歩いていく。
「(あの騎士? なんのことだ?)くそう、人間とパワーが違いすぎる。これならどうだ!」
「ぐぁあぁっ」
オーガがファイを思いっきり踏みつけた。
ファイは大声を上げて、地面に叩きつけられた。顔が地面にめりこんだ。
ファイは手で、生えていた草を握ってちぎり、反撃しようとしていた。
しかし、相手はオーガ。力は人の何倍もある。
簡単にいく相手ではなかった。しかも、このオーガは武器を持っていた。
槍を大きくオーガは空に振り上げてほざいた。
「ガキが、逃げてりゃいいものを。その立ち向かう勇気だけは買ってやろう。先にこの娘を血祭りにしてくれようぞ」
リオが走ってくる。ファイをどうにかして助けようとしていた。
そのときだった。
「そおれ、一突きだ」
ジエンドだ。槍がファイに向けられた。
「きゃあああぁ、やめてぇー」
リオは必死に叫んだ。しかし、助ける者など、山頂にはいるはずもなかった。
「死にさらせぇ」
ZUSAA!
一体、これはどういうことだ。槍を振りかぶった瞬間、オーガの血が飛んでいた。
「きゃぁー」
リオは泣き叫んでいた。
「ぐ、ぐはぁ、おのれ、お前か」
これがオーガの最後の断末魔になっていた。
そして、オーガの大きく太い首が鮮血の赤い血飛沫が飛び、地面にドサッと音を立てて血とともに落ちたのだった。
一体、誰が?
ファイは動揺し、固唾をのんだ。
目の前には重装備の鎧をきた騎士のような人がいた。
身の丈はあろうかという、とても大きな剣を持っていた。
「(なんて、大きな剣なんだ)」
「ふぅ、何とか間に合ったな。山あいから発見したときは間に合わないかと思ったが」
騎士は、すんなりした、余裕のある表情でいった。まだ若い。
やっとのことで、ファイは起き上がれた。そばにリオがいて身体を支えていた。
ファイは騎士に笑顔で言葉を紡いだ。
「あのぅ、助けてくれてありがとうございます」
「よかったな、坊主。俺はこいつを討伐するためにこの山にきてたんだ。どうにか任務もこなせてよかったぜ」
騎士はやわらかい表情でファイの頭をポンポンと叩きながらいった。
「あ、あの、あなたは?」
「俺は、ソレイユ騎士団のオネイロスというものだ」
「オネイロスさん」
「坊主、みてたぜ、力がケタ外れのオーガに木の棒一本で向かっていく勇気、大したもんだ」
「い、いえそんな」
ファイは嬉しそうな顔で照れながらいった。
続けて、オネイロスが指を立てて、ファイにいった。
「坊主、『守りたいなら、強くなれ』じゃなきゃ、大切な人は守れない。お前の家族もだ」
「強く?」
ファイが不思議そうな顔をした。
「俺も昔はお前みたいに、無鉄砲だった。だが、剣に出会ったことで人生が変わった」
オネイロスは剣を担ぎながら、自分の過去を揺さぶるように言葉を紡いだ。
少し辛そうな顔をした。
「ソレイユ騎士団はそういう親を魔族に殺されたり、辛い過去を持ったものが入ることが多い。もし、あのとき、自分が強ければ、モンスターを倒せていれば、助かるはずの命も助けられたかもしれない。そういう後悔はお前もしたくないだろ?」
「強く、俺も強くなりたい」
ファイはこくりと頷きながら拳を握った。
そのときだった。ファイの左手の甲に例の魔神の紋章が薄っすらと浮かびあがった。
オネイロスは妙な現象に気がついた。リオもだ。
「ん、(なんだ、この子供? 左手に炎が立ち込めているような光が?)」
「あはは、あ、あこれ、怪我するとたまに出てくるんだ。両親に聞いてもわからないといって答えてくれないんです」
ファイは左手を隠すような素振りをし、右手を頭の後ろに回しながら、曖昧な返事をした。ファイにとっては、ウィークポイントみたいなものだったのだ。
オネイロスはあごに手をやり、首を傾げた。
「(妙な子だ。まさかな?)」
一瞬だけ、光が溢れ、ファイがまた手を前に出すと、紋章は何もなかったように消えていた。
リオも指を口でくわえながら、首を傾げた。
「(消えたか)じゃぁな、坊主、気があるなら、強くなれよ」
「ありがと、お兄さん」
そういうと、オネイロスは一瞬のうちに森の中へと消えていった。
丁度、オネイロスが消えて、しばらくしたときだった。
「ファーイー! リーオー!」
ファイの両親がやっとのことで、山頂に着き、ファイたちの元へ走ってきた。
「あ、お母さん」
「大丈夫か、リオ、ファイ」
ファイの父親は心配そうな顔でリオにいい、辺りを警戒するように剣を持ち、構えた。
父親は、花畑に血が吹き飛んでいるのに気がついた。
「うん、大丈夫だよ。危なかったけど、ソレイユ騎士団の騎士様が助けてくれたの」
「ほぅ、ソレイユ騎士団の者が。運がよかったのだな。ホッとしたぞ。お前たちがもしかしたら、モンスターに殺されたのじゃないかとヒヤヒヤだったからな」
そういった矢先のことだった。ファイが気にかかることをいった。
「おやじ、その剣どうしたの? お母さんもそんな杖どこにあったの?」
「お前たちにも話すときがきたようだな。わしは、漁師をしておるが、昔は、ソレイユ騎士団の騎士だったのじゃ」
「親父が、騎士? うそでしょ?」
ファイがそういうと、父親は剣を横に向けて、ファイにゆっくり手渡した。
「これが、証拠品じゃ。ソレイユ騎士団のみが持つことを許されておる、『騎士の剣デュランダル』じゃ」
「デュランダル?」
ファイは剣をもち、不思議そうな顔をした。
「レイナとはな、職場で出会ったのじゃ。レイナは、ソレイユ王国で神官に仕える星巫女をしておった」
「え、お母さんが、星巫女? じゃぁ、その杖って?」
「今まで黙ってて、ごめんね。これはいつも使ってる魔法使いの杖じゃなくて、星巫女の杖というのよ。杖の魔力が魔法使いの杖より、格段に上なの」
レイナはそういうと、星巫女の杖をリオに手渡した。
そのとき、岩の近くに倒れていた、オーガの死体に気付き、父親が駆け寄った。
「こいつはギルオーガ、オーガ種族でも高位種族じゃないか。力はオーガと比べると比較にならないくらい強いはず。それにしても、このギルオーガの太い首を斬首するなんて、何て怪力の持ち主なんだ」
一同がその発言に面食らった。とんでもない力の持ち主だと。
ファイとリオが目をパチクリした。
続けて父親が首を傾げながら、言葉を紡いだ。
「ファイ、その騎士はどんな風にして、このギルオーガを倒したんだ?」
「それが、一瞬だったんだ。背丈を超すような大きな剣で、一薙ぎだった」
「それは、恐らくじゃが、大剣クレイモアじゃな。あれを使いこなせる騎士が、今はおるのか」
「あのさぁ、親父、俺に剣術を教えてくれ」
「剣術? いったいどうしたというのだ?」
ファイの言葉に、父親はびっくりし、ギルオーガをみていたものの、振り向いた。
「おれ、あの人みたいに騎士になりたいんだ。みんな守れるように強くなりたいんだ」
「……そうか」
父親は、短絡的な表情をみせた。
ファイが説得しようと、身を乗り出した。
「親父は騎士だったんだろ? 教えてくれよ、頼むよ、おやじ」
「そうか、騎士にな。それじゃぁ、職業訓練校ソレイユアカデミーに入らないとなれないな。騎士クラスがあったな。受けてみるか」
父親は明るい顔でいった。
職業訓練校に入ってみるかというのだ。
騎士になれば、身分も上がる。しかし、受かるためには難しい試験があるのだ。
「ありがと、おやじ。がんばるよ」
ファイの顔が嬉しくてほころんでいた。
そのとき、レイナが口を開いた。
「ファイ、剣術だけでは、受からないのよ。学問も学ばないと」
「俺、学問もがんばるよ。母さん、星巫女だったんでしょ。教えてよ、やるから」
「やる気はあるみたいね。受けるからには、受かりなさい。教えてあげるわ」
「お母さん、あたしもお母さんみたいに魔法を使えるようになりたい」
「まぁ、リオも。触発されたのね。じゃぁ、ソレイユアカデミーの魔法使いクラスでも年齢がきたら受けてみる?」
「ありがとー、お母さん大好き」
リオは嬉しそうな顔で、レイナに抱きついた。
「みんな、やるからには頑張るのよ」
「はぁーい」
「話はまた家でしましょ。みんな、薬草花つんで帰って、昼ごはんにしましょ」
そうレイナがいうと、散っていた、薬草花をみんなで手分けして、摘んでいった。
そうして、薬草花を摘み終わると、ヒビトス山を後にした。
だが、これから、試練がファイには待ち侘びていた。
ここはソレイユ王国の、のどかな街、ブリュンヒルドだ。
なにやら、勢いよく、玄関口から出てくるツインテールでかわいらしい女の子がいた。
「お母さん、いってくるね~」
「リオ、気をつけていってくるのよ」
「はーい」
リオと呼ばれた女の子は笑顔で元気よく声を出した。
嫌味のない笑顔だった。
そのとき、後ろの方から、男意気のある声がした。
「母さん、俺も一緒に行ってくるよ。今日はたくさん料理に使うんだろ」
「そうね、じゃぁ、ファイもヒビトス山に取りに行ってきてくれる? たくさんとってきてちょうだいね」
「任しとけって。いってくるな」
ファイと呼ばれた少年は赤毛で、目が橙色をしていた。
出てきたところの畑で農作物を収穫していた男がいた。
この男は、あの魔神の事件があったときの亭主だった。
ファイとリオは、どうやら、亭主の息子と娘らしい。
魔神の紋章が宿った少年には妹が出来ていたのだ。
その少年はファイと名付けられていた。
心配そうな目で家の玄関口から、山の方に向かうファイとリオを母親のレイナは見やっていた。
ファイとリオはヒビトス山の中途の道まできていた。
山の傾斜がかなりきつくなってきていた。
「今日は特製山菜スープだって」
「それに薬草花が必要なんだな」
ファイは嬉しそうな顔で返事をした。
続けてリオが言葉を紡いだ。
「食べると、傷や疲れが薬草花の効果で治るんだって」
「母さんは元、魔法使いだから、魔法で料理作るの上手だよな」
「あたしも、母さんみたいに魔法が使える女の子になるんだ」
リオはスキップをしながらいった。超ご機嫌だった。
ファイが嘆息めいた顔でそのとき、長い山道を眺めた。
その眺望は凄まじかった。大の大人でも、足腰にきそうな道のりだった。
「相変わらず、ヒビトス山の山道はなげーな。もうひとふんばりだ。がんばるぞ、それ!」
そういい、ファイは勇ましく山道を駆けだした。
リオもスタスタとついていく。
そうこうして、しばらく走り歩き、ヒビトス山の山頂についた。
ここに、例の薬草花があるらしい。
「ふぅ、やっとついたな。ようし、がんばって取るぞー。リオはそっちの方のとっててくれ」
「うん、わかった」
二人は持ってきたカゴの中に薬草花を摘んで入れだした。
リオはご機嫌で、相変わらず楽しそうにスキップしながら、大きな岩がある下のところに生えている薬草花を取り出した。
「るん、るん、るん、やくそう、おはな、やっくそう、おはなぁ」
そのときだった。
「そんなにうまいのか、その花は?」
「きゃー」
目の前には大きな怪物が現れていた。
こいつは一体どういうことだ。
「な、悲鳴? リオの声だ。リオー、どうした?」
ファイは心配してリオのほうへ駆け出した。
リオは腰を抜かして、その場に座り込んでいた。
絶体絶命だ。
☆☆ ☆☆
悲鳴がした瞬間、その声が、余りにもおかしかったため、山の下にいたファイたちの両親にもきこえていた。
亭主とレイナの顔つきがかわった。
「おい、レイナ、今の悲鳴は、リオの声じゃなかったか?」
「どうしたのかしら、山のほうからだわ」
二人は顔を見合わせた。険しい顔つきだった。
その瞬間、リリカが家の中からけたたましくでてきて言い寄ってきた。
「旦那さま!」
「リリカ、少しのあいだ家を留守にする、帰ってくるまで守っていてくれ」
「は、はい」
リリカの返事をきくと家の中に亭主とレイナは駆け出した。
そして、中から武器をとってきて、走り出した。ロングソードタイプの剣のようだが、装飾が普通の剣ではなかったのだ。どうみても、強そうな感じがする剣だった。
レイナもなにやら、杖のようなものを取ってきていた。魔法使いの杖のように見えるのだが。この杖もちょっと変わった形をしていた。
武器を持ち、山道を走りながら、亭主は厳しい顔つきでいった。
そのあいだにも、リオたちが襲われているかもしれないと、脳裏を過ぎっていたのだ。
「今の悲鳴は尋常じゃない。モンスターかもしれない。行くぞ、レイナ」
「待ってろ、リオ、いまいくぞ」
「リオ、無事でいて。ファイも」
ふたりとも真剣だった。生死に関わることだったからだ。
☆☆ ☆☆
そのころ、山頂では事態が圧迫していた。
ファイは眉間に皺をよせてジリリと、歩幅をつめていた。
「な、モンスター? なぜこんなところに?」
だが、見ると、モンスターの様子がおかしい。手から血が地面に滴り落ちていた。
どうやら、手負いのようだ。しかし、なぜ?
「リオ、逃げろー、はしれー」
「だ、だめ腰が抜けて動けない」
リオは動けない。もうそこまでモンスターは近づいていた。
「ふはは、こうしてくれるわ」
DOSU!
「きゃあぁ」
次の瞬間、リオはモンスターの巨体の足に踏みつけられていた。
リオの顔が苦渋で引きつる。手で足をどけようとするが、子供の力で動く相手ではなかった。
そのとき、ファイが歩み寄ってきて、モンスター足に突っかかっていった。
「やめろぉ、足をどけろ」
「お、お兄ちゃん、逃げてー」
「うるさいガキだ、おらぁ」
DOSUU!
「ぐはぁ」
なんとモンスターの足蹴りがまともにクリーンヒットし、ファイは後方に吹っ飛んだ。
ファイは、痛みで顔をゆがませ、手を地面についた。何かを探している。
「ち、畜生!(オーガ? なんであんな強力なモンスターが)ばかゆーな、いま助けてやる。く、くそ、武器がねー(なにか、ねーか)」
そのとき、オーガの様子が急変した。血が、さっきより、あふれだしたのだ。
なにやら、もたついている。しかし、リオを踏んでいる足はどけなかった。
手負いでも子供を簡単に殺すくらいの膂力はあるようだ。
「ぐ、おのれい、人間風情が、調子に乗りおって、手傷を負っていても、おまえらごとき葬ることくらい、わけはない」
そういい、ファイを睨みつけた。
窮地だ。
そのとき、ファイは近くにあった木切れを見つけた。
「クソッ、意識がもうろうとする。フハハ、あの騎士の悔しそうな顔が目に浮かぶわ。死に土産に、お前らも道連れにしてくれよう」
急遽、ファイはオーガに走り出して、攻撃に打って出た。
ファイは思いっきり手を振りかぶり、空中にジャンプして切りかかった。
「えぇい、このやろう!」
「じゃかましいぃわ」
一振りだった。切りかかったものの、打ち込む瞬間、一瞬にして、オーガにパンチされ、吹っ飛ばされた。
「ぐぁぁあぁ」
ファイは余りの痛さに、わき腹を手で抱え込んだ。
リオの目が涙でいっぱいになり、心配そうに覗き込んだ。
「お、おにいちゃん!」
ファイが負けじと立ち上がろうとした。
オーガはリオを踏んでいた足をどけ、ファイのほうに歩いていく。
「(あの騎士? なんのことだ?)くそう、人間とパワーが違いすぎる。これならどうだ!」
「ぐぁあぁっ」
オーガがファイを思いっきり踏みつけた。
ファイは大声を上げて、地面に叩きつけられた。顔が地面にめりこんだ。
ファイは手で、生えていた草を握ってちぎり、反撃しようとしていた。
しかし、相手はオーガ。力は人の何倍もある。
簡単にいく相手ではなかった。しかも、このオーガは武器を持っていた。
槍を大きくオーガは空に振り上げてほざいた。
「ガキが、逃げてりゃいいものを。その立ち向かう勇気だけは買ってやろう。先にこの娘を血祭りにしてくれようぞ」
リオが走ってくる。ファイをどうにかして助けようとしていた。
そのときだった。
「そおれ、一突きだ」
ジエンドだ。槍がファイに向けられた。
「きゃあああぁ、やめてぇー」
リオは必死に叫んだ。しかし、助ける者など、山頂にはいるはずもなかった。
「死にさらせぇ」
ZUSAA!
一体、これはどういうことだ。槍を振りかぶった瞬間、オーガの血が飛んでいた。
「きゃぁー」
リオは泣き叫んでいた。
「ぐ、ぐはぁ、おのれ、お前か」
これがオーガの最後の断末魔になっていた。
そして、オーガの大きく太い首が鮮血の赤い血飛沫が飛び、地面にドサッと音を立てて血とともに落ちたのだった。
一体、誰が?
ファイは動揺し、固唾をのんだ。
目の前には重装備の鎧をきた騎士のような人がいた。
身の丈はあろうかという、とても大きな剣を持っていた。
「(なんて、大きな剣なんだ)」
「ふぅ、何とか間に合ったな。山あいから発見したときは間に合わないかと思ったが」
騎士は、すんなりした、余裕のある表情でいった。まだ若い。
やっとのことで、ファイは起き上がれた。そばにリオがいて身体を支えていた。
ファイは騎士に笑顔で言葉を紡いだ。
「あのぅ、助けてくれてありがとうございます」
「よかったな、坊主。俺はこいつを討伐するためにこの山にきてたんだ。どうにか任務もこなせてよかったぜ」
騎士はやわらかい表情でファイの頭をポンポンと叩きながらいった。
「あ、あの、あなたは?」
「俺は、ソレイユ騎士団のオネイロスというものだ」
「オネイロスさん」
「坊主、みてたぜ、力がケタ外れのオーガに木の棒一本で向かっていく勇気、大したもんだ」
「い、いえそんな」
ファイは嬉しそうな顔で照れながらいった。
続けて、オネイロスが指を立てて、ファイにいった。
「坊主、『守りたいなら、強くなれ』じゃなきゃ、大切な人は守れない。お前の家族もだ」
「強く?」
ファイが不思議そうな顔をした。
「俺も昔はお前みたいに、無鉄砲だった。だが、剣に出会ったことで人生が変わった」
オネイロスは剣を担ぎながら、自分の過去を揺さぶるように言葉を紡いだ。
少し辛そうな顔をした。
「ソレイユ騎士団はそういう親を魔族に殺されたり、辛い過去を持ったものが入ることが多い。もし、あのとき、自分が強ければ、モンスターを倒せていれば、助かるはずの命も助けられたかもしれない。そういう後悔はお前もしたくないだろ?」
「強く、俺も強くなりたい」
ファイはこくりと頷きながら拳を握った。
そのときだった。ファイの左手の甲に例の魔神の紋章が薄っすらと浮かびあがった。
オネイロスは妙な現象に気がついた。リオもだ。
「ん、(なんだ、この子供? 左手に炎が立ち込めているような光が?)」
「あはは、あ、あこれ、怪我するとたまに出てくるんだ。両親に聞いてもわからないといって答えてくれないんです」
ファイは左手を隠すような素振りをし、右手を頭の後ろに回しながら、曖昧な返事をした。ファイにとっては、ウィークポイントみたいなものだったのだ。
オネイロスはあごに手をやり、首を傾げた。
「(妙な子だ。まさかな?)」
一瞬だけ、光が溢れ、ファイがまた手を前に出すと、紋章は何もなかったように消えていた。
リオも指を口でくわえながら、首を傾げた。
「(消えたか)じゃぁな、坊主、気があるなら、強くなれよ」
「ありがと、お兄さん」
そういうと、オネイロスは一瞬のうちに森の中へと消えていった。
丁度、オネイロスが消えて、しばらくしたときだった。
「ファーイー! リーオー!」
ファイの両親がやっとのことで、山頂に着き、ファイたちの元へ走ってきた。
「あ、お母さん」
「大丈夫か、リオ、ファイ」
ファイの父親は心配そうな顔でリオにいい、辺りを警戒するように剣を持ち、構えた。
父親は、花畑に血が吹き飛んでいるのに気がついた。
「うん、大丈夫だよ。危なかったけど、ソレイユ騎士団の騎士様が助けてくれたの」
「ほぅ、ソレイユ騎士団の者が。運がよかったのだな。ホッとしたぞ。お前たちがもしかしたら、モンスターに殺されたのじゃないかとヒヤヒヤだったからな」
そういった矢先のことだった。ファイが気にかかることをいった。
「おやじ、その剣どうしたの? お母さんもそんな杖どこにあったの?」
「お前たちにも話すときがきたようだな。わしは、漁師をしておるが、昔は、ソレイユ騎士団の騎士だったのじゃ」
「親父が、騎士? うそでしょ?」
ファイがそういうと、父親は剣を横に向けて、ファイにゆっくり手渡した。
「これが、証拠品じゃ。ソレイユ騎士団のみが持つことを許されておる、『騎士の剣デュランダル』じゃ」
「デュランダル?」
ファイは剣をもち、不思議そうな顔をした。
「レイナとはな、職場で出会ったのじゃ。レイナは、ソレイユ王国で神官に仕える星巫女をしておった」
「え、お母さんが、星巫女? じゃぁ、その杖って?」
「今まで黙ってて、ごめんね。これはいつも使ってる魔法使いの杖じゃなくて、星巫女の杖というのよ。杖の魔力が魔法使いの杖より、格段に上なの」
レイナはそういうと、星巫女の杖をリオに手渡した。
そのとき、岩の近くに倒れていた、オーガの死体に気付き、父親が駆け寄った。
「こいつはギルオーガ、オーガ種族でも高位種族じゃないか。力はオーガと比べると比較にならないくらい強いはず。それにしても、このギルオーガの太い首を斬首するなんて、何て怪力の持ち主なんだ」
一同がその発言に面食らった。とんでもない力の持ち主だと。
ファイとリオが目をパチクリした。
続けて父親が首を傾げながら、言葉を紡いだ。
「ファイ、その騎士はどんな風にして、このギルオーガを倒したんだ?」
「それが、一瞬だったんだ。背丈を超すような大きな剣で、一薙ぎだった」
「それは、恐らくじゃが、大剣クレイモアじゃな。あれを使いこなせる騎士が、今はおるのか」
「あのさぁ、親父、俺に剣術を教えてくれ」
「剣術? いったいどうしたというのだ?」
ファイの言葉に、父親はびっくりし、ギルオーガをみていたものの、振り向いた。
「おれ、あの人みたいに騎士になりたいんだ。みんな守れるように強くなりたいんだ」
「……そうか」
父親は、短絡的な表情をみせた。
ファイが説得しようと、身を乗り出した。
「親父は騎士だったんだろ? 教えてくれよ、頼むよ、おやじ」
「そうか、騎士にな。それじゃぁ、職業訓練校ソレイユアカデミーに入らないとなれないな。騎士クラスがあったな。受けてみるか」
父親は明るい顔でいった。
職業訓練校に入ってみるかというのだ。
騎士になれば、身分も上がる。しかし、受かるためには難しい試験があるのだ。
「ありがと、おやじ。がんばるよ」
ファイの顔が嬉しくてほころんでいた。
そのとき、レイナが口を開いた。
「ファイ、剣術だけでは、受からないのよ。学問も学ばないと」
「俺、学問もがんばるよ。母さん、星巫女だったんでしょ。教えてよ、やるから」
「やる気はあるみたいね。受けるからには、受かりなさい。教えてあげるわ」
「お母さん、あたしもお母さんみたいに魔法を使えるようになりたい」
「まぁ、リオも。触発されたのね。じゃぁ、ソレイユアカデミーの魔法使いクラスでも年齢がきたら受けてみる?」
「ありがとー、お母さん大好き」
リオは嬉しそうな顔で、レイナに抱きついた。
「みんな、やるからには頑張るのよ」
「はぁーい」
「話はまた家でしましょ。みんな、薬草花つんで帰って、昼ごはんにしましょ」
そうレイナがいうと、散っていた、薬草花をみんなで手分けして、摘んでいった。
そうして、薬草花を摘み終わると、ヒビトス山を後にした。
だが、これから、試練がファイには待ち侘びていた。
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