魔法使い×あさき☆彡

かつたけい

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エピローグ 新章のはじまり(ヌーベルヴアーグ)

06 牙を剥いて唸るは二匹の巨大な獣。黒光りするささくれ

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 牙を剥いて唸るは二匹の巨大な獣。
 黒光りするささくれ立った体毛、顔は潰れて醜く、二本の長い角と背中から小さな翼を生やしている、異形の獣である。
 その前に向き合うは紺色のセーラー服を着た赤毛の少女、アサキ。彼女は丸腰にも関わらず獣を恐れることなく涼しい顔で、背後にいる二人を守るように立っている。

「て、て、転校生! な、なんでお前が!」

 背後にいる一人はポニーテールの少女、カズミである。へいなると一緒に倒れ込んで、手を繋ぎ合っている。
 この状態で二匹の獣に襲われあわや、というところにアサキが来たのである。

 カズミたちからさらに少し離れたところには、おおとりせいあきらはる、二人とも極端に取り乱したりはしていないものの、やはり突然のことに困惑した様子である。

「わたしは……」

 アサキが、カズミへと優しい笑みを浮かべて問いに答えようとするが、

「令堂さん! ど、どうなの?」

 不意に聞こえる、姿は見えども知った声が邪魔をする。
 アサキが左腕に着けている赤いリストフォン、そこからの声である。
 声の主は、カズミたちの担任教師であるぐろさと先生であった。

「なんとか間に合いました。魔獣が二匹です」

 アサキは、魔獣と呼んだ獣から目をそらさず声を発した。

 獅子のような、しかし熊よりも大きい身体に、黒くぐしゃりと潰れた顔、背からは小さな翼を生やしており、この世のものとは思えない。確かに、魔獣という表現にふさわしい化け物である。

「よかったあ。まったく、令堂さんがのんびりクラフトのファームアップなんかしてるからあ」
「先生が強引に呼び止めたんじゃないですか!」
「そ、そうだったかしら。で、でも、こっちの地方の魔獣に合わせたファームの方がいいでしょ?」
「必要ありません。わたしは、慣れている方がいいんです。まあせっかくですから、活用させていただきますけ……」
「令堂!」

 カズミの大声が、アサキの「ど」と重なり掻き消した。
 唸っていた魔獣が、いきなり地を蹴ってアサキへと飛び掛かったのである。

 だが、アサキは冷静だった。声を掛けられるまでもなく、まったく油断などはしていなかった。
 跳躍して一匹の背を蹴って、着地。その着地をすかさずもう一匹が襲うが、素早くかわして、どおん、横っ腹を蹴り、吹っ飛ばして二匹を衝突させたのである。
 ぶつけ合いをされた二匹は、素早く起き上がり頭をぶんぶん振ると、目の前の獲物侮りがたしとすぐには飛び込まず、また身を低くして威嚇の唸りを上げ始めた。

「ありがとう……カズミちゃん」

 アサキは、声掛けのお礼をいった。

「いや。それより、いまの須黒さんとの話……間に合った、ってどういうことだよ。お、お前らが、なんか仕組んだことなのか、これ」

 突然の濃霧に怪物、そこへ現れた少女が生身で怪物を吹っ飛ばしてしまったとなれば、混乱に疑心暗鬼になるのも当然ではあろう。

「違う。魔獣に狙われたのは、みんなの魔力、魔法使いとしての能力が高いからだよ」

 アサキは即、否定するが。

「みんなの、ここ最近の魔力係数の急上昇から、近々こうなることが分かっていた。……だから、来たんだよ、わたしは。守るために。そして、助けてもらうために」

 赤毛の少女はそういって人懐こく目を細めるが、カズミにはチンプンカンプンのようでシワシワの難しい顔だ。

「な、なにをいっているのか、さ、さっぱり分かんね……」

 頭を抱えてしまうカズミであったが、反対にというべきかなんというべきか、

「分かりました。わたくしたちには、この魔獣と渡り合える魔力という力が潜在されているということですね」

 代わりに正香が応えた。

「実感はありませんが、能力が開花されつつある。魔獣は、それを察知して襲ってきた。魔法使い、という脅威に成長する前に。ということですね」
「そういうこと。さすが」

 アサキは正香の、冷静沈着な理解力を褒めた。

「でもよ、どうすんだよ転校生。殴ってよろけさせても、それで勝てるわけじゃねえだろ」

 巨大な二匹の獣を前に、誰もが丸腰なのである。カズミの心配はもっともだ。
 だが、

「大丈夫」

 アサキは背後のカズミへと微笑むと、すぐ顔を戻して魔獣を睨み、右腕を高く突き上げた。
 真っ直ぐ伸ばしたまま、弧を描いて胸まで下げると、続いて左手を正面へ突き出した。
 左手に着けた赤いリストフォンが突然輝き出す。
 側面にあるボタンを押すと、素早く両手を戻して胸の前で交差せた。

「変身!」

 叫びながら、すっと両腕を下げると、リストフォンから発する輝きが爆発したかのように一瞬にして膨れ上がり、逆光の中に黒いアサキのシルエットがぱあっと弾けた。衣服がすべて溶けて散ったのである。
 眩い光が細い糸状に、アサキの身体をぐるぐると覆っていき、光が弱まると全身が白銀の布に覆われていた。
 爪先から裂けてするする裏返り、太ももが半分露出したところで止まる。黒いスパッツを履いているような外観だ。
 スパッツ側面には赤く細いラインが二本走っている。最初から、裏返ってこういう形状になるデザインだということだろう。
 薄い布が空中に次々と浮かび上がっては、ふわり、ひらり、アサキの身体へと重なっていく。重なり、溶け合い、それは真っ赤な衣服と化していた。
 赤毛の少女は服をなじませるように腰を捻ると、続いて右、左、と拳を突き出した。
 頭上から、中世の西洋を思わせる剣が回転しながら落ちてくるのを、見ることもなく腕を上げて柄を掴んで胸に引き寄せる。

魔法使いマギマイスターアサキ!」

 赤い戦闘服にその小柄な身体を包んだ、アサキの勇ましい名乗りであった。

「あ……」

 その、アサキの姿を見たカズミの、瞳が震え、まぶたが驚きに見開かれていた。

「どういう、ことだよ。初めて会ったはずなのに……こんな服を着た、こいつの、夢を、見たことがある……」
「う、うちもじゃ。随分と、昔のことのような気がするのじゃけど」

 口を半開きに、顔を見合わせるカズミと治奈。
 驚きはそこで終わりではなかった。

「わたくしもです。あまりにも以前のことゆえ、すっかり忘れていましたが」
「ナルハもなのだーーーー!」
「えーーっ、どうなってんだよお……」

 四人が四人とも、今朝出会ったばかりの少女を昔に見たというのである。その不可解に、カズミの脳は様々なものが容量オーバー限界超えて、拒絶反応に叫びながら頭を抱えた。

 そんな彼女たち四人を前に、紺のセーラー服から赤い戦闘服へと姿を変えたアサキは、ぶん、ぶん、と剣を振ると、握り直して、

「いくぞおおおおお!」

 二匹の魔獣へと向け、地を蹴った。

 と、四人のリストフォンから女性の声。

「みんなはしっかりと見ていること。令堂さんの戦い方を。自分の身を守るためでもあるんだから。それと、世界の笑顔をね」

 須黒美里先生の声である。

「いわれなくとも、見ている以外のなにが出来るんだよ……」

 カズミはぎゅっと汗ばむ拳を握った。
 でも、戦い方を覚えて、それでどうなるのか。
 それほどに、赤い戦闘服を着たアサキの戦い方は凄まじいものであった。
 小柄な身体で、小さな拳を振るうたび、細い足を振るうたび、どおん、どおん、と低い音が濃霧の中に響き渡り、その都度、魔獣が呻きを上げて、跳ね、退くのである。
 こんな異次元の戦い方を見て、なにがどうなるのか。

「でも……あたしにも、あるってことなのか。あいつと同じ、力が……」

 カズミは握る拳を開き、じっとり汗ばんだ両の手のひらへと視線を落とした。

「やあっ」

 目の前、赤い戦闘服のアサキが、腰の剣を抜いて魔獣へと切り付けた。
 かと思うと、せっかく抜いた剣を空高く放り投げてしまう。

 アサキは左肘を曲げて、拳にそっと右の手のひらを被せる。
 続いて、右の拳に左の手のひらを。
 両手が青白く輝いていた。
 そして地を蹴り、瞬時にして身を低く一匹の胸の下へと入り込んでいた。

 どむう、どっ、がっ、と低い音が連続で響いて地面が激しく震えた。一匹の腹へと拳を打ち上げ、さらに胴体を蹴って飛び、身体の回転を足に預けてもう一匹の頭部に叩き込んだのである。
 赤い服を着た小柄な少女の中にどれだけの爆発力が秘められていたのか、二匹の魔獣はすっかりふらふらになっていた。

「イヒリー・ジアーレ」

 小さな声で呪文めいた言葉を発すると、アサキの足元である地面に光が浮かび上がっていた。
 直径五メートルほどの青白く輝く円形の中に、模様が描かれている。
 五芒星の魔法陣である。

 先ほど高く放り投げていた剣が回転しながら落ちてくると、腕を高く上げてまったく見ることもなく柄を掴んだ。
 魔法陣からの輝きが伝播したのか、アサキの全身が青白く輝いていた。
 そして地を、魔法陣を蹴る。
 身を低く、低く、赤い戦闘服が地面を滑り、そして二匹の間を突き抜けていた。

 断末魔の叫び、であろうか。
 魔獣は二匹とも、これまでになかった喉を潰すような咆哮を上げると、その身体は両断されており、さらさらとした光の粉になって濃霧の中へと溶けていった。

「すげえ……」

 呼気のような小さなカズミの声であるが、魔獣が動かなくなって不意に静まり返ったものだから、みなの耳にはっきり響いた。
 静まり返ったといっても、長くは続かなかったが。

「ぎにゃははあああああああああああ!」

 成葉がキンキン絶叫したのである。

 霧の中から、あらたな魔獣が姿を見せたのだ。
 その数は多く、三、四……五匹。
 うち一匹が、姿を見せるなり、すぐそばにいたアサキへと飛び掛かっていた。

「令堂!」

 カズミが叫び、地を蹴り、その魔獣の後ろから胴体を殴り付けていた。
 どおん
 低く地が震え、魔獣の身体がぐらついた。
 奇襲に失敗したその個体は、唸りつつ跳躍し残りの四匹と合流した。

「え……」

 殴った本人であるカズミが、起きたこと、起こしたことを信じられず、呆然とした顔で自分の拳を見つめている。

「ありがとう」

 アサキが、柔らかな笑みをカズミへと向けた。

 なお呆然としたカズミであったが、すぐ強気に唇を歪めるとアサキへと親指を立てた。

 アサキもちょっと恥ずかしそうに、同じ仕草をカズミへと返した。

「さすがカズミちゃんだ。でも、インパクトの瞬間に魔力を集中させれば、もっとよくなるよ」

 いいながらアサキは、飛び掛かってくる一匹を右の裏拳でこともなげに跳ね飛ばしていた。

「りょ、令堂さん、早くしないと、統率が取れ始めたら弱い存在である彼女たちから狙うようになるわよ!」

 須黒先生の慌てた声。

「大丈夫です」

 アサキは落ち着いた声で、顔に笑みを浮かべた。
 優しく、柔らかいが、なにかを信じる強い光を感じる笑みを。

「彼女たちは、弱くなんかありませんから」

 そういうとアサキは、いつの間にか手に持っていたなにかを投げた。

 カズミたち四人は、ふわんぽとり落ちてきたそのなにかをそれぞれ両手で受け止めた。
 彼女たちの両手の中には、まだ汚れていない新しいリストフォンがあった。
 みな、銀色とのツートンというシンプルなカラーリングで、
 カズミには、青。
 治奈には、紫。
 成葉は黄色。
 正香は緑。
 みな、アサキが着けている赤いリストフォンと、同じデザインフォーマットのものである。

 突然のプレゼントに驚く四人に、微笑ましげといった、しかしその中にも毅然としたものを感じる表情を浮かべながらアサキは、ぼそっと小さく聞こえない声で彼女たちの名を呼んだ。

「カズミちゃん。治奈ちゃん。成葉ちゃん。正香ちゃん。……迎えに、来たよ」

 アサキは地に描いた魔法陣を強く蹴り、全身を真っ白に輝かせながら跳んだ。いや、飛んだ。

「超魔法!」

 叫ぶ彼女の背中から、大きな光の翼が生えていたのである。
 赤毛の少女は険しくも希望を胸に秘めたりりしい表情で、剣を片手に魔獣の群れへと突っ込んでいった。
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